第1084堀:水不足の原因発見?
水不足の原因発見?
Side:エージル
『おーい、聞こえてるか?』
ユキから声をかけられてやっと、僕は自分のあまりの状態に気が付いた。
頭からつま先まで砂と埃、泥だらけで、もう目も当てらない状態。
それだけじゃなく、既に空は真っ暗になっていた。
「ああ。ユキ。で、どうしたんだい?っていうのはあれか」
『もうすっかり夜だからな。それで、調査を始めてどれぐらいだ?』
「うーん。ガウルがコーラルを連れて来たのと入れ違いだから、えーと、6時間ぐらい……かな?」
自分で言っておいて何だが、無茶苦茶働いているなぁと思ってしまう。
いや、まあエナーリアで将軍をやっていた頃は、それこそご飯なんか食べずにずっと仕事に研究になんてのはざらにあったから、慣れてると言えば慣れてるんだけど、今の僕はユキや仲間たちと一緒の『奥様生活』で、キチンと3食付きな上に、旦那様とのラブラブ生活を満喫しているのだ。
だから、こういう状態になるのは……いや、今でも研究では意外とあるね。
「あー、時間を認識したらおなかがすいてきた」
『じゃ、ご飯食べに戻ってこい』
「うん、そうするよ。いやー、しかしゲートって便利だよねー」
現場からでも簡単におうちに帰れる。
なんてすばらしいことだろう。
まあ、元々こういう外でのロードワークは好きなんだけどね。
だけど、今の僕って結婚をしていて、旦那様と家族が最優先のいい女なのさ!
ということで、現場の確保はゴブリン部隊に任せて、そのまま一気に家へと戻る。
「「お帰りなさいませエージル様」」
で、家である旅館に戻ってくるなり、完璧メイドであるキルエと、サーサリが僕を出迎えてくれた。
しかも即座に蒸しタオルで僕の顔や手を拭いてくる。
「お仕事に力を入れるのはいいのですが、ここまで頑張らなくてもいいと思いますが」
「というか、エージル様はなんでドッペルで現場に行かないんですか? 雪山の時はドッペルでしたよね?」
「ああ、それは簡単だよ。ダンジョン化であの一帯の安全は確保されているからね。だから自分自身のこの体で行ったんだ。ドッペルだとどうしても、やっぱり何かずれる気がするんだよね」
そう、僕はあの鉱山に生身で向かっていた。
ウィードの常識ではドッペルを使うのが当たり前なんだけど、どうも僕はドッペルって苦手なんだよね。
なにも彼らが駄目というわけじゃないんだけど、ドッペルを介すると、どうも直接五感で感じるのと感覚がずれる気がするんだ。
研究者にとってそれは致命的だ。
当たり前をも疑ってその疑問を解き明かすのが研究者。
その疑うべき当たり前が何かを見出すのはいつだって自分自身の感覚だし、感触だし、それを裏付ける知識だ。
それを阻害している可能性があるドッペルは必要がなければなるべく付けたくはないのさ。
もちろん、それについてはユキにもちゃんと許可をもらっているさ。
僕だってまだまだ新婚なのに、むざむざ死にたくなんかないからね。だから、ちゃんと毒素とかの必要な検査を済ませたうえであの場で仕事をしている。
雪山に関しては……、うん、あれは凍死するからね。
あれで、ホントに人にはできることとできないことがあるって理解実感したよ。
「エージル様もなんですね。コメット様やナールジア様もあまりドッペルは好まれないです」
「だろうね。研究者にとってはどうしても違和感があるだろうさ。戦闘でのズレとかは訓練で直るだろうけど、それでもなんか違うんだよな」
「まぁ、無理だけはしないでくださいね。万一何にかあったら旦那様だけじゃなく皆さん泣きますよ?」
「うん。無茶はしないよ。それは絶対だ」
ようやく掴んだ理想の生活。
愛しい旦那様もいれば、良き友人もいる、そのうえ研究し放題。
それを僕の自身のミスで手放すとかありえない。
なんてことを話している間に、体の汚れを一通りふき取ってくれた二人が僕から離れる。
「はい。一応綺麗にしましたが、ここからまっすぐお風呂に向かってください」
「そのまま部屋に戻ったら許しませんよ?」
「わかってるって。流石にそんな命知らずなことはしないよ。というか、さっさと入らないとご飯の時間だしね」
さすがにそんなことをしたら、家族全員からそっぽを向かれてしまう。
子どもたちを病気にするなんて、絶対にダメだしね。
軍でも病気と食料にはどれだけ気を遣うか。
なんて昔を思い出しながら、僕はまっすぐにお風呂へと向かう。
「あら、エージル戻ってたの?」
と言いながら、女湯の暖簾をくぐって来るセラリア。
「ああ、たった今戻ったんだよ。で、キルエとサーサリから真っ直ぐこっちに行けと言わてね」
やれやれと僕は肩をすくめて見せると、セラリアも苦笑いしながら……。
「鉱山で仕事をしてたんでしょう? それなら仕方ないわ。私でも同じように言うわよ」
「だろうね。それについては僕も同意見だ。ということで、もうお風呂に入るけど、今日のごはんってなんだっけ?」
「今日はお肉じゃなかったかしら?」
「おおー、いいねー。動いた後はがっつり食べたいからね」
「じゃ、早めに済ませなさい」
「わかったよ」
ということで、セラリアと別れて温泉へと足を踏み入れる。
さすがに僕一人だけのようで、広々とした温泉が目の前に広がっている。
「いやー、ご飯がなければゆっくりと温泉につかりたいところだけれど、そうもいかないからね」
僕の家族は大家族といっていい。
それにみんながそれぞれで大仕事をしているから、どうしてもご飯に間に合わないことというのもままあるのはしかたないんだけど、そうなると一人寂しくご飯を食べることになる。
いや、一人でカップ麺とか、それはそれで美味しいんだけどね。
でもほら、やっぱり家族とは一緒に過ごしたいじゃないか。
ということで、僕の色っぽい入浴シーンは全カット。
まあ、ご飯を食べた後でもういちどかな?
「で、慌てて風呂に入ってきたと」
「そうそう。あ、でもちゃんと洗うところは洗ったから問題なしさ」
「そういうのはちゃんと髪を拭いてからいえ。ほら、こっちこい」
「はいはい」
僕はそう言って、ユキの膝にちょこんと座る。
すると、ユキがタオルとドライヤーで僕の髪を乾かしてくれる。
「ぶー、エージルお姉ちゃんずるいー」
「フィーリアもしてほしいのです!」
「お兄ヒイロも」
「あー待て待て、ご飯が終わった後でちゃんとやってやるから落ち着け」
ユキはそう言ってアスリンたちをなだめる。
あはは、アスリンたちもまだまだ甘いね。せっかくの小さい体は存分に使わないとね。
だってさ、どうあがいても僕のこの小さい体じゃ『豊満ボディ』にはなれないんだからさ……。
「あれ? なんかエージルお姉ちゃん。目が死んでる」
「兄様が痛くしたのです?」
「お兄、痛いのはだめ」
「いや、そんなつもりはなかったが、大丈夫か?」
「ああ心配しないでくれ、ユキが痛くするなんてないよ。ただ、ちょっと現実ってやつが悲しくなっただけさ」
そう言いながら僕が視線を向けている先には……。
「胸が大きいのも考え物ですね。肩が凝ります」
「そうですわね。こればかりは……」
「全くです。鎧の板金も特注にするのはそれなりに大変なんですよ」
と、贅沢にも『大きい胸』で悩んでいるとかバカなこと言っている聖女に魔術師に騎士がいる。
ちくしょう、肩こりが何だってんだよ。
そんなのこっちにゃどんなに頑張ったってないんだぞ。
「で、エージル。鉱山の方はどうだった?」
「え? あ、うん。間違いないね」
ちょっと嫉妬心にまみれていて、ユキの質問への反応が遅れちゃった。
鉱山の方はどうだった?って。
ああ、水のことだろうね。
「やっぱりか。コーラルっていうドラゴンが川の水を引いていたのが原因か」
「まあ、鉱山の中でドラゴンが水を引いて飲み水にしてるなんて誰も思わないさ」
そう、今回の水不足の直接的な原因は、ドラゴンが自分が使う分の水を確保するために川から水を引いたためだった。
確かに当初からおかしな話ではあったんだ。
雨が降らなかったせいで川が枯れたという話ではなかった。単に川の水量が少なくなった。だったからね。
それってどこかで川のリソースが奪われているということだったわけだ。
「だったら、あとはスティーブたちにコーラルが作ったため池の確認をさせて、そこを封鎖。それで、川の水量が戻れば万事解決か」
「そうだね。とはいえ、あのドラゴン、コーラルだっけ? そいつは結局どうなっているんだい? ガウル殿が説得して連れて行ったとは聞いているけど、戻るとか言い出すと面倒だけど?」
そう、コーラルが戻るなんて言いだせば、あのため池を消すわけにもいかない。
なにせ彼女の生活基盤でもあるんだ。
そんな大事なものが戻ってみたらなくなっていたなんてことになったら、怒り狂う可能性がある。
そんなことになったら、ダファイオ王国への被害が甚大になりそうなんだけど、そこはどう考えているんだろう?
「その可能性は低いだろう。ガウルがゲートを使ってウィードの方に連れてきたんだが、霧華の宿で飯食って温泉入って、今は爆睡しているらしい」
「それって人の姿で?」
「ああ」
「……確かあそこにいた時はドラゴンの姿がいいとか言ってなかったかい?」
「そう言ってたが、ご飯とお酒を飲んだところで別段人のままでもいいってなったようだ」
「ありゃ、そりゃ意志薄弱だねー」
「まあ、そういうな。人の状態だと岩山で寝ると体が痛くなるってことだったからな」
「そりゃそうだろうね。なるほど、確かに人の恰好よりもドラゴンの方がいいわけだ」
ドラゴンだったらちょっとやそっとの地形じゃ気にならないだろうしね。
それに家を建てる必要もないか。
「で、こっちに来て、こんなおいしいご飯が出てくるなら、人のままでいいとなったわけだ」
「ああ。そういうことだ。なにせ、俺たちやガウルが身元を保証しているからな。ま、コーラルに必要だったのは安心して過ごせる場所だったわけだ。ドラゴンってだけで厄介者としてしか扱われないからな」
「だろうね。イフ大陸じゃドラゴンなんてそれこそ伝説の魔物だし。勝てるとか到底思えない。それがさらに人の姿に化けているとかって混乱するしかないね。そういう意味ではコーラルの人への対応は間違ってなかったね」
とにかく目撃者を消して山奥でひっそりと生活をする。
あの水のことさえなければ静かに暮らせたはずだ。
「ああ、だけど最後の水の件をしくじったから駄目だけどな。ま、それもガウルさんが手伝ってくれて万事解決だ。コーラルはウィードかガウルさんの里で面倒を見ることになるだろう。事情もコーラル本人は理解しているし、戻りたいとは思っていないしな。何せウィードでは三食屋根付きの家を保証しているからな」
「ああ、今更戻るわけがないね」
そりゃ、ウィードの生活を味合わせた上で、あの鉱山に戻れとか、それって拷問に近い。
「というわけで、あとは鉱山の調査を終わらせて、ため池を戻して川の水量が戻ればいいわけだ。ところで、あの鉱山の調査はどれぐらいで終わりそうだ?」
「そうだね。ダンジョン化のデータをしっかり分析して魔力分布とかのデータも取りたいから、長めに時間は欲しいね。最低数か月?」
「あー、じゃあとりあえずため池の封鎖を優先して、その後経過調査をするってことでフィオラ姫は説得するしかないか」
「それでお願いしたいね」
とまあ、こんな感じでフィオラ姫が持ち込んだ問題そのものは解決を迎えたんだ。
あとは、これを向こうにどう説明するかだね。
それと報酬。
ドラゴン退治の部分はこっちが勝手にやったということでいいとして、水を出す道具の実験場を借りるだけじゃ足りないよねー。
あ、そっか。併せて鉱山の調査をさせてもらうっていうのが報酬ってことで交渉可能かな?
ま、そこら辺の面倒はユキたちに任せよう。
ということで、僕はゆっくり食事を始めるのであった。
おそらくため池が原因で水量が落ちていたようです。
あとは工事をして確認すれば問題は肩が付きます。
しかしながら鉱山の方に何か色々な意味で情報はあるのでしょうか?




