第1031堀:大山脈攻略決定
大山脈攻略決定
Side:ユキ
まったく、ここ最近わざわざ面倒事をつくりだそうとしているのか、ちゃんと解決に向かっているのかわからなくなってきたな。
俺はクリーナからもらったデータを見ながらそんな思いを抱いてしまった。
甘くしたつもりなんかない。
アクエノキを生かすという決断には、ルナのその場の気分に巻き込まれたんじゃなく、ちゃんとその後を考えて同意した。
だがそれが裏目に出て、こんなところでクリーナの言う通り爆弾になりつつある。
あいつがホントにハイーン皇国とつながっているのなら、ここぞという時に動くだろう。
そしてそれはズラブル大帝国にとって致命傷になりかねない。
「だがなぁ、あのアクエノキがハイーン皇国と繋がりを持っているとは到底思えない」
霧華の部下だけじゃなく、キャリー姫からの情報でも、やつはただひたすらストイックに鍛錬しているようだしな。
根は真面目というべきか、ちゃんと自らが王になっていろいろしようとしただけのことはあって、そこらへんは弁えているようだ。
……うん。なんでアクエノキはあんなことをしたんだよ。
いや、ダンジョンコアの力と神を信奉したからだよな。
はぁ、過剰な力ってのは色々ゆがめるな。
俺も同じか?
ま、俺もそうならないように頑張ろう。
天狗になって足元を掬われるとかは勘弁願いたい。
「色々悩んでいるようだけど、まともに考えればアクエノキは繋がってないだろうさ」
「お、エージル」
その声に気が付けば、いつの間にか執務室にエージルがやってきていた。
ちなみに護衛と補佐をしてくれているトーリ、リエル、カヤの3人は度重なる情報の更新とそれに伴う情報調査、整理で机に突っ伏して煙を吹いている。
「いやぁ、まったくひどいありさまだね」
「あぁ、予想以上に敵の情報が集まらなくてな」
「ジェシカから話は聞いたよ」
「そうか。意外と仲いいよな」
エージルとジェシカは互いに長年覇を競ってきた敵対国の出だ。
にもかかわらず、この二人の関係は別段悪くない。
むしろ仲がいいほうだろう。
「そんなの今更だね。僕は戦争で引きずったりはしないのさ。というか、僕の身内や部下に被害はなかったしね。国が停戦して和を結んだんだ。特にこれといっていうことはないし、それはジェシカだって同じさ」
「ああ、生真面目に命令には従うよな」
「彼女は根っからの軍人だからね。僕みたいに研究者ってわけでもないしさ。というか今回はジェシカ、クリーナ、サマンサが妊娠で休暇中だから、よほど急ぎか大事な仕事でもない限り、イフ大陸の交渉や資料整理は僕が一手にやっているんだよ。だから話はちょくちょく聞いているのさ。それでお互いのことはよく知っている。仲がいいのも当然さ」
「そうか。色々迷惑をかけるな」
「なに、このぐらい。ユキとみんなのためになるなら、どうってことはないよ。そうだね。どうしてもお礼がしたいっていうなら……」
エージルはそういいながらチョコンと俺の膝の上に座ってくる。
「しばらく僕の椅子になってくれないかな。ここんところ旦那さんとの触れ合いが減って寂しんだ」
「そっか、結婚したんだよな」
「おーい。なんかとんでもなくひどいこと言ってないかい? あれだけ夜、愛し合ったっていうのに」
「そういう意味じゃないよ。なんというか、こんなことが当たり前になるなんてちっとも思ってなかったな」
「あー、なるほど。それは僕も同じだね」
エージルはそういって、嬉しそうに体を俺に預けてくる。もう完全に椅子状態だな。
あれからそれなりに時間は経ったけど、いまだにエージルの体は小さいまま。
まったく、大人と子供だな。
「……ん、何か変なことを考えてないかい?」
「いや、小さいなーってな」
「やっぱり失礼なこと考えているじゃないか。まったくこっちだってこの小さい体は気にしているんだよ」
「俺はこのままのエージルでいいけどな。まあ、大きくなるならそれでもいいけど、いずれにせよエージルはエージルだからな」
「はぁ、ユキって自然にそういうこという。まったく…、僕は一体どうしたらいいんだろうね? どうおもう、トーリ?」
「あぁ、そのままベッドに行けばいいと思うよ。でも、今はだめ。仕事がたくさん」
おっと、気が付けばいつの間にかトーリだけじゃなくリエル、カヤも顔を上げてこっちをじっと見ている。
仮眠から目覚めたみたいだな。
「も~。二人とも、僕たちが必死に仕事してるすきにいちゃつくとか~、混ぜてよー!」
「……リエル、だめ。今は忙しい。エージルもそっちの用できたんでしょう?」
「もちろんだよ。大山脈の魔物の件、僕に任せてもらおうと思ってね」
「は? エージルは魔物学もやってたか?」
エージルの分野はエンチャント、魔法付与研究がメインのはずだったが?
それで聖剣、魔剣の調査をしていたはず。
「いんや、全然違うよ。僕は今や日本の機械専攻さ! まあ、あとはおまけで付与魔道具分野かな? って言っても、後者の方はナールジアさんの方が圧倒的に上でね。そっちはアイディアを出したり補佐に回っていることが多いんだ」
そりゃそうだろうさ。
なんて言ってもナールジアさんはエンチャント、付与魔道具制作のエキスパートだ。
しかも、イフ大陸は元々魔力枯渇現象のせいで魔道具技術はそれほど進んでるわけじゃない。
だからエージルの技術が劣っているのはむしろ当然だ。
ということで、エージルはウィードに来てからは地球の機械の解析を専門に行っている。
「で、それがなんで大山脈の調査を?」
「そりゃー、今僕の手が比較的空いているからさ。あとはコメットに、ミリー、フィーリア、アスリンの予定だね」
「おぃおぃ、技術者メンバーだけで行くつもりか?」
「そりゃ、これ以上最適なメンバーもいないだろう? 魔物を調べるついでに環境調査。だって以前、ドラゴンがいる山にザーギスが出張って行っただろう? それと同じさ。今度は僕たちが出るってことだよ」
「うーん、その中で魔物専門家なのはミリーとアスリンだけだな」
「だね。ウィードの冒険者ギルドの重鎮であるミリーに加え、魔物のお姫様だ。これ以上ないぐらいだろう。ということで許可頂戴」
なるほど。ジェシカから事情を聴いて調査メンバーの選定は終わらせてきたか。
あとは……。
「で、本人の同意は?」
「そりゃもちろん得ているさ。ユーピア皇帝の方にもね。いやー、大変だったよ。ワシもついてく~。って散々駄々をこねて暴れまくってさー、最後にゃ全軍用意しろって。まあ、ショーウ殿に止められてたけどね」
ユーピア皇帝は本当にアスリンたちのことが好きすぎるな。
ま、本気でやっているわけではないだろうが、ふざけてられるだけの余裕があるってことだな。
なぜそんなに余裕なのかと一瞬考えて、ある答えにたどり着く。
「……そうか、別に情報が手に入らないってだけで、別段不利ってわけじゃない」
別にズラブル大帝国軍が壊滅の危機にあるってわけじゃない。
むしろ敵の方へと攻め寄せている。
「そうだよ。ユキは敵の情報を手に入れられてないだけで、確実に成果を出してズラブル大帝国の後押しをしている。ユキは心配性だから単純に良い結果だって受け入れられないだけなんだよねー」
「どうも敵の行動を把握していないと落ち着かないんだよな」
「気持ちはわかるけどね。でもこういう時もあるっていい経験さ。そりゃちゃんと情報が集まって準備が整い万全で戦えるのは素晴らしいことだけど、そんな戦場は通常じゃあり得ない。ユキ、それって君が一番知っているんじゃないかな?」
「ああ、知ってるよ。だからいつも最悪を想定して、少しでもマシな対処を取れればと思ってた。あぁ、でも気が付けば相手の行動をすべて把握できるのが当たり前になってたな」
いやー、慣れって怖いね。
それが当たり前になっていた。
「だから、たまには手元の明かりだけで戦う事も必要だよ。そしてその明かりを増やすためにも……」
「大山脈の調査が必要か」
「そういうこと。目の前の問題を一つ一つクリアしていけばいいのさ。そうすれば着実に周りの安全を確保できる。で、大山脈捜索のきっかけになったゲーエンってやつの手記ってのは? 概要だけしか聞いてないけど、中身はどんなだったんだい?」
「中身は手記というか日記だ。自分がどういう生まれで、ダンジョンマスターになったとか、退屈だったとか、そこらへんが一通り書かれていた。いやぁ、筆まめみたいで、その手記の数は10冊分ぐらいあったな」
「10冊!? それでただの偽物って難しくないかい?」
「まあ、可能性は低いとは思ったが裏付けは必要だ。ということで、ショーウが集めていた文献や冒険者ギルドなどからの資料から嫁さんたちに有名人の話を調べてもらったわけだ」
「で、ゲーエンの記録があったわけだ」
「そう。ご丁寧に有名冒険家としてな。で、冒険者ギルドの記録はゲーエンは大山脈に向かったという記述が最後になっている。だからあとは、どこのルートから大山脈に入ったかがわかれば……」
「調査可能ってことか。と、話はずれたけど、で、調査許可くれるかのい? 許可がもらえれば、情報が集まり次第いくよ?」
まぁ、結局はここか。
ま、嫁さんたちやコメットはドッペルでの出撃だし大丈夫か。
う~ん、前回の竜山に行った件もあるし、なかなかダメとは言えない。
「わかった。準備はしておいてくれ。あと、一通りの調査後は大山脈の魔物動向監視も頼むことになると思う」
「わかっているよ。間違ってもズラブル方面やカグラたちの国へ雪崩れ込むのはまずいもんね」
そうエージルに許可を出して、許可の書類を書こうとしていると……。
「連絡がきました! ゲーエンが向かった場所!」
「え!? ほんとトーリ!?」
「……どれ? ああ、ジェシカから」
何というタイミングか。
優秀な嫁さんたちだ。
「こっちにもデータ来てるな。えーと……」
「なになに、これは大山脈の麓にある町だね。ふーん、昔から大山脈からくる魔物を追い返すため砦を作っていたみたいだね。で、今ではここの領主はズラブル大帝国からの支援で落ち着いているって書いてあるね。ほぉ、何より冒険者ギルドも協力してここを守っているのか」
「大山脈付近は強力な魔物が多いって話だからな。こうして、大山脈と隣接している国々にはズラブル大帝国が支援するという条件で傘下に入ってもらったとかユーピア皇帝やショーウが言っていたな」
「ま、よくある話だね。防衛を条件に大国に従う。位置的には、ちょうどど真ん中か。このルートだと、クリーナが調べたヒュドラが住む山頂にも行けるねー。となると、やっぱり死んでても証拠が残ってるか怪しいね」
「そりゃな。大山脈を越えようとする連中は大半が魔物に襲われて餌になるか、山頂の付近の大雪に埋もれて凍死だ。そうそう探しにもいけないし、どちらにしても見つかるとは思えない」
地球でもエベレスト登山者で遭難した人の多くはいまだに回収されず山中にそのままになっている。
まあ、わざと放置しているわけじゃなくて、単に回収できないんだよな。
「ちゃんと防寒具とかも持って行けよ。魔物がいるから魔術が使えないってことはないと思うが、雪山なめると死ぬぞ。ドッペルでの初の死者が防寒装備を持って行かなかったための凍死とか結構あれだぞ」
「いやー。それは避けたいね。準備はしていくよ」
さーて、後方はこれでいい。
さて、残り2か月弱、どこまで周りを固められるかだな。
派遣部隊はエージルを中心とした技術者部隊。
さあ、大山脈には何が待ち構えているのか?




