第945堀:戦いの経緯
戦いの経緯
Side:デリーユ
「全く、こうも仕事のことばかりだとホント、大変ですね」
「うむうむ。仕事ばかりだと気が滅入るわ」
やっと本格的に会談の席につき、話し合いが始まるかと思うたら、まだ先ほどの愚痴を続けておる。
これにはクアルだけでなく、ユーピア皇帝の副官らしき人物も顔をしかめておるな。
これ以上続けると大目玉じゃぞと思ぅておると……。
「さて、そろそろお仕事を頑張らないと部下が怖いですからね、頑張りましょうか」
「そうじゃな。ちょっとした冗談もだめらしい」
お互い肩をすくめてやれやれという感じじゃ。
気持ちはわかるがのぅ、クアルや副官とてちゃんと仕事をこなしておる。
お互い様というやつじゃな。
そんなことを考えておると、ユーピア皇帝が改めて歓迎の辞を述べ始めおった。
「では、改めて。よくぞ、我が国に参られた。ウィードの使者殿」
「歓迎のあいさつ痛み入ります。しかし、シーサイフォは別席でよかったのですか?」
「うむ。合同で来たとはいえ、各々別個に席を設けねば失礼にあたるからのう。向こうは向こうで話をさせてもらう」
なるほど、正式に使者と認めたからこそ、別々に対応をするという事じゃな。
まあ、一緒にすると相談されて面倒なことになるかもしれんから、分断した状態で先ずは話をというのもあるじゃろう。
「さて、仕事になったからにはさっさと話しを進めさせてもらおう。ウィードは何を求めて此方に参られた? ただの挨拶というわけでは無かろう?」
「ええ、まあ。既にお分かりかと思いますが、こちらとしては貴国、ズラブル大帝国と戦争をするつもりはありません。第二方面軍を撃破し、ヴォル殿を捕らえはしましたが、これは不幸な事故であり、そちらと事を構えるつもりはありません。というのが、お伝えしたかった内容です」
漸くそのことを公式に伝えられたのう。
使者としてこの言葉を告げる為にどれだけ苦労したか。
いや、当初は宣戦布告を覚悟しておったと思えば、随分苦労は減っておると考えるべきか?
そして、その内容を聞いたユーピア皇帝じゃが……。
「うむ。こちらとしても、ウィード及びシーサイフォと事を構えること、望んではおらぬ。じゃが、放っておけぬこともある。それゆえ、オーレリア港を攻めたのじゃ。そこは分かるな?」
「ええ。何か重大な目的でもなければ、他国を滅ぼしたのみならず、その国の単なる一地方の港までをも攻め滅ぼそうとはしないでしょう」
「その通りじゃ。そもそもの作戦目標はオーレリア港の獲得にあった。まあ、我が帝国の一部となった暁には、別の作戦に従事してもらう予定ではあったがな。まぁそこはいい。問題なのは、オーレリア港を占領できずに終わったことじゃ」
やはりそこが問題か。
マジック・ギアがらみだと予測しておるが、こちらからそれに言及するのもまずいからのう。
もう、安心ですとか言っても誰も信じないじゃろう。
何より、ズラブル大帝国の快進撃はマジック・ギアによるものじゃ。
それの生産と供給が停止したとなれば、かなりの問題のはずじゃ。
ユキ。この状況どう切り抜ける?
「なるほど。オーレリア港に必要な物があったということですね。あるいは、オーレリア港そのものが必要だった」
「その通りじゃ。その理由を説明する前に、グスド王国を滅ぼすに至った経緯は伝えておこうかのう」
そこでいったん休息となり、メイドが呼ばれてお茶を煎れ、一息ついてからおもむろに、
「ま、普通であれば、超機密事項であるゆえ話すことなどないのじゃが、ユキ殿たちにであれば構わぬ。いや、むしろ聞いてほしいくらいじゃ」
そうして、ユーピア皇帝はグスド王国を攻めることになった経緯を説明し始めおった。
「グスド王国を攻めるに至った理由は、単に我が国の敵対国の一つじゃったからじゃな。わざわざあんな小国を攻め落とす理由はないと思うかもしれんが、このズラブルには必要なことじゃった。我がズラブルはまだ、建国をして24年とそこらじゃ。知っておったか?」
「はい。多少は」
「そうか。ならば知っておろう。この大地は現在、ワシを皇帝と戴く新皇帝派と、旧来の皇帝を奉ずる連中によって真っ二つになっておる。つまり、敵はわんさかおるわけじゃ。今でこそ、この大陸の半分を有しておるが、当初は単なる小国の一つに過ぎんかったわけじゃ。なので、背後を突かれるのは当たり前」
「だから、後顧の憂いを取り除くためにグスド王国を滅ぼしたと?」
「うむ」
ユーピア皇帝はそのユキの問いにもはっきりと答えた。
そこには、微塵の迷いも後悔もない。
それこそ自分が信じた道だという顔じゃ。
……妾は迷いっぱなしじゃったな。
まあ、ユキに筋を通してもらったわけじゃが。
と、妾のことはよい、今はユーピア皇帝の話じゃ。
「しかし、無辜の民までをも蹂躙する必要はなかったかと思いますが?」
「ほう。ユキ殿には敵味方をしっかり判別する方法でもあるのかのぉ? この者は裏切らぬと、一人一人、万を超える民の判別ができるか?」
「無理ですね。そもそも心変わりは人にはつきものだ。しかも、国を滅ぼされたとなれば……」
「うむ。住み慣れた街を焼かれ、親しい人を殺され、恨みを抱く。そして恨みを抱き人を殺す。我が国はそのような危険を内に抱えるわけにはいかぬ」
正しい意見じゃ。
そのような不安定な者たちを国のうちに抱え込むわけにはいかぬ。
ユキはそういう面倒を嫌って、国家としては最小、民も元々爪はじきされ、母国に愛国心のない者たちを集めておった。
無論、自ら戦争を仕掛けることもない。
いらぬ恨みを買うからな。
妾とて、ユキがそのような無謀をするなら絶対に止めるじゃろう。
まあ、ユキがそういうヘイトコントロールが出来ぬわけがないが。
しかし、このユーピア皇帝は自らの信念と自身を守るために、それをせねばならなかったという事か。
「無論、事前にグスド王国に対しては通告をだした。無論、オーレリア港にもじゃ。降れば助ける、降らねば討ち果たすとな」
ユーピア皇帝がそう言うと、副官が一つの書類を取り出す。
なるほど。ちゃんとそういう手順も踏んでおったか。
まぁ、そうでもなければ、国としては大きくなれんじゃろうしな。
単に殺すしか能のない国に、だれが付いていこうと思うものか。
「我が国から出した降伏勧告文書じゃ。これを本当にグスドに出したのかと問われると、証明する術はないな。既にグスド王国は我が領土ゆえな」
ふむ、後から用意したと疑われても否定する術もないからのう。
しかし、そこまで正直に言う必要もなかろうに。
愚直というべきか、それともユキをこの程度で欺けるなどとは思っておらぬのか……。
さて、ユキはどう判断するのかのう?
まあ、答えは分かりきっておるが。
「ご安心ください。ズラブル大帝国の内情は僅かばかりですが、この帝都に来る道中確認しております。盗賊も魔物も街道に現れないように、治安を維持しており、町は活気にあふれておりました。この降伏勧告は確かに出されたものだと私は判断いたします」
ユキはやはり、そこを疑うことはせぬか。
横にいるセラリアも静かにうなずいておるし、二人の意見は一致しておるようじゃな。
まあその程度の事、疑ったところでどうなるのかという話じゃしな。
戦争をしたくないこちらとしては、そもそも疑うメリットはない。
無論、悪逆非道をしておるなら話は別じゃが、そうではなかったしのう。
「そうか。信じてもらえて何よりじゃ。じゃが、これで終わりとはいかぬ。経緯は理解してもらえたようじゃが、オーレリア港の件じゃ。あそこをワシらは抑える必要があった」
「その理由もお話しいただけると聞いておりますが?」
「うむ。ユキ殿がどこまで把握しているかは分からんが、我が軍が魔物を使役していることは、ヴォルと戦ったのじゃから、知っておるな?」
「はい。ワイバーンがいたのは確認が取れています」
「うむ。それこそが我がズラブル最大の強みじゃ。そのワイバーンじゃが、実はシーサイフォより輸入されていたあるものを使っておるのじゃ」
ほう。包み隠さずマジック・ギアを使っていることを認めたか。
いや、こちらがその事実を知っているものと思っておるのじゃろうな。
「なるほど。オーレリア港の物資はズラブル大帝国の生命線といえると」
「うむ。じゃからこそ、オーレリア港は何としても手に入れる必要があった。グスド王国が我がズラブル側につくのであれば、あそこまでする必要はなかったのじゃがな……」
「敵対してしまったと」
「そうじゃ。そして当然とはいえ、その物資の輸入もできなくなり、攻めたというわけじゃ」
おおよそ、妾たちが予想したものと同じじゃな。
ズラブル大帝国が欲していたのはマジック・ギア。
そして、それを押さえる為にオーレリア港を欲した。
「で、そちらが望むのは、定期的な貿易ということで宜しいでしょうか?」
「うむ。そうしてくれるとありがたいのじゃが、その道具が何か、ユキ殿たちは把握しておるか? その道具が輸入できなければ意味がない」
どう答えるのじゃユキ?
マジック・ギアを与えれば、戦争の拡大につながるじゃろう。
だが、それが無ければズラブル大帝国は厳しい状況に立たされる。
いずれにせよ多くの命を奪うことになるマジック・ギアのこと、ユキはどうするのじゃ?
「ふむ。まず、その道具が何を指し、どう呼ばれているのかは分かりませんが、内容からして、心当たりがあります」
「ほう。魔物を召喚して使役する道具はやはりあるのか」
「はい。ですが、その道具はこちらの大陸で大規模な事件を起こすに至った物なのです」
「ほう? 何があったか聞いても?」
「ええ。そちらも包み隠さずお話しいただけたことですし、こちらもお話しいたしましょう」
ユキはそう言って、新大陸、カグラたちの故郷で何があったかを説明する。
まあ、大事なところはぼかして、マジック・ギアと呼ばれる魔物召喚道具で、各国が散々な被害を受けたこと。
それにより、マジック・ギアの所有自体が罪となったこと。
生産方法などは不明ということも伝えた。
なるほど。こう伝えれば、簡単に輸出はできぬと伝えることはできたじゃろう。
「なるほどのう。つまり、その道具は輸出できぬという事か」
「表向きには、ですね。そちらが困っているのもこちらとしては理解しております」
「ほう。ならば、残っているそのマジック・ギアというのをこちらに輸出してくれるという事か?」
「はい。我々の提示する条件を認めてもらえれば」
……ユキはそういう選択肢を採るか。
後でしっかり話し合わなければならぬな。
下手をすれば妾たちは死の商人と呼ばれることとなるじゃろう。
して、条件はどのようなものをねじ込む?
「条件か。それは聞いてみなければ分からぬな」
「それはそうですね。では、条件を言わせて頂きます。まず、一つ、オーレリア港をウィード、シーサイフォに譲っていただきたい」
「ふむ。それは別に構わぬ。というより、そもそもヴォルを退けたのだ。こちらが奪うことは出来ぬし、ユキ殿たちが窓口となるなら、貿易の窓口を改めて作るための手間も省けるじゃろう。ただし、旧皇帝派にマジック・ギアを輸出するのはやめてもらいたい。理由は言った通りじゃ。まあ、かの地の周りは我が領土となっておるから、無理だとは思うが」
「旧皇帝派とは会っていませんので、何とも言えませんが、ズラブル大帝国を脅かすことはしないと誓いましょう」
ここは、まあそんなものじゃな。
で、メインは……。
「そして、条件の二つ目。グスド王国のパルフィル王女の処遇についてです。彼女の命の保証はして頂きたい。既にオーレリア港はウィード、シーサイフォの領土と認めていただけると聞きましたし、既にパルフィル王女に力は残っていない」
そうじゃ、グスド王国の忘れ形見パルフィル王女。
その処遇じゃ。
さあ、ユーピア皇帝は、どんな判断を下すかのう?
お姫様の運命は!
そしてマジック・ギアを輸出してしまうのか!?
貴方ならどうする?




