落とし穴番外:夏の夜
夏の夜
Side:ユキ
ザザー……、ザザー……。
そんな静かな波の声が聞こえてくる海辺の夜。
遊び疲れた子供たちはみなすでに寝静まっており、大人たちだけの時間となっている。
「いやー。楽しかったわー。明日は何をしようかしら?」
「そうじゃのう。釣りでも行くか?」
「いいわね。タコを釣りましょう」
「ミリーに賛成です。あれは美味しいですからね
などと、セラリアたちはお酒を飲みながら明日の予定を立てている。
全員が全員きれいに小麦色の肌と程よく焼けていていつもとは違う色気がある。
しかし、明日の予定は最初がつまみの確保かよ。
「そういえば、お兄さん。昼間にまたルナがやっちゃったとか聞きましたけど?」
「ああ、そう言えばそうでしたね。それで、ユキさんたちが調査に行ったって言ってましたけど大丈夫でしたか?」
「あ、僕もその話聞きたい。ルナさんはのんびりできる場所作ったって言ってたよ」
「気になりますねー」
「……ユキそこって大丈夫なの?」
「お兄ちゃん聞きたい!」
「聞きたいのです!」
ラッツの発言から一斉に視線が俺たちに集まる。
あのルナの野郎、裏でみんなに言いふらしてやがったな。
調査に行った俺たちはとりあえず互いに視線を合わせてから……。
「あぁ、特に『問題』はなかった」
と、俺が代表をしてそう答えたのだが……。
「うそね。じゃあ、なんで私たちをそこに案内しなかったのかしら?」
「いや、設備の方がな……」
とりあえずそう言いながら調べた家屋のデータをみんなに送る。
「えーとなになに? 家屋の設備改修が必要?」
「トイレが和式でぽっとん? よく言葉の意味が分からないのですが、どういうことでしょうか?」
「ふむ。トイレ以外にも何ぞモノが多いと書いてあるのう」
疑問を口にしたルルア、ショーウ、ユーピアを含め、みながデータを見ながら首をかしげている。
ああ、『和式トイレ』、それもくみ取り式なんてウィードでは採用していないので、それだけじゃ想像できないだろう。
なので3Dデータを次に送ると……。
「なるほど。これはちょっとですわね」
「そこでする体勢。意外と疲れる。しかも……」
「これだと下手をすると、汚物の中に落ちちゃうねー」
サマンサ、クリーナ、リーアは子供たちを生んだばかりだし、こういう衛生面が悪く危険があるとことは避けたがるのも当然だ。
本人以上にサクラやスミレたち、遊び盛りの子供たちにとってはさらにというのがあるし。
肥溜めに落ちて溺死なんてことも無くはない。
「私たちはともかく、子供たちにはあまりに危険ですね。確かにこれは改修しないと使えませんね。しかも、データを見る限りルナの修復作業というのが時間の逆行を利用しているみたいですね。そのために廃村になる前に住んでいた人たちの動産が残っていると」
「そうだねー。僕もコメットと見に行ったけど、生活感バリバリで残っていたよ。だから物を整理するところから始めないとだめだねあれは。だよね?」
「うん。住んでいた人たちにとってはキチンとルールのある配置なんだろうけど、私たちにとってはどこに何があるか分からない状態だよ。その中私たちはともかく、そんな処へ子供たちを行かせるのは危険だと思うな。何せ変なところに農具の刃物が置いてあったりなんてのがあったからね」
そう、自分たちが触ったことがない物品がわんさかあり、特に刃物や農機具などを筆頭にうっかり触れると危険なことになるような道具がけっこうあるので、まずはその整理もする必要がある。
触るなというだけで済むなら簡単だが、それで子供たちが好奇心を抑え込んで我慢できると思うなんてのはあまりに都合が良すぎるだろう。
だから、使うなら事前に大人である俺たちが対策しておくことが大事だ。
「なるほどねー。これはちゃんと片付けないとサクラたちは行かせられないわね。で、怪異、幽霊の類いはいたのかしら? ソウタたちも行ったんでしょう?」
セラリアは納得しつつも、むしろ警戒しなきゃならない相手は良く分かっているようで幽霊の有無をソウタさんたちに確認する。
「いえ、幽霊の気配とかは全然ですね。悪い気もないので特に問題はないかと」
「何より天照大神様が問題ないとおっしゃられておるのだ。それに違いはあるまい」
ソウタさんはともかく、水がルナに絶対的な信頼をおいているのは俺にとっては何ともあれだな。
ルナほど信用の置けない者は無いと思っている。
確かに人の命にかかわるようなことはしないというのはあるが、人とは異なる基準で楽しければ何をやってもいいという非常に気まぐれな『神様』という体だからな。
とはいえ、わざわざルナの性根を否定してせっかく協力してくれている水の気分を害する理由もないので、そこには触れずに……。
「一つだけ、不思議に思ったものがある。これだ」
俺はそう言って、あの集落のどの家にもあった『人形とミニお社』の写真を全員に送る。
「これは? 日本人形でしょうか?」
「ラッツの言う通り、多分日本人形だ」
「たぶん? ですか?」
ルルアが不思議そうに首をかしげながら聞き返してくる。
「俺は人形の専門家じゃないからな。それにスキルによる鑑定結果では単に『人形』としか出ていない」
「どこ産ってそういえば書いてないですよねー」
「そもそも日本産なら日本人形って訳じゃないし、人形の材料が全部日本製でそろってるかってことでもないからなぁ。とはいえ、日本の山奥から引張って来た集落にあった和服を着た人形だからまぁ、日本人形でいいだろう。まあ付け加えるなら、この集落独自の人形かもな。俺の記憶にはこういう拵えの人形は見たことがない」
まあ、とりあえず人形といえる構造はしている。
ただ、俺が知る日本人形の定番といえる造形とはちょっとかけ離れているんだよな。
人型の布に手作りの和服を着せて、布で髪を表現している。
どちらかというとゲーセンの景品ぬいぐるみを連想させるものだ。
しかも、その人形の作りはお世辞にも売りものというには雑で、明らかに手作り感があるので量産品というわけではないんだよな。
「でも、そういえばラッツはなんでこの人形を見て日本人形って思ったんだ?」
「ん? いえ、見た目は日本人形を模しているでしょう? それに古さを考えるとその一種かと思いまして」
「ああ、なるほど」
確かに日本人形を意識しているような感じは確かにある。
「あなたがそれを気にしているのはわかるけど、別に悪い感じはしないってソウタや水が言っているんだし、問題ないんじゃないかしら?」
「まあな。とはいえ、これからあそこの集落の家々に残っている荷物を出したりすることになるから、仏壇とかの対応はソウタさんたちに任せるとしても、その人形の正体がわからない限りは、下手に手を出したくないんだよな」
そう、祀られている物というのは正規な手順を踏まないと害をなすってパターンも存在する。
「それってソウタたちにもわからないわけ?」
「あはは、流石にああいった集落固有の信仰のルールまではしりませんね」
「だな。まあ、大した祈りも感じないからおそらく形骸化をしているとは思っている。まあ、あそこには神社が存在するからそこを明日調べて、文献があればそれに沿ってやるつもりではある」
とまあ、こんな感じでソウタさんたちが明日からあの人形について調べてくれることにはなっている。
で、その間に俺たちはそれ以外の家屋の片づけというわけだ。
「そういえば、神社で思い出したけどハイレンも一緒に行ったのよね?」
「ああ、あいつはそういうのは感がいいからな。というか、ヒフィーはこういう手合いは苦手だしな」
「あはは。どうも昔にやった肝試しで苦手になったみたいで申し訳ない」
「いや、タイゾウが謝らなくていいわよ。それってそもそも巻き込んだ私たちも悪いし。それより私が聞きたいのはハイレンも行ったかの確認と、で、その本人がなんでこの場にいないのかって話なのよ」
「「「えっ?」」」
そう言われて、あらためて俺たちはリビングを見回したんだが、確かにハイレンがいない。
「あれ、ハイレンはトイレですか?」
俺はハイレンのお守であるソウタさんに確認したんだが……。
「いえ、そういえばこの家で姿を見た記憶が……、エノル」
「ん? ワシは知らんぞ。のんびり夏を満喫させてもらって居ったからのう。じゃが、一度は戻ってきておったのはしっておるぞ。カグラたちと遊んでおったからのう」
ということで、次はカグラたちに視線を……。
「って、ミコス、エノラ。カグラは?」
「え? あれ? カグラいない?」
「あぁ、なんかハイレン様に誘われて、えーと20分ぐらい前だったかしら? 出て行ったわよ。そういえば、トイレにしては遅いわね。海辺に忘れ物でもしたのかしら?」
そんなエノラの言葉を聞いた俺たちはそっかーなんてことは考えず、即座にコール画面を開く。
「霧華」
「はっ。たった今捕捉しました。いまどうやら集落に向かっているようです」
「マジか。というか今まで何で捕捉できなかった」
俺たちは早速立ち上がりつつ、なぜ霧華たちが気がつかなかったのかを聞いたのだが……。
「申し訳ありません。気がついたら……」
「何かに喚ばれている可能性はあるか。とりあえず霧華の部下を護衛に」
「かしこまりました」
「俺はソウタさん、水で行きたいとおもいますけど、タイキ君やタイゾウさんはどうします?」
「えーと、タイゾウさん次第ですかね? どっちか行って、どっちかが残って監視してたほうがいいでしょう?」
「そうだな。よし、私が残ろう。タイキ君はユキ君と一緒に」
「わかりました」
「よし、ならいこう。セラリアたちはそのまま待機で。子供たちも全員いるかもう一度しっかり確認してくれ」
「ええ。わかったわ。何事もなければいいんだけどねー」
「本当にな」
ということで、俺たちは夜のコテージを飛び出し、浜辺とは逆方向、そう、あの集落へと走り出す。
一応電灯も強烈な車のヘッドライトレベルの奴をもってきている。12000ルーメンとか言う代物だ。
もちろん魔術による明かりもしっかり備えているので、心霊現象による視界不良は簡単には起こらないだろう。
「しっかし、なんでこうも夏休みの夜ってのはイベントが起こるんだろうな」
「そりゃー、夏休みですし。夜が本番でしょう」
「あはは。そうですね。夏の醍醐味ですね」
「えーと、皆様。何がそんなに楽しいのでしょうか?」
首を傾げいてる霧華をよそに、俺たちは何のかんのと文句をいいつつも笑顔で夏の夜を走るのであった。
夏ってのは夜からが本番なんだよね。




