第1197堀:意外と平気そう
意外と平気そう
Side:ユキ
さて、怨霊状態全開のノリコに相対してもらったが、フィオラはどう反応するのか?
俺が鈴木紀子を連れてきたのは、フィオラが幽霊に対しどんな反応をするかを見るためだ。
何も事前情報を与えずに、『幽霊』という未知かつ不可思議な存在をどの様に認識し、さらには敵意や怨念を向けられてどう行動するか。
ものすごく失礼なことをしているという自覚はあるが、それでもこれはやらなければいけない。
なにせ、ハヴィアと会わせようという話が出ている。
対応の如何によってはフィオラ自身の命の危険にもつながる。
そういうのは避けなくてはいけない。
なにせ相手は幽霊だからな。敵対者を意外な方法で殺害するのは得意だろう。
だからこそこんな試験をしている。
ノリコがどんどん怨霊としての威圧感を上げていく。
ラッキーだったのはノリコはこのモードを自分の意志で調整できること。
ルナに呼び出された際に有名なジャパンホラーのスキルを貰ってきたってのが理由だそうな。
異世界に来て『チート』を貰うのはお約束だからまぁいいが、それが幽霊としてのスキルってどうなんだろうな?
ま、そんなのはどうでもいいが、怨霊ノリコと向き合うことになったフィオラの顔はやはり愕然というか恐怖に飲み込まれ動けないような感じだが……、おっ、ちょっとだけ俺と目が合ったかと思うと、少し浅く呼吸をして。
「は、初めまして。ノリコ殿でしたか。私はダファイオ王国から来たフィオラと申します」
なんと如何にも普通に挨拶をした。
とはいえ、まだ警戒を解いてはいない。
なるほど、周りの状況を見て、ノリコは敵ではないと判断したわけか。
うん、理性的だな。セラリアならあっという間に剣を抜いて逆に威嚇ぐらいはしそうなんだが……。
それで、そんなごく普通の挨拶を受けたノリコは。
「あ、普通に挨拶? ごめんねー。ユキがさ、こっちのモードになれっていうからさ。あ、私、鈴木紀子っていうんだよろしくね」
と、これまた普通に挨拶を返した。
ま、それが普通の反応だよな。
一方が『幽霊』だということは除いてだが。
「あ、はい。よろしくお願いいたします」
胆力で何とか挨拶したとはいえ、すっかりこわばっていたフィオラは別の意味で驚いたようで、目をまん丸に見開いてこれまたちゃんと返事をする。
で、その様子を伺っていたドレッサたちが口々に
「私はフィオラに任せていいと思うわ」
「はい。私も大丈夫かと思います」
「ヒイロもフィお姉なら大丈夫だと思う」
と、フィオラなら任せられると言って来る。
あとは、セラリア、霧華、クアルだが……。
こちらの視線を受けて察したのか。
「私も特に異論はないわ。ノリコがサポートにつくならそうそう問題もないでしょう」
「はい。私もそう思います。ノリコ殿のあの状態にいきなり対峙してここまで平静を保っていられるのであれば、何か問題があったときも冷静に対応できるかと」
「そうですね。私も霧華の意見に賛成です。ノリコのアレは通常であれば訓練を重ねた兵士ですら錯乱するレベルですからね」
クアルの言う通り、『理解のできない脅威』に対して人は怯え錯乱するってのがほとんどだ。
それがどれだけ鍛え上げた人物であってもだ。
達人などと呼ばれる人にとってすら、初めてのことについてはただの素人でしかない。
だからこそ相手を研究して対策を練るのが人というものだ。
とはいえ、いついかなる時も準備万端だなどというのはありえない。
そういう時こそいかに冷静に判断できるかという資質こそが今回のことでは大事だったわけだ。
そんなことを考えていると、フィオラがこちらに視線を向けて……。
「ユキ様。こちらのノリコ殿と私を引き合わせた理由をお伺いしても?」
「ああ、悪い。この鈴木紀子だが、見ての通り普通の人じゃない。元人だったというやつだ」
「そうそう。私は幽霊ってやつなのよ」
「幽霊? ゴーストでしたら魔物ですが、ノリコ殿は明らかにそれとは一線を画す強さかと……」
「違うのよフィオラ。私はゴーストっていう魔物じゃなくて幽霊みたいなのよ」
「はぁ……」
ノリコの説明じゃ堂々巡りでさっぱりわからないよな。
「とりあえず、普通のゴーストじゃないっていうのは肌で感じたと思う」
「はい。それは確かに。ノリコ殿のあの目のない状態はものすごく恐怖を感じました」
「今回フィオラに頼もうかと思っている仕事はこのタイプの『幽霊』との接触、交流なんだよ」
「なるほど。それでこのノリコ殿に対して私がちゃんと対応を取れるかということを試していたのですね」
流石は聡いフィオラだ。
こっちの意図を理解している。
「悪いことをしたとは思っているが、この手のことはいきなりやらないと意味がないからな」
「お気になさらずに。確かに事前に十分ノリコ殿の情報を頂いていれば、身構えていましたし、心にも余裕を持たせていたでしょう。ですので、私が訓練をして心身ともに疲れている時にいきなりノリコ殿に引き会わせたというのは納得できます。それで、私はユキ様が頼もうとしているお仕事に役立てるでしょうか?」
如何にも心配そうに聞いてくるフィオラ。
「ああ、俺から見た感じはやれそうだな。ほかのみんなも同じ意見みたいだ」
「では、お任せください!」
俺の合格という言葉が出た途端に勢い込んで任せろなどと言ってきたが、ここはその前にちょっと言っておかないといけないことがある。
「まあ、待ってくれ。ひとまずノリコとの顔合わせは終わって、俺たちはフィオラならその仕事をこなせるとは思ったが、それでも無理をしているなら引き受ける必要はない。なにせ仕事には向き不向きがあるからな。フィオラのメインの仕事は俺個人へと来る小国相手の窓口業務だ。だが、今回はその仕事とは全く別の仕事になるのだから、無理をさせるつもりはないんだ」
そう。いくらやることはできるとはいえ、嫌な苦痛な仕事なんか押し付けて単に効率が落ちるだけならともかく、今回の件は下手すると命にかかわるからな。間違っても無理をさせるつもりはない。
「まあ、俺から言っても強制に聞こえるかもしれないけどなー」
「大丈夫よ。嫌なら嫌って言っていいから。例えばラビリスとかデリーユだったらこの手合いは絶対ひきうけないから。ね、ノリコ?」
「あの二人には人モードですらいまだに怯えられるしねー。とはいえ、無理もないとも思うわけよ。怖い物は怖い。なにせ本来なら命の危険もあるんだからね。だからフィオラも義務感なんかで無理しなくていいわよ。むしろユキが強制するならちゃんと止めるから。女王様も無理はいわないわよね?」
「もちろん。夫の決めたことに口を出すつもりはないし、無理やりやらせても意味がないのは分かり切っているし、そもそも止めるわ」
と、嫁さんたちと幽霊本人からフォローが入る。
「というわけだ。フィオラはそれでもこの時点でこの仕事をやるのは問題ないか?」
ということで、しっかりとあなたの意思を尊重しますと言ってから、改めてフィオラに問いかける。
「はい。やらせてください。このノリコ殿と仕事というのも楽しそうです。もちろん無理は致しませんので大丈夫です」
その返答に、単なる義務感とか迷いなんかはなさそうだ。
なら、俺からとやかく言うことはないか。
「じゃ、今日はしっかり訓練疲れを癒してくれ。明日改めて仕事の話をする」
「わかりました」
「おっけー。じゃ、私はフィオラと仲を深めたいと思っているけどいいかしら?」
「いいぞ。フィオラが嫌がらなければな」
「私は大丈夫です。是非ともお話を伺わせてください」
「いいわよー。じゃ、何か美味しい物でも食べながら話しましょう」
「ああ、外に食べに出るなら経費で落とすから、ちゃんと領収書もらっとけよ」
「はいはーい。しかし、なんでファンタジー世界に来てまで『領収書』とか、妙に現実じみてるのかしら。ホントいまだに違和感だわ」
「世の中そういうもんなんだよ」
「世知辛いわよねー。ま、いいわ。フィオラ行きましょう」
「え? あのいいのでしょうか?」
「ええ、行ってらっしゃい。霧華、一応ついていきなさい」
「はい。かしこまりました」
ということで、ノリコ、フィオラ、霧華は修練場から出ていく。
いやぁ、ノリコは本来なら怨霊のくせに平気でウィードの街に出て飲み食いする。
ルナに呼ばれた幽霊たちの中でも別格だった。
細かいことはもう気にするなとしかいえない。
ソウタさんや水ですらノリコを見て絶句していたからな。
だからこそ、こいつは比較対象にならんといっていたわけだ。
とはいえ、こうしてフィオラの護衛というかサポートにつけられたのはいいことだと思っておこう。
「それで、フィオラはハヴィアとの新しい学友として送り込むつもりなのよね?」
「ああ、朝書類で上げたとおりだ」
結局、昨日の夜タイゾウさんたちと話したハヴィアに対する新しい刺激として、フィオラを近づけるという案を採用した形だ。
「で、フィオラにとっては、イフ大陸との顔つなぎにもなるし、幽霊というこれまでであったことが無い種族に対しての対処の経験も兼ねる。そして、ランサー魔術学府での幽霊問題の解決に貢献できる可能性があるって建前よね。相変わらず口が上手いというかなんというか」
「ユキ様らしいですが、実際のところどの程度を見込んでいるのでしょうか?」
「ま、正直分からない。とはいえ、何もしなければこれ以上何の動きがないのも事実。だからここで一石投じようって意見に賛成したわけだ」
「じっくり時間をかけるっていう選択は私たちにとっては負担ですもんねー」
「ハヴィア殿のことはポープリ様たちに一任してもという意見もあることにはありますが、モノが幽霊ですからねー」
「ああ、クアルの言う通り、学府のことだしポープリたちに任せようかという話もあったがなにせ幽霊だからな、俺たちが対応した方がいいだろうって話になった。元々俺たちが発見したのが始まりだしな」
「自分たちで問題を穿り出しといて、丸投げっていうのは確かにあれよねー」
そういうことだ。
面白半分でやった幽霊調査から本物が出てきたとか、ホント瓢箪から駒で俺たちも予想外だったからな。
モノがモノだから念のためにやってよかったが、その後の対応が非常に面倒となっているってのが現状だ。
「今後、幽霊対策のための部署も必要になりそうだなー」
「ああ、それは絶対にいるわね。ソウタのことや今回のハヴィアの件を踏まえると当事者から話を聞けるっていうのは、色々有益よ。事件の調査にも、私たちの魔力減少の調査にもね」
「確かに、当時を生きていた人から情報を貰えるというのはありがたいことですね。その方法を確立できる部署があると助かります」
「となると、その部署の人材確保も必要か。まあ、指導とかはソウタさんとか水に頼むとして、実働は別の人に任せないとなー」
ああ、また仕事が増える。
「そこはあなたに頑張ってもらわないとねー。とはいえ、その部署を作る前に『実績』を作らないとね」
「ああ、ハヴィアの問題解決な。というか、『ハヴィアの問題解決』の定義もそろそろ決めないとなー」
「それでしたら、ノリコ殿みたいに意思疎通ができ、状況判断ができ、自分の状況把握ができるのが理想では? そこまでできれば暴走の可能性も低いでしょう。だれしも冷静さを欠くことはありますので、暴走に関してのリスクは今言った3つで判断するべきです」
「確かにな」
まずはハヴィアの問題を解決。
そして、魔術学府の周囲に広がる大森林の調査だな。
「そういえば、魔術学府存続支援のレポートとかはどうなっているの?」
「そっちはカグラたちがやってくれているはずだから、とりあえず確認してみるか。それに事前に関係各国には回す必要もあるだろうしな」
「ええ、そのレポートを見せてどういう風に学府を支援するのかの方向性までは事前に確認しておいた方がいいわね」
いやいや、やることが多くてほんと大変だわ。
こうしてお姫様と幽霊のコンビが出来上がりました。
いや、これって別作品でシナリオ一本できそうな話ですよね?




