第948堀:女神の説得と彼女の在り方
女神の説得と彼女の在り方
Side:ルルア
旦那様がよりによってあのマジック・ギアを輸出するなどと言い出した時にはホントに驚きましたが、冷静にお話を聞いて納得しました。
今現在、ズラブル大帝国は旧皇帝派との戦争の最中であり、その戦争の要となっているのがマジック・ギアなのです。
この供給を断たれれば、ズラブル大帝国は苦戦を強いられる可能性があり、その結果、同盟を結んでいる私たちウィードも危険にさらされる恐れがあるということです。
今回のズラブル大帝国に対するマジック・ギアの輸出は、我々ウィードやシーサイフォが他の大陸の抗争で直接矢面に立つことのない、つまり戦争に参加することが無いようにするためです。
つまり、この輸出は私たちを守るためのモノ。
なのでハイレ教の皆さまにも、この輸出には絶対に賛同してもらわなければいけないということ。
だから……。
「えーと、よくわからないわ!」
この新大陸全域で崇められているこの女神さまの説得をしないといけないんですが……。
「あらあら~。もうちょっと考えましょうね~」
「リリシュ司祭様。私、そもそも政治って苦手なんですよ。眠くなるし」
「「……」」
旦那様申し訳ありません。正直くじけそうです。
私と一緒に来ているエノラも、これはどうしたものかという表情です。
ハイレン……様は、あまりこういうことを考えるのは苦手な方のようで、説得がとても難航しています。
「は~い、気持ちはわかるけど~、ルルアちゃんに、エノラちゃんは協力してほしいから頑張って説明しているのよ~?」
「でも、分からない物は分からないんです。マジック・ギアを輸出するから説得してほしいって言われても、そもそもあんな危険なもの他所に上げるのはすっごくダメな気がするんですけど、なんか必要って言ってるし……」
うーんうーんと悩み始めるハイレン様。
ハイレン様はハイレン様でなんとか理解しようとしているんですよね……。
すると急にハッした顔になり。
「もうさ、ハイっていえばいいだけにしましょう! そうすれば簡単だわ!」
「名案ね~」
「リリシュ司祭様、頼みますからそういう賛同はやめてください。ちゃんと理解した上で、説得してもらわないといけないので」
「そうです。今回ばかりはエノル大司教様も不満を持ちます。ですので、真摯な納得のできる説明が必要なのです」
このままだと、私とエノラがハイレン様を操って無理やり言わせている状態になります。
そんなことになったらもう、問題しかありません。
下手すると外交問題に発展します。
「うーん。ハイレンちゃん、さっきのお話、覚えられるの?」
「絶対無理です」
そうはっきりと断言するハイレン様。
もう本当にどうしたものかと思っていると。
「こんのバカが!」
ズパーン!!
と、ハリセンの小気味よい炸裂音がして。
「いったーーーー!」
ハイレン様が叫びます。
まあ、いい音がしましたからね。
で、みごとそのハリセンを振りぬいたのは……。
「って、エノル! なにすんのよ!」
「やかましい! まったく、お前は全然進歩せんな!」
ハイレン様の戦友で、今はウィードの外務大臣を務めるソウタさんの妻であり、ハイレ教会の初代大司教でもある、エノルさんです。
エノルさんは、死亡時の年齢で随分お年を召されているのですが、アンデッドとなっていて、魔力で体を補強しているので、動きは軽快です。
そのエノルさんがなぜここにいるのかというと……。
「もうちょっと、物事を考えぬか。ユキ殿から是非助けてほしいといわれ来てみれば、やはりこのざまじゃ」
なるほど、旦那様が既に手を打っていてくれたのですね。
今旦那様は、カグラさんたちと共にハイデンで説明と説得をしているはずです。
でも、こうして離れた所にいても常に私たちを気使ってくれる、その心遣いがとてもうれしいです。
そんな感慨に耽っていると、続いてソウタさんもやってきて……。
「ま、ハイレンだから、こんなことだろうとは思ったけどな。ユキ君は私たちに頼んで正解だな」
そう言いながら苦笑いをしていました。
「ソウタ! あんたのお嫁さん、狂暴よ! 止めなさいよ!」
「いやー。どう見てもお前が悪いしな」
「お前の能天気はどうやっても治らんようじゃな……」
エノルさんは深くため息をつきながら、こちらに振り返り、
「すまんのう。ルルア、エノラ。わしらがしっかり協力するから、何とかなるじゃろう」
「ハイレンに学習させるより確実ですからね。私たちが一緒に行って説明すれば何とかなると思います」
なるほど。
お二人が協力してくれるのであれば、確かにエノル大司教も納得してくれるでしょう。
というか、そもそもハイレン様が付いて行く必要があるのでしょうか?
という私の疑問に気づいたのか、エノルさんが苦笑いしながら……
「この際、ハイレンのアホさ加減をしっかり見せつけておいた方がよかろう。所詮、こいつは気分とノリでしか動かんということをな」
「考えるのは自分でしましょうということですね。まあ、あのエノル大司教ならすでに分かっているとは思いますが、ここで改めて伝えておいた方がいいでしょう」
その通りですね。
我々人は神を頼るのでなく、神に行いを見守ってもらうというのが正しきあり方です。
そうすることで自身を律し、良き未来をつかみ取るのです。
「え~。私はもっと頼ってもいいと思うわよ~? ルルアちゃんたちなら、もっと加護あげてもいいわよ?」
「そうよ! リリシュ司祭様にも、私にももっと頼っていいのよ! 加護とかは良く分からないけど! あ、キャリーは私の勇者だしね!」
「「大丈夫です。間に合っていますから」」
とんでもないと、私とエノラは揃って直ちに辞退しました。
これ以上加護なんか貰っても持て余すだけですから。
「でも、キャリー姫様が勇者任命されていたの、すっかり忘れてたわ」
「私もです。キャリー姫にとって勇者の称号はすごく迷惑みたいですけどね」
勇者の称号なんて、所詮祭り上げられるだけのものですから。
ハイデンの安定を望んでいるキャリー姫にとっては、邪魔なものでしかないでしょう。
とはいえ、勇者に指名したハイレン様はそれが不満のようですが。
「リリシュ様、なんで私の加護は受け入れてもらえないんでしょうかー」
「そうね~。みんなひどいわよね~」
わざとらしく、しくしくウソ泣きをしている二柱の女神様。
まぁ、普通なら確かに、女神様からの加護なんて泣いて喜ぶものなのですが、今の私たちにとっては微妙なんですよね。
なんて言えばいいのかと迷っていると、エノルさんが動きだして。
「リリーシュ様。そこのハイレンを甘やかさないでください。どうせすぐ調子にのるんじゃから」
「なにをー!?」
「はいはい。怒るのは後にしてくれ。今からハイレ教のエノル大司教たちにしっかり話をしないといけないんだから」
「私、それ、よくわかってないわよ?」
「そのためのサポートじゃよ。わしらなら信用してくれると思うからのう」
「あー、そっか。2人に任せれば安心ね」
……そのはずなのですが、なんで不安が拭い去れないんでしょうか?
いえ、旦那様が手配してくれた助っ人ですし、問題はないはずです。
ということで、私たちはエノル大司教に連絡をとり、直ぐに面会できることになりました。
「……ということで、ウィードとしてはマジック・ギアを輸出するという方針になっています」
「……そうですか」
エノラから報告を聞いたエノル大司教様は、ただただ目をつぶったままそうつぶやきます。
表情こそ変わりませんが、おそらく内には色々な思いが巡っているのでしょう。
何せ、マジック・ギアの大半はこの大聖堂の地下で生産されていたものですから。
その思いになんと声をかけていいのかと、迷っていると……。
「ねえ、エノルさん。そんなに悩まなくていいんだよ」
「……ハイレン様?」
ハイレン様がそこで優しく語り掛けます。
一瞬止めるべきかと思いましたが、ソウタさん、エノルさんの二人ともが止めようとしないので、思いとどまりました。
「ここで起こったことは私ももちろん知ってる。だって宝玉の中にいたしね。でもさ、それはアクエノキがやったことであって、エノルさんたちは何も悪くない。そして、あれが使われる事にも気に病まなくていいんだよ」
「なぜ、そう言えるのですか? 戦いに使われるのです。私たちを信じて付いてきてくれた信者の命を吸った宝玉、マジック・ギアがです」
「うん。そうだね。だけど、それで助かる命があるんだ。別にさ、これからマジック・ギアを作るってわけじゃない。でも、できたからには、それの果たすべき役割を全うしていいと思うんだ」
「全うする。ですか」
「そうだよ。エノルさんが平和の祈りをささげているように、平和を願って戦っている人たちもたくさんいる。私たちもそうだったしね」
ハイレン様はちょっと気まずそうにエノル大司教にそう言います。
そうです。ハイレン様もソウタさんやエノルさんと共に、絶望的な状況で戦いに挑んでいたのです。
……平和を願って、敵の命を絶った。
「マジック・ギアを生みだしたのは確かに嫌な方法だったけど、でも生まれたものが人を救う物になるなら、単に死蔵し、祈りをささげるだけよりもいいと思うわ。だって、悲しみの対象じゃなくなるんだもん。人も守るモノになるんだから」
「ハイレン様……。ですが、それによって多くの命を奪うことになるのですよ?」
「うん。分かってるよ。でも、私は自分たちが手をこまねいている間に、知り合いが死ぬ方が耐えられない。知らない人の命を守るために隣で飢えそうな子供を見捨てることはできないわ」
「……そういうことですか。規模は違えど同じことなのですね?」
「そうだよ。私たちはいつも、助けられる人の命を助けてきた。魔物が相手だったのが今度は人になるだけ。っていうか、アクエノキの時だって人も敵だったしね。そのズラブル大帝国のユーピア皇帝だっけ? その人にちゃんと私たちの思いを伝えられるなら、私はいいと思うよ。だって、ユキ少年やカグラちゃんたちが大丈夫って言ってるんだから」
そう笑顔で言い切るハイレン様。
……もう、なんでこういう時に限って、ハイレン様は何て神々しく見えるのでしょうか?
誰もが迷う場面で、まっすぐ答えを出します。
旦那様やカグラたちのことを引き合いに出されれば、私たちも違うとは言えません。
旦那様が下した判断は、悩みぬいた末に誰もが損を、不快を抱かないようにと出した答えです。
そして、それをハイレン様は迷うことなく肯定してくれました。
そして、その言葉を聞いたエノル大司教様は、いえ、大司教様と一緒に付き添っていた信者一同、その場に膝をついて……。
「「「女神の御心のままに」」」
そう返事を返しました。
確かに、今だけは間違いなく、ハイレン様は女神でした。
「よし! じゃ、エノルさん準備しよう!」
「え? 準備ですか?」
「そうだよ! ユーピア皇帝にちゃんと今の想いを伝えないとね! 想いは言葉にしないと伝わらないよ」
「……はい。私はユーピア皇帝に直接思いを託します」
そう言ってエノル大司教様もいい笑顔になったのですが……。
「……ルルア。なんかエノル大司教様がズラブル大帝国に行くことになってないかしら?」
「……エノラにもそう聞こえましたか。旦那様になんて説明しましょう……」
やはり、旦那様の負担を増やしてしまうということで間違いなさそうです。
旦那様ごめんなさい!?
ハイレンはこういう人物なのである。
まあ、誰だって目の前の不幸を何とかしたくて行動を起こす。
見知らぬ誰かのためにではなく、見知った人たちを助けるために。
その見知った範囲が大きいか小さいという差はあるけどね。
家族か、それとも村人か、はたまた町か、国か。
ともかく、ハイレンはこういったところでは迷わない立派な女神です。




