第1141堀:第一次接触
第一次接触
Side:ポープリ
コツコツ……。
やけに自分の足音が大きく耳に響き、とても気になる。
いや、自分自身だけでなくララやソウタさんの足音までもがひどく大きく聞こえて耳障りだ。
とは言っても足音なんていつも通りの筈で、普段ならこの程度の足音なんて気にならないのに、今はやけに耳につく。
あれか、私も幽霊に会うので、緊張し心配しているのかな?
こんなに足音を立てては刺激になるかもしれないと。
ん? まて、幽霊を刺激しないようにするのは当たり前だね。
ここは専門家に話を聞くとしよう。
「……ソウタさん、水さん。私たちはこんな風に足音を立てていいのでしょうか?」
「別に構いませんよ。むしろ下手に足音を隠そうとすると相手も警戒しますから堂々としてください」
「うむ。向こうもこちらが怪しい行動をとるのを見れば、たとえ敵意がなくてもやはり警戒をしてしまう可能性があるからな。あくまでも普段と同じように歩いていくといい。そして近づいたらなるべく普通の学生にやっているように声をかければいい」
「ですね。お前のことが見えている。話をしようなどというと、向こうは身構えてしまいますから、あくまで通りすがりに注意でもすればいいでしょう」
なるほど。
言っていることは理解できる。
幽霊とはいえ元は人であったということだろう。
しかし……。
「注意といいますと?」
「そうですね。こんな夜遅い時間にいるのですから、さっさと寮に戻れとかですかね」
「ああ、そのあたりが無難だな。いきなり下手に深く関わるようなことをすると憑りつかれる可能性がある」
「憑りつかれるですか」
幽霊というだけあって私にはわからない行動原理があるようだ。
「まあ普通は、声をかけることすら駄目なんですけどね」
「なぜでしょうか?」
「本来幽霊は人の目に映らないものだ。そこにあっても存在していない。視界にとどまらない。だからこそ幽霊は孤独だ。それゆえ目にすることができるモノに縋る。憑りつくというわけだ」
「ふむふむ」
ああ、何となく言っていることは分かる。
最初、あのモニターに映っていたハヴィアは確かに私とソウタさんにしか見えなかった。
今の所日中の存在は確認していないが、もし日中もあの廊下にいるとしたら、誰の目にも映らないというのはひどく寂しいことだろう。
だから、見える人がいれば関わりたくなるというのはわかる。
「しかし、学長。私の記憶違いでなければ、ハヴィアはそこまで私たちと関りがあったわけではないと思いますが? 当時は大樹海の防衛や調査も今とは違いかなり盛んに行っていましたし、あの頃は魔物の専門家なども沢山いました。ハヴィアはあくまでその中の一人でしかありません」
「確かにね。とはいえ、ちびっ子のくせによく無断で調べに出ては捕まって戻ってくるというを繰り返していたから、私ははっきりと覚えているね。ララもそうだろう?」
「そうですね。ですが、あくまでその報告を受けただけで、直接会って注意したというのは一度二度ぐらいだったと思うのですが」
「私も同じだね。ほかの生徒と対応はさほど変わらない。だからなぜ私に見えたのかいまだに不思議なんだけど……」
そう、相変わらず私に見えた理由ってのがさっぱりわからないと言ったら、ソウタさんがおもむろに。
「そうですね。ただ単純に当時を覚えているのがポープリさんだから。というのもあるでしょう」
「あるな。とはいえ、元々幽霊としての能力が低すぎたのかそもそも直接見ることもできないタイプだったというべきか。何かあって今になって現れたというのもないこともないが、まあその可能性は低いだろうな」
「確かに今になって現れたというのは違和感がありますね。何せ200年も前の話ですから」
しかし、それを考えると少し後ろめたさも出てくる。
何せ200年間ずっと無視をしていたということだからな。
だが、こうして視界に収めたのだから、彼女ハヴィアの先生として何かしてあげるべきだろう。
と、などと決意を新たにしている間に目的の教室前の廊下がもうすぐとなっていた。
「こちらポープリ。もうすぐ現場に到着します。監視室、目標の状況はどうですか?」
『こちら監視室。感度良好。目標は相変わらずゆっくり廊下を歩いている。というか往復しているな』
「往復か。何かを探しているのかな?」
『そこまでは分からないな。ただ、何かを探して視線をさまよわせているようには感じない。相変わらずこっちのカメラにも視線を向けないしな」
「特に問題はなさそうなので、私たちはこのまま向かいます」
『はい。ソウタさんもお気をつけて。ポープリ、ララたちも命は大事にな』
「わかっているよ」
「はい。危険だと思えばすぐに下がります」
『あ、ポープリ。ボイスレコーダーオンにしてね』
『目標にお土産渡すこともお願い』
「……はい」
なんか最後の2人はいつものように研究重視でかえって安心したよ。
期待を裏切ってくれてありがとう。
私の心配より研究データが大事だよね。
『ん? なんかそこはかとなく馬鹿にされた?』
『いや、なんか人でなしのように言われた気が?』
『間違いないと思うぞ。ポープリを気遣うより、データ採取優先ってしたんだからな』
「はい。その通りです。師匠にエージル。『研究』より前にもっと人をいたわる心を持った方がいいでしょう。そんなんじゃ師匠はいつまでたっても一人ですし、エージルはいつかユキ殿に嫌われますよ」
『『ぐふっ』』
おや、一応そこを突かれると痛いようで揃ってうめき声をあげている。
さて、意趣返しは出来たようで何より。
私はララ、ソウタさん、水さんと顔を見合わせて……。
「先ほどお話した通り、いつもの通りに廊下を歩きます。目的としては教室の見回りですね」
「それがいいだろう。そして一度通り過ぎて反応を確かめる。話しかけるのはまたその後だ」
「わかりました。そのように。ララもいいかい?」
「はい。構いません」
最後の打ち合わせを終えて、私たちは彼女がいるはずの廊下へと向かう。
足音でもするのかなと思ったがいまだに聞こえるのは私、ララ、ソウタさんだけのものだ。
近づくにつれて、私はやっぱり何かを見間違えたのか?なんて馬鹿なことを考えている。
だが、全員で見たんだ。気のせいだという方が無理がある。
確かにこれから向かう廊下には『何か』がいるはずなんだ。
とはいえ、結局異音などが聞こえてくることもなく、いよいよ目標の廊下へと足を踏み入れる。
そう、この廊下は学生たちの教室につながる廊下であり、普段から人通りは多い。
だが今は、しんとした夜の静けさだけに包まれ日中の喧騒が嘘のようだ。
そして……。
いた。
やはりカメラに映っていた『もの』はそこに存在していた。
私の視界にははっきりと銀髪で短髪になってしまったハヴィアの姿が映っている。
その事実に思わず体が止まりかけるが……。
「さ、教室の見回り頑張ってさっさと宿直室に戻りましょう」
「そ、うですね。お茶が飲みたい」
「はい。お菓子も用意しましょう」
そんな風にソウタさんがすぐに声をかけてくれたおかげでやるべきことを思い出した。
いや、やってやると思ってはいたけど、そうはいかなかったって認めるべきだね。
本番を迎えるとやはりうまくはいかないものだね。
そして頼るべきは経験者だ。
私は何とか平常に戻り足を進める。
コツコツ……。
私たちだけの足音だけが廊下に響き、こちらに背を向けていたハヴィアはその音が聞こえたのかこちらに振り返る。
今までにない速度だ。
まあ、それでも普通に振り返ったというレベルなんだが、今までの歩き方が実にゆっくりしたものだったから、今の動きは逆に早く見えてしまう。
だけど、振り返ってこちらを確認したはずの彼女は特にそれ以上何をするわけでもなく、ただその場で立ち止まってこちらを見ている。
表情にも変化はない。
ああ、この廊下は確かに長くて普通なら廊下の奥にいる人の表情などわからないが、私たちのような魔術師にとっては話が別だ。
視力も魔力で強化できるので遠目でもしっかりと確認ができる。
もちろん、視線を合わせるような真似はせずちゃんと焦点はずらしている。
戦いの際、全体の動きを見るような視界で彼女を認識している。
「はい。このクラスは異常ないですね」
「ええ。異常はありません」
「チェックを入れます」
予定通り、ソウタさんと私が確認をして、ララは持ってきたチェック表にチェックを入れる。
ただの言葉だけの見回りではない。ちゃんと仕事として見回りをする。
こうすれば私たちを見ても怪しいとは思わないとソウタさんは言っていた。
まあ、それはあくまで相手が無害であればだが。
それでも、もし彼女がよくない者であれば、即座に憑りついてくるだろうと。
それで、実際見回りを始めて彼女はどうなったかというと、単にこちらを観察してはいるものの、特に動きを見せてはいない。
とはいえ、私たちを見ているのであれば、少しでもおかしなところがあれば動く可能性があるということ。
だから私は努めて平静に教室の見回りをこなしていく。
それはララも同じだ。
そう、今はまだ、ハヴィアと接触する予定ではない。
あくまで相手の動きを見るのが目的だ。
それをゆめゆめ忘れるな。
改めて自分自身を説得している間に、ついにはハヴィアの目の前にある教室の見回りがやってくる。
ここまで来てもハヴィア自体に動きはない。
こちらを……。
おやっ、いない。
今までいた位置から動いた。
いつの間にか見失ってしまい、彼女はどこにと思ったとたん、横からものすごい圧力を感じる。
そう、視線は向けてなどいないがすぐ分かる。
私の真横に彼女は移動している。
そして私の顔を覗き込むような動きを見せている。
む、落ち着け。
ここで慌ててはハヴィアを認識していることを示すようなものだ。
今はそれを気付かれるわけにはいかない。
よし、落ち着いた。そう、あくまで余計な者の存在を無視して話すようなものだ。
自分に反論する使者と同じだ。そんなもの無視して、話を進めればいい。
「この部屋も異常はありませんね」
「はい。教壇の方も問題はありません」
「では、チェックを入れます」
うん、先ほど見て回った教室と同じように確認作業を終える。
「……学長? 学長ですよね?」
その時、そんな声が右耳に届く。
うっ、真横でささやかれている。
どれだけ顔を近づけているんだ。
とはいえ、一切無視すると決めた以上、ここは相手を政治家として判断し完全に無視をして予定をこなす。
「では、予定の見回りは終わりですね。何か忘れ物は無いですか?」
「いえ、ないですね。さっさと戻ってお茶にしましょう」
「はい。お茶とお菓子をお出ししますね」
そう言って、私たちはあくまで『普通』通りに予定を終わらせて帰路につく。
「ねえ、学長。聞こえてる? ねぇ、学長……」
その廊下を歩いている間じゅうそんな声が付きまとうが、最後の教室前を抜けると途端にその声が聞こえなくなる。
「……ふぅ、とりあえず部屋まで戻りましょう。詳しい話はそこで」
ソウタさんのその言葉にも一切返事を返すことなく私たちは監視室へと戻っていく。
さあて、ここから長くなるぞ。
まず第一回の作戦は上手くいきました?
さてさて、この接触から一体何が分かったのでしょうか。
やっぱりこういうのって楽しいよね。




