第1096堀:紹介されるときは緊張する
紹介されるときは緊張する
Side:ミコス
「じゃ、君たちのクラスへ移動しよう」
ポープリ学長にいわれて、ミコスちゃんたちはコメットさんを残して、学府の中をまた移動している。
コメットさんもついてきてくればいいのにとも思ったけど、研究室の設備を見た途端、玩具を与えられた子供のようにモニターを見つめたりパソコンの資料をあさったりと、いきなり人が変わったように動き始めたので放置となった。
まあ、コメットさんとか研究者の人たちって基本あんな感じだよねー。
そんなことを考えていたら不意にユキ先生が話しかけてきた。
「どうだ、カグラ、ミコス。ハイデン魔術学院とは違うだろう?」
「ええ。なんというか、ここって結構複雑な作りよね」
「あ、それは思った。ハイデン魔術学院では場所ごとにはっきりと区画わけしてあったけど、学府の方は色々混ざっているよね」
さっき案内されてわかったけど、この魔術学府って内部がすごくややこしい。
学院と同じようにちゃんと実技訓練ができる広い場所だけはあるんだけど、そこ以外はまるで作りが違う。
なにせ、あちこちに書庫があったり、研究室があったりとよくわからない状態だ。
「多分だけど、ポープリ学長の話を聞く限り、当初の計画とはいろいろ違ってきたからじゃないからしら?」
「ですね。ハイデン魔術学院は元々、魔術の学び舎を作るという目的で定員や必要な施設の予定をしっかり決めていたから基礎設計がはっきりしていたのでしょう。何せ初代カミシロ様はユキ様と同じ日本人なのですから」
スタシアの言う通りだ。
ハイデン魔術学院は最初から形が決まっていたからあの状態になった。
まあ、それでも長年つかっているから必要に応じて増改築とかはしたけど、最初からそこまで考えてあったらしく、それぞれの場所に空いているスペースを使って作っているって話を聞いたことある。
……今考えたら、カグラのご先祖様って本当に化け物じみた予想しているよねー。
普通なら、ランサー魔術学府みたいにもっと煩雑な、こう奇怪な建物群になっていてもおかしくないのに。
なんて考えていたら、ポープリ学長が苦笑いしていて……。
「あはは、お恥ずかしい限りだね。エノラの言う通りさ。変にあちこちに部屋があるのは、無暗に増改築してしまったせいさ。なにせ、もともとはもっと小さい予定だったからね」
すいません。顔にでちゃったのかな?
と、冷汗をかいていると、ララさんが続けて補足をしてくれる。
「はい。場所が場所ですからね。最初はここに連れてきた孤児たちだけを育てるつもりでしたが……」
「その孤児たちが意外と勤勉でね。魔術が使えるようになったのさ。それにここは魔術がある程度使いやすい環境だったからね。そんなことで、孤児院を出ていった子たちが各国に散って有名になり、この場所を支援してくれた。それがもとでこんな大きさになったんだよ」
なるほど、そういう経緯があったんだね。
ミコスちゃんは今の話もすかさずメモを取っている。
あ、もちろんカメラも首から下げていていつでも記録が取れるようにしている。
なにせ、ちゃんとレポート作らないと姫様がとっても怖いからねー。
とはいえ、今の話を纏めると……。
「みんなポープリ学長たちに恩返しがしたかったんですね」
「うん。ミコスちゃんもそう感じた」
そう、ここの孤児院を巣立っていった人たちはきっとポープリ学長にお礼がしたかったんだ。
育ててもらって、学を教えてもらって、出ていく自分たちを笑って見送ってくれた人に何かを返したくてこうなったんだって。
「そう言ってくれると嬉しいよ。とはいえ、ここは妙に迷路じみているから迷ったときはとにかく建物の外に出ることを最優先にするといい。外に出れば自分の位置がはっきりわかるからね」
「いい加減、区画整理するべきかとは思いますが、なかなかそんな予算がありませんから。それに、この学府はこのままで残してほしいという声もけっこうありますから……。と、学長あのクラスです」
と、どうやら私たちが入るクラスに着いたみたいね。
うわっ、窓ガラス越しに沢山の生徒がキチンと席について真面目に勉強している姿が見える。
……どこでもこういうのは同じなんだね。
いや、立って遊びながら勉強するとか、そりゃないけどさ~……。
「なに、萎えてるのよ」
「いやぁ、どこに行っても学習方法って変わらないっておもってさー」
交換留学生ってことは、こうしてまた机に向かって真面目に先生の授業を聞かなきゃならないんでしょ?
ユキ先生の話ならいつまでもきいてられるけどさー、普通の先生の話はどうもねー。
ほら、ミコスちゃんって実戦派だし?
って、ちょっと憂鬱になってる間に、学長が中に入っていって私たちのことを説明をしている。
やっぱ、中もざわついているねー。
『……というわけで、このクラスには新大陸からの魔術学院の生徒がくるので、互いに切磋琢磨し更なる高みに上ることを期待する』
そんな締めくくりをしたと思ったら……。
『では、入ってきなさい』
そうポープリ学長が言ってるのが聞こえたんで、ララさんに視線を向けると……。
「はい。もう入って大丈夫ですよ」
「わかりました」
流石カグラ、そう返事をして何の躊躇いもなく足を踏み出してるよ。
今からあの生徒たちの前に立つっていうのに全く気負いがないっていいねー。
ミコスちゃんはああいうのは苦手なんだよねー。
「何やってるのミコス? 行くわよ」
「はい。行きましょう」
「あ、うん」
しまった。
そういえばエノラもスタシアも人前に立つことが当たり前で、すっごく慣れてるじゃん。
あれっ、ミコスちゃんが一番ダメ?
「ま、気持ちは分かるがほら行ってこい。というか情報収集するんだろう? コミュニケーションができないと話にならないぞ?」
「わかってますって。とはいえ、大勢の人前に立つってことと、コミュニケーションができるのはイコールじゃないですからね」
「だな。指導力とかが人前に立って指導する力で、コミュニケーションができるっていうのは人といかに仲良くなれるかだ」
相変わらずスパッと答えてくれるユキ先生だけど、今はそういうのは求めてない。
「それとも、主役は遅れてやって来るって、出遅れて目立つって方がお好みか?」
「それも嫌です」
ということで、慌てて3人を追いかけ、なんとか自然に並んで教室に入っていったの。
すると、やっぱりというかクラス中の視線が一挙に集まる。
「彼女たちが、今回我がランサー魔術学府で学ぶことになった4人だ。自己紹介は本人たちからしてもらうとしよう」
「はい。初めましてランサー魔術学府の皆さん。私は新大陸のハイデン王国出身で……」
そこから普通?な自己紹介が始まって、公爵家次女、司祭、お姫様兼将軍ととんでもない身分にクラスの皆さんが凍り付くのを見て、かわいいミコスちゃんの男爵家の娘ってことで、少し安堵するのを見た。
おやっこれは、ミコスちゃんに会話が殺到するかな? だれも好き好んで高身分の人と関わりあいになりたい人とかいないよねー。
一歩間違えば首が飛ぶし。何より……。
「ついでに、彼女たちは皆、ユキ殿の奥方でもあるから、注意するように」
「「「……」」」
「よう。まあ、このクラスとはあまり関りは……どうだっけか?」
「いやぁ、クラスメイトの名前ぐらい覚えておいてくれよ。ちなみに、今ここには当時のクラスの者はいないよ。何せ数年前だからね」
「あー、確かにそうだったな。で、当時のメンバーはもう卒業したって感じか?」
「まだここに残っているのもいるし国に戻ったのもいる。とはいえ、今は席を外しているってだけで、このクラスにも当時のメンバーは数人いるよ」
「へぇ。誰だ?」
えーっ、ユキ先生と一緒にこの学校で学んだ学生かー。
それってミコスちゃんも気になるな。
先生と肩を並べて勉強してたってことはそれだけすごいってことだよね?
そんなことを考えていた丁度その時、ミコスちゃんたちが入ってきたのとは違う出入口がガラリと開いて、一人の男子生徒が慌てて入ってきて……。
「ユキ殿!」
あっ、いきなりユキ先生の名前を呼んだ。
ってことはユキ先生の知り合い? ポープリ学長が言っていた学校に残っている人かな?
「お? アーデスじゃん」
「ご無沙汰しています。すみません、研究の報告で祖国に戻っていて、くるのが遅れました」
「いや、気にするな。っていうか、いい面構えになったじゃないか」
「そうでしょうか? 自分ではその辺はよくわかりません」
「自分の変化なんてわからないモノさ」
そんな話をするユキさんの顔はとてもうれしそうだ。
懐かしい友人と会ったような、そんな感じの顔。
むむむ。なんか少しイラっとするね。
「はい。そこまでだ。アーデス第5位、再会がうれしいのがわかるが、まだ授業中だ。授業を受けるつもりがないのなら出ていきたまえ」
「失礼しました学長」
ポープリ学長が注意をすると素直に席に戻るアーデスっていう人。
「さて、じゃぁ授業を再開してくれと行きたいが、交換留学生もいることだし、ここは私が教鞭をとる。交換留学生を置いてけぼりにした授業をしても何も始まらないからな」
そこからは、ポープリ学長が教鞭をとって、この学府の歴史や授業の概要などを学生さんに質問しつつわかりやすく教えてくれた。
へぇー、この学府は魔術を使う方の専門と、魔道具を制作する方の専門で学部が分かれているんだね。
そっかー、ハイデン魔術学院ではそういう制作も含めてひとまとめだったなー。
というか、そもそも魔術をそれなりに使える人が多かったから、魔術道具がそこまで重要かといわれるとそこまではって感じだったんだよね。
でも、こっちじゃ魔術を使えない人が多いから、魔術を代わりに行使してくれる魔術道具の開発がしっかり行われているんだね。
まあ、ハイデンでもそこら辺をやってないわけじゃないけど、そういやあまりめぼしい話って聞かないかなあ?
でも、こうして話を聞くと、魔術が使えない層への便利な道具っていうのは必要だよね。
うん、ここら辺はちゃんとノートをとってあとでレポートを上げておこう。
こういうのは姫様も喜ぶだろうし。
と、そんな感じでいつになくまじめに授業を受けていたらあっという間に時間は過ぎて……。
「おや、もうこんな時間か。では、私の特別授業を終わる。今からは交換留学生と仲良くするといい。あ、言わなくてもわかると思うが、失礼なことはするんじゃないぞ。あと、アーデス。お前がサポートしてやれ」
「はい。任せてください」
そう言って、ポープリ学長はさっさと教室から出ていってしまい、授業は終わったはずなんだけど、誰一人席を立つそぶりすら見せない。
あれ? てっきりミコスちゃんのとこぐらいには話に来るかと思ってたんだけど?
なんでだろうと思って改めて見回してみたら……。
カリカリ……。
「うげっ、べ、勉強してる!?」
えーありえない。休み時間だっていうのに勉学にいそしむとか、それって正気の沙汰じゃないよー。
ええっ、この学府の生徒ってみんなこんな感じ? げっ、やばい、絶対ついていけない。
「おいおい。上位のクラスっていつもこんな感じなのか?」
「いえ、今回は何と言ってもポープリ学長が自ら教鞭をとりましたからね。あの人が直接教えるなんてのはかなり珍しいんですよ。特にここ数年は大陸間交流が始まってかなり忙しかったからですね」
「あー、なるほどな」
「それに、さっきの内容って学府のことだけではなく、そちら、えーと新大陸の方々でしたか? そちらの魔術の体系についても少しではありますが教えてくれましたし、魔術を学ぶものとしてはしっかりと記録に残しているんでしょう」
ああ、そういうことか。
確かにミコスちゃんたちの魔術体系についてもちょっとだけだったけど説明していたもんね。
なるほど、ミコスちゃんたちのためだけじゃなかったわけか。
まあ、そりゃそうだよね。それが授業ってもんだよね。
とはいえ、こんな真面目なクラスで情報収集ってけっこう難しいかな?
うーん仲良くなるまで結構骨が折れそうだねー。
いや雪だるまは自己紹介の時も緊張する。
まあ、緊張しない人の方が少数だと思います。
芸能人とか経営者とか人前で何かを話すことに慣れてなければ誰だってそうだよねー。
そして、アーデスのこと覚えている人どれだけいる?
アホデスの人ね。




