第1208堀:仕事ばかりだと疲れます
仕事ばかりだと疲れます
Side:ユキ
「……ふぅー、疲れた」
俺はそう言ってモニターの前でのんびりというか、だらしなく座っている。
「とはいえ、これで一息つける」
そう、今日のこの仕事さえ終われば、あとは結果報告待ちで、少しとはいえ休みも取る予定になっている。
ていうか、いい加減俺も体力の限界ということだ。
なんて考えていたら、ここで聞くことになるとは思ってなかった声を背後からかけられた。
「そうね。これで学府の支持と大樹海の調査が終わるから、あとは、各国の反応を待つのと集めたデータの解析って所かしら?」
「ああ。そうだよセラリア」
振り返るとそこにはウィードの女王であるセラリアが立っている。
「まさか、こっちに来るなんてな。で、ウィードの方の仕事はいいのか?」
なにせセラリアはウィードの女王なので、そうそうウィードから動くことはない。
とは言いながらも、ここ最近アグレッシブにズラブルとかに出向いてたりしてたので、なおのことウィードでの仕事が多かったはずだけど……。
「ようやく私の方も山は越えたのよ。まぁ、日々の書類仕事は相変わらずあるけどね。とりあえずこうして様子を見に来るぐらいには時間ができたわ。何せこっちは魔力枯渇現象の調査なんだしね」
なるほど、セラリアの方は自分自身の仕事をあらかた終わらせてきたってことか。
いやぁ、女王も楽な仕事じゃないのによくやる。
「それで大樹海の調査チームの状況は?」
と、セラリアは大樹海の地図が表示されたモニターを見ながら聞いてくる。
俺もそのモニターに視線を向けて……。
「ま、何といってもまだ初日だしな。訓練は終えたとはいえ、実地でのワズフィとナイルアの様子を見るために少しゆっくりしたペースで動いている」
そこには、光点が4つ表示されてはいるが、それは学府からまだたいして離れていない。
まぁ、もともと一週間かけてこの大森林を一周するペースなんだから、こんなもんだろうとは思うけどな。
「で、結局コメットもついていったのよね?」
「ああ、こう言ったら何だが、余計なおせっかい属性が出たようだな」
そう、ポープリのためにってことで勝手について行くことに決めたようだ。
まあ、半分は実際に現場を見てみたいっていう研究者魂はあるだろうけどな。
「それはコメットらしいわね。だけど、ブルーホールを含む海洋データの方はいいのかしら?」
「あっちは元々シーちゃんことシードラゴンの縄張りだからな。そっちの方の実務は完全に任せているさ。あいつはのんびりしたウィードの海よりもあのブルーホールの方が住みやすいみたいだしな」
「なるほど。それならブルーホールの監視に関しては多少余裕があるってことね」
「ああ、だからこうしてコメットやエージルがこっちに来ているわけだ」
そうじゃなければそもそもこっちに呼び寄せることはできない。
とはいえ、今回は『幽霊騒動』があったから、あいつらは本業を休んででも来ただろうが。
「で、そのハヴィアは今はどこに?」
「ハヴィアならノリコやソウタさんたちと『幽霊の勉強』だな」
「幽霊の勉強?」
「ああ。ハヴィアは自分が幽霊だという自覚はしているが、じゃあどういうタイプの幽霊かってのはわかっていないんだ。それは俺たちもな。恨みつらみで残ったタイプじゃなくて、あくまで自意識をもって自由に動けるみたいだからな。そこらへんのキチンとした調査が必要だってわけだ。何より、うっかりお経を耳にしただけで成仏しちゃったとか避けたいしな」
「あー、なるほど。確かにそうね。なにせ初めて見つかったこの世界の幽霊だから死亡、というか成仏条件が分からないのね」
「そういうこと。生きている人なら心肺停止とかにならない方法なんだけどな」
だが、幽霊はそもそも心肺停止どころか肉体すらない。
で、こっちのゴースト系みたいに核となる『魔石』も存在してないことは確認済みだ。
ミラクル生命体?である。
「で、もちろん本人としても成仏なんかしたくないからしっかり勉強中だな。まぁ、最悪も最悪、ルナとかハイレン、リリーシュ、ヒフィーに何とかならないかとお願いすることになるかもしれないが」
「まさに神頼みね」
「ああ、絶対頼りたくないけどな」
「でも意外ね。貴方の口からルナの次にハイレンの名前がでてくるとは思わなかったけど、何かあったの?」
「ハイレンはこういう『知り合いが困ってる』類いのことになると真価を発揮するからな。視野は狭いがその分力を存分に使うからいけると判断した」
「あはは。本人が聞いたら怒りそうね。で、そのハイレンはいないようだけど?」
「聞いて驚け、自らハヴィアの害になったら嫌だからって言い出して、ウィードのリテア教会で仕事しているんだよ」
「あら、意外と気遣いできるのね」
「俺も驚いたが、本人曰く『ハヴィアにはこれっぽっちも危機感を感じない』そうだ。だから困ったことがあればって程度でいいんだろう」
あの直感だけで動く生物があそこまで言うのだから、カグラたちに危険はないということだ。
まあそれでも当然、警戒はするけどな。
「ホント、ハイレンの直感を的中率とか数値化できればいいんだけどねー」
「まあ、それならもっとハイレンも評価できるんだろうが……。本人がそれを望むかといえばまた違うだろうしな」
そこで一旦話を切って、お互いお茶を一服。
「それで、これからの予定はどう考えているのかしら?」
「これからなー。とりあえず、延びに延びてる新大陸にあるゴブリン村の調査だな。ハイレンの大結界からブルーホールの海域を除外した影響とかも確かめないといけないしな」
「あー、そういうのもあったわね。それにはオレリアたちを?」
「もちろん連れていく予定だ。最近は業務になれてきているからな。それにもっと顔見せも必要だろう」
「確かにそうね。一応、ウィードがあるロガリ大陸の国々にはオレリアたちのことは通達しているし、ルルア、シェーラとかを通じてウィードの方でそれなりに顔も会わせているからいいけど、新大陸とかはまださっぱりだし」
そう、オレリアたちは頑張ってくれている。
業務の整理とかもちゃんとできているが、まだまだ足りないところややらなきゃいけないことはたくさんある。
新大陸絡みとか特にだ。
その辺はカグラたちと今後の調整をする必要はある。
「それにイフ大陸もまだ、このランサー魔術学府だけだからな。あちこちからいい加減紹介しろって催促が来ているってオレリアたちから話があった」
「オレリアたちから? どういうこと?」
「まあ、さっそく役に立っているってことだな。俺の仕事を任せていたら、そういう依頼が届いていたって話」
「ああ。それはさぞかし言いにくかったでしょうね。何せ仕事を任されているはずが、わざわざ自分たちを顔見せに連れてこいって要求なんだし」
「というか、プルプル震えてたぞ。オレリア、ヤユイだけじゃなく、意外におっとりしたあのホービスまでもな。だけど、まぁそれも仕方がない。どれもこれも王からの直々の呼び出しの手紙だったからな」
「ぷっ。それは震えて当然でしょう。各国の王が奴隷って立場にすぎないオレリアたちをわざわざ見たいとか普通ありえないわよ。まあ、それだけ重要視しているんでしょうけどね。私もあなたの選んだ奴隷ってことで興味津々だったし」
セラリアは他人事だから楽しそうにしているが、本人たちとしてはそりゃ恐怖だろうな。
なにせ、一歩間違えば文字通り物理的に首が飛ぶ。
それだけの権力者たちから顔を見てみたい紹介してくれと手紙なんかもらった日にはガタガタ震えても仕方がないだろう。
そりゃ見てみたいという気持ちもわかるけどな。
なにせ、俺との仲介役がちゃんと果たせるどうかを見極める必要はある。
下手をすれば、オレリアたちのところで依頼が滞ったり変な風に伝えられたりする可能性もあるからな。
「とりあえず、ローデイのブレードがよこしている『ラーメン』の件はオレリアたちに任せようと思う」
「それがいいわね。というかラーメン関係はキユに任せたらどう?」
「キユは俺の弟兼部下って扱いだからな。そのために新部署を作るとなると……」
「それはそれで設立準備がいるわね。それなら依頼ってことで派遣する方がいいのかしら?」
「今のところはな。だけど、ラーメンとなると今やウィードだけじゃなく、ロガリ大陸、イフ大陸で店舗でできているから、俺たちのところで勝手に設立するんじゃなくて、別の既にある組織の中に設立した方がいいんじゃないかって話もある」
「なによそれ」
「ラッツ曰く、商業ギルドの料理店部門の一部門として設立したらどうかみたいな話が出ているらしい」
「あー、商売だからそこでやろうって話ね。それなら私たちに負担は少ないのかしら?」
「多少はな。とはいえ、ラーメンを始めたのは俺だからな。まあ、キユの派遣とかはあるだろうな。で、そのすり合わせをオレリアたちに任せようかなと思っている」
「そうね。あなたがわざわざ首を突っ込む必要があるレベルの話とは思えないし、とはいえ放っておくのもあれだからこそってことね」
放っておくと、ブレードが全世界にラーメン文化を強力に押し広げようとするからな。
あいつがキユのところに弟子入りして修行をしているとかわけのわからん報告も届いている。
おい、王様の仕事どうしたって言いたいぐらいだが、アルバイトで自分の城の城壁修理なんかしてたという前科の持ち主だしな。
ちなみにサマンサにはそのことは一切伝えていない。
どう考えても母子の健康に悪いのは目に見えているからな。
「と、そういえばローデイで思い出したけど、サマンサたちはそろそろだろう?」
「ん? ええ、そうね。そろそろ予定日ではあるわね。そう言えばなんだかバタバタしてたわね。もっと先かとおもっていたんだけど」
「俺もだよ。というか俺としては傍にいられなくて申し訳ない気持ちでいっぱいだ」
本当にそう思う。
妊娠している嫁さんを放っておいて仕事仕事。
しかも新たにフィオラも連れて来たし。やっぱり俺はサイテーじゃないだろうか?
「何言ってるのよ。毎日チャンと家に帰ってサマンサたちの様子をみているくせに。誰も寂しい思いとかしてないわよ」
「そうか?」
「そうよ。あなたはそこだけはどうしてもダメよね。さすがにその過保護はどうかと思うわよ? 私だってちょっと『軽い運動』をしていただけだったのに」
「セラリアのは軽い運動って言わないんだよ」
なにせ最後にはデリーユと組手までしていやがったからな。
まったく、なんでこの女王はおとなしくしていられないのか。
「そういえば、サマンサたちの子供の名前は決めているのかしら?」
「いや、そこは俺の一存ってのは難しいんだよな。まあ、押せば通るだろうが……」
「ああ、各国のメンツね。勝手に決めると確かに心証が悪いわね」
「そこは桜や菫の時もあったからな。その点、ラッツやエリス、ミリー、リエル、トーリ、カヤとかはよかったんだけどな」
「そのメンバーは後ろに権力者がいないからねー。ま、そこは名前の案をだしてどれにするかって話ね」
と、そんな話をしてたのが聞こえたかのようにコールが鳴った。
セラリアも同時にだ。
何事かと思っていたら、病院に勤めているルルアから……。
『サマンサさん、クリーナさん、リーアさん、ジェシカさんが同時に産気づきました。いま病院で処置中です。余裕がある方々は顔を出してください』
そんな重要な連絡を受けて俺は慌てて立ち上がったが、そのまま即座にセラリアに椅子に座り直させられた。
「おい!?」
「あなたがいてもただオロオロと右往左往するだけで邪魔よ。ここでしっかり仕事をしていなさい」
「ぬぐっ」
正論で何も言えない。
「カグラたちは一緒に来なさい。出産ってモノをちゃんと勉強するために。霧華、トーリたちをこっちに寄越すからそれまで夫の護衛をお願い」
「お任せください」
「あと、絶対こっちに来させないように。ちゃんと仕事をするよう見張るように」
「はい」
こうして俺は相変わらずこの場所から出ることも能わず、それでも疲れていたことなんかすっかり忘れてソワソワしながらモニターを監視して……。
「主様。落ち着いてください」
「ユキさん。もうちょっと落ち着きましょう」
「時計を20秒おきに見てたって何も変わらないよー」
「……毎度毎度、そういうのはだめ。うざい」
「ごめんなさい」
さあさあ、別の意味で大変なことが始まりました。
無事に彼女たちは子供を産むのでしょうか?




