第917堀:周りが何といおうとも……
周りが何と言おうとも……
Side:エージル
「……」
目の前に映っているのは、ちんちくりんな女の子が背伸びしてやたら豪華なドレスを纏ってすまして座っている姿だ。
いや、大きな姿見に映っているんだから、その姿はこの僕自身。
エナーリア聖国、魔剣使いの一人であるエージル・トムソン。
なぜ僕がこんな豪華なドレスを着ているのかというと……。
「……ジル? エージル。エージル!!」
そんな呼び声がふと耳に入り振り返ると、我が同僚であるプリズムがなにやらお怒りの様子で立っている。
「えっと、何かな?」
「何ってあなた、ドレスの着付け中なのよ? 何をぼけたこと言ってるのよ。最終調整なんだから、きつくないかとか、ちゃんと答えなさいよ。式の最中にこけたりしたら、世界中に恥をさらすことになるんだから」
「あー、そうだね。ごめん。なんかドレスを着た不釣り合いな自分の姿を見ていたら、なんか現実感がなくてね」
そう、僕ことエージル・トムソンは、本日晴れて結婚をする。
「なにを今更? ウィードに来てから現実味なんて完全に粉微塵に吹っ飛んでいるでしょうに。ってそういう意味じゃないわよね。ま、わからないでもないわ。エージルは一生研究と添い遂げるに違いないと私も思っていたし」
「察してくれて何よりだよ。僕自身、まさか結婚できるような日が来るなどとは夢にも思っていなかったさ。しかもお相手は、誰もが羨むような男、ウィードの王配、ユキだ」
まさか、こんな私でいいなんて奇特なことを言ってくれる人がよもやいるなどとは思わなかったよ。
「完全に単なるのろけになっているわね」
「あ、いや、そういうつもりはないんだ。本当に」
「わかってるわよ。私だって今の状況はまるで信じがたいわ。というか、本音を言うと、当然私の方が先に結婚すると思っていたわ」
「ああ、それは同意。そして、僕はそうなってもプリズムの所に世話になる予定だったんだよ」
「あら、私の新婚生活を邪魔する気だったのかしら?」
「そういうつもりはないんだよ、こんな僕に付き合ってくれるのはプリズムだけだったからね。きっと受け入れてくれると思ったのさ」
そう、プリズムだけだった。
こんな僕に付き合ってくれるのは。
「まったく、物は言いようよね。でも、そうね。そうだったわ。だけど、最近は変わってきたわよね」
「ああ。気が付けば、プリズムと付き合ってる時間は随分少なくなっているかな」
人は変わるものだと今更ながら思う。
世界に僕のことを理解して、受け入れてくれる人たちがこんなにもいるなどと思ってなかった。
そして、彼らは僕の知らなかった様々な未知をいつも届けてくれた。
これは喜ぶべきことだと思う。
なにより僕にも女を見せる相手が出来た。友人も、そして好奇心も満たしている。
そう、これは本当に喜ぶべきことだ。
「……嬉しい事なのに、ちょっとだけ寂しいわね」
「……まあね。でも、これで二度と会えなくなるわけじゃないしさ。というか、移動はゲートで一瞬だし、ユキが僕の行動を制限するなんてありえないからね。毎日だって会いにいけるよ」
「それはいいわ。というか、エナーリアにあまりちょくちょく顔を出すのはやめなさい。結局出戻りしたかなどと思われるわよ」
「あー、なるほど。いやはや何とも残念だね」
どのみち変わっていくものがあるってことだね。
良くも悪くも。
「で、どうなの? 緊張とかないわけ?」
「んー、どうだろう。リハーサルは十分重ねたし、今まで培ってきたものもあるから、そうそう失敗なんかしないとは思うけど……」
「思うけど?」
「なにせ、流石に初めての結婚式だからね。僕もそれなりに緊張してはいると思うよ。ほらさっきだって、自分のドレス姿を見て固まってたし」
「ああ」
「それに、プリズムが失敗したらエナーリアの恥とか言ってプレッシャーを掛けてきたからね」
「まるで私が悪いみたいに言わないでよ」
「あはは、ごめんごめん。まあ何のかんの言って、それだけ緊張しているってことだよ」
「ま、当り前よね。私だってあのお歴々の前に陣取るなんて、戦争なんかより余程気を遣うわよ」
そう、別に僕があがり症ってわけじゃない。
この結婚式に集まるメンバーがおかしいだけ。
結婚式参加者の多くが王様とか、普通ならあり得ないし。
プロポーズは地味で静かだったんだけどなー。
ブルブル……。
「いきなりなに? 武者震い? これから戦に行くわけじゃないのよ?」
「……違うよ。なんか、はっきりと緊張してきたみたいだ」
この震えは武者震いなんかじゃない。
極度の緊張によるものだ。
だって全然わくわく感ないし……。
「……大丈夫? 立てる?」
「あは、は、そこまで、子供じゃ……」
あれ? 足に力が……。
「ちょっと!?」
僕が思わず倒れ込む前に、スッとプリズムが支えてくれた。
あぁよかった、ドレスがひどいことになるところだったよ。
「助かったよ」
「……本気で緊張しているみたいね」
「みたいだね。うん、なんか……どうしよう。うわぁ、ユキに嫌われるぅぅ」
なぜか無性にそんなことを想像してしまう。
ユキがそんなことを言うはずないと、頭ではわかっているんだけど、こんな情けない子供みたいな僕なんか見ちゃったら幻滅するんじゃって……。
「はいはい。落ち着きなさい。エージルが選んだ男はそんなことであんたをバカにしたり、嫌いになったりするわけないじゃない」
「そのとーり!」
ん? なんかプリズム以外の声がしたような?
「なんか、様子がおかしいと思っていたのよね」
あ、この声って……。
「ハイレン助祭」
「うげっ!?」
まずい、やばいのがやって来た!?
お花畑女神様だよ!
「こら、式を手伝ってくれている人に失礼でしょう」
「あ、うん」
しかし、プリズムはハイレンの正体も本性も知らない。
ただのリテア教の助祭という建前しか知らない。
このお花畑ハイレンこそ、新大陸における最大宗教であるハイレ教が崇める女神様その人だ。
などと言ったところで絶対信じてもらえないので、大人しく言うことを聞くしかない。
「で、どうしてハイレン……助祭がここに? 僕に何か御用でしょうか?」
「結婚式を前に、不安に怯える仔羊の存在を感じたから来てあげたのよ!」
くっそ面倒な。
ハイレンがけして悪い子ではないというのは一応知ってるけど、その好意でもって周りをひっかきまわせるだけひっかきまわし、でもなぜか最後には良しとなる結果を常に出すという脅威の能力は、しがない一研究者にすぎない僕にとっては一番避けたいタイプだ。
そう、ありとあらゆる人の努力が一瞬で無に帰するというその恐怖は想像を絶する。
ここは適当なことを言って追い返すのが吉なんだけど……。
「あらよかったじゃない。ハイレン助祭って、エージルたちの知り合いでしょう。なら、私とは違ったアドバイスもできるんじゃない?」
裏事情を全く知らないプリズムの素直な反応まででてしまって、つらい……。
どうしたものかと迷い悩んでいる間に。
「この前、カグラたちも不安に思っていたのを、ちゃんと無事に解決してきたから心配いらないわよ! 大船に乗ったつもりで相談してちょうだい!」
「そうですか。それなら安心ですね」
いやいや、全然安心できないから。
というか、カグラたちは既にハイレンにやられてしまったのか……。
可哀想に。まあ、結果として良しになるんだから……、一応悪くはないんだろうとは思いたいけど、その代償として物凄い心労がかかること間違いなし。
結婚式まで残り時間あと数時間しかない僕にこれ以上の過酷な負担は許容できないね。
これは、緊張なんかしている場合じゃない、とにかく足に力を入れて何も問題ないとアピールを!!
「いや、もう大丈夫! ほら、ちゃんと立てるし!」
と、とにかく気合で直ぐに立ち上がってみせる。
うん、人はやはり命の危機に見舞われれば何とかなるものだね。
「エージル。そんな無理はしなくていいのよ、ハイレン助祭だってこう言ってくれてるんだし」
くそー、なんて女神だ。
パッと見、ただの人のよさそうな赤髪少女だから、プリズムまでが騙されている!
いや、人のいいのは間違っていないんだけど。
でも、ハイレンは流石に僕が拒絶反応を示しているのはわかったようで……。
「んー。まあ、エージルが大丈夫って言うなら、私も無理に手を貸そうとは思わないわ。カグラたちよりも大人だしね」
よし、意外と聞き分けが良いじゃないか。
そう、身体はこんなに小さいけど、僕は立派な大人として将軍職だって務めてきたんだ。
これぐらいのことは自分で乗り切ってみせ……。
「じゃ、ユキには悪いけど、帰ってもらおうっと」
は? このポヤポヤ女神何かすごいことを言ったぞ!?
「ちょっと、待ってくれ。今の話だとユキが来ているのかい?」
「あ、うん。ほら、結婚式前って誰だって緊張するのは当たり前じゃない。で、その緊張をほぐすのはやっぱり、結婚相手の男がいいに決まってるじゃない」
た、確かにその通りだ。
「なるほど。それは名案ですね。ねえ、エージル。で、会うの? それとも、意地を張るのかしら?」
「ぬぐぐぐ……」
外にはユキが来てくれている。
ハイレンに頼まれてなのかもしれないけど、それでも僕のためにいる。
もう、いる。……はぁ、負けた。
「いや、旦那さんが待ってくれてるんだから、追い返すなんてできないよ」
「だよねー、ちょっと待っててね」
ハイレンは嬉しそうに部屋の外へと出ていく。
うぅ~、最初から負け戦じゃん!
で、すぐにハイレンが戻ってきて、その後ろから……。
「よう。そっちも大変そうだな」
僕の旦那様がやってきた。
ピシッとタキシードを着こなし、かっこ良すぎるね。
いやぁ、やっぱり良い男だ。
いやいや、見惚れていちゃ話が進まないね。
「全くだよ。結婚式でこんなに緊張するとは思わなかったよ」
「カグラたちもギリギリまでリハーサルしたいとか言ってたからなー。やっぱりこういう大舞台は誰でも緊張するか」
「で、ハイレンに連れられてきたユキは、僕の緊張を解いてくれるのかな?」
そう、ユキがここに来たのは僕の緊張を解くため。
まあ、今だって充分嬉しいから、頑張れる気はするけど。
ユキが一体どんなことをしてくれるのかすごく楽しみなんだよね。
「そうだなー。緊張するなって言っても無駄だろうし、こういう時は……」
ユキはそういいながら、私の頭にポンと優しく手をおいて。
「別に失敗してもいいじゃないか。周りがなんて言おうとも、俺と嫁さんたちがフォローするからさ」
なんてことを言ってくれた。
とんでもないことだ。
結婚式というハレの舞台で失敗して恥をかいた奥さんをかばうというのは、自分の名誉を傷つけることになる。
礼儀一つもできない嫁を貰うのかと。
一般家庭ならまだそれもいい思い出だろうけど、僕たちの結婚式はそうはいかない。
僕の失敗は、プリズムの言ったように国の失態になる。
だから国としては、そんな女は嫁に出すことはできないと言うだろう。
ユキたちは今、大陸間交流会議が成功するかの瀬戸際なのにさ。
この結婚式の成功をもって、大陸間会議の締めとするつもりなんだ。
なのに、そこで失敗したら僕をかばうんだってさ。
「どうしても気になるなら、もう一回結婚式って頼んでいいかもな」
「ぶっ、君は遠慮なしだね。ようやく竜人族の紹介が無事に終わってまとまった会議をご破算にする気かい?」
「そりゃな。結婚式の極度の緊張の中で失敗したことで、嫁さんを、エージルをいじめる連中とは付き合いたくないからな」
そう、何の躊躇いもなく言い放つユキ。
ああ、もう、こんなことを言われちゃ、顔がにやけまくっているのが自分でもわかる。
「……緊張は解けたようね。というか、本当に大好きなのね」
「うんうん。やっぱり、こういう時は大好きな人よね」
あー、もう、外野がうるさいね。
僕だって乙女なんだからいいだろう?
とまあ、こんな感じで僕はこの素晴らしい結婚式の時を迎えた……。
こうしてエージルたちはユキと幸せな結婚式を上げるのでした。
そして、次の問題へとユキたちは向かいます。
結婚式でめでたしめでたしで終わらないのは、皆さんが知っていると思います。
雪だるまの物語はしつこいよ!
次なる部隊は海で向かった先だ!




