第935堀:穏やかな道中と不安
穏やかな道中と不安
Side:ユキ
「初めまして。ヴォル・ウィーラー殿」
「初めまして。ウィードのユキ様。これよりズラブル大帝国までの案内を務めさせていただきます。とはいえ、護衛などにつきましてはミノ将軍たちに頼りきりになりますが」
「まあ、今回は単に不幸な出会いでした。そうでしょう?」
「ええ。不幸だった。……過去を嘆いていても仕方がない。では、早速向かいましょう」
そう言って、俺と初めて会話をした時は立派な壮年の指揮官だったのだが……。
「「「……」」」
今は共に捕虜となっていた若い将校のカーサ、女将校ミナと三人そろってただのバカの様に口をあんぐり開けているだけのおっさんに成り下がっている。
その理由だが……。
「車の調子はどうだ?」
「問題ないっすね。というか大将、同乗しているお客さんたち、いくらなんでも驚きすぎじゃないっすか? 出発してからもう一時間は経っているっすよ?」
そう、車が原因だ。
まあ、当初からわかっていたことだが、ズラブル大帝国の連中はこうした便利な移動手段なぞ持っていない。
唯一の高速な移動手段はワイバーンで空を飛ぶというもののみで、こういった自力での技術の発展はなく、そのため軍の移動はもっぱら馬を使った荷車でだ。
あ、下っ端は当然足で歩くという、古典的な軍隊行動をしている。
だから、この現状についていけないわけだ。
「仕方ないわよ。車なんて異質な物、誰だって驚くわ。というかこれを当たり前のように受け入れられるようだったら、それこそ驚きよ」
「ま、そうじゃな。今回はカグラの言う通りじゃ。というか静かで何よりじゃ」
そう言うのはカグラとデリーユ。
いくら今は恭順したとは言え、敵だった人々と護衛もなしに同乗するわけにはいかなかったので、デリーユとカグラが付いているというわけだ。
因みに、リーア、ジェシカ、クリーナ、サマンサの4人は物凄くついてきたがったが、流石に何かあるといけないので家に残ってもらっている。
「各部隊からの連絡はどうだ?」
「いずれも異常なし。しかしこの地は興味深いっすね。索敵として先行させた全ての部隊から、魔物の反応を多数認むって報告があるっすから」
「それは俺も知っている」
「やっぱり、それだけハイレンっちの力がすごかったってことっすね」
予想はしていたが、この新天地はハイレンが張った魔物根絶結界の外なので、スティーブたちの報告の通り魔物が普通に生息している。
「そういえば、ハイレンで思い出したが、新大陸のゴブリン村への訪問を忘れてたな」
「それはまた後日っすね」
あー、仕事が終わらぬ間に次々と別の問題がやってくるとか、なんでこうなるのかねと改めて思う。
「で、もう一度言うっすけど。いい加減、ヴォルさんだけでも再起動させてくれないっすかね? 道はあっていると思うっすけど、一応確認はしたいっすよ? あと、途中の町で宿を取る予定もあるっすから、そことの繋ぎにも必要っすから」
「ああ、それもそうだな」
いい加減、ズラブル大帝国の皆様には正気に戻ってもらう必要があるのは確かだ。
で、どうしたら正気に戻るかって話だが……。
「目の下にわさびとかはだめだよな?」
目を覚まさせるという一点では、これ以上のものはない……はず。
よくネタで聞くが、それが実際どれだけのモノかは一応確認しないとな。
「何バカなこと言ってるのよ。……そんなことして怒らせたらどうするのよ」
「ユキ。カグラの言う通りじゃ。というかそれは単なるイタズラになっておるからな」
「わかってるって、ついやったらどれだけ驚いてくれるか確認したくなっただけだ。では改めて…、ヴォル殿聞こえますか?」
俺はイタズラに賛同が得られなかったので、しょうがないから大人しく声を掛けると……。
「はっ。失礼いたしました。何か御用でしょうか?」
おぉ、意外と素早く正気に戻ったな。
そう思いつつも、俺は話を続ける。
「いえ、驚いているのは分かりましたが、乗り心地はいかがと思いまして。もし、具合など悪いようなら、小休止しますが?」
車酔いって意外とシャレにならないからな。人死にいたるケースもある。
特にヴォルたちは注意が必要だ。いくら訪問の繋ぎとしての要人とはいえ、実質捕虜に等しい。
その緊張感で体調を崩すこともあるだろう。
とはいえ、客人として遇している以上、無理をさせて体調を崩した状態でズラブル大帝国との交渉に臨むことになれば、それだけでこちらを疑ってくるだろう。
要人すら丁重に扱えないのかと。
そんなことになれば交渉が難しいものになるからな。
ヴォルとその他二名の体調には万全の注意を払わなくてはならない。
「あっ、あぁ。いえ、お気になさらずに。別に体調が悪いというわけではありません。そうだな、大隊長、軍師殿」
ヴォルはそう言っていまだ呆けている2人の若者に声をかけたが……。
「「は?」」
未だに驚きからちっとも回復していない2人の耳にはまともに届いていないようで、何とも間抜けな表情と返事が返っていた。
「これ、しっかりせんか!」
あまりのその状態に、一喝を入れるヴォル。
「「し、失礼いたしました!」」
流石にその喝で正気を取り戻したようで、大隊長と呼ばれたカーサ、そして軍師と呼ばれたミナは揃って居住いを正し、返事をする。
「これから、私たちは大山脈の彼方より見えられた方々を我が帝国に御案内するのだ。いつまでそんな呆けた姿を晒しているつもりか! もっと気合を入れよ! そして、国元に戻った際、下手な受け答えをすれば、私たちは帝国の威信を傷つけた単なる敗軍の将として首をはねられるだけだぞ! そうなれば、我々に言い訳のためだけに連れてこられた者に過ぎないとして、ウィードの方々にまで累が及ぶ。が、万一にもその様なことになれば、帝都は灰燼に帰する」
えーと、なんでそれで灰になるのかね?
俺がそう問いただすより前に、なぜか2人は真っ青になって、首をがくがく縦に振っている。
「よろしい。と、このように2人もすこぶる元気なのでご心配なく。ただ、あまりに珍しい乗り物を経験させていただき驚いていただけです」
「そうですか。それは何よりです。で、先ほどの話、帝都が灰になるっていうのは、俺たちとズラブル大帝国の首都防衛軍が戦うことになればってことでしょうか?」
とはいえ、それで話を終わらせるような気はない。
ある意味、ズラブル大帝国首都の防衛戦力を知るのにいい機会だ。
「ええ。それは当然でしょう。私は第2方面軍の司令として帝国各軍の戦力は把握しております。で、皆様方はその力の一部だけで我が第2方面軍を完膚なきまでに壊滅させたのです。正直に申します。ズラブル大帝国がウィードと戦った場合。間違いなく我々は大敗します。間違いなく帝都は灰燼に帰することになるでしょう」
意外なことに素直に勝てないと言い切ったな。
あまりに素直過ぎて逆にびっくりだ。
「こちらの事を高く評価していただけるのはありがたいですが、そのように断定的なことを言ってしまってよろしいのでしょうか? こちらの戦力をキチンと把握したわけではないと思いますが?」
そう、別にこのヴォルたちに俺たちの総戦力を教えたわけでもないのに、勝てないと思っているのは不思議だ。
普通なら、実力では負けないが、偶然とか、運が悪くとか、油断のせいで負けたと、言い張るものと思っていたんだがな。
「陛下の御前でそのようなことを言えば、確実に首が飛ぶでしょう。どのようなことがあれ、軍を預かる者としては、およそあらゆる手を尽くすことなく勝てないなどと言うのは本来大罪です。私自身、きちんと数さえ揃えれば何とかなるのではと思いたいのですが、あの夜、私たちは司令部をあっという間に強襲されて、指揮系統が完全にマヒしました。それでは軍として抵抗が出来ないですし、勝ちようがない」
あー、なるほど。
そこを重く見たのか。
確かに、どこの軍もトップを刈り取られれば動けない。というか動きようがない。
指揮系統というのはそれだけ大事だからこそ、何があっても守らなければいけない。
だが、その指揮系統を守りようがないから、戦に勝つことは無理だって言っているのか。
とはいえ、やっぱり軍人としてはあまりに弱気な気がするな。
敵の戦力をちゃんと測ったわけでもないのに。
まあ、命を握られているからってことにしておくか。
「ま、話し合いに応じてくれれば問題はないですよ。そのためにわざわざこんな分かりやすいモノを持ってきたんですからね」
「ええ、実にわかりやすいモノばかりです。陛下は聡明な方だ。ウィードの持つモノを見ればそれだけで、無暗に戦おうなどとはしないでしょう」
しかしそうなると、別の違和感がある。
……こうなったら直接聞いてみるか。
「それはよかった。しかし、なぜそんな聡明なズラブル大帝国のトップが、オーレリア港の街道では略奪を許したんですかね? そのような噂が広まれば、後ろから刺されかねないとは思いませんか?」
そう、話を聞く限り、ズラブル大帝国の皇帝はちゃんとモノを考えられる人物のようだ。
こうしてきちんと考えられるヴォルがその叡智を認めて従っていることからも、当然ともいえる。
だが、オーレリア港での軍の行動はどう見てもそのような皇帝が治める国にはそぐわない気がする。
「確かに、ユキ様の言う通りですが、真意は陛下ご自身にしかわかりません。我らは単にその指示に従うだけです。まあ、敵には容赦はしないという方針であり、一国を滅ぼしたのです。徹底して残党は狩りつくさねば、逆に足元を掬われますからな。そしてそれが周りへの警告ともなる」
ま、言っていることは一応分かる。
こういう戦争で恨みなしっていうのは不可能だ。
だから、敵は全て殺しつくす。
戦国時代であった、根切りってやつだ。
そしてそれが、周りには盾突くならこうなると、示すことにもなる。
そういう意味では、根切りっていうのは正しいやり方の一つだ。
苛烈さを見せつけるって意味で。
そのようなことがどこかの本に書いてあった気がする。
とはいえ、目の前でその根切りの略奪を見たカグラは完全に不愉快だという顔をしている。
一方、デリーユの方は完全に無表情になっているから、すごく不機嫌になっているなとわかる。
ああ、なるほど。
色々考えた結果、とある答えにたどり着く。
「あなた方は覇道を目指しているんでしたっけ?」
「はい。陛下は覇を目指しておられます。古い体制は捨て、新しい国と世界を作るのです」
「その手が数多の血に塗れてもですか?」
「そんなこと、今更ですな。陛下は既にこの大陸の半分を手に入れている。その程度の覚悟、とうの昔にすませています。私も、彼らも」
ヴォルがそう言いながらカーサとミナに視線を送ると、2人もその通りと頷く。
ま、当然覚悟すら出来ていないようなら、将として戦場に出てくるようなことはないよな。
今更過ぎる話か。
「で、そのためにもグスド王国は攻め滅ぼす必要があったわけですか」
「はい。マジック・ギアの独占と秘匿が必要でしたからな」
「重要な作戦をベラベラ喋ってしまっていいんですかね」
「今更隠す必要はありませんからな。あの戦いでは極秘資料を始末する暇すらもなかった。そして、その言葉でわかりました。既に全て把握しているのでしょう? でしたら、せいぜいユキ様たちに少しでも信頼してもらい、ズラブル大帝国の事をよく見せ、繋ぎとならんと思っただけです。オーレリア港では、悪いところしか見せていませんからな。そこのお嬢さんの顔を見ればいやでもわかります」
「ち、ちがうわよ! ユキ!」
カグラは慌ててそう言うが、それは白状しているも同然だ。
しかし、カグラはいいとして、こっそりついてきているグスド王国の忘れ形見、パルフィル王女はどう思うかね?
「ま、そちらの言葉が本当かは、これからの道中でおいおい明らかになることでしょう。カグラもしっかり見ておくといいさ。街や村がどんなふうになっているか。どんな統治をしているかで見えてくるものもあるだろうさ」
「あ、うん」
ズラブル大帝国がただ力づくで考え無しに統治しているのか、それとも本当に覇道を目指しているのか。
……どっちに転んでも面倒だな。
ズラブル大帝国の姿が見えてくる。
まあ、悪逆非道をわざと行うというのは、実は統治における方法としてはありなのです。
君主論とか、そういうのに書いてあるから、読んでみるといいよ。
正義と悪は表裏一体っていうのも同じかもしれないね。




