落とし穴番外:大人から見たクリスマス
大人から見たクリスマス
Side:ユキ
シャンシャン……。
そんな鈴の音をBGMに今日のウィードの街は一層にぎわっている。
みんな、今日という日を待ちわびてたような顔だ。
「いやぁ、みんな楽しそうですね」
「ま、年に一度のイベントだしな」
タイキ君のコメントにも俺は普通に返す。
なにせ今日は……。
「そうねー。って、なんでクリスマスなんかやってるのよ!?」
そう、メノウの言うように今日はクリスマスイブ。
ウィードはクリスマス一色となっている。
「なんでって、そりゃいつもの行事だしな」
「そうですね」
なんか知らんがやけに興奮してるメノウの質問に、淡々と返す。
そう、ウィードではすっかり恒例行事となっているイベントだ。
年越し前のにぎやかしの一つ。
むしろ、うっかり中止なんていうもんなら、きっと暴動が起きるだろう。
クリスマスイブには雪を降らせるというのもあるしな。
本格的な冬の始まりという意味もある。
「そっかー。って、こら、そんなん納得するかー! ここ異世界よ! なんでクリスマスが存在してるのよ!」
そんなことを叫んでいるが……。
「そりゃ、俺が広めたからな」
「ですね。誰かが広めないと広がらないですよね」
ただ淡々と事実を教える。
クリスマスはあくまで地球の宗教が元だ。
とうぜん、ここアロウリトなんて異世界にゃ誰かが持ち込まなければクリスマスなんてやっているわけがない。
「そんなのわかっているわよ! で、なに? 私がヒーコラ言いながら踏ん張っていた間に、ここでぬくぬくとクリスマスやってたってわけ!?」
「別にぬくぬくってわけじゃないぞ。俺が平穏に過ごすために必要だったからやった」
「いいですよねー、この雰囲気。明日にはプレゼントもらえるってワクワクしてる子供たちの顔があふれてますし」
タイキ君の言う通りだ。
行き交う人々の中には、明日のプレゼントが楽しみでたまらないって子供たちの笑顔があふれているし、あれを買ってくれとねだる子供たちもいる。
「……一人騒いでる私がばかみたいじゃない」
「別に馬鹿じゃないさ。余裕がないとこういうのはできないだろうからな。ま、メノウにはこういうのができなかったのは想像できてた」
「だから、今日くらいはゆっくりしてもいいんじゃないかって思いましてね。なにせメノウさん、最近働き詰めでしょう?」
「はぁ~、確かにそうね。でも、クリスマスか……。大人になってやった記憶なんてないわ」
「ま、仕事をしていれば月に一度訪れるただの24日だしな」
「というか、男子学生共も同じですよ。むしろ、特別な日になっているやつは敵です」
タイキ君のその発言はうっかり足を踏み入れると恨みつらみが出てきそうだからスルーしておくとして、大人は基本的にクリスマスだから休みなどという概念はない。
だからこそ俺は、クリスマスをこうしてウィードでイベント化したんだけどな。
何を隠そう、クリスマスの日はウィードではちゃんと祝日となっている。
家族や仲間とクリスマスを祝うためにな。
ま、そのおかげで食料品はもちろん、プレゼントなどの嗜好品もよく売れると、ラッツが大喜びだ。
最近じゃ他国からも人がきてクリスマスを楽しむから、ホテル産業も潤う。
毎年毎年何かしらの企画を主催をして、国庫が厳しいウィードを潤す一大イベントだからエリスもにっこりなのがいい。
「色々地元でのクリスマスには思う所もあるが、ウィードのクリスマスは休みだから、メノウもゆっくりするといいさ。ウィードの文化について楽しみながら見識を深めてきたとか適当に報告できるだろう?」
「エメラルド女王に適当な報告できるわけないじゃない。とはいえ、内容は知っているし纏めるのは簡単ね。それじゃ、今日はのんびりさせてもらうわ。といっても、私は一人なんだけどね」
「そっちから他のメンバーとかも来ているんじゃないですか?」
「そりゃ、ほかのメンバーも、休みもらってのんびりしているわよ。でも、そんなところに私が顔を出しても邪魔になるだけ。休みに上司が顔を出すとかパワハラでしょう?」
そういうのは否定できないな。
これが仕事をしているつらさだよな。
特にメノウは同じ立場の友人なんてのはそうそういないだろうしな。
「じゃ、今日はのんびり一人でクリスマスか?」
「そうよ。せっかくだから、のんびりケーキでも買って飲み食いしまくってやるわ。向こうじゃそんなことをする気力すらもなかったからね。ま、精々コンビニでケーキとビールを買って帰るぐらいだったわよ」
「それはまた痛いクリスマスですね」
「うっさいわよ。タイキ。一人で楽しみたいクリスマスもあるっての。てか、独り身なめんなよ? ああ、それともあんた結婚しているからって煽ってるのか? 喧嘩なら買うわよ?」
「そんなつもりはないです! すみませんでした!」
いやー、さすがタイキ君は遠慮なく独身女性の地雷を踏みぬくな。
一応あれでも嫁さん2人もいるはずなんだが……。
「というか、私はともかく、2人とも奥さんもちでしょう? こんなところでのうのうと油売ってていいわけ?」
「忙しいのは今夜から明朝にかけてだからな」
「はい。僕も手伝いますよ。というか、メノウさんもそれには一緒の予定ですよね?」
「え? どういうことよ?」
「そのままだよ。ま、知り合いがいないなら一人でクリスマスっていう選択肢しかないだろうからな。それなら知り合いの所でクリスマスってのもいいだろう?」
「あー、そうくるわけ? でも、人様の家族に一人混ざるっていうのはかえってね」
「別に他人ってわけでもないし気にしなくてもいいだろう。ほかにタイゾウさんとかもくるし」
「うげっ、あのおじさんまで来るわけ? というかあの人、戦時下の人よね? そんなんでなじめるの?」
「意外となじんでますよ」
うん。タイキ君の言うようにタイゾウさんもしっかりクリスマスを楽しんでいる。
いいことは取り入れてゆくべきだろうっていうのは科学者故ということか?
まあいずれにしろ、楽しんでいるなら何よりだ。
「というわけで、お客が一人二人増えようが大して変わらないし、特に困らないってわけだ」
「そういうことね。ま、それならお呼ばれしようかしら。ユキの奥さんたちとは一度ゆっくり話してみたかったのよね。立場的に対等だし、お酒飲む約束もしてたしね。ミリーと」
メノウは案外ミリーと気が合う。
なにより酒飲みという点で。
というか、そもそも付き合いはしっかりあるのだから、遠慮する理由もないんだけどな。
「って、待ちなさい。それで結局私をこのクリスマスでにぎわっている人ゴミの中に連れてきた意味は何よ? 何かの買い出し?」
「ああ、まあ。パーティーの食事は用意してあるから、あとはお酒とかお菓子とかつまみか?」
「よし! すぐに買いに行くわよ! あ、経費はそっちもちなんでしょうね?」
「おう。そこは心配するな」
こうして俺たちはクリスマス当日の激戦区へと突入して行く。
誰もかれもが幸せをつかみ取るために、買い物という戦いをしているのだ。
家族の幸せのために。
そしてさすがにその中でもみくちゃにされれば……。
「……なんか、ものすご~く疲れた気がするんだけれど?」
「あれだけの人ゴミの中に突っ込んで行けばな」
「レジでどれぐらい並びました? 10分? それ以上あったような?」
「いうんじゃないわよ。あれほど時間を無駄にしていることってないってわかるから」
「それも醍醐味だろう。わざわざこうして買い物袋をぶら下げて家路についてる時点で、俺たちは馬鹿さ」
大激戦を制して入手した物資を、疲れ果ててる俺たちがアイテムボックスに入れることなく両手に持って、そのまま皆で帰っていく。
「買い出しだし。こういうのは昔を思い出すのよ。こうして、いつも帰ってたなーって」
「ええ、わかります。向こうにいたころってこういう買い出しって当たり前でしたしね」
「これも人の営みってやつだな。ま、かえって待っている人がいるんだ。頑張っていくぞ」
「「おー」」
こうして、大人のクリスマスは過ぎていくんだ。
子供のころはただ待っているだけだったが、準備する側っていうのも色々感慨深いよな。
「あ、夜は孤児院の方にプレゼント配りにいくから。メノウも頼むぞ」
「はぁ!? 孤児院って一体何人いるのよ!?」
「えーと、ざっと200人?」
「ちょっ!?」
もちろんこういう時は人海戦術だよ。
だからこその人手。
ただ飯食えるんだ。
それぐらい手伝ってもらわないとな。
「プレゼントやるからまぁそんな顔するな。メリークリスマス」
「はぁ、仕方ないわね。メリークリスマス。というか今日は楽しむわよ!」
「はい、沢山楽しみましょう!」
大変だけど、それでも得るものはあるよね。
まあ、明日が仕事だと思うとつらいんだけど。
頑張るぜ!




