第1119堀:たたかう聖女様
たたかう聖女様
Side:ユキ
「はい良くなりましたね。その調子です。ですがまだまだ遅いですよ。さぁ、真剣にやりましょうね」
ルルアは慈愛に満ちた笑顔のままそう言いながら、ブンブンとメイスを振るっては、カグラたちの手足を遠慮なく削っていく。
その振るわれるメイスの動きは、ルルアのレベルにものを言わせた威力ではあるが、それだけではない。
今のカグラたちではそうそうよけられないタイミングで振るっている。
まあ、落ち着いてみることが出来れば躱せるんだろうが、その余裕が今のカグラたちにはない。
「はぁ~、カグラ様たちはあまりにひどすぎますね」
と、半目でため息をつきながら、がっかりした様子でつぶやく霧華。
「まあそういうな。これまで命がけの訓練なんてあまり出来ていなかったからな。シードラゴンの時は多少本気だったが、あれ以来やってないからな」
「別にあれも所詮多少でしょう? 命がけというには大げさかと。何よりちゃんと主様が安全を確保していましたし、シーちゃんの方もあくまで訓練でそこまでやるつもりはありませんでしたので。まあ、だからこそのこの訓練なのでしょうが……。それにしてもあれはひどい」
霧華が視線を向けた先では今まさにミコスが足を持っていかれているところだった。
というか当たり方がクリーンヒットに近かったのか太股を半分以上持っていかれて、なんとか皮と肉の一部でくっついているだけだ。
だが、そこは戦場経験者というべきか……。
「おや、叫ぶことなく後ろに下がって、自力で治療を始めましたね。そうです。ミコス様も仮初めでもちゃんと回復魔術を使う実力があるのですから、自分で治療するのは正解ですね。ほかのメンバーが治療に回ればルルア様は容赦なく攻撃を入れているでしょう」
「おお、ようやく調子がでてきたか」
霧華の言うように、ミコスだけじゃなくあそこで戦っているメンバーは全員、回復魔術は使えるようになっている。
いざという時に自力で回復できるように。
それをようやく思い出したのか、やっと戦闘に必要なことを真剣に考えられる様になって、それが最適解だと思ったのか。
「あそこまでされてようやく真剣になるとか愚か者です。しかし、ルルア様があのようにメイスを振るうとは思いませんでした。やはりメインは杖を使うものとばかり」
「別に杖がメインなのは間違いないぞ。とはいえ、僧侶だしな。メイスも同様に使うことはできるそうだ。そもそも、聖女の杖も撲殺武器として使われていたみたいだ。特にアンデッドには特効だと」
「なるほど、確かに聖職者の杖で殴られればアンデッド系は耐えられないでしょう。私もそれは流石に受けたくありません。ところで、なぜルルア様がカグラ様たちの訓練相手を?」
「それは昨日ルルアから言ってただろう? ショーウに訓練を見せたいって」
「ええ。ありましたが、わざわざ自分で戦う必要はあったのですか?」
「そこはルルアの気分だろうな。案外カグラたちの実力を自分でも試してみたかったんだろう。それか自分の実力を試す意味もあったのかもな」
「ああ、そういえばルルア様はお仕事上どうしても皆様より訓練できる時間は短いですからね」
「医療従事者だからなー。訓練よりも治療、そして医学の勉強を優先するからな」
まあ、当然の話だ。
医療従事者がなんで最前線で戦う必要があるのかという話だ。
まあ、軍隊の医療チームはちゃんと戦えるようにある程度の訓練はしているが、ルルアだって求められるのは精々そのレベルぐらいまでだ。
それを言ったらまあ、カグラたちも外交官が主な仕事ではあるんだがな。
普通の国なら別に戦闘ができなくても問題はないが、残念ながら我がウィードは深刻な人材不足。
そして国としてだけで無く、俺は俺でルナという駄女神からの個人的な仕事もあるので、奥さんであるカグラたちにもその手伝いがあるのだ。
だから、それはそれはすごく忙しいのは間違いないんだが、ルルアもあの程度できるんだからカグラたちにももう少し頑張ってほしいところだ。
「しかし、医療に、勉学に教育、祖国リテア聖国とのつなぎも考えればカグラ様たち以上に忙しいはずのルルア様にしてあの実力なのです。そういう処を示す意味でも訓練相手を務めたかもしれませんね」
あるな。自分でもここまでできるんだということを示すために。
まあ、ルルアの場合はそういう風な頑張れというより、できますよっていう応援の意味合いも強そうだが。
そんなことを考えつつ戦いを見ていたら、カグラ、ミコスは先に息が上がってしまってそれどころでは無いが、スタシアとエノラはまだ余裕があったようで前衛と後衛に役割分担をし始めた。
「今更前衛後衛で別れるとか、やはりおバカですね」
「まあ、新大陸のメンバーは連携の練習なんてする暇はなかっただろうからな。訓練と言っても仕事の合間を縫ってだからそこまで求めるのはかなり無理があるだろう」
「はぁ、そう言う実態を考えてもやはり今している仕事には一定期間休みを設けて、その間に訓練する必要がありますね」
「だな。そこは今後力を入れていかないといけないな」
そう、今のままだと単独での対処しかできない。
即興で連携をするのは今のままじゃ無理がある。
カグラとミコスは学生時代多少なりと交流があったからか一応連携はできるが、エノラ、スタシアとの連携は……まあ残念だ。
そして何より一番問題なのは……。
「では、一番大きいの行きますよ」
ズゴンッ!
そう言いながらルルアがメイスを大きく振りかぶり、えいっと気合いと共に地面にたたきつけたとたん、地面からバラバラと岩が飛び出たりガラガラと大地が割れて穴ができる。
俺の落とし穴と違って飛び出てくるものもあるので殺傷能力も高いし、回避もしづらい。
完全によけるには、魔術の効果が及ばない空へ逃げるか、かなり後方へ後退するかだ。
しかし、ここは訓練場であり逃げられる範囲は限られている。
ということで……。
「うそっ!?」
「うひゃぁぁ!? 上、上!」
カグラとミコスは悲鳴を上げながら慌てて、予想通りに空へと逃げる。
「くっ、やられたカグラ、ミコス防御しなさい!」
「ええ。追撃が来ますよ!」
エノラとスタシアの二人は流石にわざと空へ追いやられたと気が付いていて、しっかり防御態勢をとっているが。
さあ、ルルアはここからどう追い詰める?
そしてカグラたちはどう凌ぐ?
「はい。その通りです」
ルルアは笑顔のままそう返すと、今度は上空から地面へと突風がたたきつける。
ああ、ダウンバーストか。
現代では飛行機が墜落する原因ともいわれている。
簡単に言えば、超突風だ。
それをまともに受けてしまえば……。
「えっ!? お、押し戻される!?」
「ちょ、ナニコレ!?」
「お、重い!?」
「くっ!」
空中で防御態勢をとっていた4人にとってはこのダウンバーストは動きを制限してしまうものになる。
何せ防御のために展開した防壁に大量の高速の風を受けたのだ。
飛行機が墜落するほどの突風を。
それは台風の中で傘をさすがごとき行為であり、そうなれば同然……。
「うそー!?」
「うひゃー!?」
「く、空中で静止でき……」
「このままでは地面に……」
踏ん張る足がかりすら何もない場所でカグラたちはいきなり襲ってきた突風にそれでもよく耐えたというべきだろう。
当初は突発的な暴風に対して浮遊している魔術への出力を上げて何とか高度を維持して飛行していたが、それも限界があるし、カグラたちは所詮空を飛ぶことに慣れていないので、やがて動きが止まりじりじりと地面へと押し込まれていく。
それは……。
「残念ながら止まってしまいましたね」
「ああ」
そう、あの突風の中踏ん張っていること自体は凄いというべきだ。
空中の場で高度を維持しつつ静止するというのは航空技術においてかなり難易度の高いことといわれている。
一見易々と行っているように見えるが、ヘリコプターが同じ位置でホバリングをしてとどまっているというのは実はとてもすごいことなんだ。
何せ風の一つでも吹けばすぐに流されバランスを崩すような場所だ。
そこでじっと留まっているのだからパイロットの技量はすさまじいものだということ。
しかし、今のカグラたちは戦闘中であり、その中で停止というか強制的に動きを止められてしまえば……。
「あえて言ってあげましょう。そのように足を止めてしまえば、ただの的ですよ」
ルルアはそういうとカグラたちを取り囲むように魔術式の方陣が全方位に出現する。
いや、それって足を止めなくても普通回避できないだろう。
「「「ちょっ」」」
カグラたちも同意見だったらしく、何とか突っ込んで抜けようとしたようだが、そんなこと許すはずも無く、容赦なく全方位から魔術の攻撃が叩き込まれる。
「おお、凄まじいですね。一見同じように見えて展開している術式は属性がきれいに分かれています。パッと見ただけで、炎、水、氷、土、光、闇、岩、砂、爆発、閃光、そして魔術無効化とどうやったらこれだけの物を展開できるのでしょう。そして、一つに絞って防御させないどころか、相手の防御壁を解除してすべてを叩き込むものです」
「おっそろしい技だな。防御、回避不可能の攻撃か」
「いえ、あの程度でしたら普通に攻撃される前に離脱すればいいですし、周りをすべて吹き飛ばしてもいいと思いますが?」
「それは俺たちだからやれる手段だな。カグラたちにそれを求めるのは酷というものだろう」
霧華の言う通り実力があればルルアの全方位攻撃は避けられるというかぶち破ることができるが、それは俺たちレベルであって、あそこであの攻撃を受けているカグラたちは、残念ながらそういう発想に至らなかったか、あるいは実行できなかったのか、まだ続いていたダウンバーストに巻き込まれあっさりと墜落していく。
そのままでは地面に激突してしまうが、ルルアはちゃんと全員をしっかりと受けとめて優しく地面に下ろす。
「無事だな」
「それはルルア様ですし、ちゃんと手加減はしています」
そうだとは思っているけど、それでもあれを見るとちょっとヒヤッとする。
「これで少しは真剣に訓練するきっかけになればいいのですが」
「時間がないからな。ともかく、これでデリーユだけじゃなく他のメンバーとも結構差があるってことが実感できたっていうのは大事だな。ああ、デリーユの方も終わってたみたいだな」
「はい。カグラ様たちよりも持たなかったようですね」
「まあ、実力を考えればそうだな」
俺たちが視線を向けた先では、デリーユがワズフィとナイルアを抱えて、こっちの訓練を終えたルルアの処へと運んでいるところだ。
「俺たちも話を聞くか」
「はい。それがいいでしょう。おや、ショーウ様はすっかり顔が引きつっていますね」
「そりゃ、あれを見ればそうなるだろうさ」
そんなことを話しながらルルアたちへと近づくと……。
「……まだ生きてる」
「ミコスちゃん、もう完全に死んだと思ったー」
「ここまで差があるとは思わなかったわ」
「はい。自分たちの訓練不足を改めて実感しますね」
「絶対次は勝つ!」
「……あれだけ盛大に負けておいて、それだけ言えるのは凄いね。カグラたちにワズフィ。私はもう金輪際勝てる気がしないよ」
なんだ、カグラたちはもう意識を取り戻しているようだ。
しかもそれなりに元気。
「ま、自分らの実力は分かっただろう? 今後は訓練に力を入れていくようにしよう。カグラたちの仕事の方はこっちから話して休みをもらえるようにする。でも今は方針を決めつつ学府の調査を頼む。あと、ナイルア、ワズフィ、ちょっと学府のことで聞きたいことがあるんだが」
「ん? なに?」
「なんだい? もう訓練はこりごりだし、話すほうがいい」
「なんか、学府で妙な噂とか聞いたことないか?」
そうして俺は霧華が感じた学府の謎について尋ねてみることにした。
ただの勘違いならそれでいいけどな。
足止めをして回避不能な魔術を叩き込むと、意外と旦那に似てきたルルアです。
まあ、訓練方法も遠慮なくやっていますので、意外と不甲斐ないカグラたちに怒っていたのかもしれません。




