落とし穴外伝:カレー談義
カレー談義
Side:ユキ
「今日は甘口でいいか」
と言いながら俺は目の前にあるルーの鍋群を見て『甘口』という札が置かれているものに手を伸ばしてルーをホカホカのごはんにかける。
そもそも、我が家のカレーは全ての鍋で同じ味を出すということはしない。
何せ大家族なので好みは多岐にわたる。
なので辛さだけでも少なくとも甘口、中辛、大辛と3段階は造る。
さらにはお肉の種類も牛、豚、鳥とかがあるが、今日は『豚』だけのようだ。
あとは、具材だが我が家のカレーは基本的に欧風カレーであり具材は基本的に溶かしきっている。
なので、固形の具はなくても十分美味しく栄養もあるのだが、好みはいろいろなのでちゃんとトッピングもできるように用意している。
まあ、作り置きしているおかずの残りなのだが。
さながらココニのカレー屋なのだ。
さすがにウィードでもまだこれだけするカレー屋は存在していない。
だからこれを初めて体験したユーピアたちは……。
「全乗せじゃ!!」
「陛下。今日は止めません! 私はルー多めがいいです!」
おい、お前らただの子供か。
いや、俺もショーウと同じくルー多目派なんだけど。
そうだな、トッピングは……クリームコロッケにするか。
ということでクリームコロッケを追加して、テーブルに着く。
「あら、今日はクリームコロッケなのね」
と言いながらシレッとセラリアが俺の隣に座る。
見ればセラリアの方はオムレツとチーズのトッピング。
これはこれで定番で美味しい奴だ。
「まあな。今日はこれの気分だ」
「ええ、そういうのあるわよね」
「うん、あるある」
食べたいものなどその場その時の気分だ。
まあ、最初からこれを食べたいっていう日もあるが、今日はこういう日なのだ。
「うん。美味い。てか、ホントに日々成長しているなー」
「そうね。日々の食事が美味しいのはいいことだわ。子供たちも喜んでいるし」
セラリアがそう言いながら向けた視線の先にはサクラやスミレ、エリア、ユーユ、シャンスたちがなぜか揃ってすまし顔で、子供用のお皿にカレーをもってそれでも楽しそうに食べている。
まあ、学校の給食っぽいもんな。
「ところで、なんでユーピアたちがここにいるんだ?」
「んー? ああ、アスリンたちが迎えに行ってそのまま招待したそうよ。別に問題はないとおもったから許可したけど。何かまずかった?」
「いいや。別に問題はないが、なんでわざわざ家に来たんだ? 理由がさっぱりわからないが?」
と、俺が疑問を呈すると、全盛りしたユーピアが得々とした表情でこちらに向いて。
「何を戯けたことを言うておる。ワシは親友に家に誘われたから来ただけじゃ。ああ、ショーウはケガの治療後の確認のついでじゃったか」
「はい。その通りです。ここにいるのはあくまで私的とはいえ用事の『ついで』であって、特に何か問題があったとかいうことではありませんのでお気遣いなく」
「そうか」
と、半分あきれ顔で俺が返事をするのも聞かず、こいつら欠食児童かって勢いでバクバクとカレーを食べ始める2人。
まあ、アスリンたちが誘って来たというのは本当だろう。
全然悪意とか策略とかはを感じない。
ま、いつもの通りのユーピアだ。
ショーウの方も治療後の経過観察というのは嘘じゃないんだろう。
なにせルルアと並んで仲がよさそうにカレーを食べている。
なんかあの2人かなり相性がいいんだよな。
なんてズラブルの二人組にかまけているあいだにカレーを食べ終えたセラリアは敵でも見つけたかのようにサッと立ち上がり。
「さ、次は大辛ね」
「おお、辛いの平気だよなー」
「そうね。案外平気ね。というかカレーだからかしら? じゃ、行ってきます」
とセラリアは言いながら好敵手でも見つけたかのようにガタっと席を立っている。
そういや俺の皿もいつのまにか空になっているな。
「じゃぁ、俺もいくか」
当然だが、一杯では物足りないのだ。
まだまだいける。
さて……、次はどのカレーにしようかなーと思案を巡らしていると……。
ドデカ皿に根性盛りのライス大盛り、更にはトッピングも山ほどのトンカツに雪崩が起きそうなほどのチーズという、もう一目で胸いっぱいのコンボを作っているフィオラがいた。
流石に俺はあそこまで食べれる気がしない。
なんて気勢を削がれていたら、そのまま縮退でも起こるんじゃないかというほど思いっきり盛り終わったフィオラが、セラリアとは違いいかにも姫らしく楚々とした感じで。
「あ、ユキ様」
「トンカツとチーズコンボか。美味しいよな」
「はい! 美味しいです! これで明日も戦えます!」
いや、フィオラのメインの仕事って外交だよね?
デリーユじゃあるまいし、それって物理にものを言わせるようなものじゃないはずだが?
まあ、『戦う』って、仕事に勝つって意味もあるかもしれないが、う~ん、ここまで食べる子だったか?
ま、元々フィオラもセラリアと同じように将軍だったし、密かに健啖家でも不思議じゃないか。
てか、ようやく素が見えてきたってことかな?
また嫁の新しい一面が見られて何よりだ。
なんて思いながら今度もやっぱり甘口に手を伸ばしかけたら、既におたまだけじゃなく誰かの手をムンズと掴んでしまったことに気がついてビクッと手を止める。
で、そっちを見たら。
「オレリア」
「あ、も、申し訳ございません」
「いや、ただタイミングが被っただけだろう。ほれ、皿だしてくれ」
「え? あ、はい」
と言ったらまたビクッとしながらオレリアが反射的にお皿を出してきたので、それを受け取ってルーをかける準備をする。
「で、ルーの割合はどれぐらいだ? 半々?」
「あっ、え、い、いえっ! 申し訳ありません、このようなことでお手を……」
「気にするな。この程度のことは普通にやってるんだから。何より今日はオレリアもお客さんだからな。ほれ、どれぐらいだ?」
「……では、甘口2の中辛8で、全体量は5割を」
「通だなおい!?」
それって前テレビで言ってた伝説の配合率じゃなかったか!?
と、とりあえず、その通りに入れて渡す。
「ま、楽しんでくれているなら何よりだ」
「はい。楽しいです。じゃ、トッピングするんで」
「あいよ」
なんか、あのお堅いオレリアもキチンと楽しんでくれているようで何よりだ。
ヤユイとホービスの所に戻ってなんか盛られたカレーとこちらを交互に見ながら何かを話している。
う~ん、俺がカレーを盛ったのがそんなに珍しいのかね?
ま、気にしててもしょうがないのでとりあえず俺はチキンカレーにして戻る。
「あら、あなたはチキンなのね」
「ああ、普通に美味しいしな」
「シンプルなの好きよねー」
「ああ、単純だからこそ難しんだよ」
そう言いつつカレーを食べて、不意に思ったことを口にする。
「セラリア。ちなみにオレリアたちのことどう思う?」
「オレリアたち? あら、いいんじゃない。そもそも今日連れてきたのも信頼しているからでしょう?」
「まあ、そうだけどな。セラリアの方から見て何か思うことはないのか?」
「別に。というか、貴方がいいと言ったんだしそんなのないわよ。まあ、仕事ぶりは聞いているし、今見てる限りマナーもしっかりしているわよね。まあ、それはキルエとサーサリの指導の賜物ね」
「ありがとうございます」
「照れますねー」
フッと後ろからカレーうどんを持ったメイド2人が現れる。
こんな時でもチャンと主人に仕えるっていうのは凄いよな。
それより何より『カレーがエプロンにはねていない』。
あの高難易度を無傷攻略しているとは!?
なんてバカなことで俺が驚いているとセラリアはそのスーパーメイドに。
「夫の評価は聞いていたわね。それに対してオレリアたちの評価はキルエ、サーサリから見てどうかしら?」
「戦闘面、マナー面、メイドとしてまだまだ未熟ではございますが、それでも頑張っているのは間違いありません」
「ですねー。私が騎士からメイドへと転向した時よりはるかにマシですよー。何より、あの子たちはユキ様や私たちのために頑張るとしっかり覚悟を決めていますからね」
などと意見を述べながらも粛々とカレーうどんを啜るキルエとサーサリのその超絶技巧に驚きを禁じ得ない。
な、なぜ汚れないのだ。
「やはり問題ないわね。私も今日改めて話してみたけど、ユキの部下で良かったって言ってるし、やはり何も問題はないわよ」
「……ああ、そうか」
セラリアがなにやら『問題ない』を繰り返してることにも生返事をしつつ、俺は俺自身の服装をチェックしてた。
今の俺はカレーのハネが目立たないように黒い感じの服を着ているのでわかりにくいだろうが、やっぱりわずかとはいえカレーがはねている。
そして次はセラリアを見たのだが、ちゃんとナプキンを胸に展開してカレーを防いでいる。
つまり防御ははかっているものの、ナプキンは汚れているから、カレーを上手には食べれていないようだ。
よし、俺が際立って下手なわけではないようだな。
「どうしたの? 私何かおかしいかしら?」
「いや、いつものセラリアだ」
「えーと、そもそもオレリアの話じゃなかったのかしら?」
「ああ、そうだな。で、セラリアたちが皆問題を感じてないなら、このまま頑張ってもらおう。明日から厄介な会議も始まるしな。あんなことでセラリアに負担をかけたくない」
「あら、そういうことね。まあ、今更ちょっとやそっとオレリアたちに失敗があっても文句を言うような馬鹿はいないわよ。というか、なにより今回は多少話し合いをしたとしても、その後各国が自国に持ち帰ってしっかり調査検討した後で、また戻ってくる話ってレベルだし」
「まあな。今回はせいぜい大枠でどういう方針にするかぐらいだもんな。それで持って帰ってしっかり話をして貰う」
そう、それこそが今回の会議の目的だ。
こっちで準備した書類と資料を渡して戻って考えてくれってこと。
とはいえ、それだけでも大変な話だけどな。
「あら、それでいいわよ。……というか、今はもう今日の仕事は終わってるんだからカレーをのんびり楽しみましょう」
「あっ、悪い。なんか気にしすぎたな」
俺はそう言いながら飛沫を飛ばさないようにこのカレーに手を伸ばして口に運ぶ。
うん、やっぱり美味しい。
好きなカレーは何ですか?




