第1102堀:学生の終わりと始まり
学生の終わりと始まり
Side:ユキ
「……以上がこちらが提示する契約内容となります。問題はありませんか?」
俺はそう言って、真剣な顔で書類に目を通しているポープリに視線を向ける。
いや、厳密にいえば、本来隣にいるナイルア、ワズフィに対しての契約書類なのだが、まあ、ここは保護者としてポープリに確認を取ってもらっている。
まあ、いずれにせよ学府としても問題がないかというのは必要だから、ポープリに確認してもらうのは必須だ。
「……うん。見た限りじゃ問題はないね。というか、一番はこの子たちがホントに使えるか、雇用するに足りうるかどうかなんだけど」
ポープリの心配は当然だな。
この契約書はナイルア、ワズフィをウィードが雇用して働いてもらうことの内容も含んでいる。
つまり、雇用に値しなければ必要最低限の金銭しか支給しないと書いてあるんだよなぁ。
俺としては、こいつらを無条件で養ってもいいだろうとは思っているが、さすがにそんな内容の書類をもっていってあのエリスに許可をもらえる自信はない。
だからこそのこの条件だ。
抜け道もちゃんと……。
「まあ、適性がなくても問題ない。ランサー魔術学府からウィードに交換留学生として送ることも可能だし」
そう、その場合はランサー魔術学府からの交換留学生の役割を果たしてもらえればいい。
で、その間にあっている職種を見つければいいだろう。
とはいえ、余計な心配だとは思うけどな……。
「ああ、そういう手もあるのか……。とはいえ、2人とも温情なんかではなく己が才能で立場を勝ち取ることこそ我が学府で学んだ意味があるのだから、そこは決して忘れないように」
「ああ、わかっているよ」
「そのくらい、わかってるって」
ポープリの注意にもナイルア、ワズフィ共に軽く返す。
気負っていもいないし、あとはなるようになるだろう。
まぁ、端からナイルアに至っては後がないし、少々立場が悪くなりすぎて人格が壊れているからな……。
それにワズフィに関しては、どこかの研究馬鹿どもと同じ匂いがプンプンとする。
ま、どっちもフォローしていくしかない。それだけの話だ。
助けておいて、捨てましたとかサイテーすぎるだろう。
地球じゃ、犬猫を捨てることさえ動物愛護法違反で捕まるんだ、ましてや学生をポイ捨てとかありえん。
おっと、それで思い出した。
「ナイルアはともかく、ワズフィは国元から何か言われないのか?」
「ん? ああ、私なら大丈夫だよユキ様。どうせ私もナイルアと同じで愛妾の、しかも男爵家の娘にすぎないから。しかも、ここに来たのは自力で、入学金も自前。だから私がどう生きようが勝手なんです」
「そうか。だからそんなにたくましいんだな」
「あっはっは。これぐらい図々しくないと、男爵家程度じゃ跡継ぎ以外は生きていけないですよ」
「うんうん。ミコスちゃんはよくわかるよ」
いや、ミコスはお前、一応長女だろう。あ、そっか男尊女卑が強い地域だからな。
ミコスもあのまま影で生きていくか、嫁に出るしかなかったんだよな。
それももう今じゃ俺の嫁さんだけど。その気持ちはよくわかるんだろう。
どこの世界でも跡を継げない子供たちは自分で生きる道を探さないといけないってことだな。
「というか、ワズフィの方は別段国元とのトラブルはないし、現在の学府の順位とかを報告すれば、爵位ぐらいもらえると思うけどね」
「あぁ、そんなのはいらないです。どうせ貴族のルールとかで雁字搦めになるんですし。私の研究にとってはただの足かせです。というかどう考えても絶対邪魔が入るから、ナイルアと一緒で出自は隠して。お願いします」
「なら、問題はないか? 念のためワズフィの出身国は聞いておこう。何かあったときフォローはできるだろうし」
「あ、そういうことなら喜んで教えます。私はジルバ帝国出身でーす」
おい、ジルバかよ。
あそこの皇帝だと下手にバレたら文句言う可能性があるな……。
うーん、一応話は通しておいた方がいいか?
勝手にもっていった方がトラブルの気配がする。
ま、そこはジェシカと相談することにして、ワズフィは祖国に未練無し。
というか、その判断は間違いじゃないだろう。
あの皇帝なら、知ったらここまでの人材をただ遊ばせておくことはしないだろうからな。
あと、実家とのトラブルになるのは覚悟しとく必要がありそうだな。
そこら辺を注意しておくか。
「じゃ、当分は交換留学生として、ウィードにいつつ、職をさがすということで。あとは、この契約書にサインを」
俺はそう言って2人の目の前に書類を置く。
サインをすれば契約完了だ。
……雇用契約書とかそういうのを異世界に来てまで作るっていうのは今さらだけど、ほんと不思議だよな。
ま、異世界だろうがどこだろうが書類という形での契約が必要だというだけの話なんだが。
「よし。2人とも異存がないならサインをしなさい」
「はい」
「はーい」
とポープリに促され、すぐに二人ともペンを持ち書き込もうとしたところでピタッと手が止まった。
「2人とも、どうしたんだい? 何かわからないことがあったかい?」
「違います。学長、今日までありがとうございました」
「うん。迷惑ばかりかけてきた私たちにここまでしてくれて本当にありがとう」
そのお礼の言葉は何のよどみもなく、綺麗に伝えられる。
彼女たちの思いには一点の曇りすらないといわんばかりに、素直に、純粋に、ポープリへの気持ちがあったと、俺には聞こえた。
「……何を言うかと思えば。ほれっ」
バシン!!
云われたポープリは一瞬涙ぐんだ気もしたが、すぐに笑顔になって二人の背中をはたく。
そのいい音が室内に響いた。
「「いったー!?」」
「お前たちにかけられた迷惑がお礼一つ程度でチャラになるなんて金輪際思わないことだ。これからずっと、ずーっと恩に着て、お礼をし続けるんだよ」
「えーと、それは横暴では?」
「だよねー」
「はっ。これで終わりなんて思ってるからだ。お前たちの人生はまだやっと始まったばかりだ。ここを出たら終わりなんかじゃない。ここを出ていよいよ新しい始まりだ。というか、この契約書を書いたらすぐにウィードに行けるわけですらない。これからのここでの働き如何で不採用もあり得る。ま、せめて正式採用が決まってからお礼に来るんだね」
ははははは、如何にもポープリらしい返しだな。
ララもにっこりと笑顔だし、こっちのカグラたちも苦笑いではあるが、みんな否定はしていない。
何一つ嘘なんかいってないからな。
そう、これからが始まりだ。
「だそうだ。ま、とにかく2人とも始めるためにまずはサインをして、社会人としての一歩を踏み出してみるといい」
「……なんか、改めて言われると恐ろしい気が……」
「……うーん。なんか早まった?」
「ほら、さっさと書きたまえ。ここにきて書かないとか恥もいいところだからね。さあ、早く! サインしたら早速、私が直々に特訓してやるぞ若造ども!」
そう怒鳴られてささっとサインをする2人。
なんというか締まらないというか、らしいというか。
まあ、ポープリの師匠もどちらかというと……じゃない。どこからどう見ても人に迷惑をかけまくるタイプだからな。
「さて、書類にサインもしたことだし、今からは仕事の話をしよう」
「さっそくだね」
「まってましたー。で、私は何をすればいいのかな?」
「ナイルアはカグラたちと一緒に行動して、交換留学生の補佐だな」
「へ? いや、私は授業にはほとんど出たことが……」
「別に授業は先生がキチンと教えてくれる。それとは別にナイルアやアーデスからしか聞けないこともあるだろう?」
そういいながらカグラたちに視線を向けると全員揃って頷く。
「ええ。ナイルアから色々教えてもらうことも多いと思うわ」
「そうだねー。学府の楽しみ方とか学生にしかわからないしねー」
「私はナイルアの魔術の腕を見せてもらいたいわね」
「そうですね。学生の皆さんがどうも引いてしまっていますから、ナイルア殿がいてくれればありがたいです」
それにアーデスは異性だしな、聞きにくいこともあるだろうからな。
こうやって女同士の方がいいこともあるだろう。
「あれ? 私は?」
「ワズフィはさっき話したように大森林の調査協力を頼みたい」
「ああ、そうだった。任せてよ! 魔物のことなら私が一番だからさ!」
「おう。頼むぞ」
俺としては万々歳だ。
ナイルアの実力とか知識は後でカグラたちに調べてもらうとして、とりあえず今回の大森林調査で役に立つ存在が即興で手に入るとか、ありがたい話だ。
「ユキ殿。そのワズフィを高く買ってくれているのはありがたいけど、彼女が調べてきた層程度じゃ、あまり役に立つとは思えないんだが?」
「なにをー!? いくら学長でも、言ってもいいことと悪いことがあるよ!」
「私も文句を言わせてもらうよ。友人を馬鹿にされて大人しくしてるとかない」
おっと、ナイルアまで参戦してきたか。
意外と二人は仲良しか。
まあ、あんな立場のナイルアに情報を渡すぐらいだ、ただのクラスメイトではないだろう。
お互いここでだからこそ芽生えるものがあったというわけか。
「まあ、2人とも落ち着け。別にポープリ学長も悪意があったわけじゃない。だろう?」
「そうだ。まあ、ワズフィを悪く言うような言葉使いになったのは済まなかった」
「別に私も本気で怒っているわけでもないからいいけど……。で、その言い方だとユキ様が私なんかよりずっと大森林の奥深くまで調査してるって聞こえるんだけど?」
「私にもそんな風に聞こえたよ。そりゃユキの実力が高いのは知っているけど、ポープリ学長でも苦戦する魔物が存在している大森林の奥深くまで行っているなんていうのは……」
ナイルアは言葉を続けなかったけど、そんなの信じられないというのがもろに顔に出ている。
いや、髪ボサボサでただの貞子だからさすがに表情はわからないけど、そう言いたいのは流れ的にちゃんとわかる。
というか、ナイルアの処遇は決まったな。
「ま、そこは後で教える。それでだカグラ。まずはそのナイルアの髪型、どうにかしてくれ」
「あ、うん。そうね。確かにこれじゃね」
「そうだね。身だしなみに気を遣おう。女の子なんだからね」
「正論ね。私たちの評価にもつながるから、まずはそこからね」
「確かに。ナイルア殿は優秀なのかもしれませんが、それ相応の恰好というのは求められますからね」
カグラたちは確かにと同意したかと思ったら、早速ナイルアの両脇を確保して学長室の扉へと向かう。
「あのー。やっぱり私の扱いって雑じゃないかな?」
「ああ、雑に扱われたくなかったら、せめてかわいらしい格好でもしてこい。幸い、俺の嫁さんたちはそういうのにうるさいからな」
何せ、何が楽しいのかよくわからんがファッション雑誌をずっと見てられるからな。
俺はたまにパラ見するぐらいが精いっぱいだ。
だからこそ、ナイルアをもっとましにしてくれるとわかる。
「あー、それは私も同じかな。ナイルア、ここで一気に綺麗になりなよ」
「うっ、ワズフィも!?」
「流石にその髪型はないかな」
「ぬぐぐっ」
本人も流石に自覚はあったようで友と見込んでいたワズフィの止めの一言に沈黙し、ドナドナと大人しく学長室から連行されていく。
「じゃ、ナイルアが綺麗になるまでに、私は何を手伝ったらいいのか教えてくれるかな?」
「そうだな。俺がまず頼みたいのは、ワズフィが持っているデータを見せてくれるか?」
「データ?」
「今までの調査内容だな。俺たちが調べている物と違いがないか見てみたい」
「へー。いいねそれ。私の調査が間違っているかどうかって話だよね?」
「そうだな。まあ、こっちが正しいとも限らない。なにせ、ワズフィはこの学府に通ってた期間に渡る調査内容なんだろう?」
「あ、うん。ああ、そういうことか、長期的なデータも欲しいってこと?」
「おう。こういうのは統計が大事だからな」
「とうけい?」
ま、やっぱり統計学はワズフィの中にはないか。
いや、地球でも統計学に基づいてデータを集めたのはナイチンゲールが初めてだっけ?
意外と最近の話なんだよな。
さて、何か面白いデータがあるといいんだが……。
学生が終われば社会にでます。
学生たちよ、現実を生きるのだ!
雪だるまは引きこもりのニートになりたかった。
いま、友人に俺仕事辞めたら小説かいてニートになるんやって言ったら……。
「それ、ニートとやない。プロの作家や」
といわれて、確かにそうやと思ってしまった。




