第900堀:動き出す時
動き出す時
Side:ザーギス
「……うむ。よくわからん。というか、そもそも信じられないというのが正直なところですな」
「そうですよねー」
私は項垂れながらそう返すしかありませんでした。
ガウル殿が用意してくれた晩御飯が終わり、諸々の説明に入ったのですが……。
なにせウィードの事ですからね、何をどのように説明すれば信じていただけるものなのでしょうか?
しかも、ウィードの話だけじゃなく、別大陸からの来客とか、そんなもの誰が言葉だけで信じるものですか。
だからこそ、シャール姫はこちらが望む話だけパパっと済ませて帰ろうとしたわけですが……。
「ガウル殿。そう言いたくなるのはよく分かるが、実際に起こっていることだ。ウィードの事も、そして別大陸の存在も」
まあ、ローエル王女の言う通り、事実は事実。
それを正直に伝えるしかないのですが、とはいってもなかなか上手く伝わらないのも事実。
もちろん、言葉や資料だけで説明しているわけではなく……。
「お姉さまの言う通りですわ、ガウル殿。そして、その証拠として、こちらにある色鮮やかな本や、映像、物品などをお持ちしたのです」
そう、シャール王女の言うように、ちゃんとウィードの技術力などの説明のために、そう言う品物はいろいろ持ってきているのだが……。
「……うむむ。そうですな。確かにこのようなものは今まで一度も見たことが無いのは認めます。ですが、だからと言って海の向こうに大陸があり、なんとそこから人々が訪れるなどという荒唐無稽な話は……」
それでもなお、ガウル殿は首を傾げているというか、そもそも全く信じられないという感じだ。
……文明レベルが違いすぎる相手に説明をして理解を求めるという難しさがよくわかります。
ユキはかつて、ホントによく私たちなぞ相手にこんな極めて難しく面倒なことをやっていましたね。
戦って屈服させるよりもよほど厄介じゃないですか。
……いやいや、私という知性の申し子がそんな武力に頼って解決しようなどとは、レーイアの脳筋と同レベルに落ちぶれてしまうではないですか。
うん、落ち着くんだ。私は知性ある人だ。暴力なんぞに訴えていてはいけない。
ん? ちょっと待ってください。
ここまで考えて、ふとガウル殿の言葉に妙な違和感があることに気が付きました。
「待ってください。ガウル殿は海の向こうを知らないと?」
「ん? それは当然そうですな。海に出てしまえば、羽を休める場所すらない。水は塩辛くてとても飲めない。極めつけは食料を取ろうと水面に近づこうものなら、巨大な魔物が襲ってくる。命がいくつあっても足りません。いや、あの当時は若かったもので、大人の言うことを無視して海に出てそれはひどい目にあいましたな。あっはっは!」
おぉ、これは貴重な情報が出てきましたね。
海にはドラゴンでさえも進出が厳しいというのは意外でしたが、改めて聞けば当然のことですね。
飲食料の補給が出来ない所へあえて行こうなどとは思わないでしょう。
しかし、ドラゴンの巨体から見ても巨大と言わせる魔物が海にいるとは……。
と、そこは今は関係ありませんね。
まずはウィードの事を説明する必要が……。
「いやいや、確かにモノを知らぬ頑迷な老人ではありますが、それでもあなた方が嘘なぞ言っていないことはわかります。恐らくは言っていることは事実なのでしょう」
おお、意外と物分かりの良い人のようだ。
「ローエル殿やシャール殿、そして皆さま方が説明に苦しんでいるのはよくわかりました。いや、それもそのはずで、こんなあまりに荒唐無稽なことを聞かされたところで信じる者はごく少ないでしょう」
「ええ。その通りです。ですが……」
「それでも説明をしないわけにはいかないというわけですな。もう、世界はそこまで進んでいるのだと」
「はい。その通りです」
というか、ここ数年でホントにびっくりするぐらい変わってしまった。
「私自身も信じられないぐらいなのです。なにせ私は人の宿敵たる魔族です。それが今ではこのように人々と肩を並べてガウル殿の前にいるのですから」
「確かに、ミヤビ殿とお会いした頃にはこんなことは想像……いや、していましたな。勇者様が」
「勇者が?」
「はい。いつか、人も魔族も皆手を取り合って平和を築く時が来ると」
「「「……」」」
そうだった。
ミヤビ女王が言っていたはずです。
ミヤビ女王の伴侶であった勇者は、いつか皆が手を取り合う日が来ると。
それもそのはず、かの勇者も日本人だったのですから。
だから、その日が来ることをわかっていた。いや、この世界の人々を信じていたのでしょう。
「こんな山頂に閉じこもっていては、やはり世界の趨勢を知ることはできないということですな。確かに、ここ数百年は里を出るモノもほとんどいませんでしたからな」
「あ、やっぱり里を出る人もいるんだ」
「ええ。ドラゴンというのはどうしても危険視されがちですからな。ですので情報を集めるために、30年ほどに一度、外の世界を見てくる任を負った者たちがいます。そもそも私たちがこの山頂に住んでいるのも無用な人との接触を避け、トラブルに巻き込まれるのを防ぐためですからな」
「確かに、こんな断崖の地に住んでいれば、そうそうトラブルはないだろうな」
「まあ、そのこと自体は別に悪い判断でもないと思いますわ。ドラゴンを恐ろしいと思っている者もいますが、権力者にはその力を欲する者もいるのは目に見えていますわ」
確かに、ドラゴンの力をわが手にと考える人もいるでしょう。
そういう輩と関わらぬためにも、このような場所に住んだという判断は間違いではないと思います。
ですが、どうしても情報には疎くなるでしょうね。
そんなことを考えていると、ふと思いだしました。
「そういえば、先ほどのお話でガウル殿たち以外の竜人族がいると仰っていませんでしたか?」
そう、別の竜人族、ドラゴンたちがいるような話をしていたはず。
「ああ、はい。そのお話もまだしていませんでしたな。先ほどリエルのお嬢ちゃんやカヤお嬢ちゃんが言った、城を持つことを望む竜や、生贄を欲する竜などもいるのです。私たちのようにひっそりと暮らすことを良しとせず、その力を振るわんとする者たちがいたのです」
「いた? ああ、そういえば、ワイバーンぐらいなら見るけど、野生のドラゴン退治ってのは実際にはそうそうないな」
「というか、城や生贄を求める竜なんていうのも実際には聞かないな」
「そういうのはみんな、おとぎ話ですよね」
モーブたちの言うように、リエルさんやカヤさんが言うような邪悪なドラゴンが現れたという話は今の世の中では噂すら聞いたりしません。
それなのになぜそんなおとぎ話が存在しているのか? 今更のように気付いた疑問だったのですが、その答えはガウル殿が話してくれました。
そんな竜がかつてはいたと。
「そのおとぎ話に出てくるドラゴンたちですが、昔、私がまだ若く、里を出ていた時期には実際にいたのです。人里におりて、ドラゴンとして人を襲っている者たちが。そして、その者たちは皆、勇者様によって倒され、世界は平和になったのです」
「うえっ!? となると、おとぎ話の大元って、実はミヤビ女王と勇者様だったの!? すごーい!!」
「……確かにすごい。そんなことをやっていたんだ。それで、その悪いドラゴンたちの話が今でも残っているって感じ?」
「そういうことですな。いまだにドラゴンというと、悪逆なというイメージが定着しておりますな」
「確かに、良いドラゴンって話は聞かないですね」
ですね。良いドラゴンなんてのは聞いたことが無いです。
ドラゴンと言えば、魔物の頂点、災悪の象徴という認識しかありませんでした。
……まぁ、ウィードに来るまではですが。
今では、単なる航空戦力の一つですね。
「まあ、そのような理由があって、私たちはこの山頂に住んでいたのですが、気が付かないうちに、時代は変わってしまったのでしょうな。それでも、それでもいまだにドラゴンへの恐怖は消えていないからこそ、皆さまはここに来られた」
「そうだ。ドラゴンに勝手気ままに暴れられては困るからな」
その言葉にド直球で答えるローエル将軍。
そのあまりにド直球な答えに、私たちの間に緊張が走ります。
このまま交渉決裂になんぞなってしまえば、ユキになんて言われるか……。
「お姉さま!! さすがにそんなストレートな物言いはおやめください! 大変失礼をいたしま……」
「うるさいぞ、シャール。ガウル殿は真意と事実を聞きたいのだ。オブラートに包んだ迂遠な応えなぞ意味がない。そして、こんなことで気分を害する程度の御仁と思う方がよほど失礼だ」
「うっ」
なんというか、さすが、こういうときに限ってズバッと正論を言いますね。
「はは、いやお気になさらずに。そちらのお考えも分かりますからな。ですが、ローエル殿の言う通りこの程度のことで機嫌を損ねることはないので、安心してくだされ」
「……ガウル殿の器量の広さに感謝いたします。そして失礼いたしました」
そう言って小さくなるシャール姫。
しかし、さすがガウル殿は立派な方のようだ。
これなら……。
「ガウル殿。良ければ、ウィードに一度お出でになってはいかがでしょうか?」
「ほう。私をウィードに? 混乱を招きませんかな?」
「その程度で混乱するほどウィードはやわではありませんよ」
私がそう言うと、全員がうんうんと頷く。
ガウルさんには悪いですが、私たちはドラゴン程度いくらでも見ていますからね。
それに、ガウルさんのドラゴン状態はそれなりに強くはありますが、それでもスティーブたちの配下のドラゴンよりは弱いですから。
何かあったところで、どうとでもなります。
むしろ、こっちで下手に暴れられる方が迷惑ですので、全員連れていけるものならぜひ連れて行きたいくらいですね。
ついでにウィードも見てもらって、私たちが言っていることが事実だということをしっかり認識してもらえますし、一石二鳥というやつですね。
で、それに対する回答ですが……。
「ふむ。これもまた運命ということですかな。……ミヤビ殿はこうなることを望んでいたのかもしれません」
「そう言われるとそうかもしれません」
ミヤビ女王はこういう事態も考慮して宝玉を渡してくれたのでしょうね。
私たちなら、ガウル殿を連れてこられる可能性があると。
でも、それをあえて言わなかったのは、ガウル殿がいると確信が持てなかったからでしょう。
「で、お答えは? ああ、別に今すぐにでなくともいいですよ。私たちの今回の訪問の目的は、あくまでも大陸間交流会議が脅かされる心配があるということですから。それについては、今までの話からガウル殿を信頼できますので、既に目的は達したと思っています」
色々話が逸れてしまっているが、今回の主な目的については今言ったように既に達成しているも同然です。
それにこの村の規模なら、ドローンと使い魔で監視していれば有事の際にも即座に対応できるでしょう。
まぁ、この場所の研究は許可を得てからでないと竜人族との関係悪化につながりそうなので、そこは後ほどゆっくり仲良くなってからですね。
ということで、今回得るべきものは得ましたし、今は欲張る時ではないですので、今回はこれで引き揚げれば終わりです。
そう思っていたのですが……。
「ねえ、ガウルさん。ぜひウィードに来てよ。今からこの大陸だけじゃなく、別の大陸の人たちもたくさん来るんだ。その中でちゃんと挨拶をすれば、竜人族は、僕たちが知っているガウルさんたちは良いドラゴンって紹介できるし」
「「「……」」」
リエルさんの一言に思わず目が点になる私たち。
そうだ。確かにそうだ。
リエルさんの言うように、この大陸間交流会議でちゃんと紹介をすれば、その立場は安定するでしょう。
まあ、もしひどい立ち居振舞いをしたりすれば、立場は悪くなりますが、そのような愚行をする方には見えませんし、そもそもそんなことを私たちがさせるわけもありません。
今この時こそが竜人族にとって、最大のチャンスということになりうるわけです。
このチャンスを、ガウル殿は……。
「本当に。どうやらミヤビ殿はこうなることを見越していたようですな。……あい分かりました。皆様と一緒にこの山を下りてウィードに向かいましょう。まずはこの目で見て判断いたします」
「ガウル殿。よく決断してくださった。ガウル殿、そしてこの竜人族の里は我がガルツとウィードが責任をもって守ると誓おう」
「お、お姉さま!?」
「うん。任せてよ! 僕たちとユキさんが絶対に守るから!」
「リ、リエル!?」
あーあー、勝手にそんなこと約束するとは……。
ま、ユキも、ガルツ王も反故にするとは思えませんが。
ということで、ガウル殿と数人の竜人をつれて山を下りることになったのでした。
ここでリエルの奇跡の一手。
リエルは直感で動く。
なにかしら、いいところを突くのがうまいんだよね。




