第997堀:一夜明けて人は慣れる?
一夜明けて人は慣れる?
Side:ユキ
チュンチュン……。
見事な朝チュンである。
空は晴れ渡り、気分爽快。
いや、まだまだ薄暗いけど。
東の空は明るんで、もうすぐ夜明けといったところか。
「はぁ、朝っぱらから仕事の話で面倒だが……霧華」
「はっ。こちらに」
いつものように、呼べばサッと現れる諜報員の霧華。
「その後のユーピア皇帝たちの様子は? 昨日はお風呂から後はかかわってないからな」
流石にお風呂まで乗り込むわけにはいかないから、そのあとはすっかりアスリンやルルアたちに任せていた。
俺も仕事がなければ。
「ルルアからは、ショーウの火傷は問題なく治したと聞いたが?」
「はい。監視画像で治療時の様子は確認しておりましたが、あまりにあっさりと治ってしまい、非常に驚き、また、大変興味を示していました。なので、本日の面会ではまず第一声に治療の件があるかと」
「わかった。そのあとウィードの紹介って所か」
「はい、そうなると思います。まずは昨日のルルア殿の治療と回復魔術のことに関しての質問が来るかと思います。かの国にとって治療技術の向上は戦死者を減じることに直結しますので、おそらく最優先になるかと思いますので、それに対する対応も考えておいたほうがいいでしょう」
「そっかー。そうなると、予定は調整しないといけないわけか」
今まで治せなかったものが治った。
そして霧華の言ったようにズラブルは現在進行形で戦争状態というのもあるから、その技術は是非ともほしいだろうな。
はぁ、どう予定を組みなおすかね……。
「はい。そのうえ、部下のメイドなどへは、ばらけて町の様子を見てくるようにと命令もしておりましたので、そちらにも監視と案内を付けるべきかと」
「あー、あったな」
ちっ、そっちの方もちゃんと手配をしないといけないか。
……よし、考えがまとまらん。
「とりあえず、旅館の方に行くか」
「はい」
ということで、俺はまだ外がちょっと暗かったけど旅館の方に移動した。
到着した旅館は鬱蒼と茂る森の一角にあり、まだ薄暗い周囲の中でポツン、ポツンと窓の明かりが漏れている。
「そういえば、夜の間の動きはどうだった?」
「交代で護衛の兵士が夜警に出ていただけで、皆さんぐっすりお休みになられていました」
「そうか。寝不足などの体調不良はなさそうだな」
そんな話をしながら玄関をくぐった途端、ルルアに出くわした。
「あ、旦那様。おはようございます」
「よ。おはよう。って、どうしたルルア?」
「私はこれからショーウの経過観察ですよ。あそこまでひどい火傷、しかも負傷して随分日にちが経ったものを治したのは、これが初めてなもので」
「ああ、なるほどな。しかしよくエクストラヒールだけで治せたな」
「幸い、皮膚の状態を傷と認識できたのでよかったです。欠損の部類と認識してしまっていたら厳しくなっていましたね」
「なるほど」
うーん、回復魔術もまだまだ謎が多いようだ。
欠損と傷の違いとは何ぞや?
まあ、広義というか、一般的には欠損は切り落とされたり、部位がなくなる損傷などを言う。
では、傷は何を指すのか。損傷=傷である。
あれ? そうすると、結局欠損と損傷は同じではないか?
いやー、ああそうか、欠損は復元するべき元がないという事だ。
でも、傷だって損傷した、つまり欠損して無くなった細胞を補う、復元することをいうよな。
やはり、根源としては、欠損と傷は同じ意味なわけだ。
まあきっと、基礎再生能力を超える損傷を欠損と呼ぶんだろうけどな……。
と、素人があれこれ考えたところで何かわかるわけでもない。
まずは、ズラブル皇帝ご一行様の様子をうかがわないといけない。
「で、そのショーウ殿たちは?」
「すでに起きて、朝のバイキングに向かっています」
「じゃ、俺たちも軽く食べるか」
「「はい」」
朝食の席に顔を出しながら何も食べないとか、食べている側が気を遣うからな。
で、食堂の方に行ってみたら……。
「これもじゃ! これもじゃ! 山ほど食べるぞ! どうせウィードを離れるのは当分先じゃ、皆の者も食い溜めしておけ!」
「「「はっ!」」」
「「「わーい」」」
なんか、ユーピア皇帝自らが直々に食いまくれと命令を出しているところに出くわしてしまった。
そして、ユーピア皇帝だけじゃなく兵士の皆さんも思い思いに、バイキングの料理を山のように皿に盛ってはバクバクと食べていた。
そしてその横で楽しそうに朝ごはんを食べているアスリンたち。
「……とりあえず、空いている席に付くか」
「「はい」」
なんか食べるのに必死になっている人たちの邪魔をしてまで、今後の予定とか話す気にはなれない。
というか、あの盛り上がりの中で平然と朝食が食べられるアスリンたちの精神はすごいな。
と半分感心していると、他の人たちに交じって朝食を選んでいたショーウがふとコチラに気付いた。
「おや、ユキ様ではないですか。ルルアも、霧菜殿も。おはようございます」
「「「おはようございます」」」
と挨拶を返している間に、そのままショーウは俺たちのテーブルへ来た。
「どうでしたか? この旅館の居心地は?」
「ええ。びっくりするぐらい居心地が良いです。朝から早速お風呂をいただきました。と食事をしても?」
「ええどうぞ。ただの雑談ですから」
俺がそういうと、ショーウはパンをちぎって口に運ぶ。
「ん。パン一つとってもやはり違いますね。やわらかいしほんのり甘い。わが国では陛下にお出しするのがやっとというレベルの白パンが当たり前のように、しかもふんだんにあるとは驚きです」
「あー、そういえばズラブル大帝国のパンは多少堅めでしたね」
黒パンというとぼそぼそ。
さらにフランスパンのように固いというおまけつき。
だが、それがまずいかというのかというとまた別だ。
俺はあれが黒パンの味だと思っているし、あれはあれで美味いと思う。
あれだな、現代では麦飯は体にいいといわれあえて作って食べているが、ちょっと昔だったら貧乏飯だといわれていたのと同じだ。
そんなことを考えながら、取ってきた朝食を食べる。
うん。やっぱり美味しい。
バイキングとは言いつつも、ちゃんとした料理だ。
安宿のバイキングとか、手を抜いているとまでは言わんが、予算が少ないだけに所詮それなりだったりするからな。
仕事で泊まったビジネスホテルのバイキングとか、あっさりしすぎてたしな。
「……あれを多少と言ってもよいのでしょうか? ところで、ルルアがこちらにいるというのは……」
「ええ。ショーウの様子を見に来ましたよ。どうやら問題はなさそうですね」
「はい。おかげで今朝はずいぶん久しぶりに朝から服を着替えなくて済みました。いつもなら火傷した皮膚が寝ている間にひび割れて、服に血がにじんでいたのですが。それがまったくないのです」
……結構恐ろしいことをさらっというが、とんでもない大けがをしていたもんだ。
まぁ、半身の火傷ともなると、現代医学でも助かるかどうか微妙なところだったのを、生き延びているからな。
ショーウはやっぱり大皇望と呼ばれるだけの下地はあったんだろう。
「そうですか、それはよかったです。ですが、ちゃんと診察はしますので食事後に時間をいただけますか?」
「ええ。是非ともお願いします。またあの状態に戻るなど絶対に嫌ですからね」
と、ルルアの診察を快諾するショーウ。
いやぁ、予定通り、大皇望を抱き込むことに成功した感じだな。
ま、怪我をそのままにしておきたいなんて女性はホントに珍しいだろうからな。
スタシアはその例外中の例外。
「それで、その治療の際に、できれば回復魔術の知識に関しても教えていただければと思っているのですが、ユキ様大丈夫でしょうか?」
あ、ここでその話を持ってくるか。
とはいえ、予定があるので……。
「そうですね。今後の予定を一旦話し合ってよろしいですか? 魔術の件に関してはそれ相応の時間がいりますからね。本当に触り程度でいいのならルルアが治療の間に教えてくれるでしょうが、それがそちらの望みで?」
「いえ。問題ない範囲で構いませんので、是非ともウィードが保有している回復魔術の知識が欲しいと思っております。ですので、本格的に教えて頂ければと」
当然の反応だよな。
回復魔術の向上は直接、人命を救うことにつながる。
家で霧華が言っていたように戦争をしているズラブルにとっては喉から手が出るほど欲しい知識だろう。
「じゃぁ、予定のすり合わせが必要ですね。ユーピア皇帝に話を……」
「その心配はいらぬぞ。既に隣の席に移動しておるからな」
と、いきなり背後から声を掛けられ振り返ると、そこにはトレーに山盛りとなった朝食と対峙し、モリモリとその山を切り崩しては口に放り込むユーピア皇帝の姿があった。
「陛下。いつの間に」
「アスリンたちが兄がきたと喜んでおったからな。のう?」
「うん。お兄ちゃんが来たらすぐわかるよー」
「兄様のことならなんでもわかるのです!」
「そうね。で、魔術の授業を本格的にするのかしら?」
「いや、魔術の授業はそんな一朝一夕で終わることじゃないからな。な、ルルア」
「はい。入り口にあたるホンの軽い説明は昨日お風呂でラビリスがしていましたが、本格的となるとかなりの時間が必要です。一か月でも全く足りないぐらい」
そう、ことは技術の研究という分類になる。
一日二日ですべてを知り、理解できるなら誰も苦労はしないだろう。
その程度のことはユーピア皇帝もわかっているようで……。
「当然の話じゃな。はぐ。本格的な魔術の講義は後日こっちで、ぱく。人員を選定するゆえ、受け入れてもらえるとありがたい。もぐ。じゃが、その前にウィードの、ルルア殿たちが教える知識とやらが本当に役立つかを示せるものがほしいのう。ごくん」
「食べてからしゃべって下さい陛下!」
「郷に入っては郷に従えというじゃろう。このバイキングでは食べながらしゃべってもよいのじゃ。マナーはほかの客に迷惑をかけないこと。じゃろう、ユキ殿?」
「ええ」
この場にはズラブル大帝国の人とウィードの人しかいない。
迷惑をかけるような一般人はいない。
なので大丈夫というしかない。
一般常識としては、食べながらしゃべるとかダメなのだが、まぁ、目くじらを立てて怒るほどのことでないのも事実。
「はぁ。陛下が……まったく、申し訳ございません。どうもウィードに来てから良識も見識も常識も全てが吹っ飛んでいるようで……」
ショーウがいかにも申し訳なさそうに言うが、原因は……。
「ユーピア皇帝ちゃん。これ美味しいよ。はい、あーん」
「おお、遠慮なく。あーん」
「こっちも美味しいのです」
「もちろん頂くぞ。あーん」
「あら、モテモテね」
「ふはは!」
……どう考えてもアスリンたちが悪影響を与えているように見える。
「いえいえ。こちらこそアスリンたちがちょっとはしゃぎすぎているようで」
お互いにペコペコすることになる。
「ワシとて公式の場ではちゃんとするわい。で、どうじゃ? ワシらが滞在中に回復魔術の知識を教えて貰い、我が国で説得出来るような成果はだせるかのう?」
「うーん。数日では正直に言って非常に厳しいでしょう。せいぜい、基礎理論を教えて、人体について講義をして、それで終わりになる可能性が極めて高いです」
「ま、当然じゃな。うむ、別にこの数日にこだわる理由もないのう。どうせゲートで一瞬じゃ。やはり、向こうで選定して連れてきて、そ奴らにウィードの魔術知識を教えてもらう。それがよかろう。して、その必要性を説くには、ショーウが一肌脱げば……と、それはまずいか。やはり、ここはルルア殿かアスリンたちでもいいが患者を治療してもらうが一番よい」
「それが妥当でしょうね」
「細かきことは、今日の予定が終わった後でよい。急に予定を変更するとなるとユキ殿たちも大変じゃろう。ということで、まだまだ食べるぞー!」
「「「おー!!」」」
この後、いつもの如く食べ過ぎで予定が2時間ずれたのはまぁ、当然の帰結だった。
人って意外と順応性って高い。
暑いといころから極寒の地まで根を下ろして住んでいるからね。
だから、人は慣れる生き物だ。
ユーピア皇帝は慣れすぎていても何も問題はない。




