第1017堀:軍の状況確認と作戦会議
軍の状況確認と作戦会議
Side:ユキ
「……ということで、ユーピア皇帝ちゃんが今後のことで相談したいそうよ」
俺はラビリスからの直接の報告を聞いて、多少とはいえ驚いた。
「話は分かったが……、あのユーピア皇帝だけじゃなく、大皇望ショーウもダンジョンの存在を知っていたのに全く考慮に入れてなかったって?」
さすがにまさかと思う話だった。
「まあ、よくあることよ。貴方みたいに土地の風習や習慣を徹底的に調べ上げるなんてことする人はまずいないわ」
「そうじゃな。というかウィードがあまりに特殊じゃからな。敵対国の民の安全までを保障する。さようなこと、地球での戦争の在り方を学んだからこそ理解はできるが……」
「通常は略奪の対象ですからね。まあ、港など特殊な町であれば乱暴狼藉を控えることもありますが、あまり多くはないでしょう」
「ダンジョンのことは、今までズラブル大帝国が侵攻してきた範囲にはなかったというのもありますわ」
そうやって、俺の驚きに注釈してくれるセラリア、デリーユ、ジェシカ、サマンサ。
このメンバーは元々上に立つものだったからな。そういう事情も把握しているだろう。
……なるほど。今までなかったか。
ま、よくありそうな話だ。
「……よし。理由はともかく、こちらに敵意を抱かれることなく、相談役に指名されたのはいいことだ。ウィードでダンジョンについての知識をショーウが吸収してくれてたのがよかったな」
そう。敵対勢力としてのダンジョンへの危機感を持っていなかったのは驚きだったが、こちらのダンジョンのことを素直に受け入れてくれたのが何よりだった。
下手をすればダンジョンは皆危険という短絡的な思考でそのまま敵対という可能性もあったからな。
「ええ。私たちが一生懸命安全ですよってアピールするよりも、ウィードで暮らす人たちの言葉の方がよほど説得力があるでしょうからねー」
ラッツの言うように俺たちがいくら安全といっても、ショーウほどの人物が鵜呑みにするとは思えない。
だからこそ俺たちはショーウに自由にウィードを歩かせて、自身で情報収集することを妨害しなかった。
自分で精査することに意味があるからな。
まあ、さすがに軍事機密系は隠蔽してたけど。
「で、ユキ。ユーピア皇帝ちゃんの話は受けるのかしら?」
「ああ、受けるって返事を頼む。日程はそっちに合わせるで」
「わかったわ」
そういうと、ラビリスはすぐに席を立った。
向こうで待機しているアスリンたちに連絡をしているのだろう。
とりあえずユーピア皇帝の返答待ちかと思っていたら、セラリアが話しかけてきた。
「向こうの相談に乗るのはいいのだけれど。あなたはどんな方針を示すつもりかしら?」
「基本的には向こうの方針次第だな。まぁ、出来れば俺たちにダンジョンの調査を任せてもらって、結果が出るまでは進軍せず、進軍する時はこっちの言う通りに動いてくれればベストだな」
なーんてバカみたいなことを言ってみる。
すると、セラリアははっと鼻で笑い。
「そんな風にいけばまさに理想ね。どこからどう見てもウィードの操り人形でありえないと思うけど」
「俺も同意だ」
今までずっと、超劣勢の立場から始めて自分たちの力だけでハイーン皇国を退けてきたんだ。
なのにいきなりぽっと出てきた国の助言なんかに従うわけがない。
まぁ、せいぜい参考にする程度が関の山だろうな。
ユーピア皇帝やショーウだけなら全面的に受け入れるかもしれないが、それが末端までいきわたるかは不明だ。
「私が聞きたいのはそんな夢物語の理想的なお話じゃないのよ。現実的にどうなるかって話」
「現実的にね。まあ、さらに諜報に力を入れて、その結果を考慮、反映して進軍じゃないか? というか、これぐらいしか言えない」
俺はズラブル大帝国の政治と軍事のバランスとかしらんし。
「まあ、そんなものよね。ともかく、ズラブル大帝国に倒れられては困るのも事実よ。オーレリア港やグスド王国パルフィル王女のこともあるし、私たちも絶対にひけないわよ?」
「そこはわかっている」
「そういえば、パルフィル王女は今どうしているの?」
「今はズラブル大帝国帝都を拠点に旧グスド王国領の安定に尽力しているみたいだ。とはいっても、実際に被害を受けたのは王都とその兵力だけだからな」
「あら? グスド王国はすべて叩き潰されたんじゃなかったのかしら?」
「わかっていていうなよ。抵抗したのは王都の王族と軍人だけだ。実際に民間人まで虐殺したのは唯一オーレリア港ぐらいだ。まあ、対外的には民間人まですべて焼きはらったって噂を流してはいるけどな」
「……苛烈、加虐、恐怖の見せ所ってわけね」
「そういうことだな。いやー、偉大な君主論を知らずに知らずの内に実践する。恐ろしい限りだ」
ユーピア皇帝やショーウはそれをやってのける。
ここの戦史をまとめるだけで面白いことになりそうだ。
あー、後日そこらへん話してみるか。
「ともあれ、実はほとんど被害を受けることなく生きていた王都の民は、逆に殺されたに違いないと思っていたパルフィル王女が無事生きてたことに感動。元々民間人の被害は少なかったこともあって旧グスド王国領のズラブル大帝国への反発は少ないそうだ」
「目的は達成したってわけね。……けど、グスド王国の王族たちは残念ね」
「そこは意地だしな」
ハイーン皇国に援軍を頼んだ手前、降伏するわけにもいかない。
だから最後まで戦い抜いて倒れた。
「……あなた。ズラブル大帝国がする戦だから口を挟むのはお門違いだけれど。無為な犠牲は避けて」
「わかってる」
戦争で被害を被るのはいつもそこに住む人々だ。
住む場所がなくなるのも、親しい人が死んでしまうのも、故郷を捨てて逃げるしかないことも、口にできないほどつらいことだ。
もちろんこんなことはユーピア皇帝も大皇望ショーウも百も承知なのはわかっている。
だが、ちゃんと伝えておこう。
うちの嫁さん、女王陛下の言葉を。
「うむ。しかとセラリア女王の意志、受け取った」
「はい。私たちとて無用な犠牲を望んではおりませんから」
ということで、会談の冒頭、忘れないうちにとセラリアの言葉を告げたら2人はすぐに頷いてくれた。
「心をなくしては統治はできぬからな」
「ええ。私たちは決して第二のハイーン皇国となってはいけないのです」
そういう2人に、同席するズラブル大帝国の重鎮たちも皆揃ってうなずいて同意をする。
「では、今の言葉を方針の大前提とし、ハイーン皇国をどう攻めるかの会議を始めよ」
「はっ。その前に、今回、ウィードより特にダンジョンについてのアドバイザーとして王配であられるユキ様がわざわざ来てくださいました。改めて御礼申し上げます」
「いえ。まだ力になれると決まったわけではありません。ですが、私の知識が役立つのであればお聞きください」
俺はそういってみんなに挨拶をして席に着く。
「ありがとうございます。では、まずは戦力の現状を確認をしたいと思います。第一方面軍から報告を」
そうショーウが言うのに合わせ、ユーピア皇帝が立ち上がる。
なんで?
「ワシが率いる第一方面軍は何も問題はない。いつでも出撃できる。というより、ウィードからの物資供給により、更なる軍備増強が叶っており他の方面軍へも支援も可能な状態じゃ」
あ、そうか。
第一方面軍はユーピア皇帝が直々に率いるって言ってたな。
あれは額面上ではなく、本当に率いているわけか。
まぁ、現場指揮などの実務までしているとは思わないが、皇帝自ら率いるか、戦国時代だねー。
我に続けか。
確かにレベルがあるこの世界ならなおのこと有効な戦い方だろうな。
強い皇帝が敵軍を切り裂いて前に進む。後ろから続いた部隊がそれを広げる。
隊伍を組んだ兵と兵のぶつかり合いではそれが基本だ。
「ありがとうございます。次に第二方面軍の報告を」
「はっ。第二方面軍は現在もまだ再編中ですが、次の作戦には間に会う予定です。戦力的にはこちらもウィードの支援があり以前よりも強力となるでしょう」
そう報告をするのはグスド王国を攻め滅ぼした第二方面軍司令ヴォル。
オーレリアであれだけの惨敗を喫しておいてなお、今の立場にいるというのは不思議だが、まあこれだけの軍を纏める才能を持つ者はそうそういないし、ウィードとは結局和解したこともあるから、そういう感じで引きとどめられたんだろう。
ま、ズラブルの人員配置に対して文句を言うのは俺の仕事じゃない。
そんな感じで報告が続く。といっても方面軍は第4軍まで。
ユーピア皇帝が率いる第一軍は基本的に国内防衛用戦力。
ヴォル率いる第二方面軍が南の海沿いからハイーン皇国を攻める軍。
第三方面軍はヴォルとは逆の北側というか中央を押し上げる軍。なのだが、この第三軍は実際には第一軍の魔物の主力を借りて動く軍らしい。なので第一軍の増強具合がそのまま反映される。
まあ、そうだよな。虎の子とは言え、第一軍の皇帝直属の国内防衛部隊にワイバーン部隊を縛り付けておく意味はあまりない。
所属はいざ知らず、有効活用するなら、ほかの軍の支援に回した方がより効果的だ。
そして第四軍は軍というより治安維持部隊のようだ。これの責任者をショーウがしているようで、下した国の統治と治安維持に使っているようだ。
まあ、ハイーン皇国から戦力を引きはがしたいズラブル大帝国にとって降伏し、支配下に入った国や一般人が協力してくれるようにしないとまずいからな。
さて、今の説明で主にハイーン皇国へ攻め込むのは第二軍と第三軍になるはずだが……。
「ふむ。やはりヴォルが率いる第二方面軍の再編がまだ終わっておらんか」
「申し訳ございません」
「いや、そのことを責めておるわけではない。なにより、お主の処分はすでにすんでおるしのう。で、今すぐ動けるのは第三軍のみか」
「そうなります。第三軍は国境近くで待機している状態で、命令さえあればすぐにでも侵攻できます」
「うむ。そこはぬかりないな。とはいえ、第三軍だけで攻めるのは微妙じゃな」
「はい。ハイーン皇国の各地から敵軍が集まりかねません。敵戦力はなるべく分散させる方がいいでしょう。なので私としては第二軍の再編と再配置が終わるまではそのまま待機させる方がいいかと」
「その待たれている私が言うのもなんですが、ユキ様のお話ではウェーブという将軍がハイーン皇国へと戻ったというではないですか。あまり悠長に構えていては対策をされてしまうのでは?」
ユーピア皇帝とショーウは万全の準備を整えた方がいいと思っているようだが、ヴォルとしてはウェーブ将軍がハイーン皇国に戻って敵が体制を整える前に攻め込んだ方がいいという意見だ。
どちらの意見もわかる。
時間をかければこちらの戦力は増強できる。
しかし、相手の戦力も増強される可能性がある。
どちらが勝率が高いかはこの時点ではわからない。
「ふむ。ヴォルの意見もわかる。じゃが、こちらとしても戦力を整えれば負ける可能性が少なくなるというのもわかるな?」
「はっ。それはわかります。ですが、あまり悠長に構えている暇はないかと。我が第二軍と第三軍、時間差で動いても同じ効果が、いえ第三軍が陽動を引き受けてくれるのであれば、第二軍の勝率は上がり、敵は浮足だつかと」
「確かに……。第三軍が敵を引き寄せるというのは戦略として有効でしょう。とはいえ、まずは地図を広げて検討しましょう。どこをどのように攻めるのか、そこをしっかりと考えて検討するべきかと」
ショーウがそういうと、控えていた兵士がサッとテーブルに地図を広げる。
ちゃんとダンジョンの位置も記されたものだ。
さあ、これからが本番だな。
ハイーン皇国側に攻めこむための作戦会議。
ここで伝説になるようなお話がうまれるのか。
こうして理詰めでいくのが雪だるまは相変わらず好きです。




