第999堀:早速準備
早速準備
Side:ユーピア
楽しき時というは瞬く間に過ぎ去ってしまうものよな。
この世の楽園、親しき友との離別を迫る目前に光るゲートから視線をそらし……。
「やはり、ワシは帰らんからな! ここよりズラブルへの指示を出す!」
ワシはそう宣言しながら、アスリンへと抱き着く。
「えーと……」
「助けてくれぃ、アスリン! ワシはまだここにいてもいいじゃろ!」
おおぅ。珍しぅ困った顔のアスリンもやはり可愛いのぅ。
などとアスリンがことを愛でていると、スパァァン! と頭に衝撃が走る。
「バカなことを言わないでください!」
「おぉ、ナイスツッコミじゃ。さて、ボケはこの程度でよいか」
ワシは満足してアスリンの背中に回した手を解き退こうとしたが、アスリンからワシの体が離れることはなかった。
嬉しきことに、アスリンもまたワシをしっかと抱きしめていてくれたからじゃ。
「また来てね」
「ああ、何度でもくる」
ワシがそういうと背中に回された手が離され、一歩下がったアスリンの後ろからは、フィーリアたちが居並んでワシを見つめてくれておった。
「ユーピア皇帝ちゃん。何時でも助けに行くのです!」
「ええ。それぐらいには仲良くなったつもりだしね。ユーピア皇帝ちゃん様?」
「こら、ラビリスだめですよ。ユーピア皇帝。私も微力ながらお友達として手を貸します」
「ヒイロもー」
「こらヒイロ! す、すみません」
「ヒイロもだけど、ヴィリア、そろそろ慣れなさいよ。友達なんだから。ね?」
「うむ。ドレッサが言う通りじゃ。皆ワシの友である。まあ、公式の場ではちゃんと切り替えるようにな」
本当にワシはここにて素晴らしき出会いを得たものじゃ。
しかも、どの子らもウィードにとって、いや我が国にあっても稀有な人材であり、部下だけでなくあの口喧しきショーウですらワシらが友と呼び合ぅても否定もせぬし、苦言すら言わぬレベルの者たちばかりじゃ。
「では、名残惜しいが、セラリア女王、そしてユキ殿、また近いうちに邪魔をする」
「ええ。待っているわユーピア皇帝」
「はい。お待ちしております。キユのラーメンでもまた食べましょう」
「おう! あれはいいものじゃ」
まさか、あのようなところで国のトップがそろって飯を食べておるというにはいたく驚いたがな。
まぁ、なにより驚いたのが、その飯がまっこと美味い。
あれも是非とも我が国に入れたいものじゃな。
そしてなにより。
「今度はこっちで飲み明かそうではないか。なあ、セラリア」
「ええ、その日が来るのを楽しみにしているわ。上物のお酒を用意しておきなさい」
「ああ。とはいぅたが、たとえズラブル中を隈のぅ探そうがミリーのコレクションにはかなわぬじゃろうから、ぜひそっちからも提供を頼むぞ」
「わかったわ。って、一応あのお酒自腹なのよ。ちょっと援助してくれないかしら?」
「むう。といわれてもワシのポケットマネーはあまり多くないぞ? あれほどの酒じゃしのぉ……。ショーウ、頼む、少し融通してくれんか? これもズラブルが未来の……」
「却下です。今さっきまでアスリン殿たちと素敵な別れを演出していたのに…、最後に台無しですよ。なんで晩酌の話なんかになるんですか……」
速攻で否定された上になんぞ泣かれてしもぅた。
いや、交流を持ちし国主と単に酒を飲もうって話をしただけなんじゃがな?
「まあ、会った時の晩酌代くらいはこっち持つから、希望の品があったらミリーを通じて連絡してくれ。どの銘柄がいいか、まだわからんだろう?」
「おお! ユキ殿、深く感謝するぞ」
「ユキ殿、申し訳ありませんが、あまり陛下を甘やかさないでください」
「甘やかすというか……賄賂?」
「もっとダメな奴じゃないですか!?」
「いやー、別になにか隠れて優遇してくれって言ってるわけじゃないし。てか、ここで堂々とOK出したから賄賂でもない気がするな。それに部下の皆さんもたっぷりお土産もって帰ってるのに、ユーピア皇帝だけ個人的なものはなしって、やっぱりだめじゃない? というかショーウ殿も買い物してるじゃん」
「うっ!?」
「よーいぅた! じゃからワシもそういうことをしても問題なし! ということで次はいつにするか?」
と、次の飲み会とアスリンたちと遊ぶ約束もしっかりして、ズラブル大帝国へと戻ってきたのが昨日の話。
「陛下。ウィードからの物資が届きました」
「カレーと酒か!」
ここ数日で山と溜まってしもぅた書類仕事の手を止め、顔を上げる。
しっかし昨日の今日で、なんともはやいことじゃ。
しかしおかげで、今日からカレー三昧じゃな!
酒はセラリアとミリーが来た時のためと、そうじゃの、属国の方々にも振舞ぅたほうがいいじゃろう。
「なんでそっち限定なんですか。無線機の方ですよ」
「ん? なんじゃ、ショーウまで戻ってきたのか」
よぅ見れば、側近の後ろにショーウの姿まである。
「ええ。戻ってきましたとも。戦争に欠かせない重要物資の到着ですから」
「ゲートさまさまじゃな」
「ですね。おかげで陛下の暴飲暴食を止められそうです」
「さすがにもう、そこまで暴走することはないわ。で、無線機を持ってきたとのことじゃが、設置や使用に関する指導員がおると聞いとったが?」
そう、チョット教われば無線機なぞ容易に使えることは既に経験済みじゃが、それを戦においてより効率的に使うための組織やら方法なぞを教えるための人員まで派遣してくれるとセラリア女王とユキ殿は言ぅてくれた。
話を聞いた当初はなぜそこまで厚遇をと思ったが……。
『この無線機という道具は大陸間交流同盟の王たちも既に使用しており、ズラブル大帝国がこの道具を用いてなお敗北を喫することがあればこちらの信用にもかかわるのです』
と、それは分かりやすい理由を言うておった。
確かに、幾ら無線機があり即座に連絡を取れようが、直ちにその場に兵士を向かわせられるわけではない。
しょせん、戦は負けるときは負ける。
その程度のことすらわからん王なぞ、いくらなんでも同盟国の中にはおらんじゃろう。
じゃが、信用にかかわるというもまた一理あり、国民の信用が落ちれば統治がままならなくなる。
故に、負けなぞすればこれからウィードがズラブルで魔力枯渇現象を調べるにマイナスとなりかねない。
だからこそ適切な使用方法を教えるというわけじゃ。
で、その指導員は誰なのか……。
「はい。指導員の方も同行しております。既に扉の外で待機しておりますが、面会していただいてよろしいでしょうか?」
「なんと急なことじゃな。ま、本当に急ぎじゃから致し方ないか」
「そこは誠に申し訳なく。無線機の配備は急務だったゆえ、連絡が後回しとなりました」
「うむ。以後注意せよ。して、さっそく指導員と顔を合わせよう。我がズラブルにとって今後の国家戦略の要となる。待たせるのも失礼じゃ」
「はい。ではお通ししてください」
「「はっ!」」
ショーウの命令で衛兵が開けたワシの執務室の扉から入ってきたは……。
「無線機の指導員及び情報管理室の設営アドバイザーとしてウィードより出向いたしました、フィーリアなのです」
「指導員補佐のアスリンです」
「ラビリスです」
「シェーラです」
「監督のデリーユじゃ」
「おおっ!!」
なんとそこにはワシの親友たちが立っておった。
「ウィードも人員が不足していてのう。未だズラブル大帝国との関係は非公式じゃからな。ワシらとゴブリン部隊で対応させてもらうことになるがよろしく頼む」
「何を言われるか。デリーユ殿たちじゃからこそ何も心配はない。それに無線機の扱いができるのは前の会議で十分見せてもろぅておるしな」
そう、アスリンたちは無線機の使い方どころか映像を映す道具までもしっかと使いこなしておった。
下手に初対面の者が来るよりもよほど信用ができる。
「で、指導員の代表はデリーユ殿でいいのか?」
「ん? あぁ、違う違う。妾はあくまでも監督じゃ。機械、道具に達者なのはフィーリアじゃ。知っておろう? フィーリアはその手の物の扱いが得意と」
「うむ。知ってはおるが……、まさかこちらを全て任される程とは思わんなんだ」
誰だって、この幼子が最新鋭の道具に精通、熟達しているなぞとは思わんじゃろう。
それ以上に、かくも重大任務の責任者に任ぜられようなぞな。
「アスリンと一緒じゃよ。この手の才能に飛びぬけておるからな。ま、此度はユーピア皇帝との仲の良さも考慮してじゃが。何よりズラブル大帝国においてフィーリアやアスリンたちを侮るなどせんじゃろう?」
「もちろんじゃ。そのような愚か者がおらばワシが直々に裁く」
国家としての、軍事としての、我が友としての、その価値を理解できぬような愚か者なぞ我が国にはいらぬ。
そして改めて、フィーリアの顔を見る。
「フィーリア。ワシに力を貸してくれるか?」
「はいなのです! フィーリアはユーピア皇帝に力を貸すのです!」
「ユーピア皇帝ちゃんでよい。では、さっそく説明を聞こうではないか。どのようにして無線機を使用、運用するのかを」
「陛下。それは私が……」
ワシの言葉を遮るようにショーウが口を出してくる。
そんなことより書類整理をしろという顔じゃな。
じゃが、そうすることなぞできぬ。
「無線機の運用は今後の国家戦略に於ける要であり、重要事項といぅたじゃろうが。ワシがそれを聞かずしてどうする」
「む。その通りです……」
「ということじゃ。フィーリアがアドバイザーじゃったか? 早速説明を願えるか? それとも場を改めたほうが良いか?」
「はいなのです。ここにいる人たちへの説明だけなら場所は変えなくて大丈夫なのです。アスリン、ラビリス、シェーラ、頼むです」
「はーい」
「ええ。任せて」
「じゃ、ホワイトボード出しますね」
うむ、キチンと準備をしていたのじゃろうな。
一切迷うことなく説明の準備を進めるその姿はとてもじゃないが、見かけ通りの幼子のそれではない。
「……むぅ、皇帝を前にここまで堂々と準備をできる者が一体どれほどおるか」
「……はい。それは同意です。まあ、彼女の周りがとんでもないのですが……」
「まあのぅ」
ワシはそう言いながら、準備しておるフィーリアたちが様子を脇で見ておるデリーユ殿に視線を向けた。
彼女は、容姿もさることながら、ワシに対し一切ひるむことなく尊大な言葉遣いをしおると思ぅておったが、亡国の王女じゃったそうじゃ。
まあ、亡国ではあるので立場としてはワシのほうが上じゃが、その立ち居振る舞いは間違いのぅ王族のそれじゃ。
そして何より驚いたは、その腕っぷしじゃ。
ドーダンを打ち負かしたあのセラリア女王の近衛であるクアルよりも更に上と来たものじゃ。
「シェーラ様はガルツの王女ですし、他にも公爵、宮廷魔術師の子供もいます。しかも王の養子として……」
「その者たちが皆ユキ殿の妻となっておるのう。まぁ、政略結婚とはわかってはおるが、いやはやそうそうたるメンツじゃな」
「実に有効な手です。セラリア様が女王である限り、男を送り込むのは国を乗っ取る意思があると取られかねません」
「じゃな。ゆえにユキ殿の側室に押し込む。まっこと実に理に適ぅておる。まあ、ユキ殿やセラリア女王が斯様な見え透いた策に嵌るようなことはなかろう」
さもなくばここまでこれぬ。
既に自壊しておろぅ。
ユキ殿がうかつに女に惑うような愚か者には到底思えんしのう。
「ま、ワシらとしてもありがたき話じゃ。で、今準備をしておるシェーラ、そしてデリーユ殿。ほかにもクリーナ殿、サマンサ殿、ルルア殿、カグラ殿……と名を挙げただけでも恐ろしいほどの伝手じゃな」
「しかもまだ半分も仰っていません」
「うむ。そういう意味でもフィーリアたちと仲良くする価値はある。じゃからこそ、彼女らを害そうとする連中は遠慮なくしょっ引け。ズラブル大帝国を危機に陥れるような愚か者なぞいらぬ」
「はっ」
さて、フィーリアが実力、見せてもらうとしようか。
いや、あの鍛冶の才能だけでも十分お抱えにしたい程なのじゃが……。
技術指導員としては未熟かもしれませんが技術開発では優秀なフィーリアがでてきました。
これで、ちびっ子たちも全員正式な役職もち。
まあ、フィーリアは鍛冶区でナールジアさんの部下みたいな感じではあるけど、これで正式にウィードの士官みたいになる。




