第1032堀:友との約束から大山脈へ
友との約束、そして大山脈へ
Side:ラビリス
「頼むぞ! 本当にホントーに頼むぞ!」
「ええ。任せて頂戴」
ユーピア皇帝にがっくんがっくんと揺さぶられたまま、何とか私は返事をする。
ったくもう、いったいこれ何度目かしら?
いえ、もうこれで終わりなんだからもうちょっとの我慢よ、我慢、私。
私たちは今から大山脈へゲーエンの影を追い、また、かの地の魔物の調査のために旅立つ、その直前に最後のあいさつに来た。
で、そんなことをしてしまったばかりに、揺さぶられているわけ。
「陛下。その辺で。ラビリス殿のお体に障ります」
ええ。もう今にも気持ち悪くなりそうだわ。
だからもっとはっきり言ってしっかり止めて頂戴。大皇望ショーウ。
「むう。確かにそうじゃな。じゃから、ワシが万軍を引いていければ……」
「それは無理ですから。大山脈は強力な魔物に対し大軍の利を全く生かせない地形。そして山頂付近は岩と雪という極限の世界です。軍を伴っても魔物にやられるか、凍死するしかありません。そんなところへの進軍の許可などだせませんと何度も申し上げました」
「されば、ワシが自ら同道するのがよかろう! なにもアスリンたちがいらぬ危険を冒す必要なぞない! 違うか?」
「はぁ、陛下だけが行ってどうするんですか。それに、その間ズラブルの行政が止まってしまいますよ」
「そんな柔な組織にしとらんわ。現にワシが遠征に出たときはお主や影皇帝どもが切り盛りしとるじゃろうに。ゆえに問題なかろう」
「問題大ありです。立場的にもそんなところにやれますか!」
「だからじゃ。そんな場所に、アスリンたちを放り込むとかいうがそもそもおかしかろうが! 大人のワシらが行くべきじゃ!」
大人と子供っていうだけなら言ってることは一般的には当たり前でユーピア皇帝に一理あるんだけど、それで一国の国主が代わりにでるとかはないわよ。
というか、私たちのことを心配してくれるのはうれしいけれど、それって余計なお世話なのよねー。
まあ、ユーピア皇帝自身、それが分かっていないとは思わないけど。
それだけアスリンたちが心配ってことよね。
「えーと、ユーピア皇帝。一応僕もいるんだけど」
「同じく私もいますから、大丈夫ですよ」
「ワシから見ればエージル殿、ミリー殿もまだまだ若い。心配じゃ!」
「そんなこと言いだしたら、陛下より年上の人なんてどこにもいませんよ。というか、いい加減にしないとアスリン殿たちに嫌われますよ? 彼女たちは歴としたウィードが誇る立派な将軍なのです。それを子供だから心配などと言い募るのは侮辱となります」
「ぬぐっ!? そ、そうか?」
ユーピア皇帝は恐る恐るアスリンたちに方へ視線を向ける。
そこにはちょっと困ったって様子のアスリンとフィーリアが立っている。
先ほどのがくがくもこれまで何度もやってきたし、まぁ、ちょっとした挨拶程度だと思っているのでしょうね。
「えーと、ユーピア皇帝ちゃん。何度もいうけど大丈夫だよ。ちゃんと戻ってくるから」
「そうなのです。ユーピア皇帝ちゃんにも私たちを信じてほしいのです。フィーリアたちはユーピア皇帝ちゃんが無事にフォーマ王国を抑えてハイーン皇国と決着をつけると信じているのです。それってできないのです?」
「斯様なことはない! ワシは心から友を信じとる。そしてその応援を受けハイーン皇国との決着、しかとつけるとここに誓おう!」
ユーピア皇帝は胸を張ってそうはっきり宣言する。
ちゃんと戦況分析はできてるのよね。
うんうんよかったわ。この程度の戦力分析もできない皇帝が仲間とかぞっとするもの。
あとは、ユーピア皇帝の気持ちが納得するだけ。
まあ今までのことだって、ただ単にアスリンたちが心配でたまらないってだけなんだけど。
それは傍から見れば当然よね。だって女子供だけで危険区域の調査をするって言ってるんだから。
とはいえ、ユーピア皇帝もちゃんとこちらの実力は知っている。
あとは私たちをなんとか信じてもらうしかないわ。
でも、そんな私の悩みなんて必要ないといわんばかりに、アスリンとフィーリアは満面の笑顔で小指を差し出し……。
「じゃ、約束しよう。戻ってきたら沢山遊ぼう」
「そーなのです。約束は守らないといけないのです」
「……2人とも。うむ、うむ! そうじゃな。約束じゃ! 帰ってきたら沢山遊ぶのじゃ。ラビリスも、エージルも、ミリーもよいな? みんなじゃぞ」
あらら、心配の対象ってアスリンたちだけじゃなかったのね。
こんなこと言われたら約束するしかないじゃない。
「ええ。ちゃんと戻ってくるわ」
「任せてよ。とびっきりの情報と一緒にもどってくるからさ」
「そうね。戻ったらセラリア女王も交えて秘蔵のお酒でも飲みましょう」
うん、私たちだってみんな、ユーピア皇帝のことを嫌いなんてことはない。
だから、こうしてしっかり約束を交わす。
ちゃんと約束を果たすために。
「ああ、楽しみにしておる。とはいえ、ただで友軍を送ったとなればズラブルの沽券にかかわる。ショーウ。しばらくウィードへの出向はやめよ。せめてお前がその身をもってアスリンたちの盾と……、先導となれ」
「盾って言いませんでしたか?」
「気のせいじゃ。言ぅたように後方の安全確認を全てウィードに任せたとあってはズラブルが沽券にかかわるじゃろう?」
「まあ、それはそうですね……」
「お主も多少なりと腕は立つし、頭もよい。そして何より、大山脈が情報、ズラブルの視点でも収集が必要じゃ」
こういうところは冷静ね。
軍隊をつけられないなら信用できる実力者であり、こっちからは簡単に切り捨てられない人をつける。
うん、やっぱりユーピア皇帝はちゃんと皇帝しているわね。
一安心。
「そうおっしゃるのであれば否はありません。ですが、急の参加ですから、ユキ様にきちんとご許可を頂かなくては……」
「ああ、その心配はいらないわよ。ユキからは同行者が誰かしら来るだろうから、私たちの判断で受け入れ許可はだしていいって言われているわ」
「さすが準備がよいことよ。では、さっそく行動に移れ。通行許可はショーウがいれば問題なかろう」
「はい。私がいれば国境で止められることはありません。ですが私の旅支度が必要なので少々お待ちください」
という一幕があり、私たちはショーウを伴って大山脈の麓の町へとたどり着いた。
ここまで車で約3日といったところ。
「いやはや、車は何度も経験しましたが、やはりぜひ欲しいですね。何といってもこの走破性能に居住性。これが軍に、いえそれよりむしろ一般に普及すればどれだけ物流の革命が起きるでしょうか。まあ、ゲートもいいのですが。こちらは臨機応変に地方の村や町への供給にも使えて利便性はゲートよりも上といってもいいでしょう」
ショーウは物凄く物欲しそうに車の評価を言いながらこちらを見つめる。
「そんなこと言っても私たちじゃ許可は出せないわよ」
「そーだよ。それに車って免許がいるんだよ。ちゃんと勉強しないとダメなんだよ」
「あと、車だけあっても整備ができないのです。ちゃんと工場を構えないと十分な整備ができなくてあっというまに壊れるのです。整備、燃料、これらがすべてそろって初めてちゃんと運用できるものなのです」
「はは、それは重々分かっておりますとも。しかし、ウィードの許可に、免許、整備、燃料ですか。導入はなかなか遠そうですね……」
「はいはい。車が欲しいってのはいいけど、これからどうするんだい?」
「はい。まずは冒険者ギルドに挨拶をしたあと、ゲーエン殿が通ったとされる道をたどろうと思います。事前になるべく情報も集められればいいですね」
ゲーエンのことは冒険者としての有名人ってことで知った事になっている。
その彼の足跡を追えば山頂の調査もできるだろうという予想。
流石にゲーエンがダンジョンマスターかもっていうことは、ズラブル大帝国側には報告していないわ。
フォーマ王国のダンジョン確保もね。
下手に期待されても困るし、領土問題もあるから。
「へぇ。意外としっかりした冒険者ギルドね」
ミリーの言葉に目を向けると、そこには大きな屋敷といえるほど立派な建物が建っていた。
「はい。何といってもここは大山脈から襲ってくる魔物を防ぐための最前線の冒険者ギルドです。設備もそれ相応にととのえていますよ」
幸い、ショーウがいたおかげで冒険者ギルドへの挨拶はスムーズに済んだのだけれど……。
「すまないな。ここ100年、大山脈に行くような酔狂な奴はいなかったな」
と、すまなそうにギルド長さんは答える。
「なにせ戦乱が続いているからな。なんとかここを維持するので精一杯ってところだ。ズラブルのギルド長とそちらの大皇望殿のおかげでここ10年はある程度余裕ができたが、それでも大山脈の調査をするような余剰戦力はないな」
ああ、なるほど。
確か、ユーピア皇帝が援助を申し出て傘下に入ったって言ってたわね。
で、それまではここを治めていた国と協力しながら、なんとかここの冒険者ギルドは大山脈から流れてくる魔物を退治していたわけね。
「いえ、これまでここをしっかり維持してくださってありがとうございます。ズラブルを代表してお礼を申しあげます」
「大皇望殿にそういっていただけるとは面はゆい。しかし、大山脈の調査をお嬢さん方だけで?」
と、ギルド長は私たちの姿をみて困惑している。
まあ、当然ね。
今回のメンバーでちゃんと大人って見えるのはショーウとミリーだけだもの。
エージルも大人ではあるけれど、姿かたちはどう見ても少女だし。
さて、ショーウはどう対応するのかしら?
「ええ。こう見えて、彼女たちは実力者揃いです。それは私が保証しましょう。むしろ下手に冒険者を護衛として大々的に雇えば大山脈の魔物を無用に刺激しかねないと思いますが?」
「ああ、その通りだ。10人以内が理想といわれているな。150年前に20名の調査隊を大山脈に送ったら生きて帰ったのが6人。しかも大山脈から魔物どもを引き連れてっておまけつきだったそうだ。その時の被害はそれは大きかったと聞いている」
へぇ、そんなことがあったのね。
「あー、そうだねー。麓の方はオークさんとかで、オークさんが食べている大猪とかグリズリーとか大型の魔物もけっこういるから、そんなところへ大人数で押しかけて行ったらお家を荒らされたと思っちゃうよね」
「ほう。嬢ちゃんすごいな。魔物の生態をよく知っている」
「えへへー」
流石はアスリン。
魔物のお姫様。
こういう魔物たちの生態については誰よりも知っているわね。
まぁ、なにせ本人たちから直接聞いているんだもの。
「ま、そういうことがあってな。じゃあ、15人なら大丈夫だろうってことでちょっと捜索したら、2日後にはもう魔物を引き連れて撤退してきたなんてこともあった」
「よく無事でしたね。こちらにはそのような報告はありませんでしたが?」
「ああ、死者をだすことなくなんとか対応できたからな。その時は現れた魔物の数もそれほどでもなかった。ま、少しでも異常があればとっとと戻ってこいって言ってたからな。あの時は、精々30ほどのオークの群れと10体ずつの大猪とグリズリーの群れだ」
「普通でしたら十分町が壊滅するレベルの集団ですね。下手をすると以前の国の兵力では勝てたか怪しいレベルです」
「あぁ、それを死者もなく撃退できたんだ。ズラブル大帝国には本当に感謝しているよ。で、この情報を聞いてもまだ、お嬢さん方の決意は変わらないか? まったく大山脈の情報はないんだぞ?」
ギルド長は冗談を交えて話してはいたけど、こちらを真剣に心配しているのはよくわかる。
でも……。
「「「変わりません」」」
そうはっきり告げる。
そう、この程度で立ち止まる理由なんてないもの。
色々あった森へと踏み込む女性たち!
そこには一体何が待ち受けているのか!
ゲーエンはどうなっているのか。
前人未到の大山脈へと今踏み出す。




