第1101堀:協力者
協力者
Side:エノラ
「え、えーと、これからよろしく。いえ、よろしくお願いいたします。な、名前は……、うっ、なんて名乗れば……」
そのナイルアという少女は口ごもったままユキに視線を向けた。
あっ、そうか、彼女は自らの名はもう名乗れないってことだったわね。
「別にナイルアのままでいいだろう。その呼び名がどうしても嫌ならなんか考えるが」
「いやいや、いくらユキが匿ってくれるにしても、さすがに名前をそのままって良くないよね?」
そうね。ナイルアの言う通り、そのままの名を名乗ってたら余計なトラブルが舞い込む可能性が高い。
すでに巻き込まれてしまったと思ってるユキにしてみれば、その程度どうでもいいんでしょうけど。
「そうか。ま、偽名ぐらいは用意しておくべきか」
「そうそう」
「とは言っても、すぐ決められるものでもないし、今はナイルアのままでいいだろう。どうせしばらくは内輪のメンバーだけだし、この学府で活動するんだからな。ということで、みんな仲良くして、そして同僚としてこき使ってやってくれ」
「「「はい」」」
ま、ユキがそういうならそれでいいでしょう。
実際に会って、さっきの話の様子じゃユキに対して全然害意はないし、本当にユキというラッキーな手段が降って湧いたから手を伸ばして縋っただけって感じたわ。
「うううっ、な、なんだろう。私はすごい一大決心をしてユキに話しかけたつもりだったんだけど、なんかあっさりあしらわれている気がする……」
「ええそうね。ナイルアの言う通りと思うわ。私たちとっても忙しいから、ナイルアのその一大決心についてはさっさと終わらせたいのよね」
「がーん!?」
「意外とあなた余裕があるわね。それでユキに断られたらどうするつもりだったのかしら?」
ナイルアの反応があまりに軽いから、ついつい私は興味本位で聞いてみる。
それに、元々どこかに行くつもりがあったりするなら、そこは要注意かもしれないから。
「うん、ミコスちゃんもそこは興味ある」
その意図はミコスにも伝わったようで、いつものようにサッとノートを広げペンを持ち構えている。
うまくすると、ランサー魔術学府への反発勢力の情報が早速得られるかもしれない。
「そんなたいしたことじゃないよ。ホントに身の危険が迫ったらとりあえずこの学府から逃げ出すつもりだっただけ。というか、それぐらいしかできないし」
「確かにそうですね。まあ、それしか選択肢がなさそうですもんね」
「で、その時はどこに行くとか決めてなかったのかしら?」
「いやぁ、それは全然。だって伝手なんて何にもないからね」
……うわぁっ、行き当たりばったりの子ね。
それとも、これが普通なのかしら?
まぁ、学府第1位といっても今や祖国からは追われる身、後ろ盾なんかないから情報もなにもなかったのでしょうね。
「ちょっと気になったのですが、先ほど『協力者』から情報を集めていたといっていましたが、それはいったい誰が?」
「あ、それは……」
ナイルアが言いかけた丁度その時、向かってた学長室の方から……。
『こんのぉ! 大馬鹿ものがぁ!!』
『いったーい!!』
そんな大きな叱声が聞こえてきた。
「なんだ? ポープリが誰かを叱っているようだな」
「そうね。何か生徒がやらかしたか、トラブルかしら?」
「出直した方がいいのかな?」
「どうかしら? ナイルアの件って結構急ぎで処理しておいた方がいいでしょう? それに、話し終わったらもともと戻ってくるって言ってたんだし……」
「ですね。まずは一度学長室に行って、どうするかを伺いましょう」
「それもそうだな。とりあえずナイルアが付いてくることになったっていう話はしておこう」
と、結論がでたので、私たちはそのまま学長室へと踏み込むと、そこには……。
「まったく! アマンダから連絡をもらって慌てて行ってみれば、謹慎が解けた途端これか!」
「ちがいますぅー。ちゃんと魔物退治ギルドでの仕事ですぅー。ほら、依頼書」
「大森林の浅い範囲だけの索敵だろうが! お前がいたのは大森林でも深部に近いところだぞ!」
「あららー、気がついたらいつの間にかあそこまで踏み込んでたみたいですぅー」
「おまえなぁ、そんなわかりやすい嘘が通じると……」
なんか結構真面目に怒っているポープリ学長と、にもかかわらず全然平気な顔をして言い返しているここの学生の服を着た女性の姿があった。
「学長。今はそこまでで。ユキ様たちが」
「ん? ああ、ユキ殿。それとナイルアか。そうか、受け入れてもらったか。とその前に」
ゴツッ。
そんな重低音を響かせポープリ学長のこぶしがその学生の頭を直撃する。
「うごっ!」
それにしても女性とは思えない声ね。
ま、私も拷問されてた時はあれよりもひどい声を出してたけど。
さすがにかなり痛いのか、その学生は頭を抱えてその場にうずくまる。
「待たせたね。で、ナイルアとの話は決着がついたのかい?」
「いや、細かい話はポープリを交えてした方がいいと思ってな」
「確かにそれはそうだ。まあ、何のかんのと言ってユキ殿が女性に無茶な要求はするとは思えないけどね」
「そういう盲目的な信頼はいけない。ちゃんと文面にすることが大事なんだ」
「あはは。その通りだ。よし、お前の説教はまたあとだ。今は大事な要件があるからな。自室でおとなしくしていろ、第2位ワズフィ」
へぇ、あの子がこの学府の第2位なのね。
だけどパット見た感じ、魔術師って感じはあまりしないわね。
髪型はナイルアと違ってショートカットと言うには少し長めだけど、美人というよりむしろスポーティーな感じだし、どちらかというと運動が得意そうに見えるわ。
「へーい。あー、いたた。学長、手加減してくださいよ。って、ナイルアじゃん。どうしたの? その人たちだれ?」
「や、やぁ、ワズフィ」
「なんだ。第2位と面識があったのか?」
「私をそんなぼっちだと思ってるの。そりゃさすがにあるよ。何せ私に情報提供してくれてたのは彼女だから」
「へぇ。ポープリ。その子も確保」
「みたいだね。はぁ、ワズフィ。よし、お前もこの場に残れ」
「え? え? どういうこと?」
本人は全く自覚なしと。
下手をすれば重犯罪者の逃亡補助になって、自分も処罰されたかもしれないって、どうやらわかっていないわね。
いえ、普通はそこまで考えないかしら?
とりあえず、ワズフィもその場に座らせて今の状況を伝えてあげると……。
「ふん。そんなの知ったこっちゃないね。ナイルアは私の友人だ。だから助けた。それだけだ」
ワズフィは微塵も慌てることもなく、堂々とそう言い放つ。
へぇ、国に逆らうのはどうかとは思うけど、友人のためにと迷いなくそう言えるのは素敵なことだと思うわ。
私とカグラ、キャリーのような関係ね。いえ、今はユキの奥さんたち全員と仲良しだけど。
「ワズフィ個人の理由は分かったが、それを堂々と公言するとエナーリアの関係者ににらまれるか、犯罪者として捕まる可能性があるから、その辺りはしっかり黙っておいた方がいいぞ」
「ああ。そうするよ。私だって好き好んで国に真っ向から喧嘩を売るつもりはない。」
とはいえ、無謀なことをするようなタイプでもないと。
ただ単に友人を助けたということね。
「で、どうやらその様子だと、ナイルアはウィードに行くわけか」
「その予定なんだけど、その話をしに来たらワズフィが怒られていたんだよ。で、一体何をしたって……いつもの研究か」
「その通り。ようやく謹慎が解けたから、魔物を調べに大森林に行ってたらこのざまさ」
「ああ、その話は俺もちょっと気になったんだが、ポープリ、ワズフィは魔物の調査をしているのか?」
「そうだよ。とはいえ、このイフ大陸じゃ魔物の研究が役立つのは基本的には大森林の範囲だけでね。とてもメジャーと言えるようなものではないんだ」
確かに、イフ大陸は魔力枯渇現象が顕著で、魔物は現れてもゴブリンとかオークぐらいが精々って話を聞いたことがあるわ。
なぜかランサー魔術学府の隣に広がっている大森林だけは例外的に魔物が豊富に棲息している場所だから、ユキが調査にきたのよね。
その前にこんな妙なトラブルに巻き込まれちゃってるけどね。
「何言ってるんだよ学長! 実際、魔物が存在しているのはどこの国でも同じだ。今はまだ魔物の大量発生は起こっていないけど、いつ何時起こらないとも限らない筈なんだ。だから魔物の生態調査ってのは必要だよ!」
「ワズフィの考えそのものは正しいけどね。今は魔物調査に予算を出してくれるところがないんだよ。その上、大陸間交流が始まっているからね。そっちにかかりきりさ」
というか、大森林の環境は変化してほしくないから、ユキが手を出さないようにと頼んでいるのよね。
まあ、お金を国が出したがらないというのも事実でしょうけど。
「そんなの学長が出せばいいじゃないか」
「無限にお金があるわけじゃないんだよ。リソースはかぎられているんだ。それに何より、ロガリ大陸と新大陸の方が魔術が進んでいるおかげで、我が校の存在意義に疑問を呈する奴も増えているんだよ。まぁ、そいつらはこれを機に学府の力を削ごうとする連中だろうね。というか、それがわかっているからこそ、通常の魔術だけで第2位まで上り詰めたんだろう?」
「まあ、そうなんだけどさ。でも、結局国の支援がないと私がチビチビと調査するだけ。でも大森林の脅威は学長だって知っているだろう! あそこにいる魔物たちが動き出せばこの大陸どころか他の大陸だって危険になるんだ! ああそうだ、他の大陸ならもっと魔物の脅威には敏感だろう? そこから出資は望めないか! ほら、そこのユキ様だっけ?」
「失礼にもほどがあるわ! というか、今回ユキ殿に来てもらっているのは、その大森林の調査のためだから。で、現状維持を頼まれているんだよ。だから余計なことはするな!」
ゴウン!
先ほどよりも強烈な一撃がワズフィの頭に下された。
なるほど、この子ってあの大森林の脅威を認知しているのね。
「いったー!! って、え? ユキ様が大森林を調べるの?」
「ああ、そのために来た。で、カグラたちはこの学府の存在意義に関してのレポートを上げてもらって学府存続の手伝いって分担だな」
「はぁー。あ、それでナイルアが協力するってこと?」
「あ、うん。多分そうなると思うよ。それで私はウィードに連れて行ってもらえる……んだよね?」
「そうだな。そのつもりだ。いまから契約書を作るつもりだが、ワズフィもどうだ?」
「へ? 私?」
あら、ユキがワズフィに興味を持っている?
あれっ、ああいう女性に魅力を……? 違うわね。あの顔は……。
「ああ。ポープリとの話を聞く限り、魔物の調査をしているんだろう?」
「そうだよ。ここランサー魔術学府で私以上に魔物の生態に詳しいのは存在しないって断言できるね」
「なら、こちらとしては好都合だ。先ほどポープリが言ってたように、俺はこれから大森林の調査に向かう。現地のことを詳しい人物の協力が欲しいと思っていたところだ」
そうよね。
今の私たちにとって一番欲しいのは人材だもの。
このワズフィって子が主にやってる魔物調査は、このイフ大陸では全くと言っていいほど注目されていないみたいだけど、私たちウィードにとっては価値のある人材。
「え! それなら是非!」
「ユキ殿!?」
「協力してもらったら、立場とかで問題があるか?」
「あ、いや。そこは問題ないけど……。そのいいのかい?」
「ああ、本格的にかかわらせるなら守秘義務とか、それなりの契約がいるだろうけど、大森林の調査はとりあえずお試しだな」
「お試しっていうと?」
「ワズフィの魔物調査能力が我々にとって有用だとわかれば、ナイルアと同じようにウィードに招いていいと思っている。そうなれば向こうの魔物も調べ放題だ」
「ん、絶対行く!」
「……いや、ワズフィ、まだ決まってないからね」
「それを今から証明するんだよ! ナイルアも気合い入れてユキ様の手伝いしてよ。足引っ張られるのは嫌だからね!」
さて、この子たちはいい人材かしら?
とりあえず、サマンサとクリーナに確認取ってみようかしら?
引きこもりが情報を得られた理由。
こういう友人がいたわけです。
ロードワーク大好きの研究者がね。
今度はウィードにいなかった魔物専門の研究者。
あれ? ナイルアより便利じゃね?




