第931堀:情報分析
情報分析
Side:ユキ
俺は今、セラリアと護衛メンバーだけを集めて話し合いをしている。
まあ、夜も遅いからな。
タイゾウさんたちは既に寝た後だし。
で、わざわざなんでこんな時間に内内で話をしているのかというと……。
「……ということで、ズラブル大帝国の捕虜がやっと話をしてくれた」
そう、ようやくズラブル大帝国の連中の口を開かせることに成功したわけだ。
で、早速そこで集めた情報を確認しているというわけだ。
「そう、それは良かったわ。と、言っていいのかしら?」
ミノちゃんの交渉が上手くいって、ようやくズラブル大帝国との窓口が開いたというのに、セラリアはどうもあまり気乗りしないみたいだ。
ま、気持ちはわかるけどな。
無辜の民間人まで襲っていたっていう嫌悪感があって、面白いわけがない。
とはいえ、そんなことは現代地球でも間々ある。
規律と理性を堅持する軍なんて、実はそこまで多くない。
ただ、メディアに出ていないだけだ。
だからといって、民間人を襲っていいわけじゃないんだけどな。
「ま、これで敵を全て殺しつくさないといけないっていうのだけはなくなったんだから。まぁ、そこは喜ぼう」
「そうね。報告書だと、ズラブル大帝国の総兵力は60万。そして、ワイバーンによる航空戦力も保有しているって話が聞けたってのは大きいわね。確認せずにそのまま戦っていれば、かなり面倒なことになったわね」
セラリアも敵を全てぶっ殺すっていうのは、アレのようで、不機嫌な顔はなりを潜めた。
当初からの予測通り、ズラブル大帝国の第2方面軍司令ヴォル・ウィーラーは流石に重要機密情報である数までは教えてくれなかったが、ワイバーンという航空戦力は各方面軍が各々所持していることが確認できた。
つまり、第2方面軍の兵力8万に対し50騎から単純計算すると、まあおおよそ8倍として、400騎。それに予備も考えて500騎近くのワイバーンが存在するとみておいた方がいいだろう。
ちなみに、こっちの保有航空機は、ルナが空母と一緒に出してくれたもののみで、100機にも満たない。
しかも、全部が対空戦に使えるわけじゃない。
A-10みたいな対地専用の航空機も存在するから、純粋に空対空に使える戦闘機となると半分以下になる。
まあ、この世界のワイバーンとか飛竜相手なら、亜音速で航行できる飛行機であれば、ワイバーン程度撃墜は可能ではある。
いやそれどころか、スティーブたちを飛ばせば充分に落とせる。
だが、絶対数が足らん。多方向から攻められれば数の多さに手が回らず守り切れないだろう。
負けはしないだろうが、どうしても被害甚大になるだろう。
それに……。
「このまま戦えば、ウィードは破産する。といってもまあ、DPが枯渇するだけだが」
「それは致命的よ。エリスがカンカンだったんだから」
そう、ズラブル大帝国とまともに戦えない一番の理由は、近代兵器を使っての戦闘ができないためだ。
いや、出来ないことはないが、今まで溜めてきたDPを使い果たすレベルになってしまう。
「ミサイル一発で一億とか、まあ……現実でもそれ以上なんだが」
「……戦闘機はさらに上なのよね。こんなのをポンポン補充していたら、あっという間にDPが尽きるわ。幸いと言うべきかは、あの時ルナが調子に乗って空母と航空戦力に物資一式をくれたことね。おかげで、まだ暫くは物資がなくなる心配をしなくていいってことかしら」
「そうだな。ルナのこの気まぐれにだけは感謝だな」
「そうね。といいたいけど、あの時みたいにルナが気まぐれを起こす度にウィードに緊急警報が鳴り響くのはだめよ」
あの時は副産物で港が被害を受けたからな……。
「やっぱり、俺は神とやらに大いに呪われているらしい」
「それは否定できないわね。だけど、今回はこの戦力がなければ、オーレリア港は救えなかった。そこだけはいいことだったと思いましょう。でも、間違っても、調子に乗って現代戦戦力に頼る下手な戦いはするべきではないわね。あっという間にこっちが枯渇するわ。まあ、いざとなったら魔術系で吹き飛ばしてもいいんだけど、それはそれで、魔力枯渇現象的にダメなのよね?」
「まあ、避けてほしいな。いざというときはそりゃ構わないけどな」
そう、兵器が駄目なら魔術があるじゃない。っていう案もあったが、まだまだ未調査の新天地だ。魔力枯渇現象の調査をろくにしないうちに、そういうことをやってしまっては新天地に来た意味がない。
「……いろいろ制限が多いわね。ということは、やっぱり力押しは無理ね」
「まあ、状況的にな。最悪は敵をチマチマと吹き飛ばしつつ進むしかない。今のところ、ズラブル大帝国の連中はレベル的にはたいしたことはないから、そういった方法でも一応何とか成るとは思う」
「確かに、一般常識的にはレベルが高いと言われる者はいるけど、それもせいぜいロガリ大陸の普通の高レベル程度だものね。あとは、おまけでマジック・ギアを所有しているぐらいだから、私たちウィードの誇る高レベルを投入すれば、私たちは負けることはないでしょう」
「まぁ、他の場所での被害は甚大になるけどな。数の力ってのはすごいからな。ま、そんなことにならないようにミノちゃんが話を付けてくれたわけだ」
「それは分かっているけど、あっちは保身でしょう? どうみても」
「そりゃ保身だろう。絶対に勝てる数で戦ったのに負けたんだから、本国に戻れば役職を解かれるだけで済めば凄く幸運で、普通ならその場で首が物理的に飛ぶぞ」
今回のズラブル大帝国軍の作戦失敗はそれほどの致命的なレベルだ。
だからこそ、ズラブル大帝国の連中は自身の所属を含め、口を簡単には割らなかった。
「まあね。普通は負けることなんてありえない数よね。だけど、ズラブル大帝国との開戦を決めた時にも言ったけど、民を傷つけるような連中には決して容赦はしない。そこは忘れないでね?」
「わかってる。流石に、大手を振って人権無視をしているような連中だったら、まともに交渉はしないさ。そんな連中と国交を結んだ日には、あとのとんでもない苦労が目に浮かぶ」
周りとの調整だけで、俺の仕事が倍増するのが目に見えている。
「それもそうね。いらない心配だったわね。で、兵器とその予算の話はいいとして、本題に入るわよ? 状況的に、現代兵器に頼った侵攻は非常に厳しいから、タイゾウの言う通り、ミノちゃんたちを中心とした使節団がズラブル大帝国の帝都に乗り込んで、まずは話し合いを試みる。並行して情報収集をして、状況次第では敵の急所を叩く」
敵の急所。つまり、この場合は皇帝の首を取ることだが、それはなるべく避けたいよな。
新天地が更なる戦乱に見舞われるだろう。
そうなれば、その後始末のために更なる負担がウィードにかかるってこと。
「なんだかんだ言って、ロガリ大陸も、イフ大陸もそれなりに安定していたんだな」
「そうね。どちらとも同じぐらいの大きさの大国が複数安定的に存在していて、お互いに牽制しあっている状況だったものね。大国同士での戦いは、起こっても精々国境争いぐらい。イフ大陸に乗り込んだ時はその時だったし」
あー、そういえばイフ大陸の時はそんな感じだったな。
村の遺跡、ダンジョンに繋がったので出てみれば、略奪の真っ最中だったからな。
「ルナからは戦乱の地とか聞いてたけど、行って見れば遥か昔の話だったし」
「ああ、そんなことも言ってたな。まぁ、あいつは時間を含め色々スケールが違いすぎるから、気にするだけ無駄だ」
ルナとかいうあの生物は、こっちとは根本的に違うそう言う生き物として考えた方が気が楽だ。
「でも、この新天地は間違いなく大戦乱の真っただ中ね。生き残りをかけて多くの人たちが命懸けで戦っている。そんな中に私たちは足を踏み入れてしまった」
「まあ、今や戦況は、ズラブル大帝国がマジック・ギアを入手して活用したために王手の状態だけどな」
これまで集めた情報では、既にズラブル大帝国はこの新天地の半分余りをその手に収めているらしい。
普通なら、ここまで実績を上げてしまった相手には喧嘩などを吹っ掛けるようなことはせず、ほかの国々は従属する姿勢を見せるところが多くなってよさそうだが、ズラブル大帝国はここ20年ほどで急に大きくなった所謂新参者のようで、長い歴史を持つ多くの国々は頭を下げることを良しとしなかったようだ。
そして、それ以上にややこしいのが……。
「しかも、ズラブル大帝国の皇帝とは別に、元々この新天地を治めてきた皇帝っていうのが今でもいるっていうのがね」
そう、この新天地は、今では分裂して各々が独立した国を名乗っているが、元々は一つの帝国だったようで、その帝国の皇帝を名乗る血筋が今でも厳然と存在している上に一定の権威を持っていて、その皇帝の勅許に基づいて各国は国としての名乗りを上げているらしい。
「……それってただの、任官じゃない。土地を与えられて国と名乗っていいといわれているだけの部下でしょ、こんなの。まったく意味が分からないわね」
「まあ、あれだ。三国志とか、戦国時代に似た状況だな」
「なるほど、元々の旧体制側と、新体制を構築しようとしている者との戦いになっていると見ればいいのね。各々が国とか名乗っているから一見ややこしいけど、ある意味単なる内輪もめの状態なのね」
流石は、バトルマニア。
俺が教えた三国志や戦国時代の事はよく勉強しているようで、すぐにこの新天地の状況を理解したようだ。
とはいえ、その認識には間違いがある。
「まあ、ロガリ大陸や、イフ大陸でも同じような組織はあるぞ」
「え? どういうこと?」
「例えば、リテア聖国の母体となっているリテア聖教、イフ大陸では、エナーリア聖教にヒフィー教だ。これらの宗教のトップが他国のトップに名誉司祭の地位を与えると箔が付くだろう? たとえば、エルジュがそうだろう?」
「……なるほど。その手の権威というわけね」
「とはいえ、この新天地では旧体制の皇帝ってのは実質的にかなり権威を持っているから、面倒なんだろうけど。と、そこはおいおい調べるとして、ズラブル大帝国との話し合いに向かわせるのは……」
「そうね。そういう政治形態もわかった上で交渉できる人物が向かうべきね。そして確実に生きて帰れることも大事」
「そして、別にウィードを離れても問題のない人物がいいんだが」
その条件に当てはまるのは……。
「「そんな人いない」」
そんな都合のいい人物なんてウィードにはいない。
みんな今の仕事で手一杯だ。
「しかも、下手をすると、ズラブル大帝国と敵対している勢力との繋ぎも出来る必要があるのよ? とんでもない大仕事よこれ」
「だな。そんなとんでもない仕事を任せてもいい人物となると……」
仕方がない。覚悟を決めるか。
「仕方がない。俺自身がミノちゃんたちを連れて行く」
「はぁ!? 何を!」
俺の言葉にセラリアが素っ頓狂な声を上げるが。
「状況があまりに特殊すぎる。場合によってはその場でウィード女王の名代として返事をすることも必要になるだろう。こんな特殊な状況では、情報を集めて解析するにも、柔軟な知識と発想がいる。そして、戦力的にも心配がないとなると、ドッペルで行動出来て、有事の際のダンジョンの展開に慣れていて、セラリアの代わりが務まる俺だけだろう?」
「……」
まあ、敵対国の王配が直接乗り込んで挨拶とか、普通ならあり得ないが、今回は実質敵対国ではないと伝えるためであり、友好を築くという目的もあるから、俺が行けばそれだけ本気だと伝わるだろう。
「……はぁ。もう! なんであなたはいつも働きたくないって言っているのに、こんなことに限って喜々として首を突っ込むのよ!」
「仕事だしなぁ。知らんぷりしてマジック・ギアを放っておくなんてした日には、カグラとエノラが病みそうだし」
「あーそういうことね。まったく、あなたは本当に身内に甘いんだから」
「いや、俺は出来ないことはやらないぞ。というか、ダンジョンを展開していって、毎日すぐ戻れるようにはするぞ」
そんな長期間家に戻れない過酷な旅とか嫌だし。
「わかったわよ。でも、明日の会議では自分で話して説得しなさいよ。どうせみんな大反対するに決まっているんだから」
「うぇ。そっちの方が厄介かもな」
こうして、俺は新天地での冒険の大変さよりも、嫁さんたちの説得に頭を痛めるのであった。
新天地はどこかで聞いたような群雄割拠。
ロガリやイフ大陸ほど安定はしていない模様。
ここで、ユキたちはどう動くのか?
嫁さんたちはユキの旅を許してくれるのか!




