第1104堀:大森林の大きさ
大森林の大きさ
Side:コメット
「……で、3年前にオークを確認した位置はここ。生態に関しては7年前のものと変わらないね」
「ふむふむ。やはり大森林の中を移動しているって感じだね。おそらく、食料とか水の問題だろうね」
ワズフィの説明を聞きながら、今に至るまで生息場所が変わって来たオークたちの移動の様子を見てそう呟く。
何せ生活の拠点となる集落を変えるのは簡単なことじゃない。
命の危険が伴うからだ。
この大森林では、多種多様な魔物が生息していて、互いに捕食対象となっているからね。
所詮オークなんてのはこの森では他の魔物たちの餌に等しい。
「ん? でもさ、そうなると逆に集落を移すのはなんでだい? オークも魔物だ。魔力の供給さえあれば回復するから生きてはいけるんだろう? わざわざ危険を冒してまで食料や水を求めて移動するかな?」
「魔力? それはどういうことかな? オークたちはコメットさんがさっき口にしたように、どうしても必要な食料や水の問題を解決するために移動したと私も思っていたんだけど……」
「ワズフィの勘違いを正しておこうかな。元来魔物っていうのは魔力さえあれば生きていけるんだよ。そうじゃないとドラゴンとかワイバーンみたいな連中は、その体に見合う量の食べ物を継続的に食べ続けないと死んでしまう。ほら、アマンダのワイバーンがいるだろう?」
「あー、そういえば確かにその通りだ。あの大きさの生き物が生きていくには相当量の食べ物が必要だ。でも、そんなそぶりはない。なるほど、だから別に何か生きる術があるってことか。で、それが魔力だって2人は言っているんだね?」
ふむふむ。頭の回転は悪くないと。
私たちの今の話だけで、魔力が生きる糧になっているのをあっさり納得したね。
普通だったら、魔力と魔物のつながりを知らないからそんなはずはないと否定するような内容なんだけど、そこを納得した。
「そうだよ。というか、よく信じたね。僕も当初は半信半疑だったんだけど」
「別に、完全に納得したわけじゃない。でも、あなたたちはそれを前提にすすめているんだから、単に納得できないからと否定しても意味はないじゃん」
「そのとおりだね。ま、その証明は後日ちゃんと見せるとしよう。その前にこのレポートのことだけど……」
そうさ、今はこのレポートから読み取れるワズフィの才能の話だ。
ユキが連れてきたってことで、ある程度は使えるかなとは思っていたけど、これは驚いたね。
ちゃんと丁寧に調べていることはレポートからもうかがえたけど……。
「私たちが知っているオークの生態と一致している。だろう、エージル?」
「うん。間違いないね。ここまで一緒であれば、キチンと研究してきたことは否定しようがない。しかも記載日を見るとこれを調べたのは7年も前の話だからねぇ。いやぁ、それだけでもワズフィが優秀だってことがわかるよ」
エージルも私の問いかけに間違いないと答えてくれて、ワズフィは優秀であると認めてくれる。
「それはどうも。で、私はこれで認められたってことで良いのかな?」
「ああ、十分だよ。というか、これが十年分もあるとか、すごいね。これはさらに魔物の生態がよくわかるんじゃないかな?」
「ここまでのことができるなら、僕たちとしても申し分ないね。あとは私たちの研究に協力してもらうだけだ」
お互いに視線合わせ、彼女なら問題ないだろうと頷きあう。
ユキも端からそのつもりで連れてきたんだしね。
「で、その研究というか調査は大森林のことなんだよね?」
「ああ、そうだ。2人も認めたことだし、じゃぁ、こちらの情報も開示するか」
「わぁお、情報の開示って大森林のことだよね? ここまで精密な地図があるぐらいなんだから、当然奥深くの調査もある程度済んでいるんだよね!」
お、なんかテンションが上がってきたね。
新しいことが発見できそうっていうそのワクワク感がよく伝わってくるよ。
私もそういうのはよくわかるからね。
「とりあえず、俺たちが調査している範囲の説明からだな」
ユキはそういうと、ワズフィに説明してもらうために用意した大森林よりさらに広い範囲の地図、つまり各国の位置まで記されているようなレベルの縮小した地図を用意する。
「はぁー。なんだいこれは。さっきの大森林の地図だけでも驚きだったけど。こんな広大な範囲が精密に書かれた地図なんていったいどうやったら存在できるのかすらわからないよ」
ワズフィがまた驚いた顔をする。
まあ、ユキが用意する地図は本当にシャレにならないぐらい広範囲で精度の良い地図だからね。
普通の国ならもっといい加減なやつだって自国の地図なんてものは最重要国家機密なのに、平気な顔して他国の領土まで精密に描かれた地図なんだからねぇ。
とはいえ、ユキやタイゾウさんからすればこれはあって当然の物。
いやぁ、向こうの世界の常識ってのはホント恐ろしい限りだよ。
と、そこはいいとして、ユキがさらに説明を続ける。
「まず、基礎的な確認だ。俺たちが今いるランサー魔術学府がここ、この大陸のほぼ中央だがやや北よりの場所だな。で、各国は大森林の周りを囲んでいる山脈を越えてこの魔術学府に来るようになっている。これは知っているよな?」
「うん。これは知っているよ。そして、ランサー魔術学府はそもそも大森林の北部を開拓して作った場所で、いまだ南部の側の大森林はきれいに残っている」
そう、ワズフィの説明の通り、このランサー魔術学府も元々は大森林の一部だった。
だけど、そこを私が開拓して、この辺りからは魔物も追い払った。
何せダンジョンマスターだったからね。
魔物の扱いは簡単にできたのさ。
「この地図上で見ると大森林の範囲って大した事なさそうだが、実のところそうでもないのは、ワズフィもよく知っているな?」
「いや、正確な大森林の地形を把握したのは初めてだよ。これだけでものすごいことなんだけど。というか大した事なさそうって、残っている南部の大森林っていまランサー魔術学府を中心に発展している町のおよそ10倍じゃ効かないぐらいにみえるけど?」
「ま、そりゃ町と比べるとそうだが、各大国の領土で言えば、せいぜい一地方ぐらいの範囲だよ」
「それでも大したものだけどね。で、私がこれまで調べていた地域は……」
「あ、ここだな」
ユキはそうあっさりと無慈悲にも、ランサー魔術学府からちょっと南にいった地点を指さす。
まあ、10キロは優に超えているんだけど、それでも大森林の全体からすれば100分の1にも満たない範囲だ。
あはは、私自身いまさら今こうして大森林の規模を知ったけど、いやぁ、森だけで四方150キロ以上ってかなりの広さだよねー。
魔力が枯渇しかかったイフ大陸の中で、こんな不思議な森が山脈に囲まれて存在している。
確かに魔力枯渇現象を調べるうえでここを調べないのはありえないね。
などと、私がそんな感慨を抱いていたら、同じようにこの大森林の地図を真剣な眼差しで見つめていたワズフィは、ユキの指摘に壊れたように乾いた笑いを始めた。
「……ははっ。私が知れたのはここだけ。……ここだけ」
おそらく10年間で調べた地域は実際にはそこだけではないだろうけど、大森林のその規模知ってしまったいま、ワズフィの調べることができていた地域なんてスズメの涙ほどだったというのを実感してしまったんだろう。
いやぁ、自分が非力だって現実を知るのはホントつらいんだ。
まあ、とはいえワズフィがしていたのは魔物の生態を調べるってことだし、大森林の広さとそれをどこまで踏破してるかなんて関係ない。といってやるべきかな?
「……ま、いいさ。で、ここまでの地図ができてるってことは、魔物も同様に色々みつけてるんじゃない?」
おっと、こいつ自分で持ち直した。
こういう精神的な負荷には強いのかな?
そうか、元々さんざ馬鹿にされながらも、それでもコツコツと現場に行って生態観察をしているんだから、これぐらいじゃ心は折れないってことか。
「ああ、その想像は間違っていない。取り合ず今判明しているのは……」
ユキはそう言って、アイテムボックスから1冊の資料を取り出す。
おやぁ、あれって、一応機密の奴じゃん。
内容は確か、大森林の魔物分布だっけ?
ま、ワズフィには最適の資料だね。
これから彼女は魔物メインで働いてもらうことになるんだし、あれを見せて完全に引き込むんだね。
「このレポートに書いてある。目を通しておいてくれ」
「随分と分厚いね」
ワズフィはためらうことなくそのレポートを手に取って、言われたとおりに目を通すために最初の数ページを適当にめくって……おっと、固まった。
と思ったら猛烈にページをめくってレポートに目を通し始めた。
「おーい。そんな勢いで読めるものなのか?」
「大丈夫。ちゃんと頭に入れている。というか、それよりもこのレポートってそもそも本物? 本当にこんな魔物がいるわけ? 見たこともない魔物の情報ばっかりだけど」
そりゃそうだろうね。
このイフ大陸では空気中の魔力が少なすぎて、大森林以外ではせいぜいオークまでで、殆どの魔物が生存できない。
だからその資料に載っているのはワズフィから見れば初めて見る魔物ばかりだろう。
「そこは間違いない。ちゃんと俺たちも確認しているし、アマンダの方からも報告が上がっている」
「アマンダ!? ユキ様ってアマンダと知り合いなの?」
「いやぁ、なんでそこを知らないのか不思議なんだが。そもそも、アマンダがワイバーンを従えることになった現場に居合わせたのは俺たちだぞ?」
「えっ。そうだったの?」
うん。私もアマンダのワイちゃんについては聞いている。
あの頃は私はヒフィーの自動人形だったからその現場を実際に目にしたわけじゃないけど、アマンダとはポープリの紹介で顔を合わせているからね。
まあ、実際はアスリンからワイちゃんを譲られたんだけど、そこは言わぬが花だろうね。
「というか、あのワイバーンが学府にやっくることになった時、ワズフィはどこにいたんだ?」
「……」
うわぁ、ワズフィったらユキのその言葉に沈黙しただけじゃなく、目をそらしてるよ。
いやぁ、これは分かりやすいねー。
「もしかして、あのワイバーンが浅いところで休んでたのはどこかの誰かが呼び出した? とかじゃないだろうな?」
「いくらなんでもそんな危険なことはしない! ただ私はいつもより奥深くへ進んでいて、目の前の邪魔だったワイバーンをよそに行かせるために、お肉を投擲しただけ」
「お前が原因かよ!」
「いや……。でも結局、あのワイバーンを刺激した生徒たちが悪いだろう。『大森林』っていうのは魔物が生息する地域。いつ何時強力な魔物が襲ってくるかわからないんだから常に注意を払い続けなくちゃいけないんだ」
「おい、もっともらしいことを言ってごまかそうとするなよ。とはいえ、あの時のことはアマンダの戦力強化にもつながったし、今更蒸し返しても面倒なだけか。で、なんでワイバーンを見たのに生態調査をしなかったんだ? ワイバーンだってワズフィからすれば珍しいものじゃないか?」
確かにふしぎだね。
ワイバーンなんてイフ大陸では大森林ぐらいしかもう生息していないからね。
出会ってそれを無視したってなぜだろう?
「別に。あの時の目標が違っただけ。何よりワイバーンの資料は学長から見せてもらっていたからね。大体同じかなーと思ってたから、外のを見つけるためにさらに奥に分け入っていってたんだ」
「あー、なるほど。ワズフィは本当にこっち向きだな」
ユキの言葉に私もエージルもうなずく。
うん、間違いなくやっぱり彼女は研究者ってやつだね。
「お言葉を返すようですが、私からすれば、私と同じようにこんなに魔物の情報を集めているってこと自体がものすごく不思議なんだけどね」
「そこは、別大陸からきたからな。魔物の情報ってやつの重要性が違うんだよ。こっちじゃどこでも魔物が闊歩していて、各国に魔物退治ギルドが点在していると思ってくれ」
「……ああ、それは確かに厄介だ。なるほど、イフ大陸とは根本的に魔物に対する認識が違うわけか」
そう、このイフ大陸とロガリ大陸では魔物の脅威度が違う。
私が生きていたころは普通に魔物がいたんだけどね、ここ数百年でほとんどの魔物の生存圏が大森林だけになってる。
これは本当に不思議なことなんだよね。
だからこそ、早い対処をしたいってわけだ。
「さっきワズフィが学長に言った内容だな。魔物が溢れてこないか、強力な魔物がいないかを調査するためにやってきているわけだ。どれだけの規模がいるかわからない。見た魔物をすべて倒しきれると思うのはありえないだろう?」
「そうだね。そんな馬鹿はいない。だから、こうして私に協力を依頼したわけか」
「いや、雇用契約だけどな」
「あー、やとわれかー。ま、お試し期間ってことで頑張ってみる」
ということで、ワズフィは資料を読み漁ることを始めたので、私とエージルは地図をもとにドローンを飛ばして魔物の生息区域を調査を始めるのだった。
大樹海というからには生半可な大きさではありません。
とてつもなく広いです。
そんな広大な場所で生きる魔物たちの調査。
わくわくしませんか?
あ、ちなみに、昨日質問があったのですが年末年始スペシャルの話は12日に別話として作りますのでよろしくお願いいたします。




