第1100堀:まずは一安心
まずは一安心
Side:ナイルア・ノンフォード ランサー魔術学府 第一位 エナーリア大逆臣ノクの愛妾の娘
「……さて、彼はどんな決断を下すのかな」
私はそう呟きながら、部屋の窓から覗く空を見る。
窓の外には青く青く無限の彼方まで青空が広がっていて、その広大な大空を気ままに鳥たちが羽ばたいているのが見える。
あぁ、自由だ。
かれら自らのその命を懸けて、自由を謳歌している。
私なんかとは大違いだ。
昔はクソ親父とクソ母の駒で、今は学長の提案をうけいれるだけで、能動的に動いてこなかったから、この鳥かごのように閉じ込められている。
いや、自らが望んで閉じこもっているというべきかな?
なにせ、ここでおとなしくしている限り衣食住はすべて学長が見てくれるっていうんだから、下手に右も左もわからない外に出て行って野垂れ死ぬよりは遥かにましだと思ったし、それに何より、ここにいる限り好きなだけ魔術の勉強ができて嫌なことを頭から追いやることができる。
私は、あのとんでもないクソであるノクとかいう男の血を引いている。
クソ母はそのノクに見初められて一人の愛人として、ノンフォード家に入った。
別にいじめとかはなかったようだ。何人もいる愛人の中の一人だしね。
で、やることやって、私が生まれた。
幸いというか、残念なことに私に魔術適性があったおかげで無意味に期待を寄せられて、文字通り鞭で打たれてここまで来た。
魔術が使えることがわかるまでは、2人とも私のことなんか何の価値も見出さず、ただのメイドとしてこき使ってたくせにさ。
ま、その頃は毎日食べるだけで必死だったこともあって、そんな自分の境遇が不幸だなんて感じる暇すらもなかった。
でも、魔術が使えると知ったとたん、手のひらを返してきた二人を見て、心底、人は醜いんだと思い知った。
まあ、結局のところ、私はあの二人からすればただの都合のいい道具だったということ。
クソ親父は当然のように、将来跡取り息子の補佐につけとか言い出した。ついでに愛人。
馬鹿言わないでほしい。私はあのクソ母のように尻の軽い女じゃない。
そんなことで、ここランサー魔術学府に来ることになった時には、必死に勉強して魔術を鍛えて、あのクソ共より上の立場に立って復讐してやるって腹に決めてたんだけど。
ま、自業自得であのクソ親父とクソ母は首を切られて命を終えた。
私が自ら手を下すまでもなかった。
胸がすく思いだったね。
と、クソ親父たちが死んだのはよかったけど、私にまでその余波が来たのが問題だった。
あのクソが死んだあとは言われるがまましばらく放心状態で、何も対策を打てなかったから、学長の提案がなければそのまま一緒に首を落とされていただろう。
だから、学長にはとても感謝している。
とはいってもノンフォード家に連なる者は悉く鏖とすべしという命が出てるんだし、このままだと私はひたすら学府に籠って静かに過ごすか、どこかの国で流浪するしかなかっただろう。
まあ、昔は血反吐をはいて生きてきたんだ。一般人に戻って生きていくのも悪くないとおもったんだけど、そこでようやく興味がわいてきた。
その噂とは、エナーリアを散々引っ掻き回してきた男がこの学府にいるってさ。
それで、ちょっと悪戯をしてやろうと思ったんだ。
私こそはあんたが嵌めた男の娘だと。
そしたら怖がるかな? それとも殺そうとするかな?
なんて反応するんじゃないかという思いが浮かんだんだけど、なんとそれよりもすごいことを知ることになった。
その彼はなんと『別大陸』の王族らしい。
いやー、最初はそれって何の冗談だろうって思ったんだけど、やっぱり本当らしい。
「だからこそ、彼を頼ってみた」
なにせこの大陸にいる限り、私には命の危険はいくらでもあるのに、自由なんてほとんどない。
なら、そんな世界とはおさらばして、自分を高く買ってくれそうな人の所へ行くのが人の道理だろう。
ま、妻がたくさんいるというのに、あのクリーナとかサマンサにまで手を出す変態男だ。
私の体を売る程度のことで、それだけの結果が引き寄せられるならいいだろうと思う。
「あれ? そうなると私はクソ母と同じになるのかな? あはは」
なんだ。あれだけ毛嫌いしていた親と同じ行動とか、結局クソの子供はクソか。
あ~ぁ、なんか死にたくなった。
と、思考が鬱になったタイミングでドアがノックされた。
「誰だい?」
一応そう問いかけてはいるけど、私にはいつ暗殺者が来るかわからないから、当然ドアを閉じていても向こうの人物が誰なのかわかる魔術を展開しているんだよね。
で、ドアの向こうにいるのは何と件の彼だ。
しかもなんか、後ろに奥さんたちをゾロゾロと侍らせてやがる。
だけどなんか、クソ親父の愛人たちとは全く違う顔つきだ。
あれは望んで一緒にいるって顔だね。それに、別大陸の魔術学生だっけ?
私もそれには興味がある。
『ユキだ。さっきの話の続きをしに来た』
よし、とりあえずユキとしっかり話す場を設けることには成功したようだ。
あとは私がちゃんと訴えて、要求を飲ませればいいんだね。
「ふひっ。開いてるから入っておいで」
ん、まずい。最近ろくに人と会っていなかったから笑い方が思い出せない。
あっいや、まずあの場面で笑う点は何もなかったね。
……いけない。そろそろもとに戻さないと、コミュニケーションすらまともにできないダメなやつと思われて新大陸に行けないとか、そりゃ笑えないね。
「お邪魔するって……。あぁ、女性の部屋に入るのはまずかったか? 会議室でも借りてくるか?」
「いや、いいよ。別に私は気にしない。しかし、意外と紳士なんだねー。いや、それだけ女性を侍らしていたら当然なのかな?」
「どうだろうな。俺が気を遣うのはあくまで嫁さん限定だしな。意外とほかには雑だぞ」
「おや。じゃあ私も雑に扱われるのかな?」
「そのつもりならわざわざ話を聞きに来ないさ。で、ポープリ学長とか、エナーリアの関係者からナイルアの立場は聞いた」
「……そうかい」
ま、それが必要なのはわかっていたことだ。
なにせ助けを求めるんだから、私の事情はどこかで全部話す必要がある。
それが先に行われただけだ。
しかしヤバいなー、エナーリアの関係者まで来ているのか……。
はぁ、ことと次第によってはサッサと逃げ出さないといけないかな?
「で、私はこのまま捕縛されて打ち首になるのかな?」
「いや、そんなことはしない。頼ってくれたポープリの信頼を裏切ることになるからな」
へぇー、それはあまりに意外。
私の素性を正確に把握した上で、なお約束を守ろうとするなんてね。
「エナーリアとか、イフ大陸全体の関係悪化につながりかねないとおもうけど? あはっ」
「……お前のその笑い方を見て、放置する方がやっかいと見たからな。ま、ちゃんと理由もあるからしっかり押し通すさ。まあ、説明が面倒だから今すぐエナーリアにお前を引き取ったとかは流石に言わないけどな」
「あははっ、そんな方法があるなら是非聞いてみたいね」
ったくつまらない嘘をつくもんだ。
そんなとんでもない方法があるくらいなら、とっくにとっているさ。
「よし、話が早くて助かる」
「え?」
「簡単にいうとだ。ナイルアをこのまま放置、あるいは外に放り出したとして、安全に生きていける可能性は低い。というかランサー魔術学府に反感を持っている勢力に取り込まれる可能性もあるからな。それならこっちで引き取った方がいいってことだ」
「え? え?」
なんか、すごく奇妙なことを言ってきたよ。
ちょっとまって、頭の整理が追い付かない。
「ん、難しかったか? まあ、簡単に言うと、俺のところで預かるのがいろいろ考えると一番安全だから、それで預かることにしたって話だ」
「いや、そこはわかるよ。でも、反感を持っている勢力って何?」
「そりゃ、ランサー魔術学府はこのイフ大陸における魔術の最高学府だ。で、そこに入れなかった連中とか、今この学府の必要性をいぶかしんでいる連中ってのがいる。ほれ、ロガリ大陸とか、このカグラたちがやってきた新大陸とかな」
「ああー! そういうことか! あははっ! いいねぇ、そういうことか。なるほどそれは私にはできない方法だよ!」
あぁ。一応ポープリ学長たちも私の才能は惜しいと思ってはくれているんだ。
だからこそ、敵対勢力に取り込まれるのを嫌がったわけだ。
……ん、いや、違うか。
「……いいや、それは建前だね。そっかー、そこまでして私を助けたいと思ってくれてる学長のおかげかー」
「そうだよ。だからこそ感謝しとけ。本来俺が手を貸すこと自体、立場を考えればおかしな話なんだから」
「あははっ。そりゃそうだよねぇ。しかし、学長はなんだかんだ言って甘いから」
「そりゃ、学長だからな。生徒の味方だろうさ。まあ、悪いことしている奴にはきっちりお灸をすえるみたいだが」
うん。ユキがここまでいってくれたのは全てポープリ学長が口添えしてくれたからだ。
まぁ、元々関係ないんだから、放っておけばこんな状況にはならない。ただ無視されて終わり。
「さて、ナイルア。学長にあいさつに行くのは後でいいとして、さすがに俺としてもタダで迎え入れるわけにはいかない」
「おっと、確かにそうだよね」
なにせ人一人養うっていうのはそれだけですごく大変なんだ。
当然何か代価をもらわないと割に合わない。
とはいえ……。
「でも、私から提供できそうなものといえば、自分の体ぐらいだね。今更立場も、お金もないからね」
「そういうのはいらん。なにせ嫁さんが多いからな。これ以上増えても相手ができん。子供の世話もあるんだよ」
「あれぇ? 女性を集めて侍らせるのが趣味じゃないの?」
「残念ながら違う。そんな能天気に暮らせるくらいならその方がいいけどな」
そうユキの言葉に、後ろに控えていた奥様方もうんうんとうなずいてる。
どういうことだろう?
「なるほど。ナイルアは俺の公式な立場を知っているだけで、どんな業務があるかわかってないな?」
「そりゃ、ウィードの王配だってことしかしらないよ。何せ情報収集は知り合いと自分の力だけだからね。なに? 王配の仕事ってそんなに大変なのかい? 後ろの奥さんたちに手伝ってもらえばいいんじゃない?」
「すでに手伝ってもらっている状態だ。というか、カグラたちの立場は……聞いてないか」
「ああ、私が入って行ったときにはもう授業中だったしね」
「よし、改めてカグラたち挨拶してくれ」
「「「はい」」」
ということで、後ろで控えていたカグラと呼ばれた女性たちが改めて私に立場を名乗ってくれたんだけど……。
「ま、男爵の娘はいいとして……王族の姫君、公爵の娘、現役の司教ってどんな組み合わせだよ」
私が聞いてもびっくりな立場の奥さんたちだ。
しかも全員勢力違い。
「……どうせミコスちゃんは立場なんて意味のない子ですよ」
「大丈夫だ。ミコスはとても役に立っている。おい、ナイルア。ミコスをいじめるなよ」
「あ、ごめん。そういうつもりはなかったんだ。ただ、他の面々の立場がね……」
むしろ、その立場からすれば、私はぜひミコスとお近づきになりたい。
ほかの子たちはうっかり話そうもんなら打ち首になりそう。
「ということで、俺の嫁さんのほとんど……というか全員、各国の要人でありウィードでは要職についてもらっていてな。それでも全然手が足りない。ただでさえそんななのに、夜の相手だけ増やしても昼の仕事が減らないとか悪夢でしかない」
「……あー、そりゃ心からの言葉だね。さすがの私でもそりゃわかるよ。というか、それだとユキはこんなことしてる暇がないくらい毎日物凄く忙しいんじゃ?」
「そうだよ。一分一秒が惜しい立場だ。今回は特にとポープリに頼まれて訪問しているところだ。学府の必要性の確認だな」
「必要性? ああ、さっき言ってたね。ここの存在をっていうやつか」
「そうだ。だから、ナイルア。最終的にはお前には俺のところに来てもらうが、その前にこの学府が必要だってことを証明するのを手伝ってもらう。というか、それぐらいやれ。学府第1位」
「そういうことなら喜んで手を貸すよ。とはいえ、私なんかにどんなことができるのかはわからないけどね」
「そこはおいおいだな。とりあえず、改めて俺たちの立場を説明するから、学長室に行くぞ。ポープリが待っている」
「え? そんな準備もできてるの?」
「そもそも、俺についてくるってのが当初の希望だろう? なんだ、それとも俺の所に来るのはやめて、やっぱり野に下るか? それともこの学府にずっと引きこもるか?」
むぐっ。
確かに、私にとってはここが人生の分岐点。
「……私、そもそも選択肢を間違った?」
「さあ、そんなのとりあえずここから出てから考えてもいいだろうさ」
うん。確かにその手もある。
なによりまずは、身の安全を確保することが優先だね。
これで人材をゲット。
まあ、使えるようになるかは本人の頑張り次第でしょう。
ナイルアはウィードの職場環境に耐えられるのであろうか!




