第976堀:彼女たちの今
彼女たちの今
Side:サマンサ
コチコチ……。
小気味よい時計の針が刻む音だけが部屋に響いています。
こうして、ゆっくりと部屋で本を読み耽る時間が訪れようとは、ウィードに来て以来まったく思ってもみませんでしたわ。
いえ、ちょっと大げさでしたわね。
普段からちゃんとそういう時間は、ユキ様がしっかり予定を組んで用意してくださります。
ですが、こうしてユキ様との愛の結晶をおなかに宿して、ゆっくり本を読む時間を持つことになるとまでは思っていませんでした。
そう、私、サマンサは今、妊娠による長期休暇を楽しんでおります。
ペラ。
ページをめくる音。
ランサー魔術学府にいたときは日々繰り返していた当たり前の音でしたが、こうして改めて聞くといいものですね。
外交官の仕事で使う資料をめくる音とは全く違います。
心安らかになる音です。
内容もけして難しいものではなく、これから生まれてくるであろう我が子に対する心構えや準備といったことを主とした本です。
「「むー」」
とはいえ、このゆったりと本を読む時間というのは、誰にとっても幸福な時間とはいかないようで。
私と同じ時期に妊娠が発覚し、共に休みをもらっているリーアさん、ジェシカさんは、すでに本は放り出して、不満の声を上げています。
まあ、お2人は私やクリーナさんと違って本を読むよりも体を動かすことが好きですからね。
じっとしているのは堪えるのでしょう。
ですが、戦闘訓練などの激しい運動はおなかの赤ちゃんに負担をかける可能性があるのでだめです。
素振り程度ならいいのですが、この2人は以前ちょっと体を動かすとか言っていた筈なのに、気づいたら真剣に試合をしていましたから。
それには流石に旦那様がひどく怒りまして、その後試合などの激しい訓練は一切禁止となりました。
ということがあって、許されているのはせいぜい素振りまでです。しかも、その素振りも全力ではなく、本当に肩慣らし程度です。
素振りであろうが、この2人が全力で剣を振ったら地面がわれますから。
と、そんなことを考えていると……。
「「むー」」
2人の不満そうな呻き声が再び響きます。
本当にじっとしているのは苦手のようですわね。
さあ、何か気晴らしでもと思っていると、不意にクリーナさんが、
「……2人ともうるさい。本を読んでいる時は静かにする」
「「うっ、ごめんなさい」」
どうやら読書の邪魔をされて、クリーナさんはご機嫌斜めのようですわね。
とはいえ、ここで2人にあまり我慢をさせるのもあれですわね。
「クリーナさん。お2人は本を読むのに飽きたようですわ。勉学が本分の私たちにはいいかもしれませんが、元々お2人は体を動かす方ですから、何かほかのことをいたしませんか?」
「……2人の運動に付き合っていたら絶対赤ちゃんに悪い影響がある」
「いや、元気な子になるよ! きっと!」
「ええ。そうです。運動ができるのは悪いことではありません」
「いえ、さすがにその運動はだめですわ。ユキ様にまた叱られますわよ?」
「「うっ」」
流石にこの2人もユキ様の名前を出せばおとなしくなります。
ですが、我慢をしすぎるのもよくないですわ。
何かあればいいのですが……。
と、思っていると、バタンと部屋のドアが開き。
「あ、おかーさまたちをはっけん!」
「ほんとうじゃ、おかあさまたちなのじゃ」
どうやらお外で遊んできたサクラ、ユーユたちが戻ってきたようですわ。
ですが、その姿はあちこち泥だらけで、抱きしめてあげるべきか、注意するべきか思わず迷ってしまいますわね。
「サクラねえさん、ユーユ、おかあさんたちに近づいちゃダメ。まだ手を洗ってない」
「はい。スミレお姉様のいうとおりです。お姉さまたちは帰ってきてから、手洗いもうがいもしていません」
すると、2人を追いかけてきたスミレにシャエルが注意をしてくれます。
さすが、教育が行き届いておりますわね。
そして、さらにやってきたのが……。
「おかあさんや赤ちゃんに病気がうつっちゃうよ? ね、エリアちゃん」
「本には、そう書いてある」
シャンスとエリアですわね。
こっちの2人は手に手に本を持っていますから、あまり外で遊んできたという感じはしないのですが、この6人はいつも一緒なので、そして、この子供たちの面倒を見ているのが……。
「サクラ、ユーユ。妹たちが言った。私やとと様、かか様との約束は守る。それとも約束を守らない悪い子?」
「「あう」」
「わかったなら、手洗いとうがいをする。そしたらかか様たちと一緒にいていい。いいよね? かか様たち」
そう、子供たちの年長でお姉さんの秋天。
聞くところによると、かつて酒呑童子などとひどく恐れられていたそうですが、こんなかわいらしい子を恐れるとかまったくありえませんわ。
なにより、この子も……。
「ん。手洗いうがいをしたなら遊んであげる」
「ええ。そうですわね。ちゃんとやるべきことをやったら遊びましょう」
「そうだねー」
「はい。約束しましょう」
「「わかりました!」」
そういうと、サクラとユーユは早速走って行ってしまい、それを追いかけるようにほかの妹たちもバタバタと行ってしまう。
そして残った秋天がこちらをうかがい。
「かか様たち大丈夫?」
「ん。大丈夫。秋天も手洗いとうがいをしてくるといい。私が頭なでなでしてあげる」
「うん!」
クリーナさんがそういうと、秋天もうれしそうに笑顔でその場を離れる。
「本当に秋天はクリーナさんになついていますわね」
「ん。なついて当然。秋天は間違いなく私の子供」
「あはは。ま、そうだよね。でも、私たちの子でもあるよ」
「はい。秋天は間違いなく、私たちとそしてユキの子供です」
その思いは私たち皆の中で揺るぐことはない。
秋天は私たちの子ども。大切な子供。
彼女を傷つけるような存在には絶対に容赦はしない。
と、そんなことを考えていると、またバタバタと廊下を走る音がして……。
「「「おかあさん!」」」
可愛い子供たちがやってきました。
さあ、母親として、人として約束を守りましょう。
そしてなにより大切な子供たちとの時間を過ごしましょう。
「すー、すー」
「むにゃ、おかあさま……なのじゃ」
と暫しの楽しい一時を過ごし、気が付けば子供たちは皆遊びつかれたのか、私たちの膝の上で寝息を立てています。
とはいえ、それは激しい運動等をしたわけではなく、子供たちが私たちのおなかにいる赤ちゃんたちに向かって絵本の読み聞かせてしてくれたのですわ。
「毎日がんばるよねー」
「いつもよく頑張っています」
そう、リーアさんやジェシカさんの言う通り、これも最近の日課です。
私たちが妊娠してお休みをとるようになってから、サクラたちはこうして毎日やってきては私たちのことを気遣ってくれます。
そこへ……。
「お嬢様方、おやつの時間ですよー。って、寝てますね」
「ん。寝てる。超かわいい」
「サーサリ、おやつはテーブルに置いておいて、こちらは私たちがいたしますので、ユミたちのお世話をお願いいたしますわ」
「了解です。でも、何かあればすぐに呼んでくださいね」
サーサリはすぐに了承して、部屋を出ていきます。
今では、ミリーさんたちの子供たちのお世話もありますから、家に残っている組も結構忙しいのですわ。
そう思っていると。
「はっ! ユミ! ユミのおせわしないと! ユーユ!」
「うむ。みんなおきるのじゃ、次はユミたちのおせわじゃ!」
「「「おー!」」」
聞こえたのか、バッと起きて子供たちは即座に駆け出して行ってしまいました。
なんとも元気なことですわ。
「じゃ秋天、みんなのおやつ、持って行ってあげてね」
「うん。リーアかか様まかせて。じゃ、いってきます」
「「「いってらしゃい」」」
こうして、嵐のように子供たちは去っていき、再び静かな時間が流れ始めます。
「はぁー。サクラたちがいっちゃったら退屈だねー」
「……本を読めばいい。あとはゲーム」
「さすがにずっと本を読んではいたくないですね。ですが、ゲームに関してやめどころがわからないので今はやりません」
「ああ、ゲームはそういうところがありますわね」
なぜ皆ゲームをしないかと気になっていたのですが、そういう理由ですか。
ちゃんと赤ちゃんのことを考えているようです。
夜更かしとか赤ちゃんにはよくなさそうですからね。
「特にポケモ○とかすると、クリーナとか止まらないし」
「……ん。ポケモ○は止まる理由がない。私もユキたちが目指すようにチャンピオンにならなければいけない。だから私も日課の捕獲しかしない」
「試合を始めるときりがありませんからね」
「その場合、家族総出のトーナメントになりますわね」
その時は、私たちはゲーム音痴でない限りは全員参加いたしますから。
と、そんなことを事を考えていると、ユキ様から連絡が来ました。
「はい。サマンサですわ。何かあったのですか?」
確かユキ様たちは現在、ズラブル大帝国の帝都に再び赴いてマジック・ギアの受け渡しをしていたはずです。
準備は万端のはず、にも拘らずわざわざ私に連絡をくれたという事は、何かトラブルのはずですわ。
それは、クリーナさんたちも理解しているようで、私に注目しています。
『いや、これといったトラブルはないが、ちょっとサマンサたちが暇していたら調べてほしい事柄ができたから連絡した』
「調べてほしいことですか?」
『そうだ。俺たちがハイーン艦隊と話し合いをする直前にアスリンたちが気が付いたことについて覚えているか?』
「……ん。魔物の大氾濫について違和感があるとか」
『クリーナの言う通りだ。それで、マジック・ギアの受け渡しついでで、帝都にある冒険者ギルドで魔物の出現率を調べようって話になってたんだが、ついては、そっちでもその手の資料を集めてほしいってわけだ』
「なるほど。対比をしたいというわけですね」
『ああ。モーブたちやザーギスはこっちだし、オーヴィクたちにはちょっと頼みづらい案件だ』
なるほど。
それで私たちに連絡を取ってきたのですね。
「でも、ユキさん。私たちじゃそんなに詳しいことは調べられないけど?」
『そこは、普通に冒険者ギルドに頼めばいい。大氾濫の兆候とか、魔物の目撃頻度について調べたいって、ロックかキナに頼めば資料は出してくれるだろう。その時、リーアたちが直接冒険者ギルドに行くのはなしな。コメットにでも頼んで行ってもらって、預かってきた資料を一緒に調べてもらえるか?』
「わかりましたわ。ちょうど暇を持て余していたところです。喜んで協力させていただきますわ」
私がそういうと全員うなずく。
今まで、お留守番だったこともあり、ズラブル大帝国のことはあまり関わらせてもらえませんでしたから、頑張らせていただきますわ。
妊娠組もこうして動き出します。
子供たちもちゃんと頑張っております。
いつか子供のスピンオフでもできればなーと思いますが、落とし穴は年末スペシャルのエロゲネタオワラセナイトなー。
なんか大作になってるんだよな。




