第970堀:接触
接触
Side:ユキ
『お兄ちゃん。敵艦隊に妙な動きはないよー』
「そうか、ありがとう。引き続いて監視を頼むよ」
『はーい』
『ハイなのです!』
『ユキも油断しないようにね』
そんなアスリンたちの声に送られて、俺たちはハイーン艦隊の旗艦と思しき船へと向かっている。
そう。俺たちは無事、オーレリア港を目指していたハイーン艦隊との接触に成功していた。
ハイーン艦隊は当初は警戒しているようだったが、パルフィル王女が自ら乗船していると拡声器で伝えたことで、おとなしくなった。
「でも、敵は依然警戒しているわね」
「まあ、当然じゃない? 向こうの船から見れば、私たちが乗っている空母は見たこともないくらい巨大だもの」
そんな話をしているエリスとミリー。
今回は空母一隻で30隻の船と相対することから、戦力としては最高のメンバーを集めている。
乱戦になっても生き残れるように。
まあもっとも、空母の基礎装備となっているファランクスCIWSをいつでも攻撃可能状態にしているので、接舷されることはまずないだろう。
で、エリスやミリーの言う通り、ハイーン艦隊はこちらを警戒して、散開しつつ包囲する陣形を取った上で、旗艦への乗艦を許可してくれてた。
「ふむ。じゃが、ユキよ、わざわざ妾たちが乗り込む必要はあるのかのう?」
「船を見てコチラが上位であるというのは明らかではありますからね。旦那様、ハイーンの方をこちらに入れるのではダメなのでしょうか?」
そう言ってくる、デリーユとルルア。
「2人の言うことも分かるけど、ここは俺たちの方が乗り込む必要があるんだよ。そもそも空母の中を見せるわけにはいかないのと、ハイーンが俺たちウィードに対してどのような対応をとるのか、先ずはのりこんで正式に話し合う必要があるわけだ。前の使者の確認もあるからな。相手の許可を得て乗り込んだ上で襲撃を受けたなら大義名分も立つ。逆の場合は……」
「……なるほど。例えば、我々に不当に脅迫や使者をだまし討ちされたなど、あらぬことを騒がれる可能性があるか」
「しかし、それはどちらでも同じではないでしょうか? ハイーン側が空母で襲撃されたと捏造する場合もあるとおもいますが?」
「そこまでするなら、敵対でいいだろう。で、それなら空母で暴れられるよりも……」
「敵旗艦の方がやりやすいのう。そのまま沈めるなり拿捕するなりできるしのう」
「そういうこと。わざわざ、敵対してきた相手を逃がすことはしない」
撒き餌をして相手が食いつくかを見るってのが今回の作戦だな。
先行してきた使者があまりにアレすぎたから、そんな奴らを空母に入れるなんて選択肢は無し。
「だから、アスリンたちに頼んで、魔物海軍で包囲してもらっているわけだ」
「なるほどのう。戦闘になれば一気に叩き潰すつもりか。まあ、アスリンほど魔物たちの指揮に適したものはおらんからな」
「常に動きの監視もしていますし、いざという時には即座に動けますしね」
俺の説明に納得する2人。
まあ、デリーユでもルルアでも指揮をすればちゃんと言うことを聞くだろうが、やはりアスリンのほうが魔物たちは喜んで言うことを聞く。
これは本当に資質だ。
魔物の指揮に関してはアスリンが絶対的な立場を持つ。
「……ユキがアスリンを将軍として今回の偵察責任者を任せると言い出しおった時には、よもや気がふれおったかと思ぅたが、そうではないのぅ」
「セラリアとか、完全に怒ってましたしね」
「当然よ。だって、セラリアはアスリンとフィーリア、ヴィリア、ヒイロが可愛くて仕方ないんだから」
ルルアとエリスの言う通り、セラリアは今回のアスリンたちの作戦投入について反対だった。
なので、アスリンとフィーリアはともかく、シーサイフォ王都でヴィリアとヒイロが空母で模擬戦したのはどうなんだよ。
ついでにリテアの戦争の時だってアスリンとフィーリアは参戦してたじゃんかといったら……。
『どちらも私たち保護者が傍らにいて、すぐに駆け付けられる状態だったでしょ? でも今回は違うのよ!』
そういわれると確かにそうだが、あまりに過保護が過ぎる気がする。
まあ、気持ちはわかるが……。
「娘ができた今でも、妹は永遠に妹ですからねー。まぁ、私たちにとってもアスリンたちは可愛い妹なんで、その気持ちはよくわかりますけど……。セラリアにとっては二度目の独り立ちみたいなものですしー」
ラッツの言う通りだろうな。
すでに実の妹のエルジュは独り立ちをしてしまって、ラスト王国のリリアーナの補佐と各国との仲介役で日々忙しくしているので、セラリアはなかなかかまってもらえない。
それもあって、アスリンたちの独り立ちにつながるようなことに抗おうとしている気がしてならない。
……セラリアは妹を溺愛するからなー。
「姉として、妹の独り立ちぐらい黙って見送ってやればいいのに」
「うむ。そうじゃな。で、その本人はどうしたんじゃ?」
「あー、セラリアは、アスリンたちのバックアップだな。何かあればすぐに駆け付けて助けられるように、待機しているらしい」
いやぁー、妹大好き人間ここに極まれりってやつだ。
「そうか。ま、セラリアが後方でサポートしてくれるのであれば、こちらとしてもやりやすい限りよ。しかし、アスリンたちが可能性を伝えてくれた大氾濫の方は何もわからんのが痛いのう」
「情報を集める時間すら無さすぎましたからね」
「まあ、残ってるカースさんたちが頑張ってくれることを祈りましょう」
アスリンたちが示唆してくれた魔物の大氾濫については、今のところ何も情報が集まっていないので対処のしようが無いのが状況だ。
とりあえず、今は目の前のハイーンの件を最優先で俺たちは動くことにして、残っているメンバーに調査を任せている状態だ。
「カースたちなら何かあればキチンと報告してくれるさ。と、向こうの準備も整ったみたいだな。行くぞ」
「「「はい」」」
俺たちは空母の甲板から魔術で飛び立ち、空母の前方に停泊しているハイーン艦隊旗艦へと向かう。
その僅かな飛行時間の間に思う。
やはり、こうすれば、なにも船同士で接舷して乗り込む必要などないじゃん。
それに、魔術師は砲台としての役割もあるから、遠方からの魔術攻撃という手もあるわけだ。
だが今は、向こうにもそれができる筈なのにしてこない。
可能性としては、飛翔魔術師がいないか、あるいは部隊はいるが我々をちゃんと話し合うべき相手としてみているか。
……おそらく後者だろうな。
大国ともあろうものが、接舷せずに敵を攻撃できる手段である魔術師を乗船させていないとか、頭が悪すぎる。
こちらの空母を囲むように船を配置しているのは、いつでも360度全てから攻撃できるようにってことだろう。
……まあ、空母リリーシュ、ニミッ○級の装甲に穴をあけるほどの魔術を行使できる者が、この大陸にいるかは知らんけど。
こちらはさらに、タイゾウさん、ザーギス、ナールジアさん、コメットが協力して作った全方位魔力障壁展開システムも積んでいる。
理論上大和の主砲斉射を受けても耐える設計らしい。
まぁ、そんな戦艦の射程にノコノコ入っている時点でダメだけどな。
と、そんな益体も無いことを考えている間にハイーン艦隊旗艦に到着し、甲板上で旗を振っているスティーブのもとへと着艦する。
そこは、武装したハイーンの兵士が十重二十重と囲んでいる。
とはいえ、武器は抜いてないところを見ると、ちゃんと規律の取れた部隊ではあるらしい。
というか、そもそもスティーブたち先行部隊とも争った形跡がないから、そういう心配はしなくていいか。
そう考えながら、俺はスティーブの横に立つ立派な軍服を着た壮年の男性に目を向けると、スティーブは直ちに……。
「大将。こちらがハイーン皇国第一艦隊司令、ウェーブ将軍です」
そう紹介された。どこかの大航海時代を思わせる独特の髪型と帽子、そして立派なおひげを蓄えた紳士が、サッと胸に手をあて柔和な表情で。
「初めまして、スティーブ殿からご紹介いただきました、ハイーン皇国第一艦隊司令ウェーブと申します」
そういって、頭を下げるウェーブと名乗る司令。
「「「……」」」
そのあまりのまともさに、嫁さんたちやパルフィル王女は驚いて固まっている。
いや、あの男が例外すぎなだけだからな。
あんなのが国の上層部にまでいるようじゃ、一年と国が持たん。
そんなことじゃ、全ての国の気持ちがハイーン皇国から離れるだろう。
……まあ俺も、一抹の不安があったのは事実だが。
ともあれ……。
「ご丁寧なあいさつありがとうございます。私はウィード王国、王配であるユキと申します」
「はっ、このような場所ではありますが、面会させていただき感謝の念にたえません」
どうやらちゃんと話ができそうだ。
こっちまでお馬鹿だと大変だろうなと思っていたが、今のところは即座に戦闘という事はなさそうだ。
「さて、ご挨拶も終わったことですし、さっそくお話をさせていただきたいのですが。場所はこちらでよろしいですか?」
「いえ、中に会議室がございますので、そちらに場を移したいと思いますが。よろしいでしょうか?」
「はい。よろしくお願いいたします」
「では、こちらにどうぞ」
そう言われて、俺たちは木造船の中へと入っていく。
で、周りの様子はというと、先導という名目の警戒のためか、はたまた俺たちが要人だからかまではわからないが、ちゃんと周りを兵士で囲んでいる。
一方で、甲板の様子だが……。
『こちらステルス1。甲板の兵士たちは既に散開し、それぞれの配置についています。通路封鎖等の戦闘準備をする様子などは見られません』
なるほど。
こちらとの戦闘準備や逃亡の警戒していないということは、一応手荒なことをするつもりはないということか。
あ、ちなみにステルスというコールサインは、光学迷彩装着をしている偵察部隊だ。
すでにハイーン艦隊に乗り込んで情報収集を始めている。
その情報はすでに空母のCDCに集められて解析も進んでいる。
『ユキ。経過報告よ。敵艦隊の主兵装はバリスタ。空母を囲むように展開している船は全艦こちらに照準を合わせているわ。でも、装填はしていないようね』
「了解。継続して調査してくれ」
『了解よ。ユキも無理はしないでね』
ドレッサからの通信が切れる。
周りの船もさすがに、単に取り囲むだけの能天気ではないようだ。
とりあえず、戦闘準備はしている。
用心深いんだろうな。前を歩くウェーブって人は。
そんなことを考えつつ艦内を歩いて行き、一室に通される。
「こちらが会議室です。そちらの船に比べてかなり手狭だとは思いますがご容赦下さい」
「いえ。突然の訪問に対応していただき感謝しております。どうかお気になさらず」
「ありがとうございます。では、そちらにお座りください」
そういわれて全員席に着いたところで、改めてウェーブがあいさつをする。
「では、改めて。私はハイーン皇国で第一艦隊司令を任じられておりますウェーブと申します。この度は遥か大山脈の向こうからこられたウィード王国との出会いと、速やかに面会を許可していただいたこと、深く感謝いたします」
丁寧なナイスミドルやな。
レイク将軍といい、ジョージン将軍といい。
年寄のダンディたちは何でこうも有能なんや……。
と、まだ有能と確定したわけではない。
それを判断するための話し合いはこれからだ。
「いえ、私たちも訳あって、ハイーンの方々とはお話がしたかったのです」
「ほう。私どもとお話がしたいとそちらのスティーブ殿からうかがっておりましたが、我が国のことを既にご存じでしたか。浅学なるこの身は、ウィード国のことは一切知らないのです。この無知なる老人の失礼をお許しください」
「いえ。貴方が知らないのも無理はありません。私たちがハイーン皇国を知ったのもオーレリア港に来訪した後でしたから」
俺がそう言うと、ウェーブの目がかっと見開かれ……。
「なんと! つまり、グスド王国の要請でこちらに来たという事ですか! で、グスド王国は無事なのですか!」
ああ、なるほど。
この艦隊は本当にグスド王国が滅んだことを知らないわけか。
……さて、どう説明したものか。
予定通りで行くか、それとも違う話をしてみるか?
最初の出会いは普通。
さてさて、このまま素直に話し合いは進むのか?




