第1075堀:さっさと動きましょう
さっさと動きましょう
Side:エノラ
「えーっと、ここがこうで……」
「あれっ、こっちがこう……だよね?」
「いや、違うよ。逆だよ、逆」
「はい、こちらです」
拠点となる鉱山のふもとの村に着いた私たちは早速、その村の水不足を解消するために装置の組み立てを始めたのです。
私たちはここで、記念すべき第一号として村人たちの前にその成果を見せる。
その後、他の地域にもみんなで設置を進めてデータを……じゃなくて水を供給する予定。
だけどなんか、村の人たちをだましているみたいな気がするのよね。
心の中でそんな苦笑いをしている。確かに村々に水を供給するっていうのは嘘じゃないんだけど、その実、水を供給するこの道具の実証実験をしようとしている。
まぁ、当初からユキはそう言っていた。
そしてこの実験でデータを取ることがこれから多くの水不足で困っている人たちを救う最善の方法だって。
確かにその通りだ。
いろんなところで水不足に悩んでいることは、私もよく知っている。
私の故郷ではハイレ教が水不足で雨ごいを頼まれることもしばしばある。
でも、結局できるのはその場しのぎに過ぎない魔術による水補給だけだったわ。
だからこそ、この水を半永久的に出せるかもしれない道具を完成に近づけるための情報、データというのがどれだけ大事なのかは私もよくわかる。
ハイレ教の中でも、そういう道具ができないか研究をした人たちは数多いたけど、誰一人として成功しなかったわ。
でも、今回は違う。何せ、ウィードの最高頭脳たちが作ったものだから。
彼らにできないのなら、どこにも作れる者などいないと断言できるような人たち。
なんてことを考えている間にも作業は進み、よし、とりあえず組み上がったわ。
「所要時間は大体30分って所か。慣れてくればもう少し速度は上がるだろうが。でも、他所の人だと固定するのに地面を掘り返す必要もあるからなぁ。そうだ、兵士さんたちを借りて実際に計測してみるか」
「それがいいだろうね。で、こっちはあとは水を流してみて様子見だね。で、誰がやってみるかい? ああ、それともその前に何か儀式をしたほうがいいのかな?」
「儀式?」
「地方によってあるだろう? 雨ごいの儀式とか祈願とか」
「ああ、そっちか。それもありかもしれないが……、キチンと稼働しなかったときが怖いからあとでいいだろう。そういうのはちゃんと出続けるのがわかってからにしよう。ここはまず実験だ」
確かにそうね。しっかり雨ごいの儀式までしてしまって、それでも失敗しましたってなると村の人たちの落胆も激しいわ。
そんなことになったらユキや私たちの評判にもかかわる。
「じゃ、ささっとバルブを開けるか」
ユキはそういうなり目の前の放水するためのバルブを開けて、この道具のスイッチへと手を伸ばし……。
「ほいっと」
なんのためらいなくボタンを押してしまったの。
すると、設置した水道管からは無事、ドバドバと大量の水が出始める。
「とりあえず、今のところは動作に問題なしだな。後の経過観察はドローンと設置したカメラでやるとして、俺たちはコンテナハウスに戻って明日からの予定を立てよう」
まあ、ちゃんと持続するかが問題だものね。
ユキの言う通り、私たちがここにいてもしょうがないので、そのままコンテナハウスの設置場所へと戻りました。
「お、流石みんな。雪山の時より設置が早いねー」
「それはそうだろう。あの時とは違って人手はあるからな」
「というか、ミコスちゃん的には違和感バリバリなんだよねー。たった一時間ポッチでずいぶん様変わりしているし」
「ミコスの意見に同意ね。流石にこれはね……」
そう、戻ってきた時にはコンテナハウスが立ち並び、この一角はあのいかにも鉱山の麓の村落って様相がきれいさっぱり消えてしまっていたわ。
ここだけがどう見ても別空間。
「というか、私たちが作業をしているというのに、お姫様はどちらに行ったのかしら?」
「そういえば、コンテナの準備をしているのを見た時は、完全に呆けてたけど……」
「あー、そりゃ呆けるよ」
「こっちに残った嫁さんにでも聞けばわかるだろう。おーい、トーリ」
ユキがそう呼びかけると、丁度段ボールを積んだ台車を押しながら通りかかったトーリがこちらに振り返ってやってくる。
「あ、ユキさん、みんな。お水を出す道具の設置は終わったの?」
「そっちは終わった。あとは様子見だな。で、こっちもほぼ終わっているみたいだな」
「うん、あとは細かい荷物なんかを開梱したら終わりかな。兵士さんやフィオラ姫も手伝ってくれているよ」
「あら、お姫様が自ら手伝っているの?」
「そうだよ。せめて自分たちの寝床ぐらいはって言ってね」
確かにそうね。私たちが用意したコンテナハウスの方がテントよりはるかにましだし、そこを使わせてもらうのに私たちに全ての仕度を任せるとかありえないわね。
ちゃんと恥というのはあったみたい。
「そうか。で、ダファイオ王国の人たちの準備はどれぐらいで終わりそうだ?」
「そうだねー。ほら、あっちで物資を運び込んでいるから、落ち着くのはあと1、2時間ってとこかな?」
そういわれて、トーリの示す方向を見てみると、確かに山と積まれた段ボール箱をえっほえっほと運んでいる兵士たちの姿があり、その横ではフィオラ姫が何やら紙とペンをもって指示を出しているわね。
「ああやって、同時に物資の管理もしているから、ちょっと時間はかかると思うよ。というかしっかりしているよね。リエルよりもちゃんとしてる」
「ぶー、ひどいよトーリ。僕だって頑張ってるもん」
さらっとトーリがリエルへの不満を漏らしたら、いつの間にかやってきていたリエルが聞きつけて、プゥッと頬を膨らませている。
「うん。わかってるよ。でも、あそこまできっちりはしないでしょう?」
「うっ、確かに。だって、集中力が切れちゃうから交代してもらってる」
「ま、人それぞれだ。フィオラ姫はああいうのは得意なんだろうな。本人は軍を率いたこともあるって言ってるし、元々物資の管理については身に染みているんだろうさ。色々な意味で」
ユキの言う通り、上に立つ人は物資の大事さがよくわかっているからこそ、ああして几帳面にやる。
私も何も知らなかった見習いの頃に、無造作に炊き出しをしてしまってお母さまに散々叱られた。
それでは他の人が食べる分がなくなるとか、明日までもたないとか。
今振り返れば、あの時はなんでそんなことをしてしまったんだろうと思う。
でも、その時は後先なんて何も考えてなかった。とにかく、ただ食べ物を配ればみんなが喜ぶと信じていた。
……世の中そんな単純じゃないのにね。
「で、ユキ。これからどうするのかしら? 私たちはフィオラ姫たちの物資の収納が終わるまでは待機なのかしら?」
「そうだな。水の監視はウィードの方でしているし、俺たちもみんなが準備してくれた部屋の確認しておくか」
「じゃ、私はルルアと一緒に村の人たちの状態を診てくるわ」
「ああ、そうしてくれ。人数はけして多くないとはいえ、それでもカルテ作りは大変だからな」
ということで、私はハイレ教の司祭としての大事な務めの一つである民に癒しを与えるために、用意されたコンテナハウスへ向かう事にする。
ウィード風に言えば医療行為。
そしてこれは土地特有の病気、風土病などがないかと、それらが私たちに感染しないかなどを調べるためでもある。
それは医療を行う私たちにとっては非常に大事なことです。
今のところ病気の感染拡大やそれによるパンデミックは起こっていないが、そういったことが起こらないための事前調査であり、万一に備え知識を蓄えるための行為です。
なにせ、ウィードは文字通り世界各国とつながっている。
そのウィードで病気が広がれば、あっという間に世界に広がってしまいかねない。
ウィードだけならともかく、万が一にも世界中に疫病が広がればそれはある種の世界滅亡の第一歩になってしまう。
ユキもそれを警戒して、各国で病気の調査を行ってもらっている。
それはこのダファイオ王国でも同じ。
だからこそ、ちゃんと調べる必要がある。
基本的には事前にデータをもらったりしているんだけど、どうしても小国ではこういう慈善活動はなかなか行われていないので、私たちがこうして調べる必要がある。
ちょっと面倒と思うこともあるけど、こうして実際に患者にあって情報を集めるって、やっぱり正確さが違うのよ。
なにより、現場でこそ感じることは多い。
とはいえ、すべての小国を回れるわけじゃないので、まぁ、今回はおまけで特別といったところね。
そんなことを考えながら医療コンテナハウス前にやってきたら、思ってた以上に人が並んでいるわ。
「治療師様に診てもらえるからな。もう少しの我慢だぞ」
「……うん」
父親の声に力なく返事をする女の子。
うん、ちょっとまずいわね。
この一組だけならよかったんだけど、ちょっと見まわしただけでも同じように反応が薄い人が結構いるみたい。
……今回こっちに来ているメンバーで回復魔術が得意なのは、ルルア、私、それにユキぐらいで、あとのメンバーは専門が別。
だけど、これって手伝ってもらった方がいいわね。
「カグラ、ミコス、カヤ、悪いけど急いで診察コンテナに来て。思ったよりも病人が多いわ」
『わかったわ』
『おっけー』
『……わかった』
トーリとリエルも回復魔術は使えるけど、病気の診断となるとちょっと不得手。
その点、カグラ、ミコスは私の司祭仕事を手伝ってもらっているから安心。
それと、カヤは意外と何でもこなせるのよね。
「ルルア、いる?」
私はとにかくルルアに手伝うと伝えるために、病人たちの列の横を通り抜けて診察コンテナの中に入る。
そんな私を見て、やっぱり切羽詰まっている人たちからは睨まれてしまう。
うん、これは急いだほうがいいわね。
「よかった、エノラ。手伝ってくれますか?」
「ええ、もちろん。それとカグラ、ミコス、カヤにも応援を頼んだわ」
「ありがとうございます。意外に具合の悪い人が多くて困っていました。カグラ、ミコスにはちょっとしたケガを担当してもらいましょう。私、エノラ、カヤで病人の診察と治療。カルテはちゃんとつくりますが、先ずはいったん回復魔術で持ち直させます。そのために最初にトリアージを行います。いいですね?」
「了解」
流石は聖女様。
判断が早い。
確かにこの状況で単に並んだ順番でやっているわけにはいかないわね。
ということで、ルルアと私は外に出て並んでいる村人たちに声をかける。
「皆さん。思った以上に人が集まっていますので診療に時間がかかっています。ですが、かなり具合の悪そうな方が見受けられますので、そちらの方を最優先で診察、治療を行っていきたいと思います。まずは、ケガをしている方は右に集まってください!」
ルルアがそう言って右手を示すと、一列に並んでいた村人たちはすぐに分かれてくれた。
で、ケガ人の方の列にはパッと見たかぎりでは即座に治療が必要という人は見受けられないわね。
でも……。
「傍らにケガで意識不明って人はいますか! あとはおなかが破れてるとか、血が大量に出ているとか、頭を打っているとかいませんか!」
私は早速、ケガ人の対応に当たる。
病人の方はルルアが診てくれている。
さて、治療をと思ったところに……。
「エノラ来たわよ!」
「ミコスちゃん到着!」
「……お待たせ」
「みんなよく来てくれました。カグラ、ミコスはエノラと一緒にケガ人の治療を。カヤは私と一緒にお願い。エノラはケガで急患の人が終わったらこっちにお願い」
「わかったわ。みんな行くわよ!」
「「「はい!」」」
お水のことよりもこっちの方が意外と大変みたい。
ユキに医療物資の補充を送ってもらうように頼んだ方がいいかしら?
ごめんなさい予約忘れです。
さて、こうして水を張って、コンテナハウスを置いて準備を整える一行。
待ち構える水源はどうなるのでしょうか?




