第1048堀:決戦の真意
決戦の真意
Side:ショーウ
「……ということで、ズラブル軍にはこの範囲で戦ってほしいんですが」
ユキ殿がそういいながら指し示した場所はこれといって特に何もない平原の一角。
しかし、そこが私たちの最終決戦の場所となるのです。
「ワシは構わんぞ。ウィードのゲートによる支援も受けられるのじゃ。断る理由なぞない。どうじゃヴォル?」
「私もそこでかまいません。何よりこれで挟撃される心配もなくなりました。敵がこの平原を決戦の地として受け入れてくれたおかげですな」
陛下もヴォル将軍も、ユキ様の提案に素直にうなずいています。
確かに、ゲートを設置してこちらの戦闘支援と周囲監視をしてくれるのであれば、大変ありがたい話です。
それについては私も否はありません。
これでハイーン皇国への勝利は揺るぎないものとなりました。
そう、もうこちらの勝ちは確定したのです。
だからこその疑問が沸いてきます。
「ショーウ。どうした? まだ不安か? 何ぞあらば素直に言うがよい。ここは軍議の場じゃ」
「……いえ。ユキ様の提案は私たちにとってありがたい話です。いざという時の撤退にも使えます。ここは理想的な戦場といっていいでしょう」
そう、あまりに理想的なのです。
私たちにとってありがたすぎるほどに。
だからこそそれに対する違和感がぬぐえないのです。
「ふむ。問題はこの戦場ではないか。で、どこが気になっておる?」
「はっ。実はこの提案を受け入れたハイーン皇国、ハンス皇帝の意図がさっぱりわかりません。私たちの実力はすでにウェーブ将軍や各国の戦況などの情報からはっきりとわかっているはずです。なのになぜわざわざ戦いを挑んだのか」
敵戦力として、ハンス皇帝率いるハイーン皇国軍だけはまぁマシとしても、残りは烏合の衆。
対してこちらは、この理不尽な世界を必死に戦い抜いてきた歴戦の勇士たちに加え、マジックギアを利用した魔物部隊。さらに、これはハイーン皇国は知らないにしても、ユキ様たちウィードの支援と、どこにも負ける要素がないのです。
つまり、ハンス皇帝は……。
「まるで自殺ではないか? と思っとるわけか」
「はい、まあそう……。と申しますか、自殺というより、うまく向こうに誘い出されたのではという感じもあります。あの平原については私たちよりもハイーン皇国の方がよく知っているでしょうし、そもそもわざわざ負け戦にノコノコ出てくる酔狂な国主などいるはずがありませんからね」
「なるほどの」
そう、負けが確定している戦いに出てくるものなどいるだろうか?
だが、そうなると今回の指定した戦場に同意したのは、ハイーン皇国に勝てる要素があるからと考えるべきなのですが、どうしてもそれが思い当たらないのです。
どうしても不思議なのは、ユーピア皇帝陛下にはなぜか一切悩むそぶりがありません。
「陛下? 何か私の思考、推測に誤りがありますでしょうか?」
「うむ? いや、普通に考えれば至極当然じゃな。罠があると思うじゃろう。じゃが、ユキ殿が場所を指定してきた。つまりそこはダンジョンの支配下である。相手の不意打ちなぞ一切通らぬじゃろう」
「それは確かにその通りです。ですが、自国に損害を与え、自殺する皇帝など……。ましてや相手はこの大陸を一度は統一して見せた国ですよ? それがたった一度の『決戦』で負けたからと納得すると思うのですか? 確かに、この決戦に勝てばこちらに流れはくるでしょう。しかし、昔の栄光にすがり抗い続けようとする者は多い。それは陛下もよくわかっているかと思いますが」
そうだ。
私は口にしてさらに確信を得る。
今までの立場を失うというのは、ものすごく恐ろしいこと。
だから、自分たちの地位、立場は確固たるものだと主張したいし、信じ続けたい。
特に、今まで長きにわたって栄華を誇っていた者たちにとっては、それが当たり前だった。
それを簡単に手放すようなことはできない。
だからこそ、ノダル王国だって最後まで抵抗してきたし、そう易々と我が国に膝を折ろうとはしなかった。
その程度のことを陛下がわかっていないはずがない。
ところが、目の前にはやはり全く迷いのない、いや、不思議と晴れ晴れとした顔をした陛下がたたずんでいます。
「そうじゃな。ただひたすらに過去の栄光にすがっとる者には左様なものが多い。じゃが、ショーウよ。これまでも、確と『誇り』を持っとる者もおらなんだわけではなかろぅ。違うか?」
「誇りですが……。確かに今までそうい者たちはいました。ヴォル将軍やミラベル将軍たちの様に……」
今現在我が軍の中核を担っているこの二名の将軍も元は敵でした。
かつて、この二人は国が腐っているのは百も承知で、それでも武人たるもの国につくし忠誠を貫くと宣言し、私たちの前に堂々と立ちはだかりました。
それこそが己の在り方だと。国は滅びぬと。自らが信じなくてどうするかと。
「そうじゃ。腐った国にあっても誇りを抱き戦い抜く者はおる。どこにでも」
「つまり、陛下はハンス皇帝がその誇りを持つものだと?」
「うむ。話してよぅわかった。あれは文字通り皇帝である。多くの業を背負っとると自覚し、『皇帝』なる名を掲げておる。ワシがいぅたことにたいしても最初から最後まで一切否定の言葉を発することすらのぅ、ただ粛々と宣戦布告を受けとった」
確かに、この幼すぎる容姿の陛下と相対しても、ハンス皇帝は驚きも蔑むこともなくただ淡々と会談を進めていた。
あの様子に一切嘘はないと私にも思える。そう、確かにあれはあれで『皇帝』なのだと私も思った。
でも……。
「たとえ、皇帝が一人納得しても、周りは納得しないでしょう。そういうものです」
そう、それがたとえ皇帝であったとしても、たった一人が納得したところで国そのものがなくなるわけがないのです。
ああ、それでわかりました。
「わかりました。ハンス皇帝は負けるにしても私たちを決戦の地でできうる限り削り、我々が勝利して浮かれているところに隠していた本隊をぶつけるつもりなのでしょう」
それなら筋が通ります。
何せ我々は敵の本拠地に攻め込んでいるわけですから補給もけして容易ではありません。
一大決戦を行い疲弊しているところへ伏兵で急襲して壊滅させる。
それによってズラブル大帝国に大打撃を与えたと各国へ喧伝し、我がズラブルに与している国にも動揺を与えるといったところでしょうか?
「ふむふむ。実に筋が通っておるのぅ。確かにその可能性も否定はせぬ。じゃが、ユキ殿の支援があることを忘れておらぬか? 実際にはワシらは補給も撤退も自由じゃぞ。まあ、こっそり使わねばならぬがな」
「確かにユキ殿の指定された範囲で戦えば負けないでしょう。ですが、前に進まなければ勝ちはないのです。最終的にハイーン皇国皇都を落としてこそ勝利。あの平原での決戦に勝ったところで、結局皇都で足止めを喰らっては意味がありません。こちらもハイーン皇国皇都の堅牢さは十分しっています。それだけでなく近くに大規模な要塞があることも。にもかかわらずわざわざ皇都を出て『決戦』をする理由がハイーン皇国にはどこにもありません」
そうなのです。あれほど守りに適した場所が本拠地としてあるのですから、あえてそこから離れること自体が無意味。
あの平原での『決戦』を受けいれたのは、あくまで私たちの油断を誘うため。
私はそう判断したのですが、なぜか陛下やユキ様は微妙な顔になっています。
「あの、何か?」
「いや、ショーウが言うこと、まっこと理に叶ぅておる。確かにその可能性とてゼロではない。だがのぅ、ワシとユキ殿はその可能性は低い。いや、ほぼないと思ぅとる。のぅ?」
「ですね」
「なぜなのですか? ハイーン皇国は負ければすべてを失う。ですから、それを認めるわけにはいかない人々が死に物狂いで戦いに来るはずです。それがたった一戦負けたというだけですべてを譲渡するなどありえません」
いくらどう考えても、私は間違ったことは言っていないはずです。
そうです、たった一回失敗しただけで全てを失うような、そんなバカなことを認めも受け入れもするはずがないではないですか。
「少し冷静になれ、大皇望ショーウよ。主には本当にわからぬのか? ワシらはただ憎しむ者どもを悉く皆殺しにする殺戮者か? 深き憎しみを剣に矢に込めて戦っとる狂戦士か?」
「それは違います。私たちはこの地に生きるすべての民の未来のために戦っています。これ以上憎しみを……増やさないため。誰もが飢えずに暖かく過ごせるために……」
「そうじゃ。そして、そはかの皇帝も同じじゃ。泥沼とならば民への重き負担となるとよぅわかっとる」
「本人が『負けることもある』っていってましたからね。いやー、あれは驚きでしたよ」
皇帝本人がそんなことを?
「……そういうことですか。確かに私は少々興奮しすぎ、また混乱していたようです」
ハンス皇帝はそのようなことを言っていたのですか。
つまり、自身の、国の落ち度は認めているのですか。
そして彼我の戦力差も十分に理解している…として、あえてこの決戦を挑む理由は……。
「なるほど、邪魔者をこの一戦で一掃してしまえということですか」
「よう気が付いた。流石はショーウよの。ワシという皇帝が望んだ者」
「お言葉を返すようですが、これについては何も褒められるようなことはできておりません。陛下から答えを教えてもらったのですから。むしろ軍師としては恥ずべきことですね」
「何も恥じることはない。ワシは皇帝、そしてユキ殿も。じゃがお主はあくまでも軍師。立場が近いからこそ見えてくるものもあるのじゃ。お主は皇帝になったことはあるまい?」
「確かに。その通りです」
「まあよい。では、詳しく話を聞かせてもらうか、大皇望? かの皇帝は何故この決戦を受け入れた? これは罠か? それともほかに何ぞあるか?」
あえてその答えを私に問いますか。
まあ、確かに直前まであんなざまだったのですから、確認を取りたくなるのも当然ですね。
「では、まず簡潔に言いますと、今回の決戦を受けたのは『罠』であるのは間違いありません。そしてほかにも多くの意味があります」
「ほぅ? 罠でもあり、他の意味も多くあると」
そう、罠でもあり、併せて多くの意味があります。
「はい。まず罠に関してですが、これは私たちに対しても、ハイーン皇国の毒虫に対しても効果があるものです。今回の決戦ではハイーン皇国の弛みきった上層部はこれ幸いと私たちの殲滅に動くでしょう。何せ負けるなどとは思っていない者たちです。一方で、負けるかもと思っている者も、皇帝の命令ですので戦地に赴くことを拒否することはできません。何よりこのままでは皇都を失うのです。それを守るために出てこないわけがありません」
「皇都に籠るという戦略もあるのではないか? お主も言っておったろう?」
「ただ籠ってはハイーン皇国は援軍を待つか、我が軍の物資が切れるのを待つことになります。しかし、ハイーン皇国が皇都に籠って動けない様子をみて他国が今後おとなしく従うかは疑問です。さらに、この間に交易の要所を押さえるために侵攻してくる国が現れることも考えられるでしょう」
そうです。この大陸全体の情勢を考えると、皇都に引きこもるのはハイーン皇国の寿命を縮めることにしかなりません。
ならば、決戦に打って出て、私たちズラブルを粉砕して各国にハイーン皇国は健在であると示した方がいいわけです。
そして、皇帝の命がある上に、ここまで言われてもなお引きこもる人物は逆に反逆者ととらえられるでしょう。
よって、ハイーン皇国はこの決戦に全力で挑むしかないのです。
「私たちはこの決戦において、これまでハイーン皇国の下、この大陸を腐らせてきた本当の敵を討ち果たします。これが私たちにとって効果的である理由です。悪徳に耽った者を討ったことに関しては敵国の国民であっても喜ばれるでしょう。今まで何度もそういうことをしてきましたからね」
「そうじゃな。そして、そを成すことによりワシたちはハイーン皇国の民たちに認められ、また、正々堂々と戦った上であらば軍人も負けを認めるじゃろう。ま、そこまでそう簡単にはいかぬじゃろうが、あとはワシたちの手腕次第ということじゃな」
「はい。それができないようであれば、この大陸を治める資格なしということでしょう。かの皇帝は意外と策士ですね」
「ま、それぐらいの芸当すらできないようじゃこの大陸を預けてもまとめられるはずがないってことだと思いますけどね」
「確かにそうですね。で、陛下。この戦いどう進められるおつもりで?」
私は陛下にこの戦の方針を訪ねる。
そうです。敵はこの一戦に多くのモノを込めてきます。
それに対して陛下は……。
「無論、正面から正々堂々と戦い、そして打ち勝つ。まぁ、マジック・ギアの兵力は使わせてもらうがのぅ。ヴォル将軍に伝えよ。ダンジョンの輸送を使ぅてミラベルの精鋭とワシも参戦すると」
やはりそうなりますか。
「この戦い、ワシが出ぬわけにはいかぬ。ワシ自ら踏み超えてこそ、皆がついてこよう。そしてあの皇帝もそれを望んでおる」
普通なら皇帝が自ら戦いに赴くなどもってのほかですが、今回はいよいよ雌雄を決する『決戦』。
この大陸の趨勢が決まる大一番。
そこに陛下自らが立たれ、勝利をつかんだというのは多くの意味があります。
だから、私は……。
「では、御身はこの私が命に代えてもお守りいたしましょう」
「うむ」
さあ、最後の戦いを前に気力も物資も充実。
ハンス皇帝、私たちは負けませんよ。
まぁ、そもそもユキ様がいる以上、負けようはありませんけど。
この決戦は多くの意味を持ちます。ただの効率的な殺傷ではなく、理解や決意を込めての戦いになるでしょう。
そしてそれが結果的に多くの人の命を救うと信じて。
戦うことで救われる命が多くなるっているのは不思議かもしれませんが、そういう時もあるという話です。
そして何より、お互いの誇りのためというやつですね。
ユキやタナカはこういうのは嫌います。
その前に決着をつけるタイプですから。
今回は止めるような状況ではなかったですからね。




