第962堀:何言っているのか理解できません
何言っているのか理解できません
Side:ユーピア・ズラブル
『陛下。ショーウです。至急お伝えしたいことが』
珍しい、いつもの夜ではなく日中に連絡が来るとは。
よほどのことが起こったか。
そう思って、無線機を取る。
「どうした? 何かあったのか?」
『はい。オーレリア港にハイーンの船団がやってきました』
「何!?」
ドンッ!
その言葉に思わず、ペンを握った手を机にたたきつけてしまった。
ペン先で机に傷をつけてないといいが。
と、今はそれどころではない。
「まことか?」
『間違いございません。ウィードのユキ様から、偵察隊が撮影した映像の確認を求めてきましたので』
「それは間違いようがないのう。で、ウィードの対応は?」
『はっ。湾口において空母で出迎え、港に入れることはしませんでした』
「うむ。当然じゃな。こちらとは敵対勢力なのじゃから。って、しませんでした? ということは、既にことは終わっておるのか?」
どういうことじゃ?
ショーウが言い間違えるとも思えん。
『はい。その通りです。既に事は終わっております。これからの話は全て事後報告となります』
「ふむ。なるほど。ユキ殿が率いるウィードがハイーンの船団を滅したか?」
確かにユキ殿なら、如何にハイーン皇国とは言えど相手になるまい。
そう納得していると、なぜかショーウかららしくもない困惑の色混じった報告が……。
『えー、確かに……。ユキ様率いるウィードがハイーンの船団を押さえました。その数5。そしてすべてが改造商船です』
「……ん? 聞き間違いか、船団の数が5と聞こえたぞ。しかも商船を改造とか」
『はい。間違いございません。ハイーンはたった5隻の、しかも軍艦ではなく商船でオーレリア港を占領する……つもりでした?』
「いや、なんで疑問系なのじゃ?」
『いえ、それがあまりにもお粗末な話だったもので、今でもあれは冗談の部類としか思えないほどです』
……ショーウがここまで困惑するとは珍しいのう。
ウィードの話ならともかく、ハイーン皇国のことじゃというに。
とはいえ、こちらとしては内容がはっきりわからんことには何ともいえん。
「ショーウ。お前が混乱しているのは分かったが。それではこちらはなおのこと状況が分からん。一から説明せよ。改造商船をたった5隻でオーレリアを占領しようとしたというあほな言葉が聞こえたが、それはまことか?」
『は、はい。それは本当のことです。いえ、彼らは占領ではなく譲渡してもらうつもりだったようです』
「はぁ?」
わけが分からぬ。
オーレリア港を譲渡?
「何を言ってるのじゃ。意味がわからぬ。何故譲渡なのじゃ? 占領しに来たのじゃろう。……その商船5隻で」
あーなるほど、ショーウが戸惑っておる理由が分かってきた。
たった5隻の改造商船なぞでは、兵を送り込めても精々1000が良い所。
それでオーレリア港の占領など無理じゃ。
しかも、ウィードのクウボという巨大船が控えておる。
一隻だけではあるが、その一隻だけで5000の人員と物資を乗せられるという規格外の船。
そんなものがいて負けるわけがない。
で、そのような状況の中で、占領ではなく、譲渡?
う~ん、……意味が分からぬ。全く意味が分からぬ。
『あー、なんといいますか。ハイーン皇国の使者が述べた内容からは、オーレリア港はいまだグスド王国の所有だと思っておりました』
「……なるほど。海上の移動中は連絡手段がないからのう。グスド王国が落ちたことを知らんかったというわけか。しかしそれでも、そもそもなぜ譲渡ということになる?」
海上で連絡を取る手段は今のところこの無線機を除けば、あとは我が国ズラブルの飛竜を使う以外は考えられぬからな。
とはいえ、飛竜を海上に送るという方法もたった今思いついただけで可能かは分からん。
と、そこはいいとして、ハイーンはグスド王国を助ける為に援軍をよこしたということになるのじゃが、それでなぜオーレリア港の譲渡に繋がる?
『……ハイーンに無償でオーレリア港を譲り、パルフィル王女の婚姻をもって、グスド王国はハイーン皇国の属国となり、繁栄が約束されると……』
……は?
ワシのよく知っている言語で話されたはずなのに、頭に全然入ってこなかった。
「……すまん。もう一度言ってくれぬか?」
『……オーレリア港の無償譲渡、及びパルフィル王女と使者との婚姻をもって、グスド王国はハイーン皇国の属国となり、以後の繁栄を約束されると』
『「……」』
あまりにひどく理解を超越するその内容に、お互い沈黙してしまう。
なるほど、ショーウは戸惑っていたわけではないのだ。
そもそも理解ができなかったのじゃ。
ワシにもさっぱり理解ができんし。
そう思っていると、無線から第三者の声が割り込んでくる。
『まあ、お二人さん。落ち着け。あの物言いはちょっとあれだったが、落ち着いて考えればそこまで訳の分からぬ話ではない』
「この声は、ユキ殿か?」
『そうです。ちょっと、あまりに状況が特殊かつ複雑過ぎたんで、同席を求めてこの場にいて頂いていおります』
『陛下のご承諾なしに申し訳ございません。理由は……分かっていただけたかと』
「なるほどな。理由は十分に理解した。かまわぬ。こちらも正直助かる。で、ハイーン皇国の要求のどこに理解できる点がある?」
『まず、前提が違うんですよ』
「前提?」
『はい。先程ユーピア皇帝も確認したと思いますが、ハイーン皇国はまだグスド王国が健在だと思っていた。そして、彼らはあの程度の船団で援軍に来たといっています。つまり、グスド王国の国土はいまだ十全だと思っていたはずです。つまり……』
ああ、そこまで言われれば、さすがに話が見えてきた。
「つまりじゃ。ハイーン皇国は安全であるはずのオーレリア港に到着して、今後の援軍を滞りなく上陸させる為に、オーレリア港を譲渡せよ。ということか」
『なるほど。そう考えると辻褄が合います。パルフィル王女との婚姻も、今後ハイーン皇国がグスドを助ける為の大義名分に十分になるでしょう』
つまり入港に煩わしい手続きを避ける為に譲渡を求めたわけか。
そして、グスドを守る大義名分として、パルフィル王女を嫁に出せと。
『……まあ、ユキ様が言ったように、そもそもの前提が全く違っていた上に、完全に上から目線でした。おかげでこちらは大混乱でしたよ』
「そうじゃろうな。パルフィル王女からすれば、かろうじて残った最後の領土をよこせと言われているわけじゃしな。で、その条件を黙って聞いていたわけでは無かろう?」
『はい。どうやら、グスド王国はハイーン皇国に救援を求めていたようですが、結果として間に合わなかっただけでなく、オーレリア港を譲渡と自分の身柄を預けろという要求に対して、激怒いたしました』
「そりゃそうじゃろう」
怒らない方がおかしいわい。
『で、その話し合いに同席していたユキ様、ウィードに対しては知らぬ国として反逆者の烙印を押されるか、クウボを引渡して見逃されるかを選べと迫りました』
「……バカなのか、ハイーンの使者は?」
ショーウが驚くほどの巨大船を見てすら相手の国力を測れぬとは。
というか、そもそも要人であるユキ殿相手に、いや、それは分らぬとしても、そもそも聞いたこともない国相手に何という対応か。
そんなことをしていては敵だらけになるぞ。
まぁ、だからこそワシらが戦っておるわけじゃが。
『いやー、実際単にバカなんでしょう。パルフィル王女が要求を拒絶したら、俺たちを取り押さえようとしましたから。物理的に』
「馬鹿じゃな」
『馬鹿ですね』
ユキ殿の部下はあのクアルを筆頭に猛者ばかりじゃ。
到底抑えられる筈が無い。
『ということで、交戦状態となって2隻を轟沈させて降伏勧告を行い受理されて、捕虜を取っているところですね』
「なるほどのう。先ほど聴かされた前提を理解出来なければ、本当に意味不明じゃったな。お陰で経緯が分かった。ユキ殿助かった」
『いえいえ。こちらもあまりにもあれなんで、ずいぶん混乱していました。ショーウ殿と話しながら一緒にこちらに席を移したお陰で冷静に考えられましたよ』
「そうか。ショーウが役に立ったのなら何よりじゃ」
さて、後はその捕虜からどれだけ情報を得られるかじゃが。
そこは続報を待たねばなるまいな。
と、思っていると、続けてショーウが
『いえ、陛下。話はそれだけではありません。先ほどお話したように、ハイーン皇国の無茶を通り越した要求にパルフィル王女、そして旧グスド王国の旧臣たちは激怒しました』
「うむ。それは聞いたな」
そう応えながら、ほっと一息、お茶を飲む。
あー、あまりに慌てていて喉が渇いておった。
潤うわ。
『その結果、パルフィル王女からズラブル大帝国の傘下に加わりたいと申し出てきました』
「ぶっーー!! げほっ!? ごほっ!?」
ま、不味い。気が緩んだところに、不意打ちの内容過ぎて咽た。
『へ、陛下! 何が!?』
「心配、げほっ、するな。茶を飲み損ねた、ごふっ、だけじゃ」
あーキツイ。
ショーウのこと、大笑いした罰か?
いや、そんなことはない。
あれか、ハイーンのやつが巧妙な罠を仕掛けてきたという事じゃな。
『なるほど。吹き出しますね』
「……ゴホッ。ふぅ……。分かってくれたならよい。というか、パルフィル王女及びグスド王国の臣下の反応は、まあ、当然のことか」
『当然といえば当然ですが、時間を置いて判断を再確認する必要はあります。今は頭に血が上っているように見えましたから』
「そうじゃな。ショーウの言う通りじゃ。3日置いておけ。それでも気持ちが変わらぬなら、ズラブル帝都に向かわせよ。そこで正式に式典を行い受け入れる」
『はっ。そこでハイーン皇国の非道を非難するわけですね』
「うむ。パルフィル王女には悪いが、利用させてもらおう。これで旧皇帝派の勢力を削げるなら削ぐ」
ハイーンがこちらに幸運をもたらしてくれたのう。
「ふん。皇帝を擁することを鼻にかけおったのが、あだとなったな」
『ええ。おかげで旧グスド王国領の統治にもさほど手間を掛けなくてもよくなるかもしれません』
「そうじゃな。そのままパルフィル王女の意思が変わらなければ、統治に協力してくれるじゃろう。旧グスド王国領においてこれほどの適任者もおるまい。と、ユキ殿。少々予定が変わってしまったがよかったかのう? パルフィル王女と話を進めていなかったか?」
勝手に話を進めておったが、パルフィル王女とウィードの間で決まっていたこともあるやもしれんと、今さら気が付いた。
『いいえ。こっちはしばらく考える時間を与えていたところです。そういう意味では、生きる意味を見出せたことはいいことでしょう。というか、解決できて何よりです。おもりは任せました』
「うむ。任されよう。怒りに任せて突撃などされてもたまらぬからな」
それこそ、ズラブルは国を攻め滅ぼし、挙句の果てにとらえた姫を前線に立たせ使い潰す畜生であったとか言われかねん。
『そこはお願いします。ですが、今はハイーンの情報ですね。捕虜の連中から何を聞けるか楽しみですよ』
「そうじゃな。そちらも頼む。何かあればすぐに支援しよう」
『はい。お願いします。どうやら旧皇帝派とは折り合いが悪いようですし』
その言葉を聞いて理解した。なぜショーウがこの場にユキ殿を立ちあわせたのかを。
今回最大の幸運であり、最も重要な情報は、パルフィル王女率いる旧グスド王国が仲間になるかもという話なぞではない。
ウィードがズラブル側についてくれると決まったことじゃ。
本当にハイーンにはお礼をしないといけないかもしれんのう。
無線機で伝えられたユーピアの方も意味不明。
ハイーン皇国の愚行のいみするところとは?




