第918堀:海の向こうへ
海の向こうへ
Side:ユキ
「はぁ、ようやく終わった」
俺は席につきつつ、思わずそう呟いていた。
そう、やっと終わった。
長きにわたって準備をしてきた大陸間交流会議、そして結婚式は無事に終わった。
「そうね。大成功で良かったわ」
セラリアもそんなことを言いながら席に着く。
セラリアの言うように、今回の会議の評判は上々だ。
盛大にやったかいがあった。
「開催費用を考えると、とりあえずマイナスですけどね」
「それは、おいおい戻ってくると信じましょう」
そんな評価をしたのは、我がウィードの台所、財布と物資を握っているエリスとラッツだ。
エリスとラッツの言うように、今回の大陸間交流会議、結婚式の開催については、資金を出すばかりで赤字になっている。
その元を取り戻せるのは、ショッピングモールに店舗が揃ってきてからだろう。
まあ今の状態でも一般客も来てそれなりに売り上げはあるが、それでも準備費用とかを考えると大赤字なんだよな。
何しろ、モールに会議に結婚式とそのために使用した物資もとんでもない量だ。
足りない分は随分DPの財源から出したからな。
ま、これは先行投資だからな。
この会議をきっかけにさらに交易をする国も増えてゆくと信じよう。
「はぁー、私たちの方は結構課題や改善点が多かったよね」
「あれだけ人で溢れかえるとは思わなかったよね」
「……人手が足りない」
「マナーの悪い連中に対する刑罰をしっかり制定する必要があるわよね」
そんなことを言うのは、大陸間交流会議期間中、治安維持を担当していた警察組のトーリ、リエル、カヤと臨時で協力してくれた冒険者ギルドのミリーだ。
まあ、他国から色んな人が集まるから、大小いろんなトラブルが毎日沢山起こっていて、その対処に人が足りなかったという話だ。
それなりに人数は揃えていたが、予測を大きく上回る賑わいだったからな。
さすがにあんな騒ぎはそうそうないだろうが、そこら辺の改善は考えておいて損はないよな。
「会議についても前向きな方向で合意しましたからね。本当に良かったです」
「はい。とはいえ、元々会議の内容は決めていましたからね」
ルルアの言う通り、第二回目の大陸間交流会議自体もとくにトラブルなく終わった。
まあ、シェーラが言うように、事前に決めていた話をするだけだったからな。
「第二回大陸間交流会議の主な議題は、今後の交易に関してじゃからのう。今頃裏ではきっと睨み合っておるじゃろうよ。まあ、阿漕なことは出来んじゃろうが」
デリーユの言う通り、第二回大陸間交流会議は今後の交易に関してしっかり話し合うためのルールを制定。
つまり、これから本格的に世界交易が始まる。
前回の第一回大陸間交流会議で大国同士の交易が始まっていたが、今回は小国が交易に参入するルールを制定した。
これで、正規手続きを踏めば、小国も、この大陸間交易に名乗りを上げることが出来、市場で売り買いできる権利が与えられるのだ。
今後、市場はどんどん拡大していくだろう。
まあ、交易による資金の移動が大きくなるから、国を富ますにはどれだけ安く仕入れ、そして高く売るかというのが大事になってくる。
その交渉で各国が火花を散らすことになるだろう。
ほっとくと各国間のパワーバランスで不利な取引をさせられるところが出てきそうだが、そこを調整、管理するのが大国の役目だ。
「あとは、大国たちが管理してくれる。俺たちは市場を提供するだけだ」
そう、国際交流におけるウィードの今後の役目は、交易するための市場を用意する。この一言に尽きる。
これ以上、小国に過ぎないウィードが大きな顔で、交易に口出しをすると、ほかの小国から無駄に妬みを買うことになりかねない。
そういうのは大国が担うことで、ウィードは程々の立場ということになる。
まあ、ゲート技術を所持している国ということだけでも立場はものすごく高いのだが、大国にゲート設置の判断は任せているので、文句を言うなら大国にどうぞってことになるわけだ。
表向き、大国の許可なしにはウィード自身もゲートは設置できない。
そういうことになっている。
もちろん、俺の本来の仕事でのゲート設置は自由にさせてもらっているけどな。
「で、そんな終わった話をするためだけに集まったわけじゃないんでしょう?」
そう言って暗に釘を刺すのはセラリア。
さっさと話を先に進めろって顔だ。
「わかってる。で、ここからが本題だ。みんな集まってもらった理由は……」
俺はそう言いながら電源を入れたモニターに映ったのは、空母リリーシュだ。
「みんな知っていると思うが、グスド王国へ向かったシーサイフォ王国の使節船団からの連絡が途絶えた。まあ、単に連絡が遅れているだけで何もない場合もあるが、最悪の事態を想定して、現在空母リリーシュがブルーホールを離れて、そのままグスド王国へと向かっている。結婚したばかりのメンバーにはすぐ仕事で悪いと思う」
そう、連絡が途切れたシーサイフォの使節船団の捜索と、救援だ。
「話には聞いていたけど、結婚そうそう落ち着かないねー。そう思わないかい、ジェシカ?」
結婚式を挙げたばかりのエージルはヤレヤレという感じで話しかける。
当然だよな。やっとあの結婚式が終わったばかりなんだ。のんびりとしたいのは人として当然だろう。
で、話を振られたジェシカは……。
「まあ、エージルの気持ちはわかりますが、私にとっては幸いですね。これ以上、ジルバの関係者と話をするのも面倒になってきてますし」
「……ん。それは同意。周りがうるさくてかなわない」
「そうですわね。まあ、一番うるさいのは陛下なんですが。まったく、他の案件を差し置いて、最優先でラーメン職人の誘致とか……」
どうやら、ジェシカ、クリーナ、サマンサのイフ大陸外交官組の嫁さんメンバーは交渉の話で忙しいみたいだな。
そんな半分雑務から逃れられるというのはある意味いいことかもしれない。
……まあ、ブレードのおっさんのラーメン誘致はもう決定事項だから、仕方ないんだサマンサ。
「あー、それを考えるとそうかも。エナーリアの方も、なんだかんだと貴族たちがうるさいからね。まあ、僕の場合は元々研究開発分野というのもあるから、そこまでしつこくなかったんだろうね」
エージルは国元では魔剣使いの将軍職でありながら、同時に魔剣に関する技術開発者だったしな。
迂闊なことを言えば、元々の立場もあるから問題だったんだろう。
さて、話をここら辺で戻さないとな。
「まあ、仕事が楽になるかどうかは分からないが、空母リリーシュに同乗してもらっているレイク将軍の話では、5日後にはグスド王国王都の港に到着する予定だ。その時の対応を説明する」
「対応って言っても、グスド王国にいる使節船と連絡を取るだけじゃないんですか?」
「リーアが言うのは使節船が普通に発見できればだ。例えば拿捕されている可能性もあるからな」
そう、ただの連絡遅れなら、まぁ、たいして問題にならない。
この場で考えておくべきことは、何かあった場合。
ということで、例としては拿捕されているという可能性。
「拿捕ねぇ。個人商人の船ならともかく、他国の使節団が乗った船を拿捕っていうとかなりやばめの行為だと思うんだけど、そこのところはどうなんだいカグラ。よくあることなのかな?」
エージルの言う通り、普通他国の使者を拘束というのはかなりの問題だ。
とはいえ、ここは知らない大陸のことだからカグラに確認したいというのは分かる。
「えーっと、ごめんなさい。私の国は大きな湖を挟んで他国に面してはいるけど、流石に使者が乗った使節団の船を拿捕するなんて話は聞いたことがないわ。スタシアでん……スタシアはどう?」
「やはり、まだ慣れませんね。と、質問に関してですが、普通はあり得ない行為です。まあ、この状況で考えると、国が拿捕したのではなく、国とは関係ない海賊などが捕えたと考える方が普通かと」
スタシアはカグラの殿下呼びにはつい苦笑いしつつ、質問に答える。
まあ、昨日まで王女様だった相手から対等にと言われてもカグラもすぐには慣れないよな。
で、質問の答えだが、スタシアとしては国とは関係ない無法者が使節船団を襲ったのではという回答。
「まあ、それが妥当だな。国が交易相手の使節船団を拿捕、或いは襲撃なんてすれば、戦争確定だしな」
他国の使者を襲うというのは、そういう意味でもある。
だから、国が襲ったというのは考えにくいってことだよな。
「はい。とはいえ、私も海のルールは流石に詳しく知りません。現状シーサイフォ王国は、たとえグスド王国に使節船団を拿捕されたからといって、せいぜい抗議ぐらいしかできませんので、それを見越して行動を起こした可能性はあります」
「でも、スタシア。そんなことしたら、シーサイフォ王国との関係が悪化するってわかってて、そんなことするかな? ミコスちゃん的には、海賊説を推したいかな。エノラはどう思う?」
「んー。私もどちらかというと、海賊説ね。まあ、海賊というか、何かトラブルに巻き込まれたって感じかしら? それで連絡船を出すことができないってところかしら。なんでかっていうと、グスド王国がシーサイフォの内情を知っているわけがないからってことね。海の魔物の件でシーサイフォ海軍が大きくダメージ受けているなんて思ってないでしょう」
「「「あー」」」
エノラの言葉にみんな納得する。
確かに、遠く離れたグスド王国にはシーサイフォ王国の内情を知ることはできない。
ただ、魔物が出現して安全に物資を運べないということだけしか知らないはずだ。
海の先の交易国というのは、遠交近攻という国家の運営に沿った理想的な相手だからな。
交易相手としての利益を期待しているはずだ。
そういう状況で、わざわざシーサイフォ王国を敵に回すようなことはしないだろう。
となると、やっぱり、国とは関わりのない勢力とのトラブルと考えるのが普通か。
「けど、結局仮定の話よね。ユキ、空母リリーシュに搭載している航空機、あるいはゲートを通じて飛竜隊を派遣して偵察とかはしないの? 素早く情報をはっきりさせるには空の方がいいとは思うけど?」
「情報収集という意味ではドレッサの言う通りだが、ただのトラブルだった場合、上空に飛竜や戦闘機を派遣したがためにグスドに警戒されるってこともあるからな」
ただ、現状偵察を飛ばすっていうのも難しいんだよな。
魔物にしろ航空機にしろ、空を飛ばれたってことで、敵対的勢力として警戒されれば今後の交渉が難航する可能性もある。
というか、この程度のことで、こちらの航空戦力をばらしたくはない。
空母だけでも警戒されるだろうって言われているからな。
わざわざ相手を不安にさせるのは良くないだろう。
「なら、スティーブさんたち、魔術で飛翔ができるメンバーでこっそり偵察ってできないのですか?」
「まあ、そうなるよな。ヴィリアの言うように、スティーブたちをある程度港に近づいたら、先行偵察に飛ばすつもりだ」
「お兄、どうせ偵察するなら今すぐ出せばいいんじゃない?」
「ヒイロ。海で、もし飛翔魔術が切れたらどうなると思う?」
「「「……」」」
俺の言いたいことが分かったようで、あっという顔をしながらみんな黙る。
そう、魔力無効化地域があってもおかしくないのだ。
そんなところで墜落でもしたら、それこそ魚の餌だ。
だから、万一スティーブたちが墜落することになってもすぐに救出できる地点と距離まで、まず移動する必要があるわけだ。
「あとは、この話をレイク将軍や、メノウ外交官と話してからだな。みんな、これ以外にも色々あることを想定してきちんと準備だけはしておいてくれ」
「「「はい」」」
ということで、俺たちは新たなる問題へと取り組むのであった。
そうだ! 海へ出てワン〇ースを探そう!
なんて、ロマンある話ではなく、外交上クソ面倒な事態が起こることになります。
はてさて、ただの事故なのか、それとも何らかの政治的意図が隠れているのか?
それとも……未だ見ぬ何かがあるのか?
新章始まります。
いい加減、章の区切りつけないとね。
あと、みんなのコメント読んでいるよ!
4年ぶりに見たとか、話が進まねぇとか、色々あるが、雪だるまはこれからもマイペースで頑張っていくのでそこんとこよろしくです!




