第1072堀:メイドが動く
メイドが動く
Side:キルエ
「私が同行してよろしいのでしょうか?」
今回の件で旦那様から同行を求められたというのがあまりに意外だったため、あるまじきことですが思わず確認してしまいました。
本来失礼に当たる行為ですが、ユキ様が私にウィードの外にまでついてきてほしいと求めるのはそれだけ珍しいのです。
まあ、前回のズラブル大帝国の時にも同行させていただいたことはございましたが。
「ああ、今回はロガリ大陸内の案件だからな。下手にルルアやシェーラを連れて行ったりすると……」
「なるほど。ダファイオ王国からすれば脅しとも取れますし、ロシュールとの関係を懸念することになりますね。かといって、ラッツ様やエリス様ではそれこそ立場が強すぎますし、他の方々でもよほど人選を考えないとダファイオ王国がやっかみを受けかねませんか」
「そういうことだ」
確かにウィードもダファイオ王国も国際的には小国という分類で、そういう意味では対等な立場といえますが、それはあくまでも小国という分類としてだけです。
ロガリ大陸、イフ大陸、そして新大陸では国としてだけではなくそれぞれの立場としての上下関係、力のバランスというものがあります。
そのあたりを無視すると却って反発を招いてしまいます。
「……この状況でしたら、元の立場を考えるにエージル様、ミコス様、エノラ様が最適な人選でしょう」
エージル様はエナーリア聖国の将軍。あくまで貴族であって、王族よりは下です。
ミコス様は元々男爵家の長女。彼女でしたら相手もそこまで気を遣うことはないでしょう。
エノラ様もあくまでハイレ教の一司教という立場です。
そして何より、このお三方はロガリ大陸の出身ではないので、国同士や個人的な関係と言ったしがらみもないので相手方も安心できるでしょう。
「カグラはやっぱりきついか」
「はい。カグラ様は公爵家の出です。次女とはいえ、見知らぬ大国の公爵の娘であり、ユキ様の奥様でもあるとなれば、無用に気を遣わせるでしょう」
ダファイオ王国がちゃんとこちら側のことを調べていれば別ですが。ですがそれなら、いきなりユキ様に相談などには来ないでしょう。
下手をすれば……いえ、大国の王たちが呼び出すのではなく、ウィードまで直々に相談しに来る方なのですから。
「ですので、元公爵以上の奥様は公式な交渉の場には出ずにサポートに徹する必要がございます。逆に、元々身分が低かったにもかかわらず今の立場が高い人はやっかみの対象となりかねませんので、こちらも同様に控えた方がいいでしょう」
「了解。って、そうなると俺だって成り上り者っていわれそうだけどな」
「ご冗談を。例え影であっても、旦那様をあしざまに言うような国はさっさとつぶした方がいいです」
旦那様を馬鹿にするということは、奥様たちをも馬鹿にする行為です。
そしてそれは、大国全てに喧嘩を売るのも同然。
そんな愚劣な国の未来は明るくないでしょうから、やはりつぶす方がいいでしょう。
「ま、つぶすっていう話はおいといて、じゃあ、そのメンバーを集めてダファイオ王国へ向かう」
「本来でしたらかしこまりました。と直ちに手配いたしますが、今回の件、本当にユキ様や奥様たちがわざわざ出向く必要がありますでしょうか? 確かに小国という意味では対等ではありますが、ウィードの本当の存在意義、そしてユキ様の立場を考えればたとえ訪れ依頼してきたとはいえ、そのような些末な小国に赴くなど……」
私は旦那様の決定が覆えることはないとは知りつつ、そう諫言をいたします。
旦那様が赴くと決めた裏には多くの意味があるのでしょう。
とはいえ、私は一臣下として、ウィードの国民として、そして妻として、旦那様がごく僅かであっても命の危険にさらされたり、余計なお手間を取らせるような場所へ赴くようなことには否定をしなければいけません。
「キルエ。言いたいことは分かる。だけどこれで水不足の解決策が見つかるかもしれないわけだ。その方法が見つかればなおのこと大陸間交流が進みやすくなるだろう。あくまで今回、ダファイオ王国にはその実験場になってもらう。という建前ならいいだろう」
「かしこまりました。それならばお互いに何とか面子が立つでしょう」
ウィードは新しい技術の実験場としてダファイオ王国の一部を借り受けた。
ダファイオ王国もそれを快く受け入れた。
そのことで不利益を被るリスクがあるのに国土を貸し出した。そうであればこそその結果恩恵があっても周りの文句は少なくなるでしょう。
「それに、昨日言ったように調査員を現地増員してもらうためだしな。これで少なくともダファイオ王国は調査への協力を惜しまないだろうさ」
「確かに、ここまでしてもらって、こちらの要求を受けないなどありえません。で、それはいいとして……」
私は旦那様から視線を外し、なぜか隣にいる女性の方を見ます。
「なぜ、ショーウ様までがご一緒にいるのでしょうか?」
「ああ、キルエ殿。今回私はアドバイザーとして同行することになりました」
「……それはまた急ですね」
「昨日、フィオラ姫としっかり話をするために移動している最中に偶然出会ってな。で、そのまま助言を頼んだわけだ。なんていっても国の大きさも最大だし、こういう問題の経験もやっぱりあるみたいだから、そんな知恵者を無視するのはあれだろう?」
「なるほど。それは確かに経験者の言葉というのは価値のあるものでしょう。しかし、ショーウ様はズラブル大帝国の重臣の中の重臣。そんな方にダファイオ王国の内情を教えてしまっても大丈夫なのでしょうか?」
「そこは問題ありません。フィオラ姫にも許可をいただきました。今、フィオラ姫と外交官がダファイオ王国へ確認しているところです。まあ、その判断次第では私の同道は認められない可能性もありますが……」
「ユキ様が推し、フィオラ姫様が承諾したことに対して、国が反故にすればそれこそ体面の問題があるので、それはありえないでしょう」
ショーウ様もそれはお判りのはずです。
とはいえ……。
「ショーウ様はまだ養生中では? 何よりウィードとの交流及び交渉役はいかがされるのですか?」
そう。ショーウ様は外見上は治っているとはいえ、つい先日まで重度の火傷を負っていたのです。
その経過を見るためにも日に一度の診察が必要との指示も出ています。
そのような必要があることもあって、ウィードに駐在して技術習得、交流と交渉役などを務めています。
それを放り出してまでダファイオ王国へ赴く理由があるのでしょうか?
「それについては大丈夫です。今回、ルルアが同行してくれますので、彼女は表に出ない予定ですが、いざという時の調停役で。そして何より、我がズラブル大帝国としてはこれから大陸間交流を始める第一歩にもなることもあり、私が赴くことになりました」
「ユーピア皇帝も承知の上ということですね」
「もちろん。陛下からは是非ともダファイオ王国へ恩を売ってこいと申し付かっております」
「外交とはそういうものですね」
そうなのです。善意だけではけして国は動きません。
逆に善意だけで動くなどと言われた時は、その裏を疑わなければいけません。
ズラブルは今後の大陸間交流への本格参戦の前に、色々実績を作りたいのでしょう。
「問題は無いようですね。では、私はメインの交渉役となるエージル様たちへ連絡を取り、準備に取り掛かります。何かやっておくべきことなどはございますか?」
「そうだな。エージルたちへの連絡と案内は任せた。俺はザーギスたちのところに行って道具がどうなっているか確認してくる」
「かしこまりました。準備が終わり次第、旦那様へ連絡をいたします」
「ああ、それで頼む。その間ショーウ殿はどうしますか?」
「そうですね。よければ今回のダファイオ王国周辺の地図を見せていただいていいでしょうか? なるべく隣国についてわかるものも」
「ああ、立地の説明はしていませんでしたね。じゃこちらに」
ユキ様はそのままショーウ様を連れて会議室の方へと向かいます。
私はそれを見送ったあと、サーサリにお茶の用意を頼み、私に頼まれた仕事をこなすことにします。
まずは、エージル様ですね。
ユキ様を除けば、今回のメンバーで一番指揮能力に優れ、国の代表として立場の高い人々とも接する機会が最も多い将軍職を務めていました。
彼女が今回はユキ様の隣に立ちいろいろな対応していくのが好ましいでしょう。
ミコス様は貴族とはいえ男爵家の娘であり、そこまで社交界になじみはありませんし、エノラ様はあくまでもハイレ教の一司教。国の貴族とはまた立場が違います。
私も一応ガルツ王の妾の娘なので本来ならそれ相応の立場があるといえばあるのでしょうが、今の身分はあくまでメイド。あまりでしゃばることはしない方がいいでしょう。
そんなことを考えながら、エージル様がいる研究所へとやってきます。
「エージル様。準備は出来ていますか?」
と声をかけながら、研究室へと入っていく。
エージル様たちへの連絡でしたらコールで即座にできます。
ですが、旦那様もそれだけではエージル様は準備ができていると思わないから、あえて名前を出して案内してくれといったんでしょうね。
残念ながら、世の中準備ができる人とできない人がいます。
エージル様は後者です。
ミコス様、エノラ様はそういうタイプではないので場所を指定して集まるだけです。
さぁて、手早く準備が済めばいいのですが……。
「あー、キルエかい。あとちょっとなんだ」
そう思っていたのですが、研究室の隣の休憩室から顔を出すエージル様。
準備を自室ではなく休息室の方でしている時点で、色々と間違っていることすら気が付いていないのが致命的です。
「お着替えはこちらで準備しております。その他は一体何が必要なのでしょうか?」
「あー、ありがとう。白衣の予備ってある?」
「もちろんございます。で、何を用意しているのか教えていただけますか?」
「ん? あーごめんごめん。今は水の件で準備しているのさ。コメットが用意してくれた道具や機械の確認を」
「なるほど。まさかそんな短期間に準備ができたのですか?」
てっきり一時しのぎとしてコアで水を生み出して貯水池にでも貯めるのかと思っていましたが。
……おそるべしですね。コメット様の技術力は。
「まあ、仕掛け自体は簡単だからね。魔力を水分に変換して取り出す。これ自体はたいして珍しいものじゃない。だけど、それを複数の村を潤すほどとなると話は別だ。耐久実験が全くできていない。僕たちは有り余る魔力で一気に出すけどあくまで一発芸の類で、継続して水を出すなんてシステムは作ったことがないんだ」
「ですが、ウィードのコアでは定常的にやっていますよね?」
「あのコアは、水質の清浄機としての役割どころか、自己再生能力も持つダンジョンのライフラインを担っている超高性能な道具だからね。ただ水を供給するだけの道具と比べると雲泥の差があるのさ」
なるほど。確かに言われてみればそうですね。
……浅はかな考えでした。
エージル様はご自身で出来る最大限の準備をしているようです。
「何か私に手伝えることはございませんか?」
「んー、コメットには随時道具を送ってもらえるように手配はしているし……、ああ、一緒についてくる予定のミコスとエノラを呼んでくれるかい。一緒に機材をもっていってほしいんだ」
「かしこまりました。わざと道具を分けるのですね」
「うん。何かあったときの予備だし、多くの村に別々で行ってもらうこともあるだろうしね」
これは意外と準備に時間がかかりそうです。
それなりに時間がかかりそうだと旦那様に連絡を入れて、早速作業に取り掛かりましょう。
そりゃ、偉い人には付き人が必須。
そうなれば、パーフェクトメイドが動きに決まっている。
そういえば、メイドといえばみんなのイメージは誰になるのか気になるね。
みんなにとっての漫画やアニメのメイドの原点って何だろうな?




