第1042堀:霧は夜の闇と共に
霧は夜の闇と共に
Side:霧華
ホーホー……。
どこからともなくフクロウの鳴き声が聞こえてきます。
こういう所でもやはり鳥はいるようで、夜でもそれなりににぎやかです。
まあ確かに、餌の多さを考えると下手な森よりも住みやすいのかもしれません。ネズミとか。
「……しかし、妙ですね」
私は今まさにハイーン皇国の本拠地である皇都にいます。
そう、我が朋友であるズラブル大帝国が敵として定めている国のど真ん中にです。
なのに、静かなのです。
もちろん私は今、敵に気取られないように夜を選んで行動していますが、それにしても妙に静かすぎるのです。
今は戦時。
しかもフォーマ王国はほぼ抵抗することもできずにあっという間に敗北し、ズラブルの版図となりました。
結局、フォーマ王国は陽動として動いていたズラブル軍ミラベル将軍が率いる第三軍に背後から襲われる可能性に目を奪われた挙句、電撃的に侵攻してきたヴォル将軍率いる第二方面軍に対し結局帰還が間に合わず、あっという間に王都が陥落。
馬鹿です。
本物の馬鹿です。
で、普通なら「本国が落ちた軍隊の意味をだれか教えてください。」となってしまうのですが……
しかし何と、そのあとほとんど混乱することもなく、フォーマ王国軍残党となったはずの彼らは即座にハイーン皇国軍に編入されました。
いやはや、なんとも見事な手腕といっておきましょう。
というか、これを狙っていたのではと主様やセラリア様、そしてユーピア皇帝、大皇望ショーウの皆様は判断しています。
確かに、フォーマ王国をズラブル大帝国に取らせることにより、孤立したフォーマ王国軍残党をそのまま受け入れ自らの戦力にしたのですから。
しかも名目は『悪辣なるズラブル大帝国からフォーマ王国を取り戻すために努力を惜しまない義による支援。』
なんともまあ、なんと露骨なマッチポンプでしょうか。
そのフォーマ王国の方は、実は死者もたいしておらず、王族も健在。
確かに王都は陥落したものの、実質的には大した被害もなくそのままズラブル大帝国側についてくれただけです。
なので、フォーマ王国軍残党はおとなしく戻ってくればいいものを……、ところがいとも簡単にハイーン皇国の先兵にされてしまったわけです。
ホント風評被害も甚だしいですね。
ウィードもこういうことには気を付けないといけません。
ミコス様がウィードで情報誌、ミリー様やラッツ様の部下がラジオを引き継いで制作して、メディアを通じてウィード支持を浸透させようとしていますので、私も主様のために積極的に協力してゆきましょう。
と、そこはいいのです。
そうやってハイーン皇国は戦力を増加させたのですから、もはや目の前に迫っているといってもいいズラブル大帝国を警戒して夜もそれ相応の歩哨を立たせていると思いきや、そういう見回りも少なく静かな夜が目の前にあるのです。
『隊長。何かありましたか。行動が止まっているようですが?』
「ええ。あまりにも敵の動きがなさ過ぎて驚いています。ドローンの方で何か異常はとらえていませんか? 罠が仕掛けられて、それに踏み込んでいるとか?」
こういう静かすぎるところは、それ自体が罠だったりします。
そして、この静寂の中に動くものがいればすべて敵という、非常にわかりやすいものです。
『……いえ、ドローンからは人影も魔力反応もありません。罠の可能性は低いです』
「そうですか…。私の気のせいならそれはそれでいいです。今回の情報収集はいよいよ戦いを終わらせるための大事なものですからね。少し慎重になりすぎていたのかもしれません」
『そのぐらいがちょうどいいかと思います。作戦は続行で?』
「もちろんです。私の存在がばれていないのであれば作戦を中止する理由はありません」
『わかりました。ですが、私たちの補佐はあくまでも補佐にすぎません。隊長は隊長ご自身の直感を信じてください。そして主様はその判断を否定することもとがめることも決してありませんよ』
「それは重々わかっています。ですがそれに甘えるわけにもいきません」
私はそう答えつつ歩みを進めます。
人目を避けるために王都の中にある今は人気がない公園らしき場所を進んでいましたが、この先は屋根伝いに王都の真ん中にそびえたつ皇城へと向かいます。
「しかし、町の中に森を備えた公園を作るなど。随分余裕がある国ですね」
公園というのは意外と維持費がかかるものです。
それはウィードで実感しています。
ゴミ掃除はもちろん、剪定、芝の維持などなど、整え続けなければ荒れてしまうので、本当にお金のかかるモノなのです。
それをダンジョンとしての支援もなく人の力だけで維持しているのですから、このハイーン皇国の裕福さがよくわかります。
そして公園というものは人が使うモノです。ですがこの場所は貴族街ではありません。
つまりこの公園は一般的な国民のために用意されたものということ。
『はい。確認したところ、東西南北に各一か所ずつ公園が確認されています。日中は一般市民でにぎわっているようですよ』
「それは私も確認しています。それなのに今はこの静けさ。そこが気になるのですが、それを調べるはまた後ですね。今は主様のご命令を最優先に動きます」
私はそう言って加速していきます。
私の感知圏内にも敵性勢力は確認できず。
それって平民地区だからでしょうか?
あ、ようやく見回りの兵士を確認できました。
とはいえ、2人組にすぎません。
それでは警戒していないのと一緒です。
それとも平民は守るに値しないということでしょうか?
まあ、確かにこの皇都の中核に攻め入るのであれば、目標は平民の地区よりも貴族地区、そして中央の皇都を守るのが当然ですね。
この皇都は構造は中央に皇城、そして二層目に貴族の地区が設けられており、第三層は東西南北に仕切られ、平民の居住地区となっている。
軍の砦は皇都の外に取り囲むように点在しており、敵が攻めてきた場合、皇都と軍の砦を同時に攻略をしなければいけないという状況に陥ります。面白い構造ですね。
普通であれば、皇都の中に軍事基地も置くのがこの構造上安全のはずですが。
その方が展開が早く、皇都を守りやすいはずですからね。
と、そんなハイーン皇国の防衛体制の不思議を思い出しつつ、私は平民地区と貴族地区を隔てる壁にたどり着きました。
今、私の目の前には高さはおよそ10メートル近くの防壁がそびえたっています。
これを人の手だけで作り出したのはすごいですね。普通ならこれほど攻めにくい場所もないでしょう。
ドローンからの情報では、この防壁の上は通路になっていて、援軍もすぐにやってこれるようになっています。
上を取るというのは戦いに関してとても重要ですからね。
「とはいえ、既に外壁を易々と越えた私には無意味なものですが」
周囲や防壁上にも人の気配がないことを確認した私は、そう言いながら助走をつけ、そのままスタスタと壁を駆け上がっていきます。
壁のぼりぐらいできなければ主様の役には立てませんからね。
幸いそうして駆け上がった防壁の上には見回りの兵士もおらず、誰何されることなくそのまま貴族街へジャンプしていきます。
『隊長が貴族地区到着したのをこちらも確認しました。異常は?』
「ありません。私はこのまま皇城へと向かいます」
『了解』
経過報告をしたあと、そのまま平民地区と同じように屋根伝いに走っていく。
貴族地区ともなると、流石に見回りの兵士が多い。
普通は逆じゃないだろうかと思うのですが、この国の方針ならばこれも仕方がないのでしょう。
それとも専ら城に近づく輩を警戒しているのでしょうか?
どのみち、私の侵入に全く気が付いていない時点でダメですが。
ということで、この貴族地区もあっという間に駆け抜けていき、いよいよ皇都の中央にそびえる皇城へとやってきます。
「正門から堂々と入城すればさぞかし見ごたえがあったでしょうね」
『ですね。とはいえ今回はあきらめてください』
「わかっています。では、潜入しますが、目標の位置は?」
『変わっていません。今は寝室のようですね』
「随分とのんびりしているのですね。将軍のはずですが?」
『彼はあくまで海軍です。陸では活躍しようがないのでしょう』
「それもそうですね」
私はそう応えを返すと、そのままウェーブ将軍がいるはずの一室を目指して動き始めます。
そう、私が今回皇城に潜入した最大の目的は、主様から無線を預かったのにも関わらず皇都についてから一切の連絡をよこさない無礼な男を問い詰めるためにやってきたのです。
そのついでにできれば皇都の情報と、ハイーン皇国のトップである皇帝を見定めるというのがありますが。
正直、さっさと首を取ってしまえばそれで終わりだとは思うのですが、まぁそれではズラブル軍の勝利とは言えないでしょう。
それではのちのズラブルの統治に支障がでてしまいます。
それは主様の望まない結末なので、私はけしてそういうことはしません。
と、そんなことを考えつつウェーブ将軍の部屋に向かっていると、巡回の兵士が目の前の通路からやってきます。
「ズラブルの連中がフォーマ王国を落としたって話聞いたか?」
「ああ、まさかノダル王国へ攻めてきている軍の方が囮とか思わないよな。おかげでフォーマ王国軍は帰る場所を無くしちまってハイーンにいるわけだ」
「で、いつフォーマ王国の奪還作戦やるんだろうな?」
「それもそうそううかつにはできないだろう? なにせ、旧ノダル王国にズラブル軍がいるし、今は国境に兵士を集めている最中だからな」
「どうなるかね」
「さあ。兵力をかき集めている最中だしな。あまり変なこと言うとしょっ引かれるぞ」
「わかってるって」
ふむふむ。
どうやら城の兵士でも今の状況は一応知っているようですね。
そして、今のところは騒ぎにならない程度に国が情報統制を敷いているようですね。
まあ実際、ハイーン皇国が負けたわけでもありませんし、国に踏み込まれたわけでもない。
国境に向けて兵士を集めているのであれば、この静けさは納得……なのでしょうか?
とはいえ、話しかけて詳細を聞くわけにもいきません。
私は今敵の城に潜入中で、光学迷彩の魔術を使っているので、相手は私がそばにいることすら知らないのです。
そして今聞いた話の価値は主様たちが見定めるでしょう。ということで、私はそのままウェーブ将軍がいる部屋へとたどり着きます。
コンコンコン。
私はわざとノックをして反応を待ちます。
「誰かな?」
ウェーブ将軍はそのままスッと、なんのめらいもなくドアを開けてきた。
……不用心ではないかと思いますが、これはこれで好都合。
「おや、誰もいないのか?」
廊下へと半身を乗り出し確認している隙に私はその部屋へと侵入します。
部屋の中はそれなりに広く、調度も整い、綺麗に設えられていて、特に幽閉されているという感じではありません。
そうなるとなぜ連絡を取らないのかが気になります。
「気のせいか?」
私が部屋の様子を確認しながらそんなことを考えているうちに、ウェーブ将軍は部屋の中に戻ってきたようです。
「いかんな。疲れているのか?」
ウェーブ将軍は頭を振りながら、そんなことを呟いています。
しかしその動作は弱弱しく、すぐにベッドへドカッと座り込みます。
「……むぅ、このまま謁見の時を待てばいいのか? それとも動くべきか? しかし、それでは……」
ふむ。何やらお悩みの様子ですね。
ここはひとつ相談に乗るとしましょうか。
「ウェーブ将軍聞こえますか?」
「なんだ!? 声が!」
私から声をかけると、驚いたようにベッドから立ち上がりあたりを見回します。
ふむ。ちゃんと反応はしていますね。これで勘違いといいだすこともないでしょう。
「勘違いなどではありません。姿はお見せできませんが、私はウィードの使者です」
「ウィードの? ユキ様の使いか!」
「はい。あまりにも反応がないので、わが主は私をこの場に遣わせました。一体なにが起こっているのでしょうか? お話しいただけますでしょうか?」
さあ、否定するか、それとも話してくれるのでしょうか?
まぁ、おそらくは否定でしょうね。こんな姿も見せぬ怪しい輩に……。
「ああ、話そう」
ほら、ダメだって……。
「え?」
「ん? 話を聞きに来たのではないか? こちらもホトホト困っているのだ。どうかウィードの力を貸してほしい」
いやー、驚きですが…、でもなぜ無線機を使って連絡をしなかったのでしょうか?
霧華が敵の本拠地に潜入。
サポートは僅か。
無事に任務を達成できるのか。




