第1198堀:魔術学府のレポート
魔術学府のレポート
Side:エノラ
「はぁ、楽しい時間に限ってあっという間に過ぎてっちゃうよねー」
「こら、しっかりやりなさい。私たちは『仕事』をしているのよ」
そんな愚痴を言いながらダラーっとだらけているミコスをいつものようにたしなめているのはカグラ。
まあ、ミコスの気持ちもわからないでもないけどね。
私たちはつい先日まで、ウィードに戻って交流会を満喫していた。
当初はなんでそんなことをしなきゃならないのとも思ってたけど、実際に始まってみたら思った以上に楽しかったし、普段あまり深い付き合いのない人とも交流できたのはいいことだった。
何より新たにユキの下についたオレリアたちともしっかり話せたのはいいことだったわね。
でも唯一の不満は、なんて言っても武闘大会とバトルロイヤルで負けたことかしらね。
次があれば絶対優勝して見せる。
なんてあの楽しかった一時を振り返っていたら、アーデスさんがやってきて……。
「エノラ殿、ミコス殿がいささかお疲れのようですが、大丈夫ですか?」
机に突っ伏したままのミコスとそれにカツを入れるカグラを横目に私に事情を聞いてくる。
「ああ、いいのよ。休みでちょっとはしゃぎすぎて疲れているのよ」
「なるほど。お休みは随分と楽しまれたのですね。で、内容をお聞きしても?」
「別に大したものじゃないわ。最近入ってきた新人と打ち解けるための催し物がウィードの方であったのよ。食事会とかお話とかゲームとかね」
アーデスさんには悪いけど、あれの詳しい内容を言うわけにもいかないのでぼかして伝える。
まあ機密ってことは無いから、ホントは話しても問題はないと思うけど、アーデスさんはユキと戦ったこともあることだし、仲間外れと思われてもあれだしね。
「そういうことですか。余程ミコス殿は楽しんだのでしょうね」
「そういうことは大好きだからね。とはいえ、こうして勉強に身が入らないのはどうかと思うけど」
「あはは。ミコス殿はそもそも『知識を深めること』にはあまり興味はなさそうですからね」
「そこは申し訳ないと思うわ」
そうよね。やる気がない交換留学生とかきっと腹立たしいわよね。
……こりゃ私からも注意しておいた方がいいかもと思っていると。
「別に大丈夫だよ。こっちにもああいう魔術に興味がない子もやっぱりいるんだ。そういう子たちに対してどれだけ興味を持ってもらえるような授業ができるかも我がランサー魔術学府の意義でもある」
そう言いながら入ってきたのはポープリ学長。
流石に学府のトップがやってきてはミコスも突っ伏したままとはいかず、サッと立ち上がって頭を下げている。
自分の態度がまずかったのは分かっているようで冷や汗でダラダラだ。
「申し訳ございません」
「私の監督不行き届きでもあります。申し訳ございません」
「あはは。別段謝る必要なんてないよ。なにせ休みの間の君たちがどれだけ大変だったのかはユキ殿から聞いているからね。今度は私も混ぜてもらえるように言っているさ。まぁ、その時はよろしく頼むよ」
「はい。その時は遠慮はしませんので」
「うん、私も遠慮はしないよ。と、そこはいいとして、スタシア殿はどこだい?」
「スタシアは今、例の件の準備でウィードにいます。何か彼女にご用が?」
スタシアはフィオラの件でノリコと一緒に今までの経緯を説明をしている。
それが終わり次第こちらに来る予定になっている。
それは、ポープリ学長も知っているはずだけど……。
「ああ、そっちの方か。いや、それなら大丈夫だよ。いやね、ユキ殿にレポートの確認をしたいって言われてね」
レポート。
それは、ランサー魔術学府の存続が今後とも必要であるという証明になるもの。
私たちは毎日学府での授業の後、レポートをまとめてポープリ学長に提出している。
とはいえ、いきなりそれをそのまま世界に公表するってのは流石にまずいので、ポープリ学長とユキで添削をしてからということになっている。
なのだけど……。
「レポートは常に学長へ提出しているはずですが? そちらをそのままユキに回してもらえればいいのですが。何か確認したいことが?」
「そうだよ。いままでもらったレポートを一度君たち自身で確認してもらいたいのさ。けっこう後で見返すと新しい発見があるからね。出したあとから変更したいと思った場所とかないかい?」
「確かにそれはありますねー。なにより姫様に見せる前に誤字脱字は修正しておかないとミコスちゃん怒られちゃう」
うん。それは確かにある。
まあ、私はそういうのは修正済みでいつでもハイレ教会に送れるよう準備は済ませている。
もちろんユキのチェックが終わらないとそちらには送らないんだけど。
「だから、そういう所を今一度確認したいんだよ。ユキ殿がレポートの進捗を確認したいっていっているから、私の所に集まっているレポートをまとめて渡す予定だ。当然君たちの方でも毎日ユキ殿の方には渡しているだろうが、改めて『学府から出す』前に確認と修正をというわけさ」
「「「なるほど」」」
正式に確認が入ったレポートが欲しいわけね。
だからポープリ学長に問い合わせているわけか。
「というわけで、アーデス。彼女たちを借りるよ」
「私は雑談をしていただけですので、問題ありませんよ」
「じゃ、さっそく移動だ。流石にここで話すようなことではないからね」
そうね。学府の今後を決めるような大事なレポートの確認なんだから、教室で話していいことではないわね。
ということで私たちはそのままポープリ学長の後につき従って教室をでる。
「でも、予定じゃ私たちのレポートを各国に提出するのはまだ先だったんじゃないかしら?」
「うん。ミコスちゃんたちが交換留学を終えて学府を出るのはまだ先だしねー」
「何かそこら辺の圧力がかかったのですか?」
「いや、そういうことじゃないよ。ユキ殿から、レポートを事前に各国に見せておいてちゃんと支援をして貰うという確証を取り付けておこうという提案を受けてさ。ただ学府が必要だ、価値があると主張しているだけより、○○の方面において必要不可欠であるっていう方がいいだろう?」
「確かに。で、そういうところも含めるために今からということですね」
「ああ、とりあえず君たちのレポートと私たちが推し進める予定の物とで被るモノがあればその方向性でまとめようと思っている。それに、有識者にも集まってもらっているしね」
「有識者ですか?」
各国の魔術師にでも集まってもらっているのかしら?
でも、ポープリ学長よりも優秀な魔術師っていうのは早々いるとは思えないんだけど?
まあ、私の知らないところで専門の人っていうのもいるかもしれないわね。
と、思いながら学長室へと入ると。
「お、来たね。待ってたよ」
「お先にお邪魔していますよ」
「どうも失礼しております」
という挨拶をして来たその人たちは……。
「エージルさんに、カースさん? それにショーウさん?」
「なんで3人が?」
そう、学長室ではなぜか、エージルさんとカースさんが座ってのんびりお茶をしていた。
「別に不思議なことじゃないさ。これについてはまだウィード内にとどめておきたいことだからね。それでウィード内で各国の魔術に精通している人たちをとお願いして来てもらったんだ。私としてはホントはナールジア殿とか、タイゾウ殿、ザーギス殿にも来てもらいたかったんだが、なぜかユキ殿が駄目だといってね」
それはだめでしょう。
ナールジアさんとタイゾウさんはどちらかというと魔術そのものの研究ではなく、道具などの開発をメインにしてる人たちだし。
ザーギスさんは魔術もつかえるけど生物学とかそっちを専攻しているって話だ。
まあ、あの3人もユキに頼まれて魔力の研究はしているけど、それでも魔術そのものをメインにしているわけではない。
まぁ、それで言うと、エージルさんも不思議なんだけど。
「僕もどちらかというと、魔剣聖剣が専門なんだけどねぇー。まあ最近はコメットがいるからどちらかというと魔術方面かな? それに元エナーリアの将軍としての視点を買われてかな」
なるほど確かにエージルさんは道具の開発方面が中心ではあるけれど魔術そのものも使うし、将軍職という視点から見る魔術の有用性を考えるにはいいかもしれない。
「私は、冒険者の前には魔術の国で勉強していましてね。それを買われてということです」
なんと冒険者として有名なカースさんに隠された意外な事実。
確かに地方領主の跡取り息子だったとは聞いていたけど、へぇー、魔術の国で勉強をしていたのね。
確かにウィードの学校でも魔術も含めて教えていて、いろいろ多彩に覚えているのが不思議だったので納得ではある。
「すでに我がズラブルの支援は決定しています。ですが、ほかの国から横やりを入れられてとん挫をしてはたまりませんので、私はいわば『支援をする国』の代表として参加させてもらっています。ま、ほぼ身内のようなものなので大丈夫とユキ様からは許可をもらっております」
えーと、ショーウさんは確かズラブル大帝国の大皇望で、いろいろな業務で忙しいはずなんだけど。
確か魔術の腕前はかなりあるとは聞いているし、そういった意味では間違っていないのかしら?
まあ、ユキが許可しているなら問題ないか。
「これで、カグラ殿たちを含めて各大陸の魔術に対して一家言ある人物はそろったわけだ。ああ、カグラ殿たちのレポートは既に彼女たちにも目を通してもらっている」
「「「え?」」」
げっ、修正前のレポートをもう見られている?
いや、それが悪いことなのかどうかというか、そもそもあのレポートについては単に私たちが思ったことを書いただけだから何とも言えないんだけど……、役に立ったか心配ね。
「あはは、そこまで心配しなくてもいいさ。新大陸の魔術師としての意見が詰まっていてわかりやすい」
「そうですね。ポープリ学長にとっては耳の痛い話でしょうが、イフ大陸は魔力枯渇現象が色濃く出ていて魔力の発現が難しい状態となっています。そのためにここでは実際に魔術を使える人口が圧倒的に少ないし、魔術そのものが使いにくい。だが、逆にそこが狙い目だとカグラ殿たちはレポートでまとめていますが、私たちもそうだと思います」
「はい。そうですね。このイフ大陸では魔力消費量が高いというのは分かっていますが、それを逆手にとって魔力を大量に使うことなく魔術を行使できる技術や方法を探るという方面はいい着眼点かと思います」
ほっ。私たちのレポートに真正面からダメ出しとかされたらどうしようかと思っていたけど、どうやらそこまでではなかったようね。
「やっぱりそういう方面だよね。ユキ殿の意見で学府でも日常で使う魔術の履修を始めているところだ。こっちの大陸では『攻撃魔術が使えてこそ魔術師』というのがあってね」
「そこだよねー。僕も将軍として魔術師部隊は抱えているけど、やはりそこが採用基準だったからね。だけどそれだと結構な魔力がないと魔術師にはなれないってことだし、根本の解決の改善をするのがやっぱりかな」
「はい。このイフ大陸の特徴は魔力が枯渇しているという点です。そのような環境の中でも魔術を上手く鍛える方法を見つけられれば各大陸にも大いに有益になるかと。また魔術学府以外にこの研究を行うのはなかなか難しいこともあるでしょう。カグラ様たちはどうお考えですか?」
「えーと、確かにそういう方向性は思っていました。ですがこのレポートを書いていて思ったのですが……。ミコス?」
「うん。確かにそういう視点でも検討する余地はあるんですけど、もう一度私たちがレポートをまとめる前にそもそもこの『学府のやってきたこと』っていうのを振りかえってたほうがいいんじゃないかなーって思ってます」
「はい。ワズフィやナイルアみたいな『特殊な魔術師』という人たちを私たちの所ではあまり見ませんでした。魔術が容易に使えないからと、別の方向に手を広げたからこその可能性かと」
「なるほど。確かにそういうのは分かるかな。僕たち魔剣使いだって魔術と魔剣を使えるっていうのが特異性だからね」
「では、その方向で改めて情報を集めてみるというのはどうでしょうか?」
「それがいいですね。それは新しい発見がありそうです」
こんな感じで私たちのレポートについての意見のやり取りは結局夜遅くまで続いて、更なる調査を進めることになるのだった。
これっていいことなのかしら?
魔力調査の前に、学府の存続支持を集めるための仕事も必要なのであります。
みんな仕事が多いと大変だよね。
同時に10個ぐらいが雪だるまは限界かな。
あ、普通の仕事はね。
「じゃ小説あと6つぐらい書いてね」とかは無理だから。




