第1200堀:準備はいいかい?
準備はいいかい?
Side:ユキ
「ユキ様。スタシア様がお見えです。応接室でお待ちになっています」
オレリアに来訪を告げられて時計を見ると、確かにスタシアとの約束の時間になっている。
うーん、仕事に集中していると時間が経つのがあっという間だな。
勉強の時間とは全然違う。
とはいえ、ゲームみたいに楽しくないのがな~。
「通しておいてくれ。ホービス……」
「はーい。お茶ですねー」
俺が言う前にホービスはお茶の準備に取り掛かっている。
「はい。ユキ様。こちらがスタシア様との打ち合わせの案件の書類です」
「ヤユイ。ありがとう」
ヤユイに至っては俺が何か言う前に、サッと書類を渡してくれる。
俺が新たに雇ったこの三人はこのように頑張ってくれている。
もう完全に秘書って感じだな。
嫁さんたちも頑張ってくれていたけれど、リーア以外は基本的に各国との外交官も兼ねていて、さすがにこういうことまでは出来なかった。
そういった意味でも非常に助かる。
だけど、それによって俺が動かないで済むのでなんか運動不足になりつつあるようで気になるな。
ま、仕事が終わったらランニングでもやってみるか?
それともどこかの戦闘訓練に加わってみるか?
と、そんなことよりもフィオラに説明を終えたスタシアが来ているからどうなったか話を聞かないとな。
「じゃ、俺はスタシアと話をしてくるから、ヴィリア、ヒイロついてきてくれ。ドレッサは俺の代わりに3人を頼む」
「「わかりました」」
「任せて。といっても小国からの仲介の要望は最近無いけどねー。フィオラの件が効いているわね」
そう、ドレッサの言う通り、最近俺への直接的な交渉は大きく減っている。
フィオラを『雑用』としてもらい受けたことが効いたようだ。
とはいえ、いまだに一般からのウィード訪問に関する問い合わせはあるので、そっちを担当するオレリアたちの仕事は大いにある。
で、必要に応じてセラリア、エリス、ラッツたちに説明をして、計画、許可、予算、物資を確保するのが主な仕事だ。
いやぁ、あれって面倒なうえに胃の痛い話だよな。
まあ、足りない部分はちゃんと教えているし、まぁ、いい相手の内なんだろう。
もちろん、俺がフォローをしている部分も多々ある。
「これで、また他国からの旅行者が増えますね」
「ヒイロの予想では、移住希望者も沢山増える」
「そりゃどっちの予想も当たるだろうな」
小国の多くはどうもそういう旅行とか移住ってことに関心が低い。
領土と領民をワンセットで考えているのか、自分の国の領民がやって来たり、出て行ったりするとはあまり思っていない節があって、税率とかそういうことの軽減や優遇を行っていないのだ。
まあ、そうやってよそから人を奪っていくと外交関係で問題が出てくるからすべきではないと考えているってのもあるんだろうが……。
そもそも戸籍すらないのに例えばウィードに移ったと証明する方法がないよな。
まあ、そもそも国籍とか、それを変える法律など存在しないっていうのが普通だったりする。
それでも大国では俺の指摘で、ちゃんと国籍を与えることを始めているが、まだまだ追い付いていないのが現状だ。
とりあえず、ウィードでは入国管理の所でどこどこの国からだというのを記載して簡易身分証を渡して個々人の国籍を記録しているところではあるが、結局それに関しての相手側の法律が存在しない以上、その人たちが住む国を変えることを止める法律は存在しないし、俺としては移住を拒む理由もない。
それってトラブルになる可能性は高いな。そこら辺の環境、法律を整えないと問題だよなー。
とはいえ、放置していると大国やこれから大きくなろうとしている小国なんかで人材確保に問題が出てくる可能性が非常に高い。
各国でそろそろ調整してもらうしかないな。
そうしないと人の取り合いでの戦争が始まりかねない。
それに、奴隷制度を一気にやめるとか言いかねない馬鹿も出てくるだろう。
そういった社会システムの変更の類は、何事も徐々にがいいからな。
「とりあえず問題が出てくればみんなで相談だ。もうウィードは国際社会の一員だからな。なにも一国で考える必要はない」
「はい。お兄様が頑張って作った仕組みですね。みんなで考えるのが大事です」
「うん。ヒイロもそう思う」
なんてことを話しながら応接室に到着すると、すでにスタシアはソファーでのんびり座っていた。
で、俺が入ってきたことに気がついてすぐにソファーから立ち上がる。
「お邪魔しています。ユキ様」
「べつだん受付なんか通さずにそのまま執務室に来ていいんだぞ」
「いえ、そこはちゃんと分けておくべきかと。私はほかの奥様とは違い『軍人』ですからね。部下にも示しがつきません」
確かにスタシアはウィードでは一軍を預かる立場に就任している。
それは新大陸のおける女性軽視を緩和するためでもあり、ウィードにとって貴重な高位の指揮の経験もちというのも大きい。
そんなスタシアを単なる俺の側付きとかありえないので、軍人の立場をやってもらっている。
まあ、だからこそのルールというものがあるってやつか。
「まあ、スタシアのいうこともわかるしいいか。ただし急を要するときは遠慮なくな。せっかく奥さんなんだから。助けるのが旦那の仕事だ」
「はい。その時は遠慮なく。と、それはいいとしてフィオラ姫のことです」
「そうだったな。ノリコとフィオラの調子はどうだ?」
「特に問題があるようには見えません。昨日今日と一緒にいますが、あえて怨霊モードになってもらったうえで笑いあっているほどですよ」
「……信じられないですね。ノリコさんの怨霊モードにむきあってまだ笑うとか」
「ヒイロだってノリコのアレだけは日中でもしてほしくない」
ヴィリアとヒイロの言う通り、ノリコの怨霊モードは問答無用で相手というか同じ空間にいる人たちを恐慌状態に陥れる技だ。
余程耐性がない限り耐えられない技。
それにもかかわらず笑いあってるって……。
「で、それってどういう状況なんだ?」
「えーと、幽霊の漫画や映像を見て勉強しているうちに、フィオラ姫が急に実際どのようなものかもう一度体験したいと言い出してですね。それで私もその場に同席したわけです。実際ハヴィアがどの程度のモノになる可能性があるのかを知っておくべきかと思ってですね」
「それで、スタシアさんはどうだったんですか?」
「こわかった? スタお姉ってカグお姉みたいに訓練してないよね?」
そうだ。ヒイロの言う通り、スタシアは幽霊に関しての訓練はしてなかったはずだ。
あの時は『ハイデン魔術学院』での幽霊騒動の調査のためだったからカグラたちを訓練に出したんだっけか?
だからスタシアはその手の訓練が必要なかったわけだ。
まあ、元々将軍として場数も踏んでいるだろうからというのもあった。
「で、実際体験してみた結果どうだった?」
「はい。正直キャリーから話を聞いていましたが幽霊という存在はものすごいものですね。私も非常に恐怖を感じました。ただ訓練を重ねて行けばノリコには慣れてきます。彼女、フィオラ姫も恐らくは同様ではないかと。ユキ様のようにどんな幽霊相手でも平気というにはまだでしょう」
「いや、俺だって幽霊とか得体のしれないものは怖いからな?」
「「「「え?」」」」
心外なことに、3人そろって驚いた顔を……って4人重なって聞こえたと思ったら、お茶を持ってきているオレリアの姿がある。
「なんでオレリアまで驚いているんだよ」
「いえ、私はユキ様には怖い物など一切存在しないものと思っていましたので」
「俺だって普通に予算とかで頭抱えてるだろうが」
「「「「ああ」」」」
その言葉で納得してくれる4人。
だれだって予算関連ではエリスやテファを抜かないといけないので怖いに決まっている。
などということを言っている間にオレリアがスタシアや俺たちにお茶を配り終えて応接室を出ていく。
「さて、本題の続きというこうか」
「それで、オレリア、ヤユイ、ホービスには今回のことは?」
「話していない。混乱するだけだろうからな。彼女たちは結果が出てからでいい思っている」
「しかし、ランサー魔術学府には連れていくのでしょう?」
「『幽霊』と認識しなければいい。っていうか、彼女たちはそういう心構えもできてない。そもそも通常の戦闘ですらおぼつかないからな」
なにせ元々奴隷でしかも一般人だ。
戦闘経験なんてあるわけがないし、幽霊の耐性も同じく。
そんな彼女たちを『幽霊』と認識した状態で合わせればどうなるかはわからないし、時間もない。
元々彼女たちは一般相手の対応役だしな。
「なるほど。そういう方針なのですね。ではそのように」
「ああ。それで話を聞く限り、報告書の通りか。ハヴィアに関わらせることについて問題なしと」
「はい。先ほど言った訓練も重ねているので、ハヴィアを相手するのは問題ないでしょう。あと懸念があるとすればノリコの接触ですね。フィオラ姫よりむしろ、ノリコの方にハヴィアが反応しそうです」
「ま、同じ幽霊同士だしな。まずはフィオラ、そしてノリコって感じだ。今回はあくまでフィオラと合わせての変化を見ることだからな。で、おまけとしてノリコがよその土地に行って問題ないのかも確認でもある」
ノリコを連れていくってことは賛成となったが、そもそもノリコってよそに行けるの?
っていう心配があった。
ウィードの中では自由に出歩いているけど、そもそもゲートとかも認識されるわけ?
という疑問が。
まあ、今後幽霊関係の調査をする必要が出てくる可能性はあると思われるので、それなら幽霊には幽霊を向かわせることも検討しなくてはいけない。
その第一号がノリコということだ。
「あはは、確かにノリコの方が可能性がありそうですね」
「それは否定しない。とはいえ、フィオラで済むならそれに越したことはない。それに化け物に化け物をぶつけると結局そいつらが合流してこっちに向かってくるなんてことがあるからな」
「ふむ。獣同士を争わせたら結局こちらを襲ってきたということですか?」
「そういうことだな。お互い強敵と思ってこちらに矛先を向けられるのは勘弁だ」
どこかの映画は混ざり合って合体してたからなー。
「確かにそういう話は聞きますね。なるほど、それであればフィオラと合わせる段階で終わることが最良ですね」
「ああ。あとは向こうのタイミングだけど、カグラたちからは何か連絡来ているか? ハヴィアの様子についてだけど? コメット、エージルの方からはいつもでいいとは聞いているが」
「あはは、それですがカグラたちはレポート編集であまり顔を合わせていないそうです」
「あー、そういえば経過報告を頼んだっけ? そっちは結構編集箇所があるのか?」
「そのようですね。ポープリ学長がカース殿、コメット、エージル、ショーウ殿を集めて各国にとっての魔術学府の価値について見解を聞いていましたよ」
「そうか、単に各国からの支援の言葉だけじゃなく理詰めを入れてきたか」
「おそらくはそうかと。これで繋がりだけでなく、学府の今までの研究成果を評価したことになるという話でした。それで、レポートに関しては、おそらくフィオラ姫を連れていくときに引きわたされて相談ということになるかと」
「了解。そういうことか。いや、急に提出して欲しいなんて言って悪かったのかな?」
俺はお風呂に入りつつ経過報告を聞くって言う程度の簡単なもののつもりが、結構ガチなレポートになっていそうだな。
まあ、それぐらいがいいか。
「じゃ、予定通り明日行くからフィオラとノリコに準備をするように伝えてくれ」
「はい。ではそのように」
こうしていよいよ明日、ついにフィオラとノリコがランサー魔術学府へと向かうことになったのだった。
フィオラ、ノリコいざゆかんランサー魔術学府へ




