第1041堀:進攻開始
進攻開始
Side:ユキ
その部屋に足を踏み入れると、ミリーは静かに、そして真剣な面持ちでモニターを見つめていた。
ただいまの現地時刻は10時ちょっとで設置しているドローンからその様子がうかがえる。
そう、そこではおびただしい数の軍勢がしわぶき一つなく整然と並び、とある町と対峙していた。
「どうだミリー?」
モニターを注視しているミリーを驚かすことがないように、俺がそっと声をかけると。
「はい。間もなくあのダンジョンのある町に対して行った降伏勧告への回答期限です」
「で、相手に動きは?」
「今のところありませんね。ドローンで町の後方50キロまで確認していますが、援軍が来る様子もなければ早馬が走ってゆく様子もありません。フォーマ王国はこの進攻に対して全く対応が打てていません」
そう、ズラブル大帝国がその予定されていた3か月の準備期間を使いきることはなかった。
なんと2か月とちょっとでヴォル将軍率いる第二方面軍の準備と移動が完了し、敵方の動きや情報もそれ以上集まらないことから、予定よりも早く進攻を決行。
そして今、この侵攻で一番の難関となると予想されていた、ダンジョンを擁する町の攻略中。
そう、最悪の場合、ダンジョンマスターがいきなり参戦してくる可能性もある。
そうなれば、町の中央にあるダンジョンから魔物がわんさか沸き出てくる。
まったく、敵のど真ん中に補給地点が存在するとか、それって厄介すぎるよな。
あ、ちなみに第二軍の侵攻経路にこの町以外のフォーマ王国の大きな拠点は存在しないので、ここさえ落とせばあとは王都まで一直線となる。
そのため敵の抵抗も極めて激しいだろうと踏んでいたのだが…、援軍の気配はまるでないと。
ズラブルがこっちから来ることを予想していなかったにしてもあまりにお粗末すぎるだろう。
いや、あれか、『本土決戦』を狙っているのか?
って、本土決戦とは違うか、十分な戦力をこの町を含めた考えらえる侵攻経路に配備できないからいっそ王都に戦力を集中する。
それなら納得がいくな。
そういうことなら、この町が抵抗しないのも理解できる。
そもそも抵抗しようにも戦力がないってことだからな。
「で、町中の様子は?」
「ドローン、及びワイバーンの偵察では兵士の集合は認められません。町の中にいる霧華の部下からの情報では、町中ただただ恐慌しているだけのようです。どうやらズラブルが来るとは少しも思っていなかったようですね。一方、領主や冒険者ギルドの方は協議中のようです。ズラブルが布陣を完了した際に、降伏したときの条件を提示しましたからね」
「で内容は、町のシステムは基本現状維持で、ただ、監視のためのズラブル軍の常駐許可だったか?」
「ええ。この町が反乱を起こしても抑えられるようにということです。却って反発を招きそうですが、それでもさすがに何もしない方が危険ということですね。ほかの利権などに関しては手を付けずです」
「なんとまあ破格の好条件な気がするんだが…、それで連中は何をためらっているんだろうな」
助けは来ない。戦う術もない。
そんなないない尽くしの中、それ以上何か協議をする意味があるのか。
いや、誰がズラブルと交渉するかで悩んでいるのか。
「ん、もしかしてあの噂のせいか?」
「はい。そのようです。街の人たちの方はズラブルは約束は守らない。どうせ皆殺しにされるという意見というか、恐怖が大半を占めているようです」
「まったく。ハイーン皇国の流した噂は十分こっちにとって嫌がらせになっているか」
「ですね。噂というのはまったく厄介です。真実を覆い隠しますから。とはいえ、あとは回答を待つばかりです。ところでユキさんの方はどうですか? どこかの防御線に何か引っ掛かりましたか?」
「いや、こっちの方もおとなしいもんだ。周辺のダンジョンなんかから魔物が進軍ってこともない。ホント穏やかなもんだよ。だからこっちの様子を見に来た」
敵が攻めてきてたら、さすがにこっちに顔を出す余裕なんてないからな。
ここに来たのは本当に暇だったからだ。
とはいえ、何かあればすぐに戻るつもりではいるんだが…、本当に今回のダンジョンの件は拍子抜けもいいところだ。
「そうですか。それで、いざという時の防衛は大丈夫なんですか?」
「ああ。そこらへんも問題ない。部隊は万全の態勢で待機しているから、どこにでもすぐに展開可能だ。でもまあスティーブたちはずっと同じ部屋で装備を着こんだままで待機だから退屈だろうけどな。普通なら半舷休息なんだが、今日はこっちの進軍もあるからな」
「敵が他から攻めてくるなら、今こそ絶妙なタイミングですよね」
「だな。ところがそれでも敵は一切動かない。これはダンジョンマスターはもういないってことで結論出したいね」
「油断は禁物ですよ」
「わかってる」
最後の最後にっていうのは戦略としてあるからな。
相手がそういう策士である可能性も一応はある。
けど、今この状態で動かないような連中がそんなことを考えられるわけがないとも思う。
というか、そもそもこんな状態にまでしている時点でダメだろ。
あれだ、ひょっこりと勇者とか、英雄が出てくるのに注意しろってことだな。
そんな取り留めもないことを考えていると、ミリーが見つめていたモニターに連絡ウィンドウが出現する。
「町からの情報です。馬に乗った使者がズラブル軍へと向かっているようです」
「さて、どんな答えを出したものやら」
モニターを見つめていると、情報通り門から3騎の馬が出てきて、ズラブル軍の本陣がある方へと向かっている。
「そういえば、町は恐慌状態ということだが、逃げ出した連中はいないのか? 後方は囲んでいないようだし、もう逃げた後か?」
「はい。もう逃げた後です。降伏勧告の際、逃げたいものは逃げ出していいといっていますからね。それに、人が多いと統治には面倒ですし」
「となると、今町に残っている連中は踏ん切りがつかなかったか、覚悟を決めた連中か」
「そうなります」
それが敵になると厄介だな。
死兵を相手にするのは面倒極まりない。
「と、騎馬はそのままズラブル軍本陣へと案内されます。どうやら一応話し合いをするつもりのようですね」
「ああ、敵対するなら、離れたまま宣誓して戦闘開始だもんな。じゃ、あとはヴォル将軍の手腕に期待だな」
さて、相手はどんな要求をするのか、そしてそれは受け入れられることなのか。
そしてさらに、相手の要求を踏まえた上でズラブルが求める答えが出せるか。
将軍っていうのはただ敵を打ち倒すだけが仕事じゃない。戦わなくて済むことなら戦力を損なわない方法をとるべきなんだ。
まあ、あのヴォル将軍がそんなへまはしないだろうと思っていると、俺が持っている無線機から。
『あー、あー、こちらユーピア。聞こえるかのう。ユキ殿』
「聞こえますよ。ユーピア皇帝。こちらの声は聞こえますか?」
『うむ。滞りのう明瞭に聞こえとる。では、さっそく報告じゃ。そちらも観戦しとったじゃろうから知っておろぅが、使者がきてヴォルが対応した』
「はい。それはこちらでも確認しています」
『でじゃ、簡潔に言わばかの町はズラブルに降伏じゃ』
お、そうなったか。
ほう、残った連中は意外と話せる連中なのかもな。
それか……。
「それはよかったですね。しかし、素直に信じていいんですか?」
そう、降伏したふりをして町中に軍の重要人物を招き入れ、そこで打ち取ろうとする可能性だってある。
町の中では軍の数の力は生かしにくいからな。連中が玉砕覚悟なら被害は相当なものになるだろう。
それだけならまだましで、主力が去った後、後方を遮断しようとする可能性もある。
そうなれば全滅の憂き目だ。
『うむ。信じてよいじゃろう。どうやら、町の正規兵は最低限となる100人を残して、別の処に向かっておるようでな』
「別のところ? というかあの規模の町で正規兵100っていうのは……」
そりゃなかなか斬新というか、ありえない数だ。
ダンジョンがあるおかげで冒険者を中心に人が集まっていて、人口はおよそ3、4万というのが事前調査の結果だ。
そこで正規兵が100人とか、誰がどうやって治安維持するんだって感じだな。
『あぁ、足りぬ分は自警団や冒険者ギルドの治安維持部隊で補ぅとるようじゃな。して、なんと大半の正規兵は第三軍率いるミラベル将軍が処へ向こぅとるようじゃ。ノダル王国の国境の方じゃな』
「ああ、あっちにつられていたってことですか」
『うむ。ハイーン皇国が命を発したようでな。で、出兵しとって手薄じゃったようじゃな』
「後ろでハイーン皇国が動いていたってのは大きいですね」
『ああ。まっこと大きい。きゃつらもようやくことの重大さに気付き、単独国家での撃退はやめたようじゃな。とはいえ、囮なんぞにつられとるあたりは随分と間抜けじゃな。おかげでフォーマ王国の拠点をあっさり手に入れらたわけじゃ』
「まだ、確保したわけじゃありませんけどね」
とはいえ、ユーピアの言うようにハイーン皇国が動いたというのは大きい。
『うむ。油断は禁物じゃな。して、ユキ殿。ウェーブ将軍の方はどうなっとる? 本国に戻り随分時が経っとるはずじゃが?』
「ああ、それですが、あれから全然連絡がないですね」
そうウェーブ将軍からはあれ以来連絡がない。
こっちへ情報が筒抜けになるのを警戒してだろうか?
まあ、発信機の位置で王都内を色々動きまわっていることが確認できるからほぼ意味はないんだが。
まぁ、幸いなことに幽閉されている感じではない。俺たちの味方ってわけではないものの、ああしてきちんと話をした相手が捕まっていたら気持ちがいいものではない。
独裁が強いところだとえてしてそういうのはあるからな。
とりあえず、フォーマ王国を落としたら、こっちから連絡を取るか霧華を向かわせてみるか。
こうも連絡がないってことは、恐らく向こうからこっちに連絡を取ることができないってことだろうしな。
いや、案外それどころじゃないって可能性もあるけどな。
『そちらも要注意ではあるな。と、ヴォルから続報が入った。あの町に兵士を2000置き治安維持とワシらが後方確保を行うと決したということじゃ。何かあればすぐに離脱もできるようにの。ま、後方を封鎖しとぅてもあの町の戦力では無理じゃろうが。それに、ユキ殿が懸念しとる魔物が大量に湧こうが、事前に連絡が来て、反転して十分に突破できる』
「ですね。やるならば今こそ最大のチャンスですからね」
『うむ。よぅわかっとるではないか。実のところ敵が背後を襲うは最善手ではない。こうしてお互い歩み寄っとる時の不意打ちこそ最上の手じゃ。何せ下されとる命令は相手を傷つけるな刺激するなじゃからな。別命があるまでは下手に戦えぬ。ゆえに逃げるしかない』
そう、命令を無視せざるを得ない判断を求められる今こそ、軍としての弱点なのだ。
命令を遵守してこそ軍として成り立つ。だからこそ、話し合いをしている相手に攻撃はどうしてもできない。
で、それをしないということは、相手が実際どう考えているかまではわからないが、ズラブル軍が敗走する可能性は大きく減っているということだ。
もちろん辺りのダンジョンはすでに支配下なんで、実際にはそんなことにはならないけどね。
「ミリー。で、領主たちのほうは?」
「はい。監視から報告が来ています。今の地位を維持してくれるのであれば特に問題はないということでまとまったそうです。町に残っている人たちの多くはズラブルの噂を聞いていて怖がってはいるようですが、上はそういうことは無いようです。まあ、そうですよね。事前に町の上層部とはズラブルからの密偵が行き来して交渉をしていましたからね」
「だな」
そう、色々言っていたが、この状況は出来レース。
『うむ。この町に我が軍が迫ることがあらばおとなしゅう支配下に入るという話をしておったからな。ショーウもかの雪山で我がこと成れりとさぞ喜んでおろう』
ちゃんと交渉ができるように、外交ルートを作っておく手腕。
流石大皇望だな。
「くちゅん!」
「おや、風邪かい?」
「あー、そうかもしれませんね。ここはひどく寒いですし。それより、陛下たちは無事に町を落とせたでしょうか」
「ミリーからはまだそういう連絡はないし…、まぁ、のんびり温かくして待ちましょう」
「というか根回しはしっかりしておいただろう? 心配は無用さ。むしろ僕たちの心配事は……」
「雪合戦しよう!」
「するのです!」
「「「それだけはいや」」」
ついに動き出すズラブル軍。そしてフォーマ王国はどう動くのか! そしてハイーン皇国は?
町はこのままおとなしくするのか。
事態が今動き出す!
あ、昨日日曜日は「レベル1の今は一般人さん」の更新が遅れていまいました。
投稿日だったのをすっかり忘れて執筆もしてなかったので深夜に投稿となりました。
皆さんごめんなさい。




