第932堀:死闘
死闘
Side:デリーユ
「ということで、俺がズラブル大帝国との話し合いに行くことになった」
「「「だめ!」」」
速攻で拒否されるユキ。
まあ、それはそうじゃろう。
どこに愛する夫を暴虐非道な敵の本拠地に向かわせたいなぞと望む妻がおるものか。
しかし……。
「いや、理由は言っただろう? 俺が行くのが最適なんだって。大陸間交流同盟も各国の力で自律的に動き始めたし、多少時間は空いている。それに、ドッペルで旅に出るんだし、ダンジョンを作っていつでも戻ってこれる。なにより、相手との交渉で俺以上に口が立つメンバーがいるか?」
ユキの言う通り、条件だけを考えればこれ以上ないぐらいベストな人選じゃというのは妾でも分かる。
皆がその否定できない理由に言葉を失っておると、カグラがその沈黙を破って……。
「で、でも、ユキが危険よ! 戦闘っていうのは突発的に起こるんだし、いくら魔術がすごいからって……」
ん?
「そうだよ! ユキ先生は後方から魔術を使って戦うのが得意みたいだけど、戦闘ってのは接近格闘戦だってあるんだから! ミコスちゃんは大反対!」
んん?
「そうね。笑顔で近づき、いきなりナイフを突きつけてくる奴もいるのよ。私がそれを実体験しているわ。絶対にそんなところへは行ってはダメ!」
あー、エノラは実体験じゃったな。
と、違う違う。
カグラたちが何やら不思議なことを言うておる気がするんじゃが……。
喉まで出かかったその違和感に苛まれている間にも、今度はスタシアが。
「その通りです。ユキ様は確かに魔術の腕はすさまじいですが、しょせんは魔術師、近づかれでもすれば身を守る術を持たないでしょう。そんな危険なところへ向かうような真似は……」
なるほど。4人の話を聞いて何を勘違いしておるのかやっと分かったわ。
それは、他のメンバーも同じようで、思わず互いに顔を見合わせておる。
視線が合うたセラリアも、やはり困った表情をしておる。
まぁ、恐らく妾も同じように困った表情をしておるのじゃろうな。
「ん? なんかみんな変だね。なんでそんなに困ったような表情をしているのさ? ユキが使者として敵地に乗り込むなんてかなり無謀で危険だよ? 確かに、ユキの言うことは分かるけど。しかし、ドッペルとはいえ、そこで何かあればそれはそれで問題なんだ。それを防げるだけの腕が無いと……」
最後にそんなことを言ぅたエージル。
ああ、エージルもユキの実力をしかとは知らんのじゃったな。
さーて、どう説明したものかと思い悩んでおったら、セラリアが、
「それもそうね。いい加減私たちも一発入れたいところだし、しばらくやってなかったから、なまっている可能性もあるわね。だからそこはちゃんと確認しないといけないわね」
「おい」
セラリアの言葉に、とっさにユキが待ったをかけようとしたのじゃが……。
「うむ。セラリアの言う通りじゃな。そしてカグラたちの懸念ももっともじゃ。それに元より妾たちの中で一番強いとはいえ、その腕なまっていないか、確認は必要じゃ」
「うおーい」
妾もセラリアの話に乗る。
言うておることは間違いではないしの。
ユキに任せきりなのはしゃくであるし、心配してるのも事実じゃからな。
「皆も反対ならば、四の五の言わず力づくでやるがよい。そしてユキに勝ち、妾たちが向かえばいいだけじゃ。やるじゃろう?」
妾がそう問うと全員が頷く。
ああ、カグラたちはぽかんとしておったが。
「おーい。俺の話は無視ですか?」
「無茶苦茶言っているのはあなたよ。その無茶を通したければ、私たちを倒していきなさい」
うむうむ。
ユキには、ここでリベンジといこうかのう。
妾とて今まで訓練してきたのじゃ、一発ぐらいは入れられるじゃろうて。
ということで、まずはカグラたちが懸念しておった近接戦闘ということになったわけじゃが……。
「えーと、デリーユさん。なんでわざわざこんな場所まで来て、ユキと戦うなんてことになっているんですか?」
そう、妾たちはウィードの軍事施設にある戦闘訓練場に集まっているのじゃ。
廻りを気にする必要などないこんな場所ででもないと、ユキ相手に勝ち目などないからのう。
「うん。ユキ先生って物凄い魔術師でしょう? 近接戦闘ができないってわけじゃないだろうけど、デリーユさんとじゃ全く勝負にはならないとミコスちゃんは思います!」
「そうね。ユキが戦闘訓練しているところなんて見たことないもの。なんでわざわざこんなことをしているのかしら?」
「ユキ様が弱いと思いませんが、私たちと近距離での戦いなどなさっては怪我をされないでしょうか?」
「ユキって、剣とか持ったところ見たことないしねー。僕と同じ研究タイプか指揮官タイプだろ?」
カグラたちはユキの近接戦闘能力の高さを全く知らぬので、困惑したままじゃな。
さて、どう誤解を解いたものかのう。
ふむ。下手に回りくどくあれこれ言うても無駄かのう、やはり素直に言うべきじゃな。
「単純な話じゃ。妾よりはるかにユキの方が強い。それだけじゃ」
「「「はい?」」」
妾の言葉が理解できずに首を傾げおるカグラたち。
まあ、ユキは一見戦えそうには見えぬからのう。
「デリーユ、説得なんかしなくていいわよ。ここで身をもって夫への認識を改めてもらいましょう」
「セラリア様!? なんでそんなフル装備!?」
そんな声に振り返ると、そこには剣だけではなく鎧までしっかり着こんだセラリアが立っておった。
カグラたちは、そんないかにも戦場に赴かんとするようなセラリアの姿を見て驚いておる。
「なんでって、ね。それは夫と戦って確かめなさい。カグラたちが勝ったら、一週間ぐらい夫を独り占めしてもいいわよ」
「「「一週間!?」」」
セラリアのその言葉に、カグラたちの目つきが変わりおった。
まあ、最近カグラたちはシーサイフォの件や、グスド王国の事で大忙しじゃからのう。
影響でユキとラブラブする時間まで減っておって、夜のお楽しみでもすぐに寝てしまっているらしいからのう。
そんな餌をちらつかされれば、ヤル気が上がるのは尤もか。
と、そんなことを考えておる間に、みなも万全に準備を整えて集い、最後になにやらちと困惑気味のユキがやってきた。
「……なんか、カグラたちが妙にやる気になってないか?」
「それはそうよ! ユキが無茶ばかり言うんだから、ちゃんと叩きのめして、一週間ずっと一緒よ!」
「ユキ先生、ミコスちゃんは心を鬼にして現実を教えてあげます!」
「そうね。夫が無茶をしないようにお仕置きするのも妻の務めよね」
「はい。夫を守るのも妻の務めです」
「まあ、どう考えても乗せられているけど、乗らないのもね。ちゃっちゃと行こうか」
カグラたちは完全にやる気になっておるな。
真にこのままユキが負けることとなれば、それはそれでいいじゃろう。
とはいえ、エージルは何となくどうなるか理解しておるようじゃな。
「……で、一週間ずっと一緒ってなんだよ」
「あなたが負けたら、カグラたちにあなたを一週間好きにしていいって言ってあるのよ」
「なに、その奴隷契約みたいなの」
「別段、それはそれでいいと思うのだけど? あなただってカグラたちのこと、好きでしょう?」
「いや、それとこれとは話が違うだろう。はぁ、ま、油断している所を倒してもあれだからましか……」
「うむ。話を分かってもらえて何よりじゃ。まあ、まずはカグラたちと戦ってみるとよい」
ユキはあきらめた様子で、カグラたちの待つ、訓練場の真ん中へと歩いていき……。
「いきなり一対多かよ」
「ユキ、卑怯だとは思うけど、敵ってこういうことも平然としてくるわ。それすら何とかできないのに、敵地に行くなんて駄目よ」
とまあ、そういう理屈で、その勝負をすることになったのじゃが。
「何分持つかしら?」
「なにも制約を付けておらんかったからのう。分なぞじゃなく秒じゃと思うぞ」
そう、ユキ相手に何も条件を付けずにカグラたちは挑んでしまい。
「ちょっとー!? 何よこれ!」
「あ、あれ!? ミコスちゃん体が全然動かないんだけど!?」
「ど、どういうこと!? 何もないのに、なんか周りを固められているみたい!」
「な、なにが……」
開始一秒で既に完全に行動を封じられおった。
これはまた、古典的な方法を。
「おお? これって、魔力をそのまま固形化しているってやつだね。オリーヴ、ミストから話は聞いていたけど、これほどとはね……」
どうやら、エージルはかの火水姉妹から情報だけは得ていたようで、たいして驚いてはおらぬが、それでもやはり対処までは出来ないようじゃな。
「……しまった。あの時よりもまた妙な技が増えているわね」
「うむ。ユキもあれから忙しいようであっても、護身には気を使っておるからのう。まあ、手札が一つ分かっただけでもよしとしようではないか。カグラたちのおかげで妾達は流石に瞬殺はないじゃろう」
すっかり忘れておったな。
エージルの言う通り、これは火水姉妹をつぶした時に使った技じゃな。
さて、あれをどう攻略するかが、カギじゃな。
その攻略方法を考えておったら、
「ちょっと、これで負けってなによ! 卑怯よ!」
「ユキ先生、これは反則だよ! ミコスちゃんたちまだ何もできてないよー!」
「ユキ、もう一度仕切り直しよ! だめ、これはつかっちゃダメ!」
「はい。これでは戦闘訓練になりません!」
「いやー、僕はもういいかな。同じ土俵にすら上がれないのは良く分かったし」
エージルを除いて、カグラたちはそのあまりな瞬殺の試合に文句をつけていた。
まあ、あんな負け方をすれば不満が出るのは当然じゃが……。
「いや、多人数で一人に襲い掛かって来ているのに、卑怯もクソもないだろう」
「「「うっ」」」
「それにそんなことを言って戦場で相手が待ってくれるのか? というか、戦いは相手の隙をつくもんだろう? 卑怯が当たり前。いまさら何言ってるんだか。お前ら戦場にいたんだろう? カグラ、ミコス、エノラ……は違うか、そしてスタシア」
「「「ぬぐぐぐ」」」
そこに更なる正論の嵐による追撃。
ユキ相手に口論なぞ無理じゃからな。
とはいえ、これで言質は取った。
妾たちは互いにチラッと視線を合わせて頷き、妾とセラリアがまずは一足で飛び出しユキに不意打ちを……。
ゴンッ!?
「「ふべっ!?」」
なんじゃ、何かにぶつかった!?
あれか、こっちにも魔力障壁を展開しておったか!
「お? なんかぶつかったか?」
妾とセラリアのその声に気が付いたユキが振り返ろうとするその前に……。
「エリス! ルルア! カヤ! サマンサ! クリーナ!」
セラリアがそう声を上げたと同時に妾は即座にその場を離脱し、その直後に魔術が叩き込まれる。
幾ら魔力障壁を展開しているとはいえ、魔術を得意とするこの5人から総攻撃を受けれ……ば。
ぼひゅっ……。
不発? 違うこれは……。
「これは魔力無効化だね。いやー、私もやられたからね。とはいえ、この私に二度も同じ方法が通じると思わないことだ。後輩君」
そう。あれは魔力現象を無効化する、無茶苦茶な技じゃ。
じゃが、その中で悠々を空を飛びながらユキへと声を掛けておるのは……。
「おいおい。なんでコメットまで参戦しているんだよ」
コメット。イフ大陸の元ダンジョンマスターじゃった。
コメットも魔力無効化でコテンパンにやられておったからのう。
とはいえ……。
「リベンジマッチさ。魔力無効化にはMCCMを仕掛けさせてもらったよ。ECMっていえばわかるかい?」
「ジャミングカウンターか」
「そうさ。君が魔力を無効化するなら、その無効化を邪魔すればいいってことさ。さ、カグラたちも動けるはずだよ。さっさと、ユキに一発入れて勝利の宴としゃれこもうじゃないか。セラリア、デリーユ、他のみんなもいいかい?」
「問題なしよ。これでようやく互角ね」
「うむ。天才が仲間におるというのはありがたいのう」
出鼻をくじかれはしたが、まだまだ勝機は十分にあるのう。
さて、どう攻めたものかのう。
そんなことを考えている間に、コメットも空から地面に舞い降りておった。
「さて、いつまでも飛んでたら叩き落されかねないから……」
ミシッ。
「「「ん?」」」
なにやら足元からそんな嫌な音がしたので見た瞬間、地が抜け落ちおった。
「「「きゃぁぁぁぁぁ!?」」」
お、落とし穴!?
いつの間に!
というか……。
「「「ダンジョンスキル使うなー!!」」」
と、いつもの手にまんまとはまってしもうた愚かな負け犬どもの遠吠えが響いたのであった。
こうしてユキVS嫁さんズ+その他が戦うことになるが、結局のところ、古典的な罠によりユキの勝利となる。
しかし、コメットが魔力無効化を解析してMCCMを開発しているから、そこは頑張っている。




