第972堀:本当の意味での中立
本当の意味での中立
Side:ユキ
「いやー、パルフィル王女。ハイーンに対し、冷静な対応をしてもらえて助かりました。」
「……当然です。私が激昂していたのはあの使者があまりに常識はずれであったからで、礼儀を守る人にはちゃんと礼で返します」
俺たちは無事に馬鹿な先遣隊を返還し終えて、パルフィル王女と会議室で先程のハイーン艦隊司令のウェーブとの会談について話していた。
意外だったのは、パルフィル王女がハイーンと常識的に対話したこと。
俺はおそらくプッツンして、話し合いにはならないかなーと思っていたんだけどな。
で、それを理由に会議は中止、オーレリア港への来訪をやめてもらうつもりだった。
味方に攻撃されるなんて、どうしようもないからな。
「しかし、これで私たち、いえ、ウィードは中立という位置づけになってしまいましたが、よろしかったのですか?」
「いいんですよ。敵か味方かの二択ではなく、ウィードとしては冷静にどちらの立場もはっきりと確認できる方がいいのです」
「お考えは分かりますが、これからいよいよズラブルとハイーンの戦いは激化していくでしょう。その場合このオーレリア港は両国からの強い圧力を受けることになるのでは?」
その質問に対して答えたのは俺ではなく……。
「そこは微妙なところですね。いえ、おそらくそうなる可能性は限りなく低いでしょう」
「ショーウ様」
そう、ズラブル大帝国が誇る、大参謀、大軍師、大皇望とよばれる知恵者ショーウである。
俺が言うまでもなく、この状況をきちんと理解しているようで説明を続ける。
「このオーレリア港は、ハイーン皇国から見ればはるか離れた飛び地であり、また、我がズラブル大帝国から見ても大陸の端、ただの僻地にすぎないといえます」
「……」
僻地と言われたことに傷ついたのか、パルフィル王女は露骨に悲しそうな顔になる。
それを見て思ったのだが、パルフィル王女は基本的に喜怒哀楽が表に出やすい性格なのか。
ただのぷっつんというより、自分の気持ちの表現があまりに相手にわかりやすいわけだ。悪く言えば大げさ。
すぐにショーウも自分の言葉がパルフィル王女を傷つけたと気付いたようで……。
「ああ、失礼しました。僻地と言いましたが、田舎などという意味ではありません。維持するのに難しい、あるいはどれだけのメリットがあるかという、戦略上の話です」
「なるほど。このオーレリア港は、どちらにとっても確保、維持するには厄介な土地という事ですね」
「その通りです。すでにグスド王国はズラブル大帝国の領土で囲まれており、ハイーン皇国からすれば、海以外からは援軍を送れない地域となっております。一方で我がズラブルにとっては、そもそもハイーンへの足掛かりとはなりえない地域です。まあ実際には、オーレリア港はズラブル大帝国にとって、いまや欠かすことなど出来ない場所になってはいますが」
そうだよな。もともとズラブル大帝国がオーレリア港へと侵攻したのは、マジック・ギアを安定して仕入れるためだ。
ただ単に後方の安全を確保したいというだけではない。
そして、オーレリア港にいる俺たちウィードがそのいずれからも圧力を受けない理由は……。
「そういうことですか。たとえ中立の立場であっても、ウィードがオーレリア港にいる限りは、ハイーン皇国はグスド王国への援軍を送る必要が無いという事になるのですね」
「その通りです。ハイーン皇国はグスド王国からの援軍要請がなくなりましたのでわざわざ派兵する意味がありません。先遣隊がやられたというのはありますが、失ったのは商船がたった二隻、人員の損害も軽微となると、必要もないのに敵を増やし、ズラブル大帝国を放ってまで、オーレリア港へ人員を割くとは思えません」
ショーウの言う通り、ハイーンからしてみれば、グスド王国からの援軍要請はなくなり、別段ウィードという異国に占領されているわけでもない。
こんな状況では、わざわざ軍を派遣する理由はないってこと。
確かに、皇帝派の盟主としてオーレリア港を守ろうとする可能性はゼロではないが、極めて低いと言わざるを得ない。
「しかも、私たちウィードが出てきましたからね」
「はい。ユキ様の言う通りですね。ウィードが無く、単独でオーレリア港だけが残ったというのであれば、我がズラブル大帝国か、ハイーン皇国のどちらかがこの地を抑えるのかで競争になるところではありますが……」
「ユキ様たちウィードという力を持った第三国が、我がグスド王国を保護するためにいるという事で、どちらからも干渉が必要なくなったという事ですね?」
「その通りです。ウィードがいることでグスド王国が滅ぶことはなく、ズラブル大帝国がオーレリア港から海へ出てくることもない。つまり……」
「ハイーン皇国にはわざわざ兵士を送る理由がなくなってしまったわけです。というか下手に動けば私たちウィードが撤退して、より面倒なことになりかねない」
「つまり、ハイーン皇国にとっては非常に都合のいい状況であり、あえて圧力をかける意味がそもそもないということでしょうか?」
「ええ。その通りです」
ウィードがいることによって、疑似的ではあるが、安全な中立地帯ができたわけだ。
お互い信用のできない相手との単なる約束による中立地帯ではなく、それなりの力を持ち、どちらの利害も一致した状況による中立地帯。
あえて破綻をさせる理由なんかないわけだ。
「まあ、ハイーン皇国がこのオーレリア港の真の価値を知れば、真っ先に潰しに来るでしょうが」
「当然ですね。その場合はズラブル大帝国は全力で援護いたします」
「……お二方の間でどのような約定がなされたかはわかりませんが、お二人とも悪い顔をなさっていますわ」
「そうですよ。大人は悪いものです」
「ええ。その通りです。しかし、パルフィル王女は本当にこれで良かったのですか? ハイーン皇国に助けを求めるという選択肢もあったでしょうに。 最初の馬鹿はともかく、ハイーンの艦隊司令はまともだったと聞きますが?」
そういえばそうだな。
パルフィル王女には改めてハイーン皇国を頼るという選択肢も存在していた。
グスド王国の滅亡には間に合わなかったとはいえ、ちゃんと援軍を出してくれたことに違いない。
そこにはキチンと約束を守る義理は存在していた。
なので、多少は信用してもよさそうだが……。
「いいえ。私はズラブル大帝国、そしてウィードの方々を信じると決めました。私にはもはやハイーン皇国そのものが信用なりません。確かに艦隊司令のウェーブ殿という、あのお方は信頼がおけるかたではありました。ですが、そのことすらグスド王国が滅びた今では意味がありません」
「「……」」
そう言われてしまえば、もう何も言えないな。
世の中大事なのは過程ではなく結果だ。
まあ、近くでその過程をつぶさに見ていたものにとっては違うかもしれないが、結局、過程は近くの者にしか見えない。
傍から見れば、結果しかわからない。
グスド王国の防衛。
それは間に合わなかった。
それが事実だ。
「……お父様を愚かとは言いたくないですが、ハイーン皇国ばかりを頼ったためにグスド王国は滅びたと私は思っております。こうして、ズラブル大帝国ともちゃんとお話できているのですから、グスド王国もユキ様、ウィードのようにしっかりとした話し合いをするべきでした。まあ、あと知恵では何とでも言えますが。実際、私もかつては何もしらない小娘にすぎず、単なる噂だけでズラブル大帝国こそが悪だと信じておりましたし」
そういって苦笑するパルフィル王女は、どこか寂しげだ。
まあ、どこかやりきれない気持ちはあるだろうな。
しかし次の瞬間、パルフィル王女は毅然とした顔つきに戻り……。
「改めてズラブル大帝国の大皇望ショーウ様にお願い申し上げます。私は、旧グスド王国の者たちは、ズラブル大帝国に下り、共にハイーン皇国と戦うことを誓います。どうか、このことをズラブル皇帝陛下に今一度伝えてはいただけないでしょうか?」
しっかりと懇願した。
なるほど、パルフィル王女はこの機会に、ぜひ完全にズラブル側につくと宣言したかったんだな。
今までズラブル側が保留状態だったから、それを改善するにはちょうどいい事件だったわけだ。
で、それはショーウもよくわかっているようで……。
「……はぁ。わかりました。陛下に確認を取りましょう。しかし、意外と強情なのですね。パルフィル王女」
「はい。いろいろ学び、強くあらねばと思っておりますので。ショーウ様のように」
「いささか、過剰な評価をいただいているようですね。ですが、その気持ちはうれしく思います」
パルフィル王女の素直な誉め言葉に恥ずかしそうな顔を見せるショーウ。
これで、グスド王国の方向は決まったかな。
では、俺の方からも一押ししよう。
「では、ズラブル皇帝にその申し出を快く受け入れてもらえるよう、こちらも少しですが手を貸しましょう」
「「?」」
2人は俺の言ったことが理解できず小首をかしげているが、その間にエリスとラッツが部屋に入ってくる。
「ユキさん、ズラブル大帝国のご要望の物資が届きました」
「あとは、ショーウ様たちに検品してもらうだけですねー」
「なっ!? もう、届いたのですか!?」
「??」
パルフィル王女にはわからないだろうけど、これは残念ながら秘密だ。
「我が国の船は早いですからね。それに、先程は沖合に出てきていましたから。それでそこまで時間がかからなかったようです。では、検品お願いできますか? ちなみに、パルフィル王女のお願いを快く聞き届けて頂ければ、10個ほど無料でお譲りしますよ」
「……これはまた即物的な」
「パルフィル王女のことを思ってです。今後も私たちがずっといるというわけではないですからね」
この先、この地の行く末がどうなるかまではわからない。
遠くない将来、俺たちは完全に手を引く可能性だってあるのだ。
最後に残った国の土地を守るためにはそういう繋がりは必要だろう。
「元より、彼女たちを見捨てるつもりなどありませんが、それでも確実な伝手というのは必要ですか」
「そのほうが安心できるでしょう。海と山の遥か彼方の国よりは」
「私としては、いつかその遠い国に行ってみたいと切望しているのですが……」
「それは、事が落ち着いたらいくらでも案内いたします。ゆえに、まずは目の前のことをお願いします」
「わかりました。そこまでいわれるのでしたら、パルフィル王女の件しかと伝えてきます。……それならばいっそ」
そういったショーウはパルフィル王女に振り返り……。
「パルフィル王女。今時間が空いているようであれば、お付き合い願えないでしょうか? 陛下に先ほどのことを伝えるために」
「はい! よろこんで!」
そういったかと思うと、パルフィル王女は喜んでショーウの後についていく。
「で、ユキさん。カースさんたちが集めた情報の報告書です」
「パッと見た感じ、これまで一度も大氾濫が起こった形跡はないってことですねー。でもまあ、グスド王国内の情報だけですから……」
「ほかの地域で起こっていた可能性もあります。その辺りの情報を集めるとなると……」
俺はエリスとラッツの意見を聞きながら、アスリンたちから告げらた魔物の大氾濫について、グスド王国内の記録の有無に関する資料に目を通す。
確かに、エリスやラッツのいう通り……。
「だな。パルフィル王女や物資を届けるっていう名目もある。そのついでにこの件も帝都で調べてみよう。準備を」
「「はい」」
こうして俺たちは再びズラブル帝都へと向かう準備を始めるのであった。
ただ約束、文面だけでの中立というのは、怪しいものです。
大事なのは、利害が絡んでいるか。
そういう意味で、オーレリア港は中立であるということが保証されているのです。
人の善意を信じたいですが、悪意もあるのが人。
だからこそこういう意味での中立は信頼がおけます。




