落とし穴160堀:穏やかな年末
穏やかな年末
Side:ユキ
大掃除も無事終わり、今年も気が付けばあと2日を残すのみとなった29日。
有り難いことに、ウィードの重鎮である俺たちも今年は穏やかな年末を迎えている。
まあ、仕事がゼロになったわけではないが、建国して以来、これまでで一番穏やかな日々といっていいだろう。
ウィードの年末年始のイベントは後任たちが頑張ってくれている。
もう、年寄りがでしゃばる必要はないということだ。
「あー、こうして炬燵に入ってのんびり過ごせるってのはいいですね。ああ、みかんが美味しいです」
「ですねー。こうして私やエリスが年末にのんびりできるとは思ってませんでしたよー」
そう言いながら、炬燵にみかんという冬の最強装備を満喫しているのはなんと、特に年末が一番忙しいはずのエリスとラッツの2人だ。
会計に商業区の副代表が本来ならこんなところにいられるわけがない。
なぜ、この2人がいるのかというと……。
「2人がここにいて大丈夫なの? いくら任せたと言っても、やっぱり心配じゃない? と、はい。お茶」
そう、ミリーの言う通り、エリスとラッツは後任の代表に全てを任せて、年末休みを確保したわけだ。
「ありがとう。あと、全く心配がないというわけではないけど、あのコたちもいい加減自分1人でできないとね」
「エリスの言う通りです。いつまでも私たちにおんぶにだっこじゃいけませんからね。というか、私たちの事より、ミリーこそ大丈夫なんですか? ギルドの方はまだ、ミリーの代わりはいないでしょう?」
「私の方はいいのよ。最近、年末年始は冒険者も活動を控えるから、冒険者ギルドも暇なのよ。まあ、昔の冬季休止状態ね」
「「ああー」」
と、納得する2人。
その話に理解が追いつかないのが……。
「あの、ミリー。冬季休止状態ってなにかしら?」
「ミコスちゃんたちの所には冒険者っていないからねー」
そう、カグラたちだ。
カグラたちも、俺と結婚したことで、外交官という看板は外れ、俺やほかの嫁さんたちの繋ぎ役としての側面が主になったため、こうして一緒にいる。
まあ、外交官よりも、直接話をしやすくなったため、逆に外交官よりも忙しかったりするが、それでもこういう時は公務よりも家庭が優先できるようになったのはいいことだろう。
そんなことはいいとして、カグラたちの大陸にはそもそも冒険者という職業が存在しないので「冬季休止」というのも意味が分からないんだろう。
「ああ、冬季休止っていうのは、冬の間は仕事を休みますってことよ。まあ、ウィードが出来るまではよくあったことね」
「そうなの?」
「ええ。冬の間は食べ物が無かったり、寒さが厳しいから、物資の確保なんかにも通常よりお金がかかるのよ。冬の装備とかね」
「そうそう。エリスの言う通りですね。私も冒険者兼商人をやっていたころは、冬場はなるべく動かないっていうのが鉄則でしたね。仕事が無いってわけじゃないですけど、冬場は色々あって難易度が跳ね上がりますからね」
ラッツは何か嫌な思い出でもあるらしく、苦笑いをしている。
「なるほど。冬場の農家みたいなもんだね。冬はどうしても農作業は出来ないし」
ミコスがそう言って納得しているのを見て、ふと思い出したことがある。
「そういえばミコス。ジャーナ男爵の方にいろいろ農業の支援とかもしてたよな? そこらへんはどうだ?」
シーサイフォの軍勢が迫った時に、対策としてミコスの父親の男爵領に慌てて空軍基地を作ったんだよな。
その見返りとして、ゲートの設営はもちろん、商業施設や福利厚生の施設、そして、今話している農業支援もした。
「あ、そういえばその報告を聞いていなかったわね。姫様からは別に何もないから、ミコスのお父様はちゃんと報告しているみたいだけど、実際どうなの?」
「えーと、とーちゃんの領地経営は順調みたいだね。まあ、とにかく忙しくなって、人手が足りないって話はよく聞くかな」
「まあ、そうでしょうね。ウィードの施設を備えたジャーナ男爵領に人が集まらないわけないもの。ハイレ教会までもが慌てて教会の新築したぐらいだし」
ああ、そういえばエノラから教会を建て直すとか聞いてたな。
あやかって、ハイレ教会もイメージアップを図りたいんだろうな。
「ユキ先生のいう農業の支援は……。あっ、そうだそうだ、ビニールハウスがすごいって言ってたよ。魔術でビニールハウス内の気温を上げれて、作物がよく育つって」
「そうか、うまくいったか。となると、イチゴが出来るな」
「そうそう! あの赤いイチゴが美味しくて特産品になるって書いてあった」
「ジャーナのお義父さんには迷惑かけてるからな。うまくいって良かったよ。俺の方から、というかウィードからも生産に余裕があるなら買い取るって伝えてくれ。いいよな? ラッツ?」
「ええ。もちろんですとも。イチゴは大人気ですからね」
「わかりました。とーちゃんには伝えておきます」
これで、カグラたちが住む土地、新大陸で、地球の作物が育つことが確認されたわけだ。
このデータを持っていったら、コメットやエージルは喜ぶな。
そんなことを考えていたら、手に手にいろんな荷物を持ったキルエとリーア、アスリン、フィーリアが部屋に入って来た。
「皆さま。お菓子が出来ましたのでいかがですか?
「やっほー。今回は私も手伝ったよー」
「たくさん作ったよー」
「美味しいのですよー」
どうやら、キッチンでわいわいやっていたのはお菓子作りのためか。
すると、なぜかキルエが俺の目の前に、デンとボールを置く。
お菓子と言ってたのにボールをだ。メイドとして常に見栄えも気にするキルエがこんな料理道具にお菓子をいれてくる筈がない。
中を見ると、入っているのは、黄色の液体。しかもドロッとして粘度が高そうだ。
「お? リーアこれって、ホットケーキの元?」
「ミリーあたりー! みんなで作って食べたらどうかなって思ってね」
「ちゃんと、できるまでのクッキーはご用意しております」
あ、ちゃんと完成品もあるんだな。
「みんなでホットケーキつくろー」
「ホットプレートを用意するのです!」
アスリンとフィーリアは張り切って、ホットプレートを取り出して電源を入れている。
ホットケーキを作るのが楽しみなんだろう。
ホットケーキ程簡単に作れて多種多様な味が楽しめるお菓子は存在しないからな。
しかし……。
「……えーと、キルエ。ボールの量がやけに多くない?」
「あ、エリスもそう見えますか。私も何か生地の入ったボール6つは見えますね」
「そうね。私の目にはアスリンたちがホットプレートは3つ用意しているように見えるわ。ユキさんはどうですか?」
「ああ、俺もミリーと同じようにホットプレートが3つ用意されているのが見えるな」
さらに詳しく言うと、今人がいるこたつテーブルごとにホットプレートが設置されている。
もちろん俺のいるこたつの上にも設置されている。
ちなみに、この部屋はみんなでくつろげるように大部屋になっていて、こたつも大型の物が5つほど設置されているのだ。
そのうちの3台にデーンとホットプレートが設置されているということは……。
「今日はみなで手作りしましょうというご提案でしたので」
「そうだよー。みんなで楽しくホットケーキ作ろう」
「ジャムもチョコも、アイスも色々用意したよー」
「いろんな味が楽しめるのです」
4人はそう言って、てきぱきと準備をこなしていく。
どうやら、俺もゆっくり傍観しているわけにはいかないようだな。
とは言え、別に大変なことじゃない。
まずは、暖かくなったホットプレートに油を引いて、準備を整え。
ボールを手に持ち、中にある液状の生地をお玉で掬って、ホットプレートに流し込むと……。
ジュワ……。
そんな音がしてすぐに生地が焼かれていく。
そして、生地が焼けて固まってしまう前に、お玉を器用に生地に押し付け、中心から回転させるように広げていく。
あとは、ぽつぽつと生地に気泡が出てきたら、焼けてきた証拠なので、フライ返しを下に入れて……。
ひょい、ジュワー……。
ひっくり返して裏面を焼く。
「いや、簡単でいいね」
これで焼きあがればベースは出来あがり。
あとは好き勝手にトッピングして食べればそれでいい。
「簡単ね。……って、ユキの簡単はちっとも簡単じゃないのよっ!? あ~、形が崩れたわ」
ひっくり返し損ねて、べちゃっと生地が奇妙な形に広がってしまう。
ま、よくあることだな。
「ぷぷー。それはただ単にカグラが下手なだけだよ。お嬢様は料理なんかしないからねー。ミコスちゃんは……ほらっ。料理慣れしているからこの通り」
ミコスは綺麗にホットケーキをひっくり返す。
意外というべきか、貴族の地位の違いで当然なのか、ミコスは普通に料理が出来るんだよな。
「むむ。私もまだまだ精進が足りないようです。こちらの訓練もしておくべきでした」
「あの、スタシア。王女様って普通は料理なんて習わないからね」
ミコスの手さばきを見て、料理も訓練するといいだしたスタシアと、ツッコミを入れるエノラ。
2人もミコス程上手ではないが、カグラまではならずにホットケーキを作り上げる。
俺は既に3枚目に取り掛かっていて、1枚目を既に咥えている。
「ユキ。食べながら料理とか、はしたないわよ」
「もごもご……。いいんだよ。別に格式ばった場所じゃないし。あと、ほれ」
「ほむっ!?」
俺に行儀を説くカグラの口へ俺の食べかけのホットケーキを放り込む。
驚きはしたものの、さすがに一度口にしたものを吐き出すような真似はせず、そのまま咀嚼して飲み込む。
「もう……美味しかったけど、いきなりはやめてよね」
ん? なぜか頬を赤らめている。
まあ、それはいいとして。
「美味しかっただろう? 味見もしないでぶっつけ本番で作って人に食べさせるのは根性がいるぞ」
「あー、なるほど」
「確かに」
「沢山の失敗作を作り出した後なんて最悪よね」
ミコスたちは俺の言葉に納得したようだ。
実のところ、ホットケーキで失敗するのは稀だ。
生地の配分間違えたとか、焦がしたぐらいしかありえない。
とか何とかいったが、実際俺は何も味付けしていないベーシックが好きなだけで、単につまみ食いしたんだが。
「さて、まずは定番のはちみつと上にバターを置いて、完成」
定番中の定番。
はちみつとバターのホットケーキ。
シンプルこそ至高。
ささっと、ナイフで切って、フォークで口に運ぶ。
「うん。美味い」
これぞホットケーキという感じだな。
「私はイチゴとクリームを乗せるわ」
「じゃ、ミコスちゃんは……」
そんな感じで各々楽しんでホットケーキを作っていると……。
「あら、いい香りがすると思ったら楽しそうじゃない」
「お、セラリア。食べるか?」
「もちろん。トッピングは……メープルシロップで」
「あいよ」
こうして、穏やかな年末のひと時は過ぎていくのだった。
炬燵でのんびりみかんを食べながら、年末を過ごすって最大の贅沢だよねー。
あと、ホットケーキってまず失敗しないからいいと思う。
お菓子作りは、基本的に配分間違うとアウトだし。




