第1088堀:未来を見据えて
未来を見据えて
Side:ラッツ
カタカタ……。
最近はすっかりこの音にも慣れてしまいましたね。
最初はきれいで書きやすい紙にすら感動しましたが、紙媒体も山のようにともなればやはり大変でしたが、今や文明の利器、パーソナルコンピューターのおかげで書類はすべてデータ作業。
そして、書類ができてプリントを押せば……。
ガガガガ……。
と綺麗にプリントされるのです。
ミスがあれば即座に修正もできて、いちいち最初から書き直しなんてものすごい手間は必要ありません。
それどころか、日々刻々と変わる在庫ですら、データベースできちんと管理可能。
いやぁ、素晴らしいですね。
「さてさて、これでダファイオ王国に送る物資の方はこれでよしと」
私はお兄さんから頼まれていた物資のリストとその金額を纏めていたのです。
あとは、セラリアの承認をもらって、エリスに予算を出してもらうと。
そして、また私の処に戻ってきて、実際の物資を準備すると。
なんかクルクルとループしているような気もしますけど、これもお兄さんのお手伝いと、商業区の副代表をやっているせいですね。
「いい加減この手の仕事も減ってくれるといいんですけど、そうもいかないですねー。ダファイオ王国だけじゃなく、ズラブル大帝国への物資輸送もありますからねー」
それを全部ノン代表とその部下たちに任せるとかいったら、血の涙を流しますからね……。
このかわいくてできるうさぎさんは、まだまだ皆から必要とされているようです。
はぁ、愛しいお兄さんとの仲良く隠居生活はまだまだ遠そうですねー。
そんなことを考えながら……。
「はい。ということでお願いします」
ウィード総合庁舎にある、女王陛下の執務室へとやってきます。
一応、女王なので『王宮』もこことは別にあるのですが……。
『一々移動するのって馬鹿らしくないかしら?』
というセラリアの合理主義により、基本的に仕事は総合庁舎の一室を執務室にして仕事をしているのです。
まあ、おっしゃる通り仕事はしやすくてありがたいんですけど、……女王たる威厳をとか重視したい連中はもう苦笑いですね。
まぁ、一番の部下であるクアルはすっかり諦めていて、もう好きにしてくださいって言っている。
うん、私もセラリアに女王らしくって言っても無駄だとわかっています。
というか、やるときはキチンとやりますからね。
そんなどうでもいいことを考えているうちに、セラリアは書類に目を通し終えたようで、目の端にちょっとだけいたずらっ子のような笑みを浮かべて。
「直接私の所に持ってくるあたり、ラッツもエリスが苦手よねー」
「友人としては大好きなんですけど、仕事となると本当に厳しいですからねー。セラリアも許可を出しているとなればやりやすいんですよ」
何のかんのと言って、『女王陛下のお墨付き』って強いんですよねー。
そういうのがないとエリスはほんの僅かでも必要なさそうな物資は極限まで削ってきますから。
まあ、国の財源、物資には限りがありますからね。絞れる物は絞れる限りしっかり絞っていくというのは、財源を預かるエリスとしては当然なのですけどねー。
「いつも言っていると思うけど、私のお墨付きがあってもエリスは容赦しないわよ?」
「それはわかってますよ。それでも私一人で出すのとはやっぱり違うんですよー。セラリアに私という二人が認めたというのはそれだけ強いんです」
「確かにね。というか、今や私やラッツが出した書類に対して平気で文句を付けられるのはエリスやクアルぐらいのモノよねー」
「いえ、一応、会計トップのテファにうちのトップのノン、そして警察署長のポーニは意見してきますけどねー」
「あー、あの子たちね……。私の前に出るとガチガチになっちゃうの、もう少しどうにかならないかしら?」
「いやー、自分の国の『女王陛下』を前に緊張するなっていうのもどうかと思いますけどねー。そういうのはクアルが一番なんじゃないですかねー」
そう言って、セラリアの隣で書類仕事をしている近衛隊隊長兼女王補佐兼ウィード軍将軍でもあるクアルに視線を向けると、ちゃんとこちらの話は聞こえていたらしくその手を止めて
「私に臣下たる者がいかに陛下に接すべきかの心構えを説けと? それなら今のままで良いでしょう。緊張感と深い畏敬の念をもって国主たるお方と対面し会話をする。それこそ正しいあり様といえましょう」
あはは、流石はクアル。こういうことには厳しいというか、これが当然なのでしょうね。
「誰が、そんな堅苦しいことをして喜ぶのよ」
「それは当然、国民たちです。ウィードは歴史も浅く、いまだに他の国家からは新興国家として下に見られることがしばしばございます。それはウィードの国民にとってけしてうれしくもよろしくもないことです。ですから、陛下は威厳をたもち、各国に劣らぬ品格と教養があると……」
「それは国威と国益で国が潤うことで役人どもが喜ぶんでしょうが」
「それがひいては国民の幸せにつながります。と、こんなこと聞いているわけではないのですよね?」
「当たりまえよ。この国を率いていく立場の子たちとコミュニケーションが取れないのは問題でしょうって話よ。というか、ウィードの技術力を持ってして他国から侮られるなんてことはないでしょう」
セラリアの言う通り、ウィードという国が持つ力そのものは他国から侮られることはないでしょう。
そんな馬鹿なことをするのは実情を何も知らない国に限られます。そしてそんな国はハブにされるか、ダンジョンを使わない派閥になりますね。
とはいえ、国としての権威が下に見られないというのとは別なんですけどね。
ダンジョンを偶然手に入れただけのちっぽけな新興国という認識の国はまだまだ多くありますからね。
今回のダファイオ王国への対処だって、その認識を改善するための行動の一つですし。
ほかの小国の認識もダファイオを通じてよくなってくれるといいんですけどねー。
「確かに我が国の技術力は極めて高いです。というかぶっ飛びすぎです。逆に高すぎて、他国が付いてこれていません」
「それは当然よ。なにせ夫の故郷の技術が満載なんだから。しかもそれを魔術で再現できるように絶賛開発中だっていうのも良く知っているでしょう」
「はぁ。だからこそ他国が理解し、付いてこれる何かこそが必要なのですが……。まあそこはユキ様がやっているので……。まったくあの方は本当に抜け目がない。これでは陛下を叱る理由がない」
「あはは。夫婦はお互いを支え合うものなのよ。って、話がずれているわ。積極的な意見交換もできないのであれば、臣下としては力不足でしかないわよ。そんなこともわからないとは言わせないわ」
ですねー。別段フランクに付き合ってほしいとかいっているんじゃなくて、ちゃんと必要な意見を言えることが大事なんですよねー。
「確かに。理想なのは女王陛下とラッツ様たち、奥方の様に互いに忌憚のない意見を言い合えるのがいいのですが、それは無理でしょう。立場がそれを阻みます」
「何言ってるのよ。それを言うならクアル自身も私たちの前ではカチコチじゃないとおかしいわよ?」
「はい。私も近衛の将としては別として、当初は陛下のおそばが務まるものかと心配で、今のテファたちと同じような心持ちでしたね。とはいえ今ではこんなものですから、やはり会う回数と慣れになるのではないでしょうか? ラッツ様に対してノン殿は当初部下としてそれはそれは緊張していたと思いますが?」
「ああ、そういわれるとそうですね」
ノンがというか、ウィードに来た人たちは皆、この国は私たちの力で作ったと誤解していて、最大限の敬意を払っていましたからねー。
ちょっと前まで奴隷に過ぎなかった私たちは逆に、最初はそんな扱いに慣れていくのに苦労しました。
まあそんな中で、ノンは元々気安い性格だったおかげでお硬い態度はそれほど長くなかったですが、確かにあの真面目なテファとかポーニとかはいつまでもガチガチそうですよねー。
「で、クアルのいうことを参考にするのなら、一緒にいる時間を長くとるって話になるわね。とはいえ、部署が違うから机を並べてっていうわけにもいかないし、どうしたモノかしら?」
「まあ、スムーズな情報伝達と連携は必要ですし、どこかで、いえ、定期的に会うことで慣らした方がいいでしょう。幸い同じ建物の中にいるのですから、呼び出してお昼を一緒にするとかですかね。最初は女王陛下直々のお呼び出しによる昼食会と言うことで胃が痛くなるでしょうけど」
「あはは、確かに」
「そこは慣れてもらうしかないわね。と言うか、今後はそんなことも言ってられなくなるでしょうし」
セラリアはクアルのからかいには反応せずに、私が渡した書類をパタパタと振って見せる。
「……これからさらに忙しくなるとお考えで?」
「ええ。夫が構想していた各大陸との連携。つまり大陸間交流同盟が動き出していて、さらに今回のダファイオ王国の件で大国だけのでなく、小国群の参入も本格的に始まるわ。それ自体は喜ばしいけど、そうなればもう各国への対応を重臣たち。つまり私やラッツたちだけで行うのは不可能よ。それは、2人とも良くわかっているわね?」
「はい。正直に言いましょう。無理です」
「ですねー。今でさえぜんぜん手が足りていないんですからー。まぁ、シーサイフォ王国はすでにハイデン王国に任せるように調整してたからよかったけれど、ズラブル大帝国の対応だけでもキツキツですからねー」
「その通り。で、今後増えてゆくそれらの国々との関係について全てその報告をわざわざラッツやエリスを介して回されると処理しきれないほど手間もかかるわ。いいかげん、あなたたちは各部署の前線を引いて完全に後進に譲って、今後私たちは基本的に未踏の地の国との交渉、そして魔力枯渇の研究がメインよ。いつまでもあの子たちを甘やかすわけにはいかないの」
確かに、よくやっているとはいえ、まだ私たちの手が離れていないというのも事実ですねー。
こういう状況になったのだから、ちゃんと独り立ちさせなさいということですか。
「そして、ズラブル大帝国とハイーン皇国の一件で露呈したルナ、上級神に反発する神の一派の存在も確認もできた。セナルはうまくいったけど、今後もそうとは限らない。私たちの方もより一層な戦力強化や事前の情報収集は必須になってくるわ。だから、私たちはそこに力を入れるわ。というか、そこに力を入れないとまずい状況になってくると思っているわ」
「ふむ。陛下は今後、その者たちとの戦いが起こり、激化してくると思っているのでしょうか?」
「ないと考える方が楽観的すぎるわ。それに情報収集の点では、今回のダファイオ王国の件で小国の参入も増えてくる。あからさまに敵対してくるのならともかく、大陸間交流同盟やウィードそのものを内から食い破ろうとする連中もでてくるわ。ロシュールもリテアもそうだったし」
「そうでしたねー」
まあ、ロシュールの内紛はリテアからの誘導が原因ではありましたが、そもそもそんな甘言に乗ってしまう馬鹿が国内にいるのが問題ですからね。
「我が国、ウィードの政治体制は非常に特殊。血筋を通しての割込みはまず不可能ではあるけど、逆に才能があればどこの国の出自でも問わないというのがあるわ。そのシステムを通じて、各国から人が送り込まれて国内を掌握されかねないという懸念があるのよ」
「ええ。それはユキ様が当初より懸念していましたね。ですが、このように各国との交流が盛んなところで特定の一国、または複数の国を露骨に優遇することはできないでしょう。そんなことをすればあっという間に周りにばれますし」
「それがわかっていない馬鹿がいくらでもいるって話ですね」
「そうよ。で、いちいちその対処にまで手を取られるのは面倒だから、そこらへんも改めて対策を考えていた方がいいと思うのよ。そのためにも、今の現場を知っている現代表との話し合いがいるのよ」
だからあのガチガチじゃ困るというわけですねー。
「わかりました。私の方からノンとかほかの代表にも意見を聞いてみましょう。で、それをもとに今後どうして行くべきなのかの方策を探る方法を考えましょう」
「ええ。お願いするわ」
ということで、このかわいいうさぎさんは新たなお仕事も始めることになったのでした。
ウィード内部はこれを機会にもっと部下を鍛えるようです。
セラリアと気軽に話せるようになるまでどれぐらいかかるのやら。




