第1206堀:面接幽霊の
面接幽霊の
Side:ユキ
「どうもー。ってあれ? 漫画をくれたお兄さん?」
などと、軽い調子で挨拶しながら部屋に入ってきた『幽霊』であるはずのハヴィアの様子はいたって普通だ。
自分が幽霊だと完全に認識した今になってもなお錯乱したりする様子はない。
普通、こういう自覚をしたパターンだと怨霊になるか、それとも消えてしまうかというのが定番なんだがそういうのもない。
いやぁ、非常に珍しい事例というやつだ。
そういう意味でも、ハヴィアはちゃんと確保しておきたい。
まあ、俺だって幽霊と対峙した上でしっかり調べたことなんかないからその辺りも何とも言えないか。
「ああ、漫画のお兄さんだ。そして今は君のウィードへの就職活動の面接官でもある」
と、俺は至って普通にそう告げただけなのだが、同席したメンバーの大半が今にも吹き出しそうにしている。
別に嘘は言ってないからいいんだよ。
「へー。で、私は何をしたらいいの?」
「能力についてはポープリやコメット、そしてカグラたちから聞いていて、特に問題はない。是非ともウィードに来てほしいと思っている。ちゃんと給料もだす」
「おー、やったー! 自立できるぞー」
ああ、自立かぁ、まあ実際幽霊が就職先を探すって普通ならかなり難しいとは思うけどな。
と、そこはいいとして説明を始めないとな。
「それでな、わざわざこっちに来てもらったのは大樹海に関することと、ハヴィアが自分が幽霊であるってことに関してだ。どっちも俺が管轄していることでなー」
「あれ? お兄さんって『面接官』のはずじゃないの?」
「ああ、残念ながら人材不足でなー。この手の仕事も色々と掛け持ちだ。だからこそ優秀な人が欲しいってわけだ」
「ふふふ。それでこの私、ハヴィアに目を付けたってわけ?」
「おう。で、さっそくで悪いけど、最初の質問をしていいか?」
「いいよ。なんでも答えるよ」
いやぁ、返事にまったく嫌味がなくて、快活だ。
なんというか、ドレッサをチョットちっさくした感じか?
というか、『明るい』幽霊ってなんだよと言いたいとこだがまぁ、そこは個人の性格によるものだからな、それは俺が質問したいことではない。
まずは……。
「自分が幽霊と、いや死んでいるって認識したのはいつだ? 初めの頃はその辺りもあやふやだったと思っているんだが?」
「えーと、それを思い出したのはお兄さんから漫画をもらって読んでいた時かな? ほら、幽霊の話の漫画。地獄先生。あれを読んでいた時に、ふと思い出してしばらく身もだえしてたよ」
ああ、あの時か。
確かに監視中の記録として漫画を読んで身もだえしているって報告が何度かあった。
ただ、その後大概面白いと言っているということだったので、漫画に感動してそのような行動をしているんだと結論付けていたんだが、なるほど、あの有名幽霊漫画を見て自覚するとか漫画ってすごいなーと改めて思う。
「しかし、よくそれで済んだな」
「それについては私もチョット不思議だったけど、話しててある仮説を思いついたよ」
「それは?」
「それはね。あの漫画の幽霊って必ず心残りがあって、しかもそれってどれもこれもマイナスの感情なんだよ。わかるかな?」
「ああ、そういうことか。ハヴィアに関してはそれが負の感情での心残りではなく、前向きなモノだったことか?」
「そうそう。ほら、幽霊になった後まで趣味をしているって話もあったから多分私ってそういうタイプなんだと思うよ。まあ、たぶんだけどさ」
「まあ、そこらへんはよくよく調べる必要はあるな。そういう意味でも定期検査は受けてもらうことになるけど、そこはいいか?」
「うん。大丈夫だよ。あ、でも少し気になってることがあるんだけど」
「なんだ?」
「私が幽霊っていうならおそらく地縛霊みたいなものなのかな? だけどそうなるとこの学府から出ていけないんじゃないかと思うけど……」
「ああ、そこはここにいる専門家に相談してもらうことになる」
俺はそういって、隣に座ってもらっているソウタさんを紹介する。
「せんもんか? 幽霊の? つまり霊能力者!?」
「あはは、せっかく期待してもらったのに悪いですけど、まぁ霊能力者とは違う気がしますね。どちらかというと神職の端くれとでも言うべきかと」
「しんしょく? 神職! つまり神社にいたの!」
「まあ、そこで下働きをさせていただいておりました」
「すごーい! お兄さんの言う通りおじいちゃんって専門家なんだね!」
いやぁ、なんという純真。
まぶしさ全開といった感じだ。
こんなハヴィアを相手に俺たちがいろいろ画策していたことがとても悪いことをしたように思えてならない。
「はい。専門家というのは間違いないので、何かあれば頼ってくださいね。あとカグラ君にも」
「え? カグラにも? なんで?」
「彼女は私の孫なのですが、いわゆる巫女ってやつです」
「ふぉぉぉぉ! 巫女さん! カグラって巫女さんなのー!」
「えーと、うん、たぶん」
「ははは。恥ずかしがっているんですよ」
「えーカグラなら巫女装束似合うって、みせてよー。あ、でもそれって私がカグラに祓われるってことー? えーっ、それはこまるなー」
「別に祓うだけが巫女の仕事じゃないから安心しろ。神様に祝詞を奏上するとか、そういったやつだ」
その神様であるハイレンはなんと、うっかりハヴィアを成仏させかねないからって、本人が自らが言ってとっくに退出している。
いやぁ、あのハイレンが自制するなんて驚きだ。
いや、あいつの性格は結局目の前の人のためだからな。
そういう意味では理にかなっているんだろう。
ま、ハイレンがカグラや気に入っているハヴィアに対して悪くするようなことはないだろう。
うん、なんでこういう信頼だけはあるんだろうな。
「よーし! じゃあ、今度見せて」
「はぁ、遊びで見せるもんじゃないのよ」
「いや、いいじゃないですか。幽霊がどういう反応をするかという実験でもありますから」
「そうねー。私もカグラの巫女姿見てみたいし」
「ノリコ先生もこういっているし」
「はいはい。話が弾むのはいいが、まだ質問は終わってないからな。で、幽霊としての自覚の問題は分かったが、次は大樹海に関してだ」
そう、まだ俺の質問は終わってはいない。
「大樹海ねー。調査のこと?」
「そうだ。ハヴィアはワイバーンゾンビにやられてたって言ってたが、その場所とか詳しいところは分かるか?」
「それはチャンと覚えているよ。これでも私だって何度も大樹海に入っては魔物の研究をしていたんだから」
「じゃあ、ハヴィアの遺体を確認するのは意外と簡単そうだな」
「まあ、その遺体があればだけどね。運良く残っててもただの骨だと思うけど」
ま、正直200年以上も前の話だから骨すら残っている可能性は低いと思うが。
だが、ハヴィアがどこまで入り込んだのか、そしてこの大森林にワイバーンゾンビがいるというのも新情報だ。
俺たちの今までの調査ではゾンビ系は一切見つかっていない。
ハヴィアが生きていた時代はいたのがその後いなくなったのか、それとも場所によってはそういうのがいるのか、これは実際調べてみるしかない。
「よし、ならハヴィアも大樹海の調査に加わってもらう。ただし、基本的には後方からのサポートだが。なにせ、大樹海に行って体を維持できるかすらわからないからな」
「うん。それは私もそう思う。だからコメット、エージルよろしく」
「任せておきなさい」
「場所が分かっているなら問題ないよ。詳しく聞かせてくれるかい?」
「おっけー。それとコメットたちが行こうとしているルートも教えてよ。何かアドバイスできるかもしれないしさ」
「いいよー。って、いいかなユキ?」
と、こちらに確認を取ってくるコメット。
それについては別段俺に否定する理由もないので。
「ああ、そこらへんは連携ちゃんと取ってくれ。地図の確認もしっかりな。あと、ハヴィア。一応これって機密だからな?」
「わかってるって。というか、幽霊のいうことを誰が信じるんだよ」
「確かにな。あと、少しでも体調とか精神が不安定になったと感じたらソウタさんとかカグラたち、ミコスやエノラ、スタシアに相談するといい」
「え? ミコス、エノラ、スタシアも巫女さんなの?」
「巫女じゃないけど、友達と一緒なら正気を失いそうになっても頑張って踏みとどまるだろう?」
俺としてもこういう時に絆とかに頼るっていうのはどうかとも思うが、心理学的に親しい間柄の人が近くにいる方が落ち着きやすいというのは証明があるからな。
「あー、そうだね。友達を傷つけるなんて嫌だもん」
「それに、ノリコもおいていく。ちょっと生まれは特殊だが、幽霊としては先輩だから色々聞くといい」
「え!? ノリコ先生も一緒にいてくれるの?」
「そりゃ、そのために私は来たんだしね。それにフィオラと一緒に学府見学をする約束だし、その時には案内頼むよ」
「はい。見学の際にはハヴィアさんに案内してもらえればと思っています」
「いいよ。任せて」
よし、フィオラとノリコの案内も頼めた。
これで学府のデッドポイントについても聞くことができそうだな。
そこにハヴィアの意思がかかわっているのか、それとも別の何かなのか。
「じゃ、まずはハヴィアはコメット、エージルと話を詰めてくれ。俺たちはデリーユにワズフィ、ナイルアの状況を確認する。早めた方がよさそうか?」
「逆だよ。ハヴィアからの新情報が入るんだから、そこら辺の確認や調整に時間が掛かる。まあ、ワズフィたちの準備が整ってるなら学府に戻ってもらって。お互い話しておいた方がいいことはあるからね」
「了解。伝えておく。よし、みんな付き合ってくれて感謝だ。あとは各自の仕事に取り掛かってくれ」
俺がそういうと、この場にいたメンバーは各々の仕事をこなすために部屋を出ていく。
そこまで来て、俺は残ったポープリに声をかける。
「どうだ? よかったか?」
「ああ。私としては一番望む帰結だったと思うよ。暴走することもなく、お別れすることもなく、彼女が自分のことを自覚し、そして学府の一員としてウィードに向かいたいと。だけど、私やユキ殿の心配は余計だったみたいだね」
「ああ、余計で済むならなによりだよ。だが、まだ完全に落ち着いたって確認できたわけでもないから、学府にいる間はポープリも気を使ってくれよ」
「もちろん。任せておいてくれ」
「さてと、これでお仕舞いってことで休みだったらいいんだが……」
「ははは。ま、世の中そうそう簡単には休めないってことだね。ほかのみんなと同じように」
そうして一頻り苦笑いをしてから、俺も戻って仕事を始めるのであった。
ハヴィアの意欲は十分。
さてさて、彼女はこれからどう活躍していくのだろうか!




