第936堀:二人の皇帝の意味
二人の皇帝の意味
Side:ユキ
「「「……」」」
さてさて、思わぬ事態に嫁さんたちは皆押し黙ってしまった。
なぜなら、ズラブル皇帝との謁見が予想外にスムーズに叶ったからだ。
それもなんと明日。
今日帝都に着いたばかりだというのに、びっくり過ぎる展開だ。
普通なら謁見するまでに色々トラブルやら調整なんかが予想されるのだが、それが全くなかった。
それだけじゃなく、さらに……。
「というか、そもそも帝都までの道中だって意外すぎるほどに穏やかだったわね」
セラリアの言う通り、この道中、特に何もなかったのだ。
平和そのもの、それなりにいる筈の魔物と出くわすこともなければ、盗賊に襲われることもなかった。
「はい。十分に巡回が出ているようです。まあ、私たちを見た旅人は驚いていましたが」
クアルの言う通り、道中見かけたのは普通に旅をしている人ばかりだった。
しかも、それなりの数の人たちとすれ違った。
まあ、当然帝都に近づけはそれだけ人の流れも多くなるのは当然なのだが……。
「商隊にしろ、個人的な旅人にせよ、その殆どに護衛らしき人すらいなかったっすからねー。大将たちが、ヴォルさんたちの案内で町に泊った時は、なにかしらトラブルがあるかと思っていたっすけど……」
「それすらなかったのう」
そう、まじでノーリアクション。
今までどこへ行ってもトラブル続きだったのが嘘かと思えるくらいに順調に旅は進んで、こちらの予定通り一週間でズラブルの帝都まで到着してしまったわけだ。
お陰で、道中の話といえば……。
「あの町のステーキ、美味しかったよねー」
「うん。あれは意外と美味しかった」
「……ズラブル大帝国、侮れない」
リエルたちが話しているように、各地の食べ物の感想ぐらいしかないのだ。
道中の報告書をまとめると、そのまま各町のおすすめ食べ物集ができるな。
……あとでその方向でまとめてみてもいいか。新大陸初グルメ情報紙ができるかもしれん。
と、それはいいとして、これはつまり……。
「ズラブル大帝国は極めて良好にその版図を治めているって感じだな」
「はい。町の人たちも特に何かに怯えるようなそぶりすらありませんでしたし……」
「お店の人たちからの評判も上々どころか、ズラブル大帝国に治めてもらってからの方が商売しやすいって言ってましたねー」
エリスとラッツの言う通り、今まで立ち寄った町や村は極めて厳格に統治されていて、力による抑圧や恐怖による統治などではないということがはっきり分かった。
「不思議だよねー。オーレリアの人たちは、ズラブル大帝国は悪逆非道って言ってたのにね」
「実際来てみたら、全然そんなことはないのです。本当に不思議なのです。ラビリスはどう思うですか?」
「私も不思議よ。内と外で評価が真逆なんてね。でも、オーレリア港では悪逆非道なことをやったことは間違いないわ。それで多くの人が死んで多くの人が悲しんだ」
「はい。それは間違いありません。ズラブル大帝国のせいで家を家族を失った人が多くいるのは事実です」
アスリンとフィーリアの当惑は当然だ。
オーレリアでは悪逆非道の国だといわれていたが、領内に入ってみれば中は実に穏やかに安心して住人たちが人生を謳歌している。
だが、ラビリスとシェーラの言うように、オーレリア港の街道沿いで働いた略奪もまた間違いなく事実だ。
この二面性を見て困惑しているんだろう。
だが、そのことで混乱しているのはエリスやラッツ、アスリン、フィーリアたちまでで、セラリアやデリーユ、シェーラなどの統治と言うモノを知っているメンバーは落ち着き払っている。
その理由は……。
「ま、当然よね。自国の支配地域にまで苛烈に振舞ってるような国なら、ここまで大きくなれないわ」
「うむ。セラリアの言う通りじゃな。国を治める上で大事なことは、国を支える周囲の人々をしっかり固めることじゃ。そうできねば、裏切りがあとからあとから出てきおって、おちおち他国を侵略することなぞできはすまい」
「そうですね。つまりは、外から見れば厳しく、しかし仲間からは信頼が厚いという状態かと」
そう仲間と敵の線引きをしっかりしているからだ。
さらに今回のズラブル大帝国が悪逆非道と呼ばれてるのにはもう一つ別の力が働いていて……。
「あとは、この新大陸に古くから君臨してきた皇帝が権威を有しているのが、ズラブル大帝国がここまで非難される理由でしょう。愛を説くリテア聖教であっても邪教、教えに反する者にはそれなりの弾圧を加えてきましたから」
ルルアの言う通り、宗教とは違うが、旧来からの皇帝というこの新大陸の権威の象徴と、ズラブル大帝国の皇帝とが相反しているのが根底にある。
とはいえ、そんな話にもリエルたちにはピンとこないようで……。
「うーん……。よくわかんないや!」
「もう、リエルったら。えーと、えーと……」
「トーリもわかってない。もちろん私もよく分からない」
はっきりと分からんという、カヤに対して、ルルアは苦笑いしながら説明を続ける。
「えーとですね。ロガリ大陸で言えば、いきなりもう一つのリテア聖教ができたというところでしょうか? そうなれば、昔からあるリテア聖教は絶対にその存在を認めないでしょう。……どうでしょうか?」
「「「ぶんぶん」」」
皆、相変わらずわからんとばかりに全力で首を横に振る。
う~ん、これでも駄目なようだ。
随分、分かりやすくなったと思うけどな……。
そう思っていると、ドレッサが、
「あれよ。もう一つウィードを名乗る輩が出来て、そこの偽物のユキが自分たちこそが本物だ。とか言いだして、ウィードの領土とか人を奪い始めたらゆるせる?」
「「「そんなの絶対許せません」」」
はっきりと、理解できたようで何よりだ。
まあ、自国に例えた方が分かりやすいか。
「そんな感じで、昔の皇帝を崇めていた人たちにとっては、いきなり現れたズラブル大帝国の皇帝に首を垂れるっていうわけにはいかないわけだ。だけどな、この新大陸の人々はそんな歴史と権威を持つ皇帝よりも、ズラブル大帝国の皇帝を認めつつもあるってわけだ」
「お兄ちゃん、それってなんでなの? なんで新しくきた皇帝さんの方を認めているの?」
「詳しいことはわからないけど、おそらく、今の国民に合っているのが、ズラブル大帝国の皇帝なんだろう」
「国民に合っているですか? フィーリアはよくわからないのです」
アスリンとフィーリアにはこういうのは難しいよな。
こういう時はあれこれ言わず、ストレートに教えてあげる方がいいか。
「多分だけどな。ズラブル大帝国の皇帝の方が一般人の事を考えてくれているんだよ。税金が安いとか、道中でも見ただろう? 旅人も安心して町から町へ移動できるようにちゃんと兵士を回している。だけど、元の皇帝の方はそういうことをしていない。だから……」
「自分を考えてくれているズラブル大帝国の皇帝の方に人が集まるってわけね」
「「「なるほど」」」
ここまで来てようやくみんなわかってきたみたいだ。
そして、セラリアが今までの話をまとめてくれる。
「でも、そんなことを認めてしまえば、自分たちがズラブル大帝国より劣っていると自ら言うようなものだから、旧皇帝とその権威で国を治めている者たちは、何としても排除したいわけ。まあ、夫の言う通り、それを直接当人たちから聞いたわけじゃないから、あくまでも予想でしかないけど。今まで立ち寄った町や村の情報から見てまず間違いないでしょうね。だから、内と外、つまり、ズラブル大帝国領内と外では評判が真逆なのよ」
「そういうことだな。皇帝派の者たちとしては、これ以上ズラブル大帝国に力を持ってほしくない。だから、ズラブル大帝国の評判を落とすようなことを喧伝している。まあ、オーレリア港での事は、噂に違わぬ行動ではあったけどな」
そう纏めた所で、俺たちは一息ついてお茶を飲む。
「ふう。話は分かったけど、だからといって、パルフィル姫の事を考えると、仕方ないでは済ませられないわよ? 国一つ滅んでいるのだから」
「ま、それはカグラの言う通りなんだが、そこはパルフィルお姫様次第だろうな。取り合えず、俺たちはズラブルと話し合いだ」
それはそれ、これはこれと言うやつだ。
「まあ、そうだけど。ズラブル大帝国がお姫様の身柄を要求することだってあるわよ? そういえば、シーサイフォとしてはどうするおつもりなのですか?」
「シーサイフォとしては、我が国に被害が及ばない限り、穏便に済ませよとエメラルド女王から仰せつかっています。グスド王国、パルフィル姫の事については、付き合いがあったということで、助命は頼みますが、そこまでですね。今回、我々が戦いに巻き込まれて迷惑をこうむったのはグスド王国のせいとも言えますので、あまり過剰な支援はできません。というか、そもそもグスド王国の要人を確保しているのはウィードです。私たちからはどうこうできません」
そう、メノウははっきりという。
まあ、シーサイフォにとってはそれが限界だな。今回の事で迷惑をこうむっているのも事実だし、率先して、新天地の最大国家と喧嘩をするような真似はしないだろう。
そして、メノウの言う通り、そもそもグスド王国の関係者はウィードが押さえているから、どうこうすることはできない。
「で、ユキ。身柄の要求された場合はどうすのよ?」
「え? 別に今すぐ答えを出す必要もないし、別段逃げたとかそういうことにしてもいいと思うぞ。そもそも、グスド王国の連中はいなかったでもいい。俺たちがグスド王国の連中をかくまっている証拠なんてないからな。ま、だからお姫様次第ってことだ。簡単だろう?」
「そのとおりね。私たちにとって、パルフィル王女の存在は今回の交渉ではなんの意味も持たないわ。そして、その話を聞いてお姫様が我慢できるか。そこが器を見極めるポイントね」
「ああ、それ次第で、グスド王国を返還してもらうっていうのも浮かんでくるだろうさ。逆に自分の主張だけを言うお馬鹿なら、それなりの対応をするだけだ」
そういう足手まといはいらないから、ポイっだな。
まあ、足を引っ張られる前に、こちらで始末することも考えないといけない。
「個人的には、せっかく助けたんだから、命を粗末にしてほしくはないけどね。とはいえ、今までも大人しくしてたし、その可能性は低いと思うわ。というか、ズラブル大帝国の町やこの首都を見て当惑していたぐらいだから」
「それなりに話はしているのか、セラリア」
「私がウィードの女王っていうのは内緒でね。そうでもないと本音を話せないでしょう? 話をした限り、何も知らないエルジュっていう表現が似合うわね。聖女として目覚めることもなく、単に普通の王女として純粋に育ってきた子って感じ」
なるほど。妹のエルジュと姿を重ねたか。だから、話しかけた。
……まあ、これからパルフィル王女は否応となく現実と向き合うことになる。
「さて、王女様の心配より、俺たちは明日の謁見のことでも心配しよう。俺たちが失敗したりすれば、それこそ面倒にしかならないからな」
「そうはいっても、主にあなたが交渉するんでしょう? ズラブルの連中のお手並み、じっくりと拝見させてもらうわ」
「トラブルにならないように気を付けるが、それでも何があるかわからないのが世の中だ。万が一の時はみんな頼むぞ」
俺がそう言うと、全員が揃って頷く。
できることはやった。
あとは、明日の謁見を待つばかりだな。
新しい世界と古い世界。
残るのはどっちなんだろうね。
どっちが正しいんだろうね。
そして、その中にぶち込まれた混沌の世界。
混ざりあって何になるのでしょうか?




