第1160堀:なぜ彼女たちを?
なぜ彼女たちを?
Side:ユキ
「あなたも意外とスパルタよね。あの子たちガッチンガッチンに緊張しきっていたわよ」
そういいながら晩御飯のお肉を口に運んでいるのはセラリアだ。
「そりゃま、いきなりウィードのトップに紹介なんてなったんだから誰だって緊張するだろう」
日本で言えば一般市民がいきなり総理大臣に紹介されるようなもんだ。
そりゃ緊張しないわけがない。しかも、この世界では王侯貴族に無礼を働けばそのまま処刑されることだってあるんだ。
ホントなんて心の狭い。というか命が安い世界だよな。
と、そこはいいとして、ヤユイたちはなんとか無事に本日の顔合わせは終えたようだ。
「もっと普段のあなたなら段階ふまないかしら?」
「段階を踏んだところでいつかは顔をあわせることに変わりないからな。それなら初日にまとめてやっておけば楽だろう?」
「合理的すぎるわね。ま、トーリとリエルが言ってたようにやっぱり彼女たちが好みってわけじゃなさそうね」
「いやー、俺はそういう基準で部下とか選ばないぞ。円滑に仕事ができればいいなぐらいだ。というかそもそも仕事を任せるのが目的だしな。ってことで、ちゃんと奴隷を買ってきたのに非難されるいわれはないな」
そう、元々セラリアたちが『仕事を任せるため』に奴隷を買ってこいと言ったのだ。
その条件をキチンと満たしたのにそれで文句を言われる筋合いはこれっぽっちもない。
「あはは。確かに旦那様の言う通りではありますが、なぜまた3人も?」
ルルアは苦笑いしながらも、俺がなぜ3人も引き取ったのかというところが不思議なようだ。
「別に不思議なことじゃない。ある意味今じゃ嫁となってる最初の9人と同じことだし、今回は俺の管轄するいろいろなウィードとしての業務での右腕だからな。一般採用で多くとって何人かでも残ればいいって話だよ。それに今回は直接の俺の右腕ってことで女性をメインで固めたが、彼女の部下には男を入れて魔物軍とか俺の外交回りの強化もしたいからな」
「なるほど。旦那様の部署も任せていい部分は任せる予定なんですね」
「ああ、そろそろかと思ってたしな。ラッツの所も、エリスの所も、いや関係各所は軒並み代替わりしているだろう? で、鍛冶区の代表はナールジアさんだけど副代表は男だろう?」
「私の農業区の今の代表は男」
「カヤの所はそうだよな。いい加減いつまでも女性だから不遇だっていうのを主張し続けるものあれだしな」
「そうじゃのう。この数年でウィードで学び存分に女性であっても十分上として働けることは示したから、あとは身分が下のモノをというわけじゃな」
「学問のすゝめってやつだな。勉強すれば上に行ける」
とはいえ、福沢さんもある意味超過激派だけどな。
権力者に対しては勉強させないから国力上がんないんだよ? そして勉強をしていない人たちに対して、お前ら勉強しないからいつまでもそのままなんだよ?
って言っているんだよな。
とはいえ、事実でもある。
「ウィードでは逆に男性もちゃんと上に行けるって示すんですよね。ま、私の所だけは全然代替わりしないですけど……。そろそろロックさんかキナに代わってもらいたいんですけどねー」
「あはは、ミリーの所はそう簡単にはいかないでしょう。そもそも冒険者ギルドそのものが本来は国からは独立した言わば外部の人ですからねー。ウィードの管轄としての冒険者区の管理とは別ですよねー」
そう、ラッツの言うようにミリーの代替わりがなかなかできないのは、どうしても冒険者ギルドの人材はウィード外の人物になるからなんだよな。
嫁さんであるミリーのように元々ウィード側の人間であるという上に、運営の知識もあって、冒険者ギルドでの仕事をそれなりにこなしていたという実績がないとなかなか厳しいものがある。とはいえ、
「ま、そこはロックたちと相談するか。いい加減、ロックたちもウィードでの生活が長いんだし『ウィードの住人』として認識してもいいとは思うけどな」
「しかし、冒険者ギルドのギルド長としての立場から、そこはどうなんでしょうか?」
シェーラが首をかしげて質問してくる。
確かにロックはギルドの長でもあるから仕事量はそれなりに多いし、立場としても大丈夫か確認が必要だろう。
「まあ、二重の仕事にはなるよな。とはいえミリーも受付とかはしているだろう?」
「はい。それはしていますけど、さすがにギルド長の仕事と代表の仕事の二重は自分で言っておいてなんですが、ロックさんにもキナにもちょっと荷が重いかもしれないです」
受付の仕事と長や副長の仕事量は考慮の必要があるという所か。
「いずれにしろそこらへんは要相談だな。とはいえ、いつまでもミリーが代表ってわけにもいかないから、誰か冒険者ギルドの所属であり、冒険者区を任せてもいい人材を探さないとな」
「ユキさん。その希望はよくわかりますが、実際にはなかなか難しいような気がしています」
「エリスもそう思うか。うん、俺もそう思う」
そうなんだよな。他の組織と組んで管理をしないといけない立場の『長』ってかなり選出が難しいな。
「こうしてみても、ミリーがホントどれだけ得難い存在だったかって話だな」
「ほめられてうれしいですけど。全然お休みがないですー」
「何とか探すからミリーももう少し頑張ってくれ」
「はい。わかりました。それで、あの3人の話に戻るんですけど、結局のところそれってウィードの運営に関しては任せるってことであって、ホントの意味のユキさんの右腕とは違いませんか?」
「今の所はな。実際に右腕になるかどうかは彼女たちの今後の頑張り次第だな。それに、あの3人の1人に任せるのか意外と3人とも頑張ってくれるのかだってわからないからな。なによりミリーたちの時みたいに、何が何でも何とかミリーたちに頑張ってもらわないといけないっていう状況でもないからな」
「ふむ。確かにあの時は私たちができる限りのことをというか、有無を言わさず何とかしないといけませんでしたからね」
「そういう意味では、モーブたちの人選は確かだったってことだな」
そう、ミリーにラッツにエリスは内政。
トーリにリエル、カヤは治安で腕っぷし。
アスリン、フィーリア、ラビリスは今後の未来の指針。
ホントに万能でそろえてくれたよな。
あの時誰か一人でもそんな仕事したくないって言えば今のウィードはなかったかもしれないからな。
「本当に感謝している」
「いいえ。私たちはおかげで救われて温かい家庭を持つことができましたから。しかし、私たちのことはラッツの言うように必要に迫られてではありましたね」
「そういった意味では今回は豊富に人がいる中から希望者を選んだものね。だけどそれが使えるか使えないかはわからないからこうしたわけね」
「ああ。ま、セラリアが騎士候補を選別するのと一緒だな。能力自体はスキル付与で与えてもいいが、対人関係に関してはなー。その辺りサマンサはどう思う?」
俺は同じ外交官をしているサマンサに意見を求めると……。
「そこは、確かにセンスがいりますわ」
「……ん。多分いる」
「あはは。クリーナは可愛いからいいんだよ」
「リーア、それって慰めになっていませんからね。私もサマンサに同意ですね。確かに外交というのはかなりのセンスがいります。単なる知識などはスキルで付与はある程度できるでしょうけれど、本人の資質というかセンスがどうしても必要でしょう」
イフ大陸組はやはり元々の才能というとあれだが性格とかが関係してくるといっている。
確かに、人見知りを外交官にするよりも人懐っこい人を外交官にした方がいいと思うのは自然なことだろう。
そして、あとは……。
「カグラたちはどう思う?」
「そうねぇ。やっぱりサマンサたちと同じ意見かしら。別に人見知りな性格でもできないってことはないけど……」
「そこはやっぱり人当たりのいい方がいいよねー」
「そうね。しかも一般人なんでしょう? そうなると肩書とか箔があるわけでもないし、少しでも初対面の印象がいい方がいいわね」
「はい。そこは外せないかと。それを補って余りある才能があればいいのですが、そういう例外的な人を探そうとするのは時間的にいかがなものかと。それを考えれば3人を引き取って教育してみるという方法は合理的かと」
新大陸組も同意見と。
俺の判断は客観的に見ても問題はない。
「全体的に、この方法はみんな賛成みたいだな」
「そうね。特に今回の件はそもそも優秀な人材って情報がぽって出てくるようなことじゃないものね」
「うむ。国がらみであれば、ユキの立場を知っている者ならなんとしても人を送り込みたいはずじゃからな」
「だからこそ、私たちが旦那様の周りにいて固めているんですが、今回に限っては、そもそもそういった情報が集まらない『一般人』からですから」
セラリア、デリーユ、ルルアの言う通り、俺の価値を知っている人たちにとっては絶対的に縁をつなぎたいから、ショーウがしようとしたようにある意味黙っていても優秀な人物が勝手に送られてくるのが当然だが……。
今回のように一般人ってことになると、基本的に俺の価値を知らない人にとって、俺との繋ぎを作る意味はあまりないわけだ。
で、そのくらいならウィードの顔であるセラリアやエリス、ラッツなどに優秀な人物を送り付ける方が効果的だと考えるだろう。
とはいえ、一般人がセラリアやエリス、ラッツといったウィードの女王や重鎮に売り込むっていうのは余ほどのことで、実際にない。かといって、求めてると臭わせれば多くの応募はあるだろうが、集まるのは玉石混淆というか、有象無象だろう。
なので、俺の所に一般人で優秀な人物が集まるわけがないんだ。
「ま、今回ユキが直接選びに行ったのは妥当だよね。いくら待ってても奴隷なんて来ないだろうし」
「うん、来てもどこかの息のかかった奴だろうしねー。ま、ユキが買った奴隷たち3人がどこまで頑張れるか楽しみだね」
とのんきなコメントをしているのは、研究者組のエージルとコメットだ。
そうなんだよな。結局のところ俺が買いに行かないと、どこかしらの息のかかった奴隷が送られてくるに決まっている。
それを防ぐためにもアスの店に直接行く必要があったわけだ。
「でも、あなた。3人はどの程度の期間訓練させるつもりかしら?」
「本格的なのは俺が大樹海の調整が終わってからだと思っている。だっていきなりランサー魔術学府に連れて行っても仕方ないだろう」
「まあ確かにそうよね。でも、執務室で書類の整理とか、面会者の仕分けとか程度ならできるんじゃないかしら?」
「それはできるだろうから、俺がこっちに戻っている間に一緒にやるけど、実際そこまで機会は多くないだろうな。なにせ書類はランサー魔術学府でも処理できるからな」
デジタル化万歳というやつだ。
執務室に戻らなくてもいつもの『お仕事』は滞りなくできます。
ま、それって出張してもいつもの仕事から逃れられないという地獄。
今回に限っては、ケガ人の様子を見ながら仕事ができたからいいんだけどな。
「ということで、しばらくはトーリ、リエルにつけて警察の巡回に付き合わせて『挨拶まわり』だな。そうしてればついでに俺に書類をとか頼まれるだろうし」
「確かにそうね。あなたへの案件がどれだけ増えているか確認するのにもちょうどいいって所ね」
「ああ、セラリアの所を介さずに頼みたい連中が釣れるじゃろうな。相手がただの小娘ならなおさら」
「あはは。まあ、断る基準すらもわかりませんからねー。おそらく頼まれたら全てそのまま持ってくるでしょうから、実数が測れそうですね」
うん。トーリたちに預けておけば何も知らない彼女たちはおそらく俺に何かしら頼み事、相談事がある人達の陳情を受けるはずだ。
それで俺のことをただの便利屋だと思っている一般人がどれだけいるかわかるんだよな。
『何も知らない』というのが今の彼女たちの特性であり、それをどう生かすのかを俺たちは考えないといけないわけだ。
何も知らない、何にも染まってないからこそ彼女たちがいいわけです。
まあ、ものになるかはわからないけど。
どう考えても忙しい毎日が始まるわけです。
なんだろう、奴隷に優しい国のはずなのに、奴隷の正しい使い方になっている気がする。
奴隷は働かせるんだよ! ってね。




