第1142堀:幽霊の情報集め
幽霊の情報集め
Side:ユキ
「うわ。ありゃ完全に幽霊の動きですね」
「そうだな。予測はしてたけどびっくりだ」
そう、俺たちが見ているモニターの向こうでは、つい1秒前までは廊下をゆっくり歩いていたはずのハヴィアが一瞬にして教室の中で戸締りなどの確認を取っているポープリの真横に移動していたのだった。
そりゃ幽霊にはよくある瞬間移動ではあるが……。
「「「……」」」
カグラ、ミコス、エノラ、スタシアは単に画面の向こうの出来事なのに完全に顔を真っ青にしている。
まあ、理解のできない相手というのは恐怖心を誘うからな。
とはいえ、この映像は見る人によっては……。
「ふむ。やはり状況を見るに反応を示すのはポープリ殿だけと見ていいかな」
「ええ。その線が濃厚ですね。人を選ばないのであれば、ララ殿やソウタ殿でもよかったはずです」
「だよねー。明らかにポープリを気にしているね。でも悪意はないと思っていいのかな?」
「おそらくは。なにせ、悪意があるくらいなら、あれだけ近づいて何もしないっていうのはおかしいからね。まあ、教室や廊下にも『特有の現象』は全く起きていないから、単に力がないって可能性もあるかもしれないけど」
そう、こうして相手のことを探るに十分な情報源となりうるのだ。
「主様。ポープリ様たち調査を終えて戻ってきます。目標のハヴィアは教室前廊下から離れたポープリ様たちをそのまま追ってきてはいません。視線を向けていますのでおとなしく見送りをしているような感じです」
そう、霧華の言うとおり、別段憑りつくこともなく、ただその場でポープリたちを……というかポープリを見送っている。
何か訴えたいことでもあるんだろうか。
「詳しい話は本人たちから聞こう。とりあえず全員聞きたいことを纏めてくれ。戻ってきたらさっそく情報を整理して考察を始めるぞ」
「「「はい」」」
全員しっかりと返事をする。
うん、幽霊を見たことでショック状態になっている人はいないな。
まぁ、カグラたちが顔を青くしてはいるが、それは恐らくウィードのお化け屋敷での恐怖を思い出しているだけで、あのハヴィアに何かをされたというわけではない。
さて、そうなると俺としては悪霊とか妖怪の類ではないと思っている。
まぁ、そういう厄介な連中ならすでにことを起こしているものだしな。
とりあえず、ほかに何か情報がないかと、モニターに視線を戻したが、相変わらず彼女は存在していて、ただ静かに廊下を歩いている。
昨日と同じ行動だな。
これはあれか、地縛霊とかそういうのか?
特定の場所から動けない幽霊ってやつか?
しかし、死亡した場所は大樹海だというしな……うんやっぱり情報が足らないな。
と、考察していると教室のドアが開いて、ポープリたちが戻ってくる。
「おう、お帰り」
「……ただいま。しかし意外と疲れるものだね。幽霊の相手って。ああして無視するのはなかなかつらい」
「……ですね。うっかり気を抜くと見てしまいたくなりますから」
そう感想を述べるポープリとララだが、こちらからでもわかるほど疲れている。
よほど緊張したんだろうな。
なにせ幽霊が間近で顔を覗き込んでくる状態だ。
人相手なら顔が邪魔とでもいえばいいが、うっかりそれを言えばどうなるか分からない。
だから張り付かれたままでいなくてはいけないし、あくまでいないものとしてふるまわなければいけない。
ホントに気が付いていないなら何の問題もないだろうが、気が付いているのにいないものとしてふるまうのは色々な意味で辛い。
目の前に突然何かが飛び込んできたら誰だってよけたくなる。それと同じものだ。
幽霊という未確認の存在が近くにいれば普通なら安全のために距離を取り、視界に収めて警戒をする。
だから、幽霊が見えてしまう人は取り憑かれやすい。
そう、自分が見えているということを自ら態度に表してしまうから。
と、誰かが言っていた気がする。
俺は気合を入れないと見えない派だから、基本問題なし。
そんなことよりまずはポープリたちを席につかせて休ませることだな。
ということで、俺が霧華に目配せするとすぐにうなずいて……。
「お疲れさまでした。皆さまお茶とお菓子をご用意していますのでこちらに」
直ぐに案内をすると、4人とも素直に座る。
そしてすぐに煎れたお茶をその場で飲んで一息つくのを確認したところで近づいたのだが。
「はむっ」
俺がポープリに話しかけようとしたら、目の前にあったお饅頭を咥えてしまう。
さて、これは食べ終わるまで待つべきかと考えていると、ソウタさんがこちらに気が付いて……。
「おや、ユキ君。どうぞ遠慮せずに。後ろの皆さんも」
後ろ? そう思って振り返るとそこには俺と同じように話を聞きたくてうずうずしているメンバーが集まっていた。
「長机を用意いたしますので、そちらに移って頂いてよろしいでしょうか?」
「頼む」
そう、ランサー魔術学府の教室はあくまで大学の講義室のようなところで、机を囲むようなことはできない。
だから持ってくるしかないわけだ。
……あいかわらず霧華には迷惑をかける。と、そういえばアイテムボックスから出すだけとはいえそれでも重労働だ。
だが、そこはできる忍者霧華。あっという間に長机をパパッと用意してしてくれて、全員が席についてお茶とお菓子をつまみながら、現場を見てきた4人が口を開くのを待つ。
「さて、みなさんも落ち着いたようですし、お話をしましょうか。ポープリさん、ララさんもいいですか?」
「はい。もうだいぶ落ち着きましたから問題ないです」
「私も大丈夫です」
「おい。私には何かないのか?」
「フン、水があの程度で心を乱すとは思っていないからね。ああ、案外びっくりして縮み上がっていたのかい?」
「バカをいえ。ちゃんとこちらにも気を遣えといっただけだ。崇めよ」
「あはは。それこそ馬鹿を言わないでくれ。さ、話を始めようか。ユキ君。任せるよ」
ちょっと冗談を交えて場をほぐしてから俺に主導権を渡してくれるソウタさん。
うん、頭が下がるね。
「ありがとうございます。じゃ、さっそくだが、まずいくつか確認させてもらいたいことがあるから、先にこちらの話をさせてもらう」
俺はそういってまずは各メンバーの前にコール画面を起動して、幽霊ハヴィアが映っている映像を出す。
「ソウタさん。俺たちにも映像ではっきりとハヴィアの姿をとらえていますが、実際この容姿で間違いはないですか?」
俺の言葉に思わず首をかしげている嫁さんたち。
普通だと何を言っているんだという話だが、映っているのが幽霊ともなれば話は別なんだよな……。
俺がその補足を入れる前にタイキ君が説明をしてくれる。
「こういうのって、見ている人によって容姿が変わることがあるんですよ。同じものを見ていたと勘違いして後で失敗するっていうのは定番ですよね」
「ああ。タイキ君のいう通り。そういう変なのもいるから、その確認はしておきたい」
自分の目に映っていると思っているものが正しい姿とは限らない。
本当の意味でだ。
普通小説とかは別の視点をもつとか、考え方を変えろって意味合いなんだが、こと幽霊相手だと各々の見えているものが同じかどうかを疑わなくてはいけない。
「じゃ、俺たちが監視室で見えた容姿を言うぞ……」
ということで、俺が見たハヴィアの容姿を言うが、幸いズレは無いようで、こちらでモニターしていた「モノ」がハヴィアでない、別の何かであるという可能性は……低くなった。
まあ、これは確定してないので今は言わない。
いたずらにポープリたちを混乱させるだけだからな。
そういう陰謀論を語ったらきりがない。
「よーし、これでズレもないことが確認できたわけで、私も聞きたいんだけどいいかな?」
俺の質問というか認識しているモノに間違いがないか確認が終わったとたん、真っ先にコメットが次の質問のために手を挙げる。
「どうぞコメットさん」
「ありがとう! みんな聞きたかったと思うけど、幽霊、えっとハヴィアだっけ? 彼女がポープリの横に来て顔を覗き込んでただろう? あれはポープリも認識してたのかな?」
「ええ。認識していました。目を合わせないようにというか、無視するのが大変でしたよ」
「あそこまで近づくとどうしても体が反応するよね」
「はい」
「というか、こちらで見ていた映像上は体が重なっていたよ」
「え?」
ああ、やっぱりポープリはやり過ごすことだけで精一杯だったようで、自分が幽霊と重なっていたことに気が付いてなかったんだな。
「ほれ。これ」
コメットが操作すると、そこには体半分がポープリに沈み込んだハヴィアの姿がある。
普通ならもうここまで露骨な映像とかCGじゃね? って言いたくなるんだが、この世界にこの手の映像編集技術は存在していない。
つまり事実だということ。
こういう証明方法があるっていうのは何だが微妙だな。
いや、科学としては正しいんだがな。否定する要素が存在しないことが、存在を証明する事実となる。
で、俺の意見はともかく、自分自身の体がその『何か』と半分重なっていたことを知ったポープリはというと、真っ青になって慌てて椅子から立ち上がってワタワタと自分の体を見回している。
「わ、私の体に問題はない!? ララ、見てくれ!」
「いえ、普通に健康体に見えますけど」
「嘘つけ! 私は最近寝不足気味だ!」
「そこまで元気に叫ばれているくらいですから、不調はないかと」
「うぐっ」
と、冷静にララに否定されていくポープリ。
まあ、慌てる気持ちもよーくわかる。
うん、幽霊と合体していたとか、そりゃ慌てて体の状態を調べるのは当たり前だよな。
とはいえ、そういうのはそうそう外には現れない。
それこそ専門家にチェックしてもらわないとな。
「で、ソウタさんや水が動かないってことは何も問題がないって判断していいのかな?」
「はい。全く問題ありませんよ。彼女の体に憑りつかれたりしたといったことはないです」
「うむ。ただ単に体が重なっただけだな」
「え?」
ポープリが二人の言葉に驚いて固まっている。
「いや、ポープリ。この2人は専門家だからな。そういうのは分かるんだよ」
「あ、そういうのもできるのですか?」
「まあ、診断や治療とは違いますけどね。祓うということに近いですから」
「そうだな。そもそもポープリやララに何か悪影響があればすでに動いているから心配は無用だ」
「な、なるほど?」
あはは、お祓いできるから大丈夫といわれても俺も首をかしげるよな。
それじゃヤブ医者を頼っている気分だ。
いや、ソウタさんたちは信じていますとも。
ただ一般的な意見をってね。
「はいはい。無事なのはわかったし質問続けていくよ。なんか話かけられたりしてたみたいだけど、なんか聞こえたの?」
「あ、はい。私のことをやはり学長と認識しているようで、『学長』と呼びかけて来ました」
「向こうも学長を覚えているみたいだね。そして被害は今のところないと。それで、ポープリ自身はどう思った? ソウタさんたちからは特に悪意はないって聞いたけど。傍で見たララもどう思った? あ、あとボイスレコーダーは後で回収するからね」
「そうですね。声が聞こえた当初は悪寒ばかりでしたが、よくよく考えると、敵意はなかったと思います」
「私もとくに敵意、悪意などは感じませんでした。彼女はただ普通に学長に話しかけていただけかと」
こうして情報収集が始まる。
さてさて、これから幽霊のハヴィアに対してどんなことをしていくんだろうな。
映像記録から発覚したこと、とりあえず今の所がいらしいところはない。
ポープリに執着していて、話しかけてくる。
ほかの監視員にも姿かたちは見えた。
さて、貴方なら次はどうする?




