第946堀:亡国姫の行方
亡国姫の行方
Side:セラリア
「既にパルフィル王女に力は残っていない」
夫がはっきりそう言い切る。
まあ、その言葉の通りではあるわね。
今のパルフィル王女に残された力は何もない。
唯一あるのは、グスド王家の唯一の生き残りで、オーレリア港のトップとして立っていたことだけれど、今やその立場すらも意味がない。
ズラブル大帝国と我がウィードが戦争状態になるのであれば、悲劇の王女というのを旗印として使えたかもしれないけど、和平の道が見えた今、シーサイフォの使者を無下に扱った亡国の王女に過ぎない。
そして、ユーピア皇帝が言うように、憎悪の火種を残すのは避けたいという気持ちもよくわかる。
だからこその、命の保証を求めた。
この条件に、ユーピア皇帝はどうこたえるのかしら?
「……ふむ。やはりというか、パルフィル王女のことは持て余しているようじゃな」
「正直に言えばそうですね。ズラブル大帝国と戦うとなればいい旗印となりましたが、こうしてユーピア皇帝と和解が済んでいる今、パルフィル王女は単なる亡国の王女でしかない。しかも、あろうことかシーサイフォの使者を拘束したというおまけ付きで」
「普通なら、さっさと切り捨てた方が楽じゃのう。良ければワシが引き取ってやろう」
「命の保証はしていただけますか?」
「あるといえばある。無いといえばない。今、旧グスド王国領の民は我がズラブル大帝国が併合したことによりおびえておる。そこに王女が戻り、統治を担えば多少なりと落ち着くじゃろうからな」
「なるほど。協力するのなら。ということですか」
「まあ、至極当然の話じゃ。役に立つなら命は助ける。役に立たず、あまつさえこちらを脅かすのなら、首をはねることで統治に役立てる。それだけじゃ」
亡国の王女の使い方なんてそんなものよね。
統治の表舞台に立たせて、民の心情をなだめる。
それができないなら殺す……わけないわね。
元王女様をいまさら殺せば、それこそ元グスド王国領の統治が難しくなる可能性が高い。
確かに一時的な脅しとしては有効かもしれないけど、ズラブル大帝国が旧皇帝派との戦いを続けるにあたり、旧グスド王国領は獅子身中の虫、急所となりうるでしょうね。
あぁ、だからこそオーレリア港はあっさりと私たちに明け渡したのね。
貿易のことももちろんあるのでしょうけど、パルフィル王女やグスド王国の恨みを一身に受けないために。
「王女がその役目、受け入れますかね? ああ、上に立つ者としての視点ではなく、あの王女個人がです」
「……無理じゃろうな。それは、シーサイフォの使者と船を拘束した見識の無さを見ても間違いあるまい。そもそももっと上手く対応しておれば、ユキ殿たちもワシにこんな話をせんじゃったろう」
そうなのよね。
もっと守る意味のある子なら良かったんだけど、あのパルフィル王女ではウィードの国民の血税を、兵士の命を、そして私たちの命を懸けるには値しないわ。
「とはいえ、お姫様の保護を宣言したのに、それをさっさと放り出して、その結果ズラブル大帝国の意にそぐわないからといって首を刎ねられればこちらとしてもまずい」
「ま、そうじゃろうな。ウィード、シーサイフォの名は地に落ちるじゃろうな。こちらとしても、協力者の名が落ちるのは避けたい」
「「……」」
2人ともホント困った顔で、お茶を飲んでいる。
本当に扱いが困るのよね……。
「とりあえず、影響のない所に隔離してもらうのがいいのじゃが」
やっぱりそれしかないわよね。
グスド王国の威光が及ばないところにいてもらうというのが、私たちにとっては最適解。
「やはりそれが一番ですかね。下手にこちらに残っているとグスド王国の残党に火を点けかねないですし。はぁ、分かりました。それならパルフィル王女をウィード、あるいはシーサイフォに亡命させましょう。それである程度問題は先送りできるはずです」
「ワシもそれしか今のところ方法が浮かばぬか。しかし、よいのか?」
「良いも悪いも、下手をすれば助けたはずのパルフィル王女と敵対するという未来まで見えてきますからね。その時自分たちで首を落とすのは嫌ですよ。あ、個人的な意味でですが」
「わかっておる。ワシとて、好き好んで女子の首を落としたいわけではないからのう。まったく、国とは面倒なものじゃ」
本当にね。
とはいえ、私たちで勝手に答えを決めては色々問題が出るのも事実。
夫だって当然そのぐらいわかっているとは思うけど……。
「とはいえ。私が勝手に亡命を決めてもパルフィル王女としては不満でしょうね」
「まあ、勝てるかどうかはおいといて、祖国を捨てることになるからのう。国の一族が亡命を良しとするのはまずなかろうて。じゃからこそ、グスド王国は最後までワシに、ズラブル大帝国に戦いを挑んできおったからのう」
「とりあえず、こちらから話してみましょう。当初はシーサイフォの船で亡命することも考えていたようですし」
「ああ、そういう経緯であれば、いけるかもしれんのう」
なるほど。
確かにパルフィル王女たちが当初考えていた亡命ってことならまぁ、反発は弱いかもしれないわね。
「では、パルフィル王女の処遇はこちらで決めてよいということでいいですか?」
「うむ。オーレリアを有しておるのはウィードとシーサイフォであり、パルフィル王女を解き放つのでなければこちらとしては口出しはせぬ」
ほっ。これでパルフィル王女の命は繋げたと考えていいでしょう。
だけど、どう説明したものかしら?
「良かったといいたいのですが、実際このまま亡命を受け入れてくれるかは難しいですけどね」
「ん? ああ、ユキ殿たちウィードが我が軍を撃破したからか。ウィードの力をもって戦えば勝てると思うやもしれんのう。全く難儀じゃな」
「ええ。本当に。まあ、そちらに迷惑をかけないように頑張りますよ」
本当にね。
パルフィル王女たちが私たちを利用できると勘違いしていたら、本当に面倒なことになるものね。
ま、とにかく頑張ってパルフィル王女を説得しましょう。
「そう願う。まあ、どうしても無理ならいうがいい。こちらが汚名をかぶってもよい。それだけ、この貿易は大事じゃからな。それに汚名の一つや二つ、今更というのもある」
ユーピア皇帝はそう言って自嘲気味に笑う。
ホント随分苦労がにじみ出た笑いね。
「分かりました。どうしてもというときにはご相談させていただきます」
「うむ。では、我がズラブルと、ウィードは正式に国交を結び交易をするということで宜しいか? それとも、まだなんぞ条件があるかのう?」
「ああ、国交を結び交易をするのは問題ありません。まあ、他に情報提供していただきたいことはございますが、それもこの条約を結んでからですね」
「そうじゃな。ワシらとしても旧皇帝派の情報はいくらでも渡したい。じゃがその前に、こちらからも、そちらと国交を結ぶ上での条件を伝えさせてもらおうか」
ああ、そういえば、今までは私たちの条件だけだったわね。
向こうの要求というのもあるでしょう。
「あまり無理な要求はのめませんよ?」
「何。そこまで難しいことを言うつもりはない。先程ユキ殿が提示した条件の中に含まれておったモノもあるからのう。そこまで多くない」
「含まれていたものというと?」
「パルフィル王女とグスド王国の残党の件じゃよ。そちらが引き受けてくれて大いに助かったわ」
まあ、そうよね。
今のパルフィル王女は単なる面倒の塊だもの。
そして、ユーピア皇帝は一頻りカラカラと笑ったと思ったらすぐに真顔に戻って……。
「さて、それではワシらの条件の話じゃが。まずは、そちらが第二方面軍と戦って鹵獲した物資を返していただきたい。特にマジック・ギアじゃな」
「それは構いませんよ。奪ったままで恨まれたくもないんで」
既に全部調べたってのは付くけどね。
でもマジック・ギアを輸出するみたいな話も含め、あとで話し合う必要はあるわね。
「うむ。快く応じてくれて非常にありがたいことじゃ。もっと物資の返却については渋るかと思っとったぞ」
「この程度で戦争が回避できるなら安いものですよ。オーレリア港の所有も認めてもらいましたし。こちらとしては物資を返却してもまだおつりがくる。普通ならあの程度の小規模の軍で占領したところで、こんなにあっさり所有を認められることはないでしょうから」
「確かにな。しかし、くどいようじゃが、あそこは元グスド王国領じゃ。油断をしていると、内側から食い破られるぞ」
そうなのよね。
今までウィードの立場は、困った町を助ける守護者だったのに対して、
今回は明らかに占領に近いのよね。事情はあったにせよ。
ん? でもこれって、カグラの時と似てないかしら?
いえ、あの時ハイデには頼るべき本国があった。
占領はしたけど、それでもカグラの祖国、ハイデンとのやり取りができたのよね。
その上敵国のフィンダールもハイデンとの交渉が目的だったこともあって、たいして大ごとにはならなかった。
しかも、アクエノキが暗躍していたのが原因。
共通の敵が出来たことで、すぐに話はまとまったわ。
だけど今回は、敵方にウィードが付いた状態なのよね。
……むう。ユーピア皇帝の言うように注意しないと、面倒なことになるわね。
「ご忠告ありがとうございます。何か困ったことがあればすぐに相談させてもらいます」
「それが良かろう。で、更にもう一つじゃ」
「結構ありますね」
「無論じゃ。そちらの条件があまりに少なくて逆にビックリじゃよ。いままでよく足元をみられんかったのう」
「ま、そこはうまくやってますんで」
そうね。ウィードは他国による監視が山ほどあるから、足元を見るような奴は勝手に排除されるし、私たちもそんな奴を無理に交易相手とする必要もないのよね。
「まあ、ワシ相手にこうして交渉するだけのことはあるという事か。で、そのもう一つの条件じゃが、ワシらにとっては正直これが一番の目的でもある」
「聞きましょう」
「なに簡単なことじゃ。ワシら、ズラブル大帝国とつながったということは、旧皇帝派との敵対を意味する。今後、この大陸で活動をしたいのであれば、どちらに付くかはっきりしておく必要があるわけじゃ。つまり……」
「ズラブル大帝国と同盟を結べということですか」
「うむ。まあ、ズラブル大帝国と旧皇帝派の双方を行き来する商人がいないわけではないが、ウィード、シーサイフォの場合はそもそも旧皇帝派側だったオーレリア港を占領しておるからな」
……まあ、旧皇帝派であるグスド王国の領土を占領しておいて、旧皇帝派と仲良くするのは難しいでしょうね。
かといって、貿易をするという条約だけでは、同盟を組んだとはいえず。
私たちが旧皇帝派とも繋がれる状態を保つのというのはズラブル大帝国としては面白くないってわけね。
だからこそ、完全に味方だと宣言しろと。
「話は分かりましたが、同盟といってもこちらから戦力を出すことは厳しいですよ?」
「分かっておる。大山脈の彼方の国の戦力を当てにしようというわけではない。内外にウィード、シーサイフォは我が国と友好関係にあるという宣言のためじゃよ。まあ、我が第二方面軍が破られた上にあの部隊、十分に戦力としてもあてには出来そうじゃが?」
本当にユーピア皇帝の力量を測る力はすごいわね。
あっさりと自軍が弱く、私たちウィードが強いと判断しているわ。
その上、自分が弱いとはっきり認める器もある。
「恨みを買うのはごめんですよ。戦いなんて無いに越したことはない」
「それでも否定せぬか。くく、いや、よい。まあ、ユキ殿の言うように戦いなど無いに越したことはない。それに、こちらとしてもウィード、シーサイフォにあまり戦果を挙げてもらっても困るところではあるからのう。そこはこちらでうまくやる」
当然ね。
ズラブル大帝国の戦果ではなくウィードの戦果となりかねないもの。
というか、夫の言うようにそもそも恨みを買うような戦いは嫌よ。
そう考えているうちに夫は宣言を……。
「では、詳しい内容は後で詰めるとして、同盟も組むということで」
「ふはっ。国主もおらぬのに即決とはな。やはりユキ殿には驚かされるわ! よう首が飛ばぬな!」
「物理的に飛ぶのはお断りですが、役職としての首が飛ぶなら大歓迎ですね。余生をのんびり過ごせそうです」
「ぶははは!! 見る目がある者であれば、ユ、ユキ殿のような傑物を役職から外すわけなかろう! あ、あはははは! ひぃ、おなかが痛い! ユキ殿の妻である女王殿はさぞかし、胃の痛い事じゃろうな!」
本当にね。
夫の突飛な行動にはいつもいつも驚かされっぱなしだわ。
ユーピア皇帝、あなたとはいいお酒が飲めそうね。
これで一端パルフィル王女の命は繋いだ。
とはいえ、これからどうにかなる見込みもない。
今までの中でかなり珍しい事例です。
しかし、それでも話は進んでいきます。
セラリアたちは無事にパルフィル王女を説得できるのでしょうか!




