第1240堀:説明の難しさ
説明の難しさ
Side:ルルア
「おーい。大丈夫か?」
と言いながら旦那様がオレリアたちの前で手をフラフラと振っていますが……。
「「「……」」」
3人とも自分のステータス画面をボーッと見つめたまますっかり呆けています。
それも当然ですね。
なぜなら……。
「最近、こうして加護を与えられる人が増えて嬉しいわー。ねぇ、ハイレン」
「はい。この子たちなら大丈夫ってわかりますから」
そう、我がリテア教が祀る女神リリーシュ様。
そして、ハイレ教が祀る女神ハイレン様。
この2人が、旦那様の身の上話を裏付けるために……、いえオレリアたちのその覚悟の敬意を表して、加護を与えたのです。
とはいえ、この3人の反応は当然です。
いきなり神の加護が与えられるなどいうことはめったにというか……普通ならありえないのです。
ですので、当然のように唖然とするか呆然とするか、あるいは……。
「すっごーーい!? マジ? マジ!?」
「あ、ありえない。ス、スキルが増えている」
ワズフィやナイルアのように驚きの声を上げるのが普通?でしょう。
まあ、彼女たちは魔術学府のトップを取るような研究者としての側面もありますので、やはり普通とはちょっと違うかもしれませんが。
「なぁルルア。オレリアたちは大丈夫か?」
おっと、旦那様に呼ばれました。
私は速やかに彼女たちの近くに寄って様子を診ます。
焦点はステータス画面を見つめたままですがチャンと瞬きしてますし、呼吸もキチンとしていますし、脈も速くなっているとはいえ問題がない範囲です。
つまり……。
「大丈夫ですよ。単に驚いているだけですから。まあ、普通こういうことはありえませんからね」
「そっか。でも、どうしたもんか」
「そうですね。ちょっとそっとしておく方がいいでしょう。ワズフィやナイルアも騒いでいますので、そちらを落ち着けてからということで」
「そうだな」
ということで、旦那様と私はやたら興奮している2人の方に行きます。
「おーい。落ち着け2人とも」
と旦那様が声をかけたとたんに詰め寄って来て……。
「どういうことだい!? あの司祭様と助祭様が神様って!?」
「し、信じられない。な、何かほかに証拠は?」
とまくしたてます。
ですが、そういうのは認められないので、私は『圧』を発しながら……。
「2人も旦那様のお言葉が聞こえなかったのですか? 落ち着いてください」
「は、はい!」
「うん」
と、途端に2人はビクッと返事をしてそのまま大人しくなります。
「まあ、興奮するのもわかるが、主題はこの二人の素性じゃないからな。これじゃ話が進まないから冷静になってくれよ」
「え? まだ何かあるの?」
「……一体何が」
「そこはこれからのお楽しみだ。さて、次はと」
ユキ様はそう言いながら今度はセラリアの方を見つめています。
いえ、セラリアの隣にいるフィオラに視線を向けているようです。
彼女は一応平気そうな顔をしていますが……。
「フィオラ。ついてこれているか?」
「え、あ、はい……。いえ、どうでしょう? あまりのことで私もついていけていないような気がします。あはは……」
おや、大丈夫そうなように見えて実はノックアウト寸前だったということですね。
「ま、顔に出てないのはさすがに今までいろんな修羅場をくぐってきた成果ね。とはいえ、動揺はありありと伝わってきているからあまり意味がないけど」
「も、申し訳ございません。セラリア様」
「別に謝らなくてもいいわよ。私も初めてリリーシュ様と対面したときは随分驚いたものよ。それが今回は2人同時だし仕方がないわ」
あー、確かにそうですね。
というか、私はあの時旦那様との子がなせるかの方が心配で心配で、それどころじゃなかったというのもありましたが。
ただ、その時はまだ何も知らなかったシェーラにいきなり加護を与えて来たり、そのままウィードに留まられるなどという『騒動』を招いた上に、数代前のこととはいえ我が教会が祀っている女神様ご本人を追い返したなどという話もあって、今のフィオラよりもある意味もっとひどい状態だったと思いますが。
と、ちょっと意識が遠くに行きそうになりましたが、何とかとどまります。
今しなくてはならないのは彼女たちへの説明なのです。
なのに私たちが倒れてしまっては本末転倒です。
などと考えていたら背後で……。
「ねぇカグラ。私たちの時とかも結構すごかった気がするけど?」
「まあね。ハイレン様とかリリーシュ様とかほぼ同時だった気がするし、外にも……」
「はいはい。そこの2人は黙りましょうね。あの時はあの時のタイミングというものがあったのよ」
「そうですね。気持ちは分かりますがここでそんなことを言ったらさらに混乱の元です」
と、私が口止めをするより先にエノラとスタシアが止めに入ってくれました。
良かったです。
なぜかカグラとミコスは抜けていますからね。
また後日お仕置き……ではなく、『訓練』をしなければならなくなるところでした。
「さて、色々驚いているが、この2人が『女神様だ』ということはあくまで事前情報に過ぎない。俺がこれから話すことのおまけでしかない」
「「「!?」」」
旦那様は皆が落ち着いてきたと見て話を続けます。
そう、リリーシュ様、ハイレン様の正体を明かしたのはこれからの話をするのに必要だからというだけです。
ですので、せめてこれぐらいはスッと受け入れてもらわないと、話の展開に追いつけないでしょう。
「とりあえず、一頻り説明するからひとまずは最後まで聞いててくれ」
旦那様がそういうと、オレリアたちは頷きます。
そこからは私も聞いたことがある、旦那様がこの世界に連れてこられた経緯と、ルナ様という上級神の存在。
『魔力枯渇現象の阻止』という使命と、そのために与えられたダンジョンマスターの能力。
そのダンジョンマスターや神々が作られた経緯、そしてこれまでの簡単な軌跡というある意味懐かしい話を聞きました。
「ま、これが俺の身の上話って所だな。おっと、もういい時間だな」
ということで旦那様は話を終えました。
さすがは旦那様で話はしっかりとまとめられてはいましたがそれでも2時間に及び、時計はすでに12時近くになっています。
いえ、むしろ旦那様の今までをたった2時間で話せるということだけでもすごいと言うべきでしょうか。
などと考えていると旦那様はスッと立ち上がって。
「やっぱり頭がついていっていないな。あまりわかっていないような、『宇宙を聞いたネコ』みたいになってる。俺が介抱するわけにもいかないから、嫁さんたち頼む」
と言われて改めてオレリアたちを見てみると、確かにただただ虚空をポカーンと見つめています。
これは話の内容についていけず意識を飛ばしてしまったみたいですね。
「「「……」」」
さて、確かにこれは旦那様が対処するわけにはいかないでしょうが……。
「ねぇ、これってどうするのが正しいの?」
「妾にはさっぱりわからぬのう。ここは、医者の意見を聞くべきではないかのう?」
「え!?」
とセラリア、デリーユに視線を向けられた時には、他のみんなからも期待の眼差しを一身に受けていました。
ううっ、こんな単に理解が追い付いていないときの対処なんて、医学的なモノではなく心理学の領分ではと言いかけて口を閉じます。
そうなんです、みんなは私なら対応できると思っているからこそ聞いてきているのです。
まあ、それも間違いでもないです。
事故にあったときには当事者や関係者は自分のことだと理解できないことが多々あります。
ですから……。
「とりあえず、今すぐ理解を求める必要はありません。むしろ一旦お風呂に入れて寝かせた方がいいです。ただその際、混乱して思わぬ行動する可能性があるので、事故を起こさないためにも誰かと一緒がいいです。ということで私はオレリアたちの対応に当たります。リーア、ジェシカ、キルエにサーサリは手伝っていただけませんか」
「はーい」
「はい。手伝いましょう」
「かしこまりました」
「わっかりましたー」
私の言葉にすぐに理解を示してくれる4人に感謝です。
「フィオラについてはセラリア、スタシアでお願いします」
「わかったわ」
「わかりました」
「で、ワズフィ、ナイルアはコメット、エージル、あとデリーユでお願いします」
「任せてくれたまえ」
「とはいえ、別に何かやることはないと思うけどね」
「ふむ、弟子じゃし当然じゃな。じゃさっさと風呂に入れてしまうか」
ということで、残りのメンバーも私の指示に従ってくれてすぐにお風呂へと運んでいきます。
「そして、ほかのみんなは休んでください。明日になっても混乱している可能性もあるので、その時はフォローしてあげてください」
と、私は宇宙ネコになっている人たちのサポートにつかないみんなにそう告げてからお風呂に向かいます。
さあ、オレリアたちはお風呂にちゃんと入れるのでしょうか?
なんて心配をしていたのですが、流石に露天風呂までに移動する間に多少は戻ってきたのか、言えばちゃんと自分で服を脱いでくれるので特に苦労はしませんでした。
よし、それならとセラリアたちに耳打ちをして……。
「ああ、それが一番ね」
「うむ。効果はかなりあるじゃろう」
「なははは。いい刺激にもなるだろうしね」
ということで、私たちはかけ湯の代わりにサウナ後の冷水を桶一杯に汲んで、宇宙ネコ(呆けている)になっているオレリアたちにザンブと頭からかけると……。
「「「冷たぁぁぁ!!」」」
と全員揃って叫び。
「さ、正気に戻りましたか? 今はお風呂です。色々聞きたいこともあるでしょうが、今日はお風呂に入って寝ま……」
と私が言い終わる前に全員露天風呂にザブンザブンと飛び込んでしまいました。
「はぁ。とりあえず温まったらちゃんと体を洗ってくださいね」
こうしてなんとかオレリアたちは正気を取り戻したのですが、温泉で話をした限りでは……。
「えーっと、申し訳ございません。やっぱりいまだに混乱しています。嘘や妄想は言っていないと思うのですが……」
「ですねー。色々ありすぎてついていけないです~」
「ユキ様って、本当に『神様の御使い』なんでしょうか? ワズフィさんたちはどう思いますか?」
「んー。そこらへんは状況的に見て本当だと思うよ。でも、ユキ様ってあまり敬ってないよね。神様とか」
「う、うん。さ、さっきの話だと、むしろ、毛嫌いしている感じだった」
「ですが話を聞けば毛嫌いするのも納得ですね。そもそも関係ない世界に無理やり連れてこられたのですから。ましてや今までのトラブルの大半は神や前任者の尻ぬぐいといった類の話ですから。まあ、私もいまだに夢かなにかじゃないかと思っているのですが……」
それなりに地頭はいいはずのワズフィやナイルアでさえもいまいちという感じで、柔軟性のあるフィオラも少し戸惑っているようですね。
改めて、旦那様の身の上、事情というのを説明することの難しさを思い知ります。
ホントに何かいい方法はないでしょうかねぇ?
説明するべきこと
・異星人であること
・神様に連れてこられたこと
・この世界の環境をどうにかする
・その他付随する説明多数
さあ、あなたならこんな知り合いをどう説明しますか?
どうやって納得させますか?




