第1196堀:幽霊適正試験
幽霊適性試験
Side:フィオラ
あまりの緊張に喉がカラカラです。
暑くは無いはずなのにツツツ、ツツツと顔を流れる汗の一粒一粒さえがハッキリと感じ取れるほど神経を研ぎ澄ませながら、目の前の対戦相手の一挙手一投足をも見逃さじと集中しています。
その相手は……。
「そんなに緊張していると出せる実力も出せないわよ」
そう、このウィードの女王、セラリア様その人であり、今や私の上司でもある相手だ。
軽く忠告とも言えるお言葉と共に、動く気配すら全く感じられなかったのにいきなり目の前に現れ……いや踏み込んできて剣を振るっていた。
それでも咄嗟に私は飛び退いてその振るわれた剣は受け止めようとすることなくかわす。
なぜか、あれを受け止めては終わると思ったのだ。
「あら? 避けるのね」
「……」
この戦いの際中に言葉を交わす余裕などこちらにはない。
何せ、そもそも私なんかでは女王陛下の相手にはならないからだ。
それは今日直接対峙してやはり勘違いではないと確信した。
昨日の催し物では運良く対戦することはなかったが、それでもその試合を見ていてわかった。
今の私では話にならない。
全力で当たっても本来なら勝てる見込みはなく、何とか生き延びるのがやっとだろうと。そして、少しの隙でも見せれば一瞬で終わってしまうだろうと。
「あきらめてもいない。隙を伺う覚悟。いいわね。来なさい」
セラリア陛下はそういうと構えを解いただけでなく、剣を持った腕さえだらりと下げてしまう。
見るからに隙だらけだ。
確実に誘っている。
でも、ここで仕掛ければ確実に強烈なカウンターが来ます。
……ですがこれで仕掛けなければ私から手合わせを願った意味はない。
ここは一回深呼吸をして……。
「すぅ、はぁ……。では、行きます」
「ええ」
こうして私は久々に自分の能力の限りを尽くしてセラリア様へと剣をぶつけるのでした。
「はぁっ、はぁっ……」
時間はあれからどれぐらいたっただろうか? ものすごく長時間戦ったようにも、一瞬だったようにも思える。
結果は最初から分かり切ってはいましたが、やはり圧倒的な『敗北』でしたが、持てる力の限りをすべてぶつけての敗北でしたので、すがすがしい気持ちです。
「ふぅ。ものすごいわね。フィオラが一個人として私の国に来ていたならそのまま側近にしてあげたのに」
「おバカなことを言わないで下さい。そんなことありえないのですから。それよりフィオラ姫、大丈夫ですか?」
そう言いながら女王陛下の側近たるクアルさんがわざわざタオルと飲み物をもってきて、体を引き起こしてくれます。
「あ、ありがとうございます」
「いえ。お礼には及びませんよ。フィオラ姫はユキ様の奥様。まあ、今はまだご婚約ではありますが、それで私の方が身分は下ですので」
「立場としてはその通りですが。それでもありがとうございます」
私が再び礼を言うと、クアルさんは苦笑いをして……。
「本当に陛下に似ていますね。唯一似ていないところはその生真面目さでしょうか。実にフィオラ姫は丁寧です」
「そう、なのですか?」
「はい。陛下の場合だとありがとうございます。ではなくありがとう。になりますからね。そのあとは剣を持って練習の続きです。まったくやんちゃなんですから」
「いいのよ。今後、真面目担当はフィオラがやってくれるわ。ねえ?」
「はい。お任せください。我が祖国ダファイオを救ってもらった御恩、必ずお返しいたします」
私は心の底からの感謝を込めて真剣にそう答えたのですが、今度はセラリア陛下が苦笑いをします。
何か間違ったことか変なことを言ってしまったのでしょうか。
そう考えていると……。
「そうね。そこがいいところではあるけど、そればかりだと夫が心配するから自らがホントに楽しめることを探しなさい」
「え? どういうことでしょうか? 勤勉であることをユキ様は必ずしも好まれないのでしょうか? ですがダファイオでのことや今回のことを思えばとても……」
非常に真面目で勤勉な方という印象を抱いているのですが。
「はい。ユキ様は大変勤勉な方です。そしてその仕事量は今でも驚きなほどです。ですが、けしてそれに追われてばかりではありません。ちゃんと余裕を持っておられます。そうですね、今回の交流会はフィオラ姫も楽しまれたかと思います」
「ええ、それはとても。銃という使い慣れない武器だとはいえ、お互いに作戦を立てて、優勝を目指したのは楽しかったです。……あ、そういうことですか」
自分で言って気がつきました。
そうです、私自身が今回の催し物を気付いたときには楽しんでいました。
もちろんユキ様の意図は最初から分かっていました。
オレリアたちもでしょうけれど、私や彼女たちがこのウィードで今後手を取り合って仕事をして行く人たちと早くなじめるようにと機会をくれたということは。
だからこそ私自身、奥様たちはもちろん、来賓の方々とも会話するように努めましたし、猛者が集まる武闘大会には真剣に取り組みました。
そしてそれは『努め』としていやいやなんかではなく、楽しいからです。
「そうよ。楽しくないことをやらせたら機嫌を損ねるものね。それは仕事の不調にもつながるわ。だから勤勉だけでなく楽しいことを探しなさいってこと。まあ、フィオラの楽しいはこうして自らを高めることだと思ったけど?」
「ええ。そうですね。こうして全力で体を動かすことは好きなようです。あ、それともう一つはっきりと好きだと言えることがあります」
「それは伺ってもよろしいでしょうか?」
「はい。あのバトルロイヤルで『優勝』することです」
私はそうはっきりと言い切った。
負けてばかりは悔しいです。
そしてなにより、あの戦いは心が躍りました。
みんなが同じ条件で戦場に立ち、戦場に落ちている物だけを頼りに戦い抜く。
あれはまさしく戦場の空気でした。まあ、状況そのものは随分と特殊ではありましたけどね。
そんな私の答えを聞いたセラリア陛下とクアルさんは一瞬ポケッとした顔になった後すぐに笑顔になって……。
「そうよね。負けっぱなしは嫌だものね」
「はい。私も一軍人としてなかなかあの結果には悔しいものがあります。まったく、陛下とローエル様が暴走するから」
「あら、あの状況でただ縮こまって様子を見るなんてありえないわよ」
「おかげで十字砲火を浴びてあっさり退場しましたけどね」
「あ、その時でしたらおそらく私が撃たせてもらいました。ローエル様がフライパンを持って前に出た時のことですよね?」
「え? 私を撃ったのってフィオラだったの!?」
「なーんだ。すでに陛下に土を付けているというわけですか。いやー、それは素晴らしいの一言ですね」
と、ここでもあの交流会を題材に会話が弾んでいたところに、不意に声をかけられました。
「おーい」
その声は聞き間違えでなければ……。
と、振り返って確認してみると。
「旦那様」
「あら、あなた」
「ユキ様」
やはり、私たちの旦那様であるユキ様が修練場にやってきていたのです。
これまでお会いしたことがない女性を連れて。
その後ろには護衛である霧華さんを筆頭にドレッサやヴィリア、ヒイロも一緒にいます。
つまり、それだけあの女性も立場の高いということなのでしょうか?
そんなことを考えているうちに、ユキ様はこちらにやってきて……。
「訓練は終わってるか?」
「ええ。今反省をしていたところよ」
「はい。フィオラ様は元々姫として将軍として、国のために働いていたため『戦闘』に関しては問題はないかと思います。それでも陛下に敗北したのは元々の地力の違いと経験の差でしょう」
「え、あー、私はすべて出し尽くしても手も足もでずに止められてしまいましたので、クアルさんの意見はあまりに高評価かとと思いますが」
そうです、物凄い実力不足だと思うのですか?
「その辺りの足りないところはおいおい補っていけばいいからな。まあ、真っ向勝負の戦闘と少数での連携が見れたのはいいことか。それに、フィオラ姫も戦うのは嫌いじゃないみたいだしな」
「はい。ダファイオの時にも申し上げましたが、セラリア陛下は私たち剣をたしなむ姫の誇りでもありましたから。まさか交流を目的とした催し物でお手合わせが叶うとは思いませんでしたが」
ですが、この歴然たる実力不足を補うと簡単に言いますが、いったいどうすれば?
という疑問は今は飲み込んで、ユキ様の質問に答える。
「ええ! フィオラはいい闘争心をもっているわよ。私と勝負をしたいなんて言い出すんだから」
「とはいえ、陛下のように単なるバトルマニアでもないので、私の評価としては陛下よりよほど高いです」
「過分な評価をいただき恐縮ですが、私はその……回復魔術師であるルルア様にも惨敗してしまったので……」
そう私が強いなどとは言えないことは今回の交流会のことでもはっきりわかっている。
ルルア様はこの大陸どころか他の大陸でも超一流の回復術士として名を轟かせている元聖女様。
本来後方で支援することこそが主な任務である回復魔術師たるかたに、前線で戦う私が手も足も出ずに敗れるなど……。
「あー、それは気にしても仕方がない。ルルアはしっかり訓練しているからな」
「ですが、並大抵の訓練で後方と前衛の実力が入れ替わるなど……」
「それってそうそうないことだけど、でもないこともないのよ。そもそも回復術師だからって戦闘ができないとは限らないのは知っているでしょう?」
「はい。それは……」
「ルルアはその点で各国に名前が轟くほどの実力者なうえに戦闘能力が低いわけもないってだけよ。というか負けたのなら訓練をして上回ればいいだけでしょう。そのままでいたいわけじゃないでしょう?」
「それは当然です。我が祖国を救っていただいたのに、何もできないお荷物などというのは国としても私個人としてもあり得ません」
それははっきりと断言します。
私は、我が国はウィードに助けてもらった。
その恩を返すために私は来ました。
まあ、それでも回復役にすら負けるというのはいささか驚きでしたが……。
「で、あなたはフィオラの状況を確認しにきただけなの?」
「そうですね。単にフィオラ姫の様子を見に来ただけとは思えませんが? 雑談もかねての確認もいいですが、流石にノリコがいい加減居心地悪そうですよ?」
「ああ、すまない。とりあえず馴染めているかを先に確認したくてな」
なるほど。
初めて会う彼女の紹介をせずに話していたのは私の様子を見るためでしたか。
確かにダファイオではみっともない姿を晒してしまいましたから。
とはいえ、いつまでも気を使っていただきすぎるのもアレですね。
「ユキ様。ご配慮感謝いたしますが、既に家族も同然ですので何なりと気軽に聞いてください」
「ああ、今度からはそうさせてもらう。というか、クアルが言うように、このノリコのことがちょっと問題でな」
「まあ、そうよね。わざわざノリコを連れてきたってことはそっち関連でしょうし……」
「確かに、私も同じような選択をしそうですね」
セラリア陛下にクアルさんもノリコ殿を見て苦笑いをしています。
いえ、それどころか一緒にやってきた霧華や、ドレッサたちまでもが何故か苦笑いをしています。
ですが、私にはそのノリコ殿をいくら見ても何も問題があるように見えません。
ですが、さっきから何か足りないと感じていたものが何であるかだけははっきりとわかりました。
「そういえば、オレリアたちはどこでしょうか? ユキ様の側近でもありましたよね?」
「ああ、今は執務室で仕事中だ。というかこのノリコの件はオレリアたちにはまだ伝えていない。おそらくショックが大きいからな」
「ショック? どういうことでしょうか?」
三度ノリコ殿を見ますが、特に……。
ドクン……。
あれっ、なぜかいきなり心臓が大きく鼓動をうちました。
一体何が、いえ、何かとてつもなく大きな脅威が近くにある?
不思議に思いながらもノリコ殿を足元から上へと……。
あれっ、目が、瞳がありませんでした。
そうなのです、本来なら目があるべき場所には暗く窪んだ真っ暗な穴だけが存在していて……、でもなぜかそれでも私をしげしげと見ているとハッキリと感じられるのです。
それだけじゃなく、それはあたかも全てを恨んでいる。そんな形相にみえ、恐怖を駆り立てます。
何なんでしょう、どうして存在するだけでここまでの人がいるのかと……。
ドクン、ドクン……。
そして私の心臓の鼓動はドンドン異常に早くなってゆきます。
セラリア陛下と対峙した時以上の緊張感。
そう、得体のしれない『何か』が目の前に存在している。
怖い、でも逃げるわけにはいかない。
なぜ? 敵が何者か、どれだけの力を持つかも不明なのですから、さっさと逃げてもいいはず? いや、逃げるべきはず?
しないのはユキ様たちがいるから?
あれっ、そのユキ様たちはそもそも警戒もしていないではないか……。
そこまでやっとのことで頭が回って初めてこの状況が理解できて、やっと多少なりと落ち着いてきました。
「は、初めまして。ノリコ殿でしたか。私はダファイオ王国から来たフィオラと申します」
震えてしまっていることは判りながらも何とか絞り出した声。
はたして私の行動は合っているのか?
これもユキ様が仕掛けた試練ではないのか?
ダラダラと冷や汗が出る中相手の反応を見守っていると……。
「あ、普通に挨拶? ごめんねー。ユキがさ、こっちのモードになれっていうからさ。あ、私、鈴木紀子っていうんだよろしくね」
なぜかその恐ろしい姿のままで挨拶を明るく返された。
幽霊適正試験。
いやー日本でやるなら廃墟探検とかそういうのですかね?
YouTubeで見るの大好きですよ「ゾゾゾ」とか「オウマガドキFILM」とか。
あ、15日から新作発表してます「俺は愛を貫く」
https://ncode.syosetu.com/n0782hc/
よければ見てみてね。
昔コメントで言われた「これ作者が主人公のタイプ」っていわれて「ガチで俺が主人公だったら」を書いてみたよ!




