第1064堀:答えは聞いたかい?
答えは聞いたかい?
Side:エージル
ひゅごぉぉぉ……。
普通じゃ絶対聞く機会なんか無さそうな、酷く風が吹き荒ぶ音が窓の向こうから聞こえてくる。
本日も相変わらず猛吹雪ですか。
こんなんじゃまったく雪山の調査が進まないねー。
「とはいえ、そういう時はこれまでに回収したモノの調査をするんだけどね」
僕はそんなことを呟きながら、たった今印刷したばかりの書類に手を伸ばす。
「ふむ。やっぱりないね」
そう、ザーギスに頼んでいてさっき届いたばかりの『とある解析結果』をパソコンの画面に映しながら、これまでの種々のデータと見比べたのだが、ここにはやはりあるものが存在していない。
「……ダンジョンによる魔力の痕跡は全く見られない。つまり、この大山脈にダンジョンがあったかどうかで言うと、なかったとなる」
まあ、それは当初から予測、いや、確信していたことだ。
大山脈はハイレンによる大結界の影響でダンジョンを展開することが困難な場所となっているからだ。
今でこそ緩和されているけれど、当時はたとえゲーエンと思しきダンジョンマスターがこの地に訪れたとしても、ダンジョンを展開できた可能性は限りなく低い。
「まだ僕たちが捜索した範囲は狭いから確実なことはいえないんだけど、やっぱりゲーエンの情報を集めるのは厳しそうだね」
と僕は独り言を言いながら、この一帯の地図に視線を向ける。
それは四角くマス目状に区切られていて、全体からすればまだまだかなり数は少ないがポツポツと赤ペンでバッテンが書かれている。
そこが僕たちが調査をしたところだ。
いやぁ、あまりにもゲーエンの情報が集まらないから、もしかしてどこかにダンジョンを展開して潜伏したのではということで、地図を一キロ四方で区切り、そこの土を採取してダンジョンが展開されていた痕跡がないか調査している最中なんだ。
まあ、これで確実に見つかるとは言えないけど、やらないよりはましだし、そもそも調査方針があるだけまだましだ。
「しかし、静かでいいね」
ウィードにある僕たちのラボ、研究室だってちゃんと防音はしているからそれなりに静かだけど、こっちのは雪の風にすべてを包み込まれている感じだ。
確かに風はあるが、その自然の音だけ。
どうやら僕にはこういうのの方があっているようで、集中力が増す。
さ、もうひと頑張りだね。
と思って次の書類に手を伸ばしかけたら、なんとその手を誰かに取られた。
「おや? やぁ、愛しの旦那様じゃないか。どうしたんだいユキ?」
振り返って一応確認すると、やっぱり僕の手を取ったのはユキだ。
で、その後ろには当たり前のように護衛のリエルとトーリが付いている。
なんだけど、なんかどうもリエルがソワソワしている気がする。
「どうしたって、もう晩御飯の時間だぞ」
「ん? もうそんな時間か。いやー時間が経つのは早いね」
ああ、なるほど。リエルがソワソワしているわけだ。
どうやら熱中しすぎていたみたいだね。
で、時計に目をやるとすでに時間は18時を過ぎたところ、これは家に帰らないといけない。
「いや、ずっと研究室にはいないって聞いたんだが、なんでこっちで」
「なぜだろうね。でも集中できるんだ。と、ちょっと待ってくれ」
僕は持っていた書類をテーブルに置き、ささっとパソコンで見ていたデータなんかを保存して、椅子から立ち上がる。
「さ、行こうか」
「おぅ、帰るときは手早いな」
「そりゃユキがいるからね」
「でもさ、エージルってこっちでなんの調査してるの?」
「ん? ここの区域ごとの魔力調査だね。ゲーエンと思しき人物が本物のダンジョンマスターなら、死ぬ前にダンジョンを展開するぐらいはするだろう? というか、これまで集めた情報を見る限りそれなりの強さだったみたいだし、ビバークついでにダンジョンを作るぐらいするだろうって想定でやってるんだ」
「えー、それって結局どういうこと?」
あらら、リエルには難しかったな?
「リエル。簡単にいうと、ダンジョンの痕跡がないかって探しているんだよ」
「あー、そういうことか」
「ああ、そうだよ。助かったよトーリ」
流石は付き合いが長いだけあって、リエルへの対処が素早い。
いや、僕だってリエルのことは好きなんだけどね。
頭がどうこうとかそういうのは関係なくって、彼女って一緒にいるだけで元気になるような人だ。
と、ホッコリした気分になってたら、納得したはずのリエルがいきなりこちらに向いて……。
「で、ダンジョンの痕跡って見つかったの?」
「いや、残念ながら見つかってないよ。それにこの吹雪でね。そもそもここんところ調査にもいけないのさ」
僕が指した窓の外は、いまだに吹雪が収まらず完全にホワイトアウトしている。
一面の銀世界などというロマンチックな景色でなく、ただの白。
「おーすっごーい、本当に吹雪だー。ちょっと外に出てみても……」
「「ダメ!!」」
そのリエルの自殺行為に即座に止めに入る僕とトーリ。
「うひゃ!? そ、そんなそろってきつく言わなくてもー、ね、ちょっとだけだしぃ……。ねぇねぇユキさん?」
と、僕たちの反対に、それじゃとばかり即座にユキに同意を求めるリエルだが、外はちょっと遊びに行くでたちまち遭難してしまうレベルだ。
山をなめていると死ぬ。だから僕とトーリも強く言ったんだ。
それをわかっているユキは……。
「ここでやるとエージルの迷惑になるからやめておこうな。どうしてもっていうなら、軍事訓練の雪山で体験するといい」
「うぇ!? あそこはきついよ!?」
「そのレベルのを味わいたいんじゃないのか?」
「え? ここってそのレベルなの?」
「そうだ。だから大人しく帰って晩御飯を食べよう。みんなを待たせるからな」
「うん。わかったよ」
なんて素直な……いや、ユキは単に脅威度を説明しただけか。
というか、このレベルの軍事訓練ってなんなんだろうね。
いやぁ、メインはスティーブたちがやっているって想像はできるんだけど、わざわざこんなルートを選択するってよっぽどだと思うけど。
というか、リエルだってこのレベルの訓練をやっているみたいだったし。
うーん、まだまだウィードには知らない謎が一杯だね。
と、僕の疑問はいいとして、さ、晩御飯だ。
「「「いただきます」」」
ということで、ユキのおかげで妙なトラブルが起こることもなく無事戻り、僕たちはキチンと挨拶をして食事を始める。
本日の献立は白のごはんに普通のステーキとマグロのステーキ。
そしてサラダにスープと。
おぉ、ステーキ三昧だ。
お肉と魚の両方があるのは、僕たちの好みに合わせてだろうね。
もちろん僕はどちらもいただくことにする。
うん、お肉のステーキもマグロのステーキもどっちも美味しいね。
みんなも美味しそうに晩御飯を楽しんでいると……。
「で、エージル。大山脈の調査はどうなの?」
「ん? ああ、コメット。特に進展なし。ついでに向こうは日々是猛吹雪」
「えー。またなの?」
ミリーも話に加わってくる。
僕と一緒に大山脈の調査に参加してくれてたからね。
アスリンたちが魔物の調査というか確保をしている間に、彼女は僕の調査のために動いてくれたからね。
流石は冒険者ギルドの受付嬢であり、元斥候。
魔物が出てもあっという間に吹き飛ばす。
僕はしょせん将軍だからね。まあ訓練で底上げはしているけど、ああいう場所での実戦にはどうも慣れてないのさ。
「そうだよ。いやぁ、ホント山の天候は安定しないね」
「じゃ、今日は解析だけだったわけだ。その様子だとはずれ?」
「ああ。今日もはずれ。まあ、研究調査っていうのはこういうモノさ」
「だねー。そんな簡単に新発見があってたまるかってね」
コメットの返しに頷きながら、パクパクとご飯を食べる。
世の中そう簡単に大発見があってたまるか。
うん。お肉が美味しい。
「ああ、それで思い出したけど。ユキ、彼女からゲーエンの話は出て来てないのかい?」
そう、僕が調べているのはゲーエンというダンジョンマスターの痕跡を探すため。
で、この地のダンジョンマスターを殺して回っていたセナルという女神から何らかの情報が提供されていてもおかしくはない。
「そっちはまだ詳しく聞いてない。助けた子供たちと今のところはゆっくりやっている」
「おや、彼らは目を覚ましたのかい?」
ユキが言う子供たちというのは、セナルが保護していた子供の神たちだね。
あっちはあっちで気になることだね。
「ああ、セナルが魔術を解いたことで目を覚ました。とりあえず、ルルアやリリーシュ、ヒフィーが診たところ身体機能に問題はないって」
「へー。ルルアは当然として、よくリリーシュ様が診たね。あとヒフィーも。なんかやけにセナルに厳しいんだよねー」
「ま、そこは仕方がないさ。コメットにとってはただの女神様だろうけど。彼女たちにとってはルナの言うことを聞かず、逆に迷惑をかけた神々の面汚しって思ってる感じだからね」
うん、セナルのいきさつは僕ももちろん知っている。
ユキが彼女を引き入れるといいだしたときは、流石に僕も最初は止めようとしたけど、まあ状況的観点から賛成に回った。
いやー、ホント愛って怖い。
『ユキに傷ついてほしくない』というその気持ちだけで、僕は客観的に得られる情報資源としての価値や今後の展開なんかを一切無視して、単に心の赴くままに反対するとこだったよ。
彼女の協力が得られるということは、今後同じような境遇の神たちとも争わなくて済む可能性が高いってこと。
彼女たちはあくまで生存のためにはやむを得ないからってことで敵対しているだけなのだ。
なので生存が保証されることがわかればもう、敵対することはないだろう。
なんだけど、いくらそれを僕たちが言っても、それだけじゃ仕方がない。
だって、嘘か本当かは相手にはわからないからね。
そこでかつては同じように反逆したセナルが出ていって説得するというわけだ。
なにせ、彼女という女神の言葉なら説得力抜群な筈だからね。
「で、目を覚ました子供たちってのはどんな神様なんだい?」
「それが、それもさっぱり。いやぁ、本人たちもなんで神様になったのかなんてよくわかってないみたいだ。で、今はアスリンたちが話を聞いているって感じだな」
ユキはそう言いながらアスリンたちに視線を向けると、自分たちが答えるのを期待されてるってことでご飯を食べるの止めてにっこり笑い……。
「うん。4人とも元気だよ」
「元気なのです。神様とか関係ないのです」
「そうねー。あの子たち、見たまんまよ。ホントに何も事情を知らない感じ」
「はい。神様という自覚すらないですね。だからこそセナルさんは……」
「ま、当然よね。おそらく中級神は何らかの理由で神にしたんでしょうけど……、で、結局たいして力も無くってあっという間に魔力枯渇になって、セナルはもう眠らせるしかなかったって所でしょう」
「ですね。あんな子たちがただ死んでいくのを見ていられなかった。でも、それは誰でもそうだと思います」
「うん、セナルお姉は、ただ人として大事なものを守っただけ。立派」
その答えに僕たちは納得するしかない。
そうだよね。神とかなんとかいう前に、そして人を導く指導者とかいう前に、とにかく目の前の命を助けたかった。それだけだ。
目の前で死んでいこうとしている子供たちを見捨てて、何が女神だって感じだ。
「ということだ。ま、タイミングを見てゲーエンのことを聞いてみるから、ちょっと待っててくれ」
「ああ。構わないよ。それに、あの場所はあの場所で気に入っているんだ」
「あー。私も気になる。一回行ってみようかな?」
「じゃ、明日にでもどうだい?」
とそんな感じで、和気あいあいと晩御飯は進んでいく。
彼女もきっと、こういう日常を守りたかったのかもね。
女神が求めていたのは別に大げさなことではなかったのかもしれない。
ただ友人と普通に話している未来を見ていただけなのかもね。
そんなことを思いながらエージルは今日も一日研究を頑張るのでした。




