第986堀:お付き合いは大変
お付き合いは大変
Side:ユキ
「だー! 何なんてことをやってくれたのよ、あんた!」
怒髪天を突く形相で、シーサイフォにある屋敷に怒鳴り込んでくる、メノウ・アゲート。
生まれも育ちも紛れもなくシーサイフォなのだが、実は前世は日本人だったというのが普通の人と違うところか。
「何って……、俺はちゃんと頼まれた使節船団の回収をした上に、オーレリア港も守り切っただけだぞ」
「うがー!? あんた、わかってて言ってるでしょう! なんで素直に撤退してこなかったのよ!」
「うちの嫁さんが、無辜の人々を見殺しになんか出来ないっていうから。とっても人道的だろう?」
「国家のトップたるものが目先だけ見てどうするのよ!? あやうくウィードが戦争に巻き込まれるところだったじゃない!」
「結果良ければすべてよしってことで。というか、お前が怒っているのは、シーサイフォの状況が悪化したからだろう?」
メノウにとって単にウィードが危なかったからって、怒る理由なんかないからな。
「当然よ。というか、ちゃんと心配だってしたわよ。私を非情人みたいに言わないでよね。領民が付いてこなくなるでしょう」
「そうか。それは悪かったな」
「でも、仕方ないじゃないですか。あの状況で人々を見捨てるってのは……」
タイキ君がそういって、フォローを入れてくれる。
やっぱり、助けられる人を見捨てるっていうのはどうも気が引けるものがある。
しかも、確実に助けられる算段が付いていたならなおさらだ。
「……そこもちゃんと分かっているわよ。日本人なら助けるには当たり前って。国是にもなってそうだもの。とはいえ、シーサイフォの状況がそのせいで悪化したのもまた事実。というか、こっちから見れば、ウィードにオーレリア港を取られた挙句、交易の実権までも握られたのよ? そんな事になってビクビクしない方がおかしいわよ」
まあ、メノウというか、シーサイフォとしてはとても心配になるのも良くわかる。
ただの使節船団の様子見だったはずが、いつの間にか救出になって、その上、ウィードが単独でオーレリア港を防衛する羽目になるなんて、誰が予想するか。
そして、そんなとんでもない成果に対する報酬の恐ろしさもだ。
とはいえ……。
「……それって一応、こっちが独自判断したことだから、シーサイフォとしては問題はないはずだぞ?」
そう、建前ではあるが、ズラブル大帝国と戦ったのはあくまでもウィードの独自判断としてであり、それについてはシーサイフォに要請されたからではない。
ウィードの女王たるセラリアと嫁さんたちが揃って同意したからこそできたことだ。
「これから国際社会に入ろうっていう時に、多大な恩がある相手に何もお礼をしなかったとか。……そっちの方がすごくまずいわよ」
「まあな。というか、エメラルド女王以下、部下も含めてそういう見解になったか」
「いえ、その辺は全く分かっていない連中もまだまだいるわよ。シーサイフォの益となった部分はあるが、ウィードが勝手にやったんだから、礼をする必要などないって。というか、オーレリア港奪取は、ウィードにはそもそも侵略の意図があるからだっていう連中までいるぐらいよ?」
それはそれは。そういうやつらがいても別に不思議じゃないな。
ウィードに対して危機感を抱いているっていうのは当然だしな。
シーサイフォとしては、この地における文字通り最強の海洋国家だという自負がある。
でも、誇りとしていた最強という看板を、ひょこっと現れたウィードによって取り払われることとなった。
別にそんなのいいじゃんと思う人もいるが、強いという看板は国を守るうえではかなり重要なものだ。
まあ、その最強であるという看板を保つために、こっちとしては随分シーサイフォの顔は立てたのだが、それでもオーレリア港を奪取したことが、シーサイフォとしてはウィードを恐れることにつながるんだろうな。
いや、ウィードにはできたのに、なんでシーサイフォが自ら助けようとしなかったのか?という疑問が市井に出回るのが問題か。
シーサイフォ軍、不甲斐なし。
なんて噂が出回れば、それに乗じてよからぬことをたくらむ国がいてもおかしくはないからな。
「で、そっちの悩みは大方予想通りだが、どうするつもりだ? さすがに俺たちがやった事を無かった事にはできないぞ?」
「そんなのわかってるわよ。陛下に呼び出しを喰らって、しっかり調整するように厳命されているの。そちらの要求するところを聞いてこいとかね」
「とりあえず、できる限りお礼はするって方向か」
「そりゃそうよ。とはいえ、私たちにも限度があるわ。もともとは大陸間交流同盟の力がどの程度か見るつもりだけだったのが、なんでオーレリア港の占領ってことなんかになるのよ」
「いや、そっちが下手打って、使節が拿捕なんかされたのがそもそもの始まりだが。こっちだって、余計なトラブルは避けたいからな」
誰がすき好んで戦争なんかするかよ。
「はぁー。わかってるわよ。こっちも見積りが大甘だったってことくらいは。空母の全容を知らない連中は、まさか戦争に介入するなんて手段をとるなんて、思いもよらないでしょう?」
「まあな」
「しかも船1隻で出て行って、それでも勝つとか、なおさら思わないわよ。って、これ以上愚痴を言ってても仕方ないわね。これから始まる大陸間交流同盟で私たちが不利にならないように、とにかく何か希望する事を教えて」
「希望なー……」
周りの目がある以上、果たした仕事に対する御礼は必要不可欠だが、かと言って、今のウィードに必要なものと言われるとなー。
「メノウ。ウィードは日本の物資を仕入れられるのを知っているだろう?」
「……もちろん知ってるわよ」
「それでもなお要望って、何かあると思える?」
「だから聞いてんじゃない! こっちが提供できる優れた技術もなければ、装飾品なんかも駄目なのはわかりきっているもの。というか、食品や衣類といった日用品に至るまで、日本というか地球の物資を手に入れられるそっちのほうが全て上なのよ。となると、対価となるのは情報ぐらいでしょうけど……」
「魔力枯渇現象の情報は今まさに俺たちが足で稼いでいる真っ最中だからな。それともなにか? 実は何かとんでもない情報とか持ってるか?」
「そんなのないわよ。はぁ~~、本当に、まったくどうしたものかしら?」
そういって再び考え込むメノウだが、俺としては……。
「ここは妥協して、シーサイフォ特産の装飾品一式とかでいいんじゃないか? あと、ハイデンからは海産物の仲介をやらせてもらえればいいって言われてるだろう?」
正直、今回のことはこっちとしても予定外のイレギュラーだ。
それで経費を求めるってのは、さすがに酷だろう。
なので、勝手に動いたセラリアや俺たちへってことにできる、形だけのお礼さえあれば十分だ。
それに、空母を動かした費用なんて求めようものなら、そもそも魔物を海に取られて打撃を受けていたシーサイフォにとっては止めを刺されるようなもんだろうし。
「……う~ん、やっぱりそれしかないか」
「ま、装飾品は俺たちや他国の偉い人が気に入れば後でそっちにもリターンがあるし、海産物は今の時点で欲しがっている連中がいるからハイデンとフィンダールを挟むことによって、一連の援助のお礼にもなるだろうさ」
「うん、そうなることを祈るわ。じゃ、さっそくその方向で希望を受けたという事にするとして……。じゃあ、個人的な話。結局、ズラブル大帝国と友誼を結んで何か成果はあったわけ?」
「全然。あ、そうだ。そっちにも資料を回すから、何か気づくことがないか調べてみてくれないか? 俺としてはそっちの頭脳を貸してもらえるほうが、装飾品なんかよりよっぽどありがたい」
いま、ズラブル大帝国から得た情報の解析は急務だが、どうしても時間も人手も足りない。
ズラブル大帝国とのやり取りに関しては、後々大陸間交流同盟に話して、情報解析にも巻き込むつもりだ。
だがすぐにはダメだ。今話してしまうと、シーサイフォがウィードを戦争に巻き込みかけたって非難されかねない。
海産物で各国との仲が良くなってから話すべきことだな。
まだまだ先の話だが、多くの人が携わって多方面からの解析を行えるっていうのは何より強い。
そうなった暁には、先んじてシーサイフォが手伝っていたという実績があれば、きっと悪評にはならんだろう。
「頭脳ねー。まあ多角的な解析が必要っていうのは認めるけど……。シーサイフォの連中じゃ、役に立つ答えなんか出せるとは思えないけどね」
「そう自分の国を卑下するなよ。天才が生まれてくるかもしれないぞ」
「そうなれば、シーサイフォの未来も安泰よね。はぁ。漫画みたいに、天才ってそうポコポコいないのが悲しいわよねー。私程度の半端な日本の知識でさえ傑物とか評価されちゃうんだから」
と、そんなメノウの自虐で、とある天才の存在を思い出した。
「あぁ、そういえば、ズラブル大帝国に天才がいたぞ」
「へー。どんな天才?」
「あー、あの天才はちょっと測りづらいな」
なにせ、軍事と軍政の天才だ。
こちらが知るいわゆる天才とは系統が違うからな……。
「まあ、メノウが知っているかは判らんが、地球じゃ有名な大皇望って二つ名で呼ばれているぞ」
「太公望!? って、あの釣り師で大軍師の!?」
おぉ、どうやら、メノウもそっちの知識はあるようだ。
「なんだ。意外と知っているのな」
「いえ、大学では歴史専攻で安土桃山時代を勉強していたのよ。これでも戦略とかは得意なんだから」
「あー、だから太公望も知っているわけか」
「当然よ。戦国時代って、その手の古代中国の戦術文献を散々研究している時代なのよ。だから、殷周戦争はもちろん、有名な三国志、まあそれにハンニバルとか西洋の戦術も少しは齧ったわ」
お、意外だな。
ハンニバル・バルカまで知っているとは。
と、そこはいいとして……。
「いや、さすがに本物の太公望が来ているわけじゃないぞ。同じような二つ名で呼ばれている人がいるって話だ。ズラブル大帝国の皇帝が望みし者ってな。ほれ、天才といってもなんか評価しづらいだろう?」
「まんまの言われね。なるほど、戦時に輝く人物ってわけね。でも、太公望って政治だって得意だったはずだけど?」
「そっちもそっくりだな。一介の弱小勢力から大陸を統べる現政権と拮抗するぐらいの大勢力まで育て上げている所を見ると、政治に弱いってことはないだろう」
「へー。そっちもできるのね。別人とはいえ、その呼び名でそこまで出来る人物には会ってみたいわね。どんな感じの人? おひげを生やした線の細いおじい様って感じかしら?」
あー、太公望って言われると普通は男を想像するよな。
しかし、この世界の大皇望は……。
「残念だな。名前はショーウと言って、メノウよりも若いし、美人の部類に入るな」
「はぁ!? 本当なのそれ? というか最後の若いし美人ってのまで付いてるとか腹が立つわね。一応、この容姿はそれなりと自負しているんだけど」
「本当だよ。で、後半部分については、ただ年齢について言っただけだ。ショーウの容姿に関しては俺の個人的意見だが……ほら」
俺はそういって、写真に収めたショーウの姿をメノウに見せると……。
「うっ!? 何この超美人! これで頭もいいとか。それってあまりに世の中不公平じゃない?」
「そう思うよな。と、今回のことでズラブル大帝国がシーサイフォと貿易をするって約束してくれたから、おそらくこのショーウが出てきて交渉になると思うぞ。グスド王国は滅亡しているし」
「うげっ!? わ、私が海の向こうとの交易交渉の責任者なんだけど!?」
「ま、そこも踏まえて交渉はどうするかよく考えておけよ」
「ちょっと、そこ丸投げ!? 一緒に考えてよ~。天才となんか、私が駆け引きなんてできるわけないでしょう!?」
ということがあって、俺はメノウと交渉の内容を詰めるのであった。
世の中どこでもお付き合いというのは大変です。
国ならなおさらのこと。
そして相手が天才であればもっと大変。
いやー、凡人でつくづくよかったですわ。




