第993堀:ひとまずプチ会議
ひとまずプチ会議
Side:ショーウ
……私は確か、たった2日前にやっと大海原を渡り、大山脈の彼方にあるシーサイフォ王国へと到着して、その地を治めるエメラルド女王だけでなく、偶然居合わせたハイデン王たちとの面会を果たしたばかりのはずだ。
なのに今、目の前には……。
「ほれ、ショーウすごいぞ! このボタンを押すのみで、かくも煌々たる明かりが一瞬で点いたり消えたりするぞ」
そこには、ただの童のようにカチカチと部屋の照明をつけては消して遊ぶ、我が主ユーピア皇帝の姿があった。
そう、私が今いるのは、なぜかウィード。
たった2日で、いや一瞬で私たちはウィードへの訪問を果たしたのだ。
……う~ん、何を言っているのか自分でもわからなくなってきた。
というか、まずはそこではしゃいでいる陛下を落ち着かせないと、話の整理もできやしない。
「……そんな程度のことで子供のようにはしゃがないでください。目が痛いですし。それに、既に空母の中にあったと報告したはずです」
「それはショーウの体験にすぎぬじゃろうが。ワシにとっては初体験なのじゃ。斯様なもの、しかと自身で体感してこそじゃ」
「気持ちはわかりますが、もう少し落ち着いてください。これからのことも相談できません」
「……まったく生真面目じゃな」
「この程度のことで冷静さを失うようではダメだと思いますが?」
「別にワシも冷静さを失ぅてはおらんわい」
と、いかにも不満そうにいいながらも、ようやく陛下は電気のスイッチONOFFをやめて、おとなしく対面に座る。
「うむ。畳といぅたか。うむ、よい、靴を脱ぎ床を歩むは意外と心地よい」
「そうですね。この畳に使っている草の香りも私には好ましいです。と、話の前にお茶でも淹れましょう」
私は空母にも備え付けられていたティーバッグセットを使って、パパっとお茶の準備をしたら、陛下はそれにすら興味津々な様子でのぞき込んできた。
「はぁ、いちいちそんな調子では、ウィードでは一歩も前に進めませんよ?」
「場ぐらいわきまえるわ。しかし、なるほどのう。茶葉をこの小さな袋に収めておるのか」
「はい。その通りです。まあ、パックをそのままにしていると味が濃くなりすぎますので、適度なところで取り出すことをお勧めします」
「ふむふむ。しかし、斯様に手軽じゃと、メイドにやらせる必要すらないのう。うむ、ぬしらも気にせず座れ」
陛下が突然、傍らを叩きながら世話係としてつき従っているメイドたちにそんな命令を下す。
しかし、使用人が主と同じところに座るなどあってはならないこと、その二律背反の状況に一瞬固まってしまう。
王の戯れにも毅然と対応するのが良き使用人ですから。
さすがそこは陛下専属のメイドたち、一瞬固まりはしましたが、すぐに思考を巡らせ……。
「……陛下、ご厚意は誠にありがたいのですが、私たちはメイドであり、主様と同席できるような立場では……」
「日頃なればそうじゃ。じゃが、今この場において、この地の作法をワシもぬしらも何も知らぬ。して、それを知らぬままで表に出ればそれこそワシが恥をかく。いい機会じゃ。アスリンたちも言ぅておった。席を同じゅうすればわかることもあると。そしてワシ自身分かったことも沢山あった。なに、この程度の無作法でワシが首を切るようなたわけと思うか?」
「……いえ、陛下はお優しいです。だからこそ、甘えてはいけないと」
「うむ。その心遣い嬉しゅう思うが、今はズラブル大帝国の興廃がかかっておる。ワシが求めるのじゃ、ショーウとて文句は言わせぬ。よいな?」
はぁ。そこまで言われてしまっては、私も否定できないではないですか。
「はい。私にも否はありません。なによりあなた方はメイドとしてウィードの常識を学んでいただく必要があります。そしてあなた方が見聞きして気が付いたことをぜひ教えてください。そういうところこそ、私たちが見落としがちなものですから」
「ショーウ様までがそういわれるのであれば……」
「メイド長……」
「ここまで主から乞われては、拒絶するのはかえって失礼に当たります。ここは陛下の恩情によるいい経験とさせていただきましょう」
そういって、メイド長とその部下の二人は、さすがに座布団の上は避けて、そのまま恐る恐る畳の上に座る。
「斯様なこと気にせずとも良い。同じテーブルを囲むというがなにより重要なのじゃ。ワシと同じようにこの敷物の上に座るがよい」
「「はい」」
そこまで陛下に言われてしまったので、緊張に顔を引きつらせながらぎこちなく座布団の上に座るメイドたち。
「まず、この座敷というか、そもそも靴を脱いで部屋に入るという経験すら稀有じゃろう?」
「はい。私の知る限り、こう言う様式は、遥か東にある国でとっているところがあるらしいとのうわさ程度しか聞きませんね」
「ほう。ウィードと同じ風習の国があるか。あるいは、そここそがウィードというのやもしれんな」
「どうでしょう? 私の微かな記憶では、その国の名前はもっと聞いたことがない響きでしたが……」
「まあ、それはおいおい調べましょう。さ、皆さんのお茶もできましたよ」
「申し訳ございません。ショーウ様のお手を煩わせてしまいまして」
「いえ。どうせティーバッグですから大した手間ではありませんよ。で、皆さん飲んでみてください。そして味の評価をしていただきたい」
「味ですか? では、失礼をして……」
私の言葉に首を傾げつつも、私が作ったティーバッグのお茶を恐る恐る口に含んで、二人揃って何とも言い難い表情になる。
「……これは、なんというべきか、けして良い品ではないですね」
「そうですね。入れ方が簡便なのもありますが、茶葉自体はそこまで丁寧に作られたものではありません。陛下が口にするような品質にはとても達してるとは思えません。このようなものを振舞うとは、少々ウィードの評価を落としました」
「はっはっは。その方らは正直じゃな。ま、その通りじゃな。これは誰でも手軽に飲めるようにと作られしものじゃろう。そしてウィードがワシらに振舞ったわけではない。ワシらが、というかこのショーウが自ら用意しただけじゃ。お茶などが欲しければ気軽に言ぅてくれとアスリンたちもいぅておったじゃろう?」
「はい。確かにお嬢様たちはそういっておられました」
あれ? なんか私がこんなお茶を出してしまったのが悪いみたいな話になっていませんか?
とはいえ、ここで話を止めるわけにもいきませんし、今しばらくはおとなしく話を聞いておきましょう。
「うむ。ユキ殿がワシを粗略に扱うなぞなかろう。で、我が友であるアスリンからの助言じゃ。自ら色々楽しむがよいとな」
「楽しむですか?」
「そうじゃ。今ショーウがわざわざ用意して入れてくれたこのお茶。確かに、いつもお主が入れてくれるお茶よりは確かに味は劣る」
「はい」
……そろそろ私は怒ったほうがいいのでしょうか?
「じゃが、ぬしらもよぅ知るように、自らが部屋すら片付けられぬ、料理なぞ壊滅的、その魂は専ら軍事と政治だけというショーウが手ずから入れたお茶じゃ! それがこのレベルじゃ? さて、どう思う?」
「「確かに!? このお茶はすごいです!」」
よし決めた。
ハイデンのキャリー姫様に教えて頂いた、主君をいさめるための必殺アイテム。
私は一切の迷いなく白く汚れを知らない相棒を振り翳し、渾身に思いを込め陛下にたたきつける。
スパーン!!
っと、気持ちのいい音がする。
ああ、少しだけ気分が晴れた。
はっ、しまった。……ついやってしまった。
陛下はハリセンなど知らないはず、これはまずい!?
正気に戻った私が、恐る恐る陛下に視線を向けると……。
「……ふふふ、ショーウよ。意外と良い腕をしておるではないか」
「へ、陛下?」
なんだ? どうした? 何が起こった? 怒るどころか笑っている!? まずい、打ちどころが悪かったのだろうか?
「ま、ワシもさんざショーウを小馬鹿にしたようなことを言ぅとったらから、お相子じゃな。そして、ツッコミとしては満点じゃ。やはりショーウは無用なところで才があるのう」
「ツッコミとは?」
「笑いに対する合いの手じゃな。アスリンたちが実演してくれたぞ。それにはワシも混ぜてもろぅた。そこで使ぅたのが、今ショーウが手にしとるハリセンじゃ」
……これってお笑いの道具だったのでしょうか?
いえ、主君にケガをさせないという点では優秀ですし、いいのでしょう。
「と、話がそれたな。ショーウが如き家事に疎い者でも、それなりの茶を入れることが可能。しかも手間も専用の道具もいらぬ。要するのは湯とコップのみ。これはいたく便利とは思わぬか?」
「はい。これがあれば誰でも気軽に茶を飲めるかと思います」
「これは画期的なものだと思います。これなら庶民でもお茶を楽しむ機会が増えるかと」
確かに、これは便利だと、面倒ではないと思ってたから、私自ら入れようと思った。
これなら失敗はするまいと。
「左様か。確かに茶葉の量を抑えれば価格も抑えられるじゃろう。そしてワシ自身もこれでいいと思うのじゃがな」
「さすがにそれだけは認めるわけには参りません。陛下には私がいの一番で美味しいお茶をお入れ致します」
「はい。彼女はその腕だけとは言いませんが、そのお茶の腕前にほれ込んで陛下の御傍仕えに任命いたしました」
「私も彼女たちと同意見です。別に安いお茶がダメとは言いませんが、陛下は常に万全の状態でいてもらうことが大事です。身の回りのお世話。そのような些事にご自身の手を煩わせるべきではありません」
そう陛下はハイーン皇国を倒し、この地に……ってここは別の大陸でしたっけ。
かの地に平和と秩序を取り戻すために尽力してもらわなくてはいけません。
お茶を入れる程度の些事はメイドたちに任せればいいのです。
そのための使用人でもあるのですから。
「うむ。お主たちの言うこと、よぅわかる。されど、些事を人に任せればそれだけワシの仕事がはかどるというわけでもない。こうして……」
陛下はそう言いながら、私がやったのをまねてティーバッグを取り出し、ケトルからお湯を注いでお茶を用意する。
「斯様に自らやってみると、良き発見もあるのじゃ。まぁ、気分転換の一つじゃ。そして思う。お主、トルネが入れてくれるお茶が一番じゃとな」
「陛下、ありがとうございます!」
「ま、こうして自らの立場を再認識するにもいいというわけじゃ。別段これにかまけて仕事が滞るわけでもないからのう」
「まあ、そういわれるのでしたら、このティーバッグに関しては輸入できるよう相談しましょう」
「なにもこれだけの話ではないぞ? このティーバッグが一例であったにすぎぬ。今日はバスに乗って通り過ぎただけじゃが、ワシには見たことも使い方もまるでわからぬものが沢山あった。それらはワシだけが見ても判断がつかぬし、ワシが判断するにはあまりに多すぎる。お主らがいう些事じゃな。ワシはここに独りおっても何ら困ることなくティーパックでも適当に茶は飲める。いや、むしろワシのことはアスリンたちがしっかり世話を焼き、案内してくれるじゃろう。その間に、メイド長ヒジャウ。トルネを連れワシとは別にウィードを調査せよ。そしてショーウもワシとは別行動で、エリス殿たちと輸出する物資を選定するための見本の数の打ち合わせよ」
「「「はっ」」」
なるほど。
つまりは、このウィードではまとまって行動する意味はないから、個別に情報収集に勤めよということですか。
「ワシはアスリンの案内でいろいろ楽しむ前に、女王と会ぅて無線機の交渉じゃ。話がまとまらばエリス殿からその話もあるじゃろう」
「わかりました。ひとまずはそういう方針で行きましょう」
「よし、ではまず。この冷蔵庫にある飲み物を試すぞ!」
……いや、前言撤回。
やっぱり単に自分が楽しみたいだけに思えてきました。
ユーピア皇帝はまとまって説明を受けるより散会していろいろな情報を集めることにしたようです。
決して、口うるさいショーウから離れるためではありません。




