第961堀:驚愕 いや、本当に
驚愕 いや、本当に
Side:ユキ
また面倒な来訪者か。
と思っていたが、ちょっと考え方を変えれば、旧皇帝派を知るいい機会だし、これからどうするかで悩んでいるパルフィル王女が決断を下すいい機会にもなるだろう。
そういうことで、湾口に停泊した空母でその船団を止めてハイーンの使者とあったのだが……。
「皇帝の勅により、オーレリア港はグスド王国から、ハイーン皇国のものとなる」
「「「はい?」」」
いきなり意味不明なことを言ってきた。
「それと、あの巨大船は今後のズラブル大帝国との戦いのために徴発をする。よいな」
「いや、よくないですよ。我々はグスド王国ではありません。ウィードと言ったでしょうに」
こいつ、何も話聞いてねえ。
「ウィードなどという国は聞いたことがない。皇帝国録にそのような国は載っておらぬ。ゆえに、ただの自称。あるいは、無断で国を立ち上げたということ。いずれにせよ皇帝に対する反逆である。その咎に目をつぶるといっておるのだ。おとなしく船を差し出せ。そうせねば反逆罪として刑に処す」
「「「……」」」
やべえ。こいつ頭にお花が咲いてるとかそういうレベルじゃねえ。
完全に空っぽなタイプだ。
こういう輩はさっさと追い返すのが吉だが、パルフィル王女がどうするかを決断する必要もある。
とりあえず、グスド王国の行く末を聞いておくか。
「はぁ。まあ、我々のことは一旦置いといて。グスド王国からオーレリア港を奪うというのはいいのでしょうか?」
「先ほども下知しただろう。皇帝の勅である」
「代替の土地などは?」
「そんなものはありはしない。ズラブルとの戦いでどの国も疲弊しておる。グスド王国には快く領地を譲ってもらい、ハイーンの下、ズラブルとの戦いに備えるのだ」
おー、こいつ無茶苦茶だなおい。
あまりのことに、横にいるパルフィル王女と臣下たちも唖然としている。
というか、致し方ないが、あまりに情報が遅すぎる。
既にグスド王国は存在していない。
とはいえ、このまま何も言えぬほどパルフィル王女もおとぼけではないようで。
「……失礼致します。わたくし、グスド王国王女パルフィルと申します」
「おお。お前がグスドの王女か」
「……」
おいおい。使者ごときが王女をお前呼ばわりかよ。
……今まさに、ハイーンの印象は自由落下速度で降下中だ。
「……お尋ねしたいことがございます。グスドはズラブル大帝国と戦っていました。その折救援を求めたはずですが、それは?」
「うむ。その要請の軍隊が我々である。だからこそ、このオーレリア港を譲り渡すようにということだ」
「「「……」」」
あまりの発言にみんな絶句。
Oh、ふざけんなどころじゃないな。
戦いには間に合わないどころか、よこした戦力がたったこれだけ。
しかも、バカみたいに偉そうだと。
これでよく不満が出ないもの……じゃなくて、不満がでたからズラブル大帝国が戦っているわけだよな。
しかしながら、パルフィル王女はこのふざけた対応にもこらえつつ、口を開く。
「……皇帝陛下御自ら、このような命をなされたのですか?」
「もちろんだ。グスド王国も皇帝の忠実な臣。さ、喜んで港を引き渡されるがよかろう。そして、私との婚姻を以って、グスド王国はハイーンの属国となるのだ。それにより栄華が約束されるだろう」
「「「……」」」
さらに連続で驚き。
もう、どう考えても、こいつらもただの侵略者じゃねえか。
しかも、婚姻を結んでとか言っているし。
何言っているのか分からないレベルだ。
で、さすがにそう言われたパルフィル王女は震えている。
いやー、当然だな。
そして、パルフィル王女はきれいな笑顔で……。
「残念ながら、既にグスド王国は滅びました。私はグスド王家最後の生き残りです」
「なにを言っている。ここはグスド王国の……」
「既にここはウィード領。ここにおられるのは、ウィード国の王配であるユキ様です」
パルフィル王女ははっきりとそう告げた。
ここは既にウィード領なのだと。
「ふざけたことをぬかすな! ハイーン皇国を愚弄するか!」
それをお前が言うなよ。
というのが、全員の気持ちだろう。
そしてついにパルフィル王女が爆発する。
「ふざけているのはそっちです! 土地を無償でよこせ? 私を娶る? 国はハイーンの属国? 本当に皇帝陛下がこのようなことをお命じになられるようなお方なら、我が国は皇帝陛下に忠誠など誓わなかった!」
「貴様!」
「お父様も! お母様も! 臣下もみな! 皇帝陛下の御ためにならばと剣を取って戦った! それが! それが! こんな、こんな!!」
パルフィル王女があまりに悲痛な叫びをあげる。
誰だってこんなことをするような奴のためになんか命を掛けたくはないよなー。
しかし、ハイーンの使者は自身が伝えた皇帝の下知に従うのが当然、それに逆らうような輩はいる筈が無いとでも思っていたのか、顔を真っ赤にして剣に手を掛け……。
「無礼者! もうよい! オーレリア港は我が軍が占領する。お前たちは見せしめに処刑だ! 皆、この愚か者どもをとらえよ! 王女以外の女どもは好きにしてよい!」
そんな風に全く状況と空気を読めない阿呆が周りに指示して、世紀末風にひゃっはーといいながら兵士が襲い掛かろうとするが。
ドゴン!
そんな鈍い音と共に人が一直線に吹き飛び船の縁を破って海に落ちる。
ドッポーン!
いやー、気持ちのいいほどいい音を立てる。
で、その見事な落水音を作り出したのは……。
「屑共が。たとえズラブルが反旗を翻しておらずとも、妾が潰しておったわ」
デリーユが底冷えするような声で告げる。
そう、デリーユが襲い掛かってきた兵士をあっという間に殴り飛ばしたのだ。
まあ、デリーユは元々そういう魔王だったよな。
そして……。
バキッ!
ドッポーン!
「あなたたちみたいな人は、私、大っ嫌いなんです」
「同じくですねー」
「ええ。私も同じです。というかそれ以上近づけば脳天に穴開けます」
ミリー、ラッツ、エリスは完全にキレて、戦闘態勢だ。
皆、戦争に巻き込まれ、奴隷にされたからな。
さっきの発言は地雷を踏みぬくのと同義だろう。
しかもいい笑顔でいるのがさらに怖い。
で、のんびりそんなことを考えていたら……。
ドン! ドン!
と爆音がしたと思ったら、二隻の木造船がいきなり真ん中から割れて轟沈する。
いや、空母から迫撃砲撃ちやがったな。
ま、話し合いは無理そうだし、ここは実力を見せるしかないか。
「さて、ハイーンの使者殿。ここで命を落とすか、降伏するか、二つに一つですが、いかがなさいますか?」
「ふ、ふざけるな!」
「ふざけているのはどう見てもそっちなんだけどな」
俺がゆっくりとそう言っている間に、使者の男が剣を抜いて向かってきたが……。
バチィ!
「あぎっ!?」
電撃が男を襲い、そのショックでその場に倒れ伏す。
その電撃を飛ばしたのは……。
「私のユキに剣を向けてタダで済むと思わないことね」
そうカグラだ。
俺を守るように横に立つ。
そして、倒れた男の剣をあっさり取り上げたのはミコス。
「何この連中。ミコスちゃんにはとても信じられないほどお馬鹿なんだけど。と、スタシア。この剣ってどんなもの?」
「ただの数打ちですね。とは言っても、この方にとってはとても大切な物でしょうから、このまま本人にお返ししてあげましょうか。心の臓にお返してさしあげれば、きっと喜んでいただけるでしょう」
剣を受け取ったスタシアは、真面目な顔で物騒なことを言っている。
で、辺りを見回せばすでに敵対行動を見せた兵士は全員たたき伏せられていて……。
「無駄な抵抗はやめなさい。船員たちもおとなしくしていれば何もしないわ。それともあなた方の船と一緒に沈みたいかしら?」
セラリアがそう言うと残りの兵士たちは即座に武器を捨てて降伏の意思を見せた。
そして船員たちは別段反抗することなく、俺たちの指示に従って、港へと船を寄せてくれた。
あ、ちなみに沈没した船の船員はハイーンの連中に回収させた。
沈んだ物資に関してはシーラちゃんたちに頼んで回収中。
何か面白いものがあるといいんだけどな。
さて、そんなお宝確認の前に……。
「大皇望ショーウ様!」
「な、なんでしょうか。パルフィル王女?」
あまりに鬼気迫る表情に、驚いているショーウ。
ちなみに、この二人が直接顔を合わせたのは、ショーウがこの町に来てからだ。
しかも会議の場でちょこっと会っただけで、今までまともに話もしていない。
だからこそ、この状況は普通ではありえない。
しかし、どこかの馬鹿野郎のおかげでパルフィル王女の腹は決まったらしく。
「私は、旧グスド王国の者たちは、ズラブル大帝国の旗下に加わります!」
そういう答えになったらしい。
しかも部下の方々も満場一致のようだ。
まあ、あの映像を見せてたからな。
とはいえ、ショーウにとっては……。
「は、はぁ。パルフィル王女、貴方があまりに非常識な扱いを受けたのは私も映像で拝見しておりましたが、もうちょっと冷静になりませんか?」
「私たちは冷静です! あのような、あのような! 皇帝についていくわけにはいきません! どう考えてもズラブル大帝国の方が信頼がおけます!」
「え、えーと、そう言っていただけるのはありがたいのですが、私からは皇帝陛下へ報告しかできませんので……」
ショーウの言っていることは誠に正しい。
仲間になります。はいOKです。というのは少人数の個人パーティーでのみで成立するものだ。
一国が仲間になります。はい受け入れますなどとは、一臣下に過ぎない者には決して言えるものじゃない。
とはいえ、パルフィル王女はさっきの出来事で怒り心頭。
「では、至急ズラブル皇帝陛下にお取次ぎを! 知っていますよ、無線機を預かっているのでしょう! すぐにお取次ぎをお願い致します!」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
そう言って、ショーウは部屋を飛び出す。
「どこか会議に使える部屋を貸して頂いていいでしょうか?」
「どうぞどうぞ。といっても、まだパルフィル王女は冷静じゃないですよ?」
「分かっています。ですが、いいチャンスでもあります。旧グスド王家の方が快く味方に付いてくれるのですから」
俺とショーウはそんなことを話しながら、会議用の部屋へと案内し……。
「では、こちらを使って下さい。俺は出ていきますので」
そう言って部屋を出ようとすると引き留めてくる。
「いえ。待ってください。このままいてくれて結構です。旧皇帝派のハイーン皇国がやってきたことは、ウィードも含めて話し合わねばならないことですから」
まあ、確かにそうだよな。
「わかった。というか、ショーウ殿だけじゃ信じてもらえない可能性もあるからな」
「……はい。そうですね。しかしまさか、ハイーン皇国があそこまで愚かな行動を取るとは思いもよりませんでした」
「普通だったらあんなことをするなんて予想しないから、心配しないでいいと思う」
「……ですよね」
お互いに遠い目をする。
色々な意味で世界って広いんだなーって。
非常識の方向で。
すっごく嫌だなー。
これから俺たちが相手にしなくちゃいけないのはアレなのかよ……。
色々な意味で驚く人っているよね。
空気読めないとか、何言ってるんだこいつとか。
そういう分類。
さて、ハイーン皇国のイメージはどんなふうになりましたでしょうか?




